東京新聞寄居専売所

読んで納得!価格で満足!
家計の負担を減らしましょう!
1ヶ月月極2950円です!
アルバイト大募集中です!

今日の筆洗

2019年06月28日 | Weblog

ワコールの創業者、塚本幸一さんは生前、自らを「生かされた人間」と称していた。戦争で所属した小隊五十五人のうち、生き残ったのは塚本さんら三人だけだったという。生と奇跡が、同じ意味に思える世界であったようだ。インパール作戦である▼待ち受けた英国軍の砲火に圧倒された。退却すると、飢えと病気に襲われる。渡ろうとした橋が、積み重なった戦友の遺体であることに気付きがくぜんとしている。読むのが苦しい記述が塚本さんの自伝には数多い。<生き地獄>で<死ねない苦しみ>を感じた、問題は<死に方だけ>だったともある。戦後は生かされた使命を感じて働くが、悪夢に叫び声をあげる夜は十年続いたそうだ▼嘱望された若者も平凡な夢をえがいていた若者もいただろう。三万人以上が命を失い、生き残った者の心に深い傷を残した戦いだった▼補給が厳しいと分かっていながら、インドの山深くに向け侵攻している。反対意見もあったが、勇ましい言葉が勝つ空気の中、軍の上層部が下した命令だろう▼大戦の中でも痛恨の極みの一つであり、記憶をぜったいに風化させてはならない作戦である。今年七十五年を迎えた。関係者が少なくなる中、先週、インパール近郊に平和資料館が開館したと報じられた▼展示された遺品などが物語っていようか。人は過つ。わずか七十五年前の生き地獄であろう。

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月27日 | Weblog

 一人の子どもをめぐって騒動が起きる。二人の女が、この子は自分の子どもだと譲らない。吟味したのが名奉行、大岡越前守。「子の手を引き合ったらよい。勝った方が親である」▼二人の女は子の手を引き合うが、その痛さに子は大声で泣きだす。泣き声に一人の女は手を放す。手を放さなかった女は勝ったと連れ帰ろうとするが、越前守が待ったをかける。「真の親なら子の痛みを哀れと思い、手を放すであろう。おまえこそ偽者である」▼実際に越前守はこんな裁きをしたことはないそうだが、「引き出し屋」なる最近の言葉に、泣き叫ぶ子の手を引く光景が浮かぶ。親の依頼で、ひきこもりの子どもを家から無理やり連れ出して施設などに入れる業者のことだそうだ▼強引な連れ出し方や数百万円単位の法外な料金に対し、各地で被害の訴えが相次いでいるという▼ひきこもる子を何とかしたい。苦しい心や焦りが「引き出し屋」に依頼させるのか。理解はできるが、無理に手を引っ張ったところで子は痛みを感じるばかりで一件落着とはなるまい▼連れ出されたショックで心的外傷後ストレス障害になるケースもあると聞く。業者への依頼を親の裏切りと感じ、親子関係が完全に崩壊する危険もある。子の手を業者に引っ張らせるのではなく、親の手で握り、さすり、話し合うしかあるまい。心の通った親の掌(たなごころ)の力を信じる。

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月26日 | Weblog

 <一、嘘(うそ)は吐(つ)くべし理屈は言(いう)べからず>。落語中興の祖、三遊亭円朝が弟子に厳守させたという「円朝憲法」である▼芸人としての教えであろう。「嘘は吐くべし」とは高座での態度で話芸によって客を虚構の世界へと誘い込み、楽しませなさいという趣旨だろう▼どうやら「嘘は吐くべし」を勘違いした芸人がいたようである。吉本興業は詐欺グループの宴会に加わり、金銭を受け取っていたとして十一人の芸人を当面、謹慎処分とすると発表した▼当初は詐欺グループから金はもらっていないと説明していたが、再調査の結果、全員が受け取っていたのが分かった。嘘をついていたのか。それは客を楽しませる円朝の嘘ではなく、世間を失望させる嘘である▼振りまく笑いで、日々のつらさや憂さをつかの間忘れさせてくれる。芸人とはそういう存在である。普通の人にとっての味方であり、仲間であってほしかったのに、庶民を騙(だま)し、懐を付け狙うような連中の宴席で愛嬌(あいきょう)を振りまいていたと聞くのが悲しい。芸人はわれわれの味方ではなかったのか▼ぞろっぺいで、少々はめを外す人の方が芸人としては味があると見られた時代は残念ながら遠い昔である。世間の目は芸人にも厳しくそそがれる。<一、笑はるゝとも悪(にく)まるゝは悪し>。世間に憎まれるようなことはするな。これも「円朝憲法」。笑いを志す者の初手であろう。

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月25日 | Weblog

 作家の大岡昇平の息子さんが中学生のとき、ラジオのインタビューを受けたそうだ。「将来はお父さんみたいな仕事をやりたいですか」▼息子は断固拒否した。こんな理由だったそうだ。「始終うそをついてあやまってばかりいなければならないから」。大岡さんはよく、原稿の催促に「不意の来客がありまして」「風邪をひきまして」「腹が悪くなって」と怪しい言い訳を使っていたようで、それを見られていたらしい▼作家の言い訳にはユーモアや哀感が漂うが、検察の出頭要請を拒否していた男の「言い訳」には腹が立つ。それを許したわけではなかろうが、振り回された揚げ句、逃走を許してしまった検察に対しては、さらに中っ腹になる。刑務所収容に抵抗し、逃げていた男がようやく確保された▼「朝早いので出頭できない」「ぎっくり腰になった」「刑務所に入ったあとの生活費を稼ぐため県外にいる」。こんな言い訳で出頭要請をかわしていたらしい。検察も甘くみられたものである▼苦しい言い訳は逃走した男ばかりではなさそうだ。捜査は後手。事件発生の周知も遅れ、厳しく批判されている当の検察も同じである▼二十三日の横浜地検検事正の記者会見では謝罪の一方で突っ込まれると「(事件の)検証に支障が出るため差し控える」。あの「文士の息子」さんではないが、検察官志望の子が減らぬことを祈る。

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月24日 | Weblog

 「思ってるだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ。愛してるんだったら態度で示せよ」-。映画「男はつらいよ」の「寅次郎の青春」(一九九二年)にそんなセリフがあった▼もしも寅(とら)さんがその内閣府の調査結果を読んだなら、少々イライラしながら、やはり、同じセリフで若者に奮闘努力を促すか。二十~四十代の結婚を望む未婚の男女を対象にした調査によると結婚していない理由のトップは「適当な相手に巡り合わない」の46・8%だった。なるほど分かる。慎重に探しているのだろうと思いきや、そのうちの61・4%までが相手を探す行動を何もしていないそうである▼数字だけ見れば、結婚をしたいと思ってはいても、行動はしない遠慮がちな青年像が浮かんでくる。巡り合いたいが探さない。寅さんでなくとも「そりゃムシがよすぎるってもんよ」と口にしたくもなる▼もちろん、未婚率の高さには若者を取り巻く厳しい経済状況や将来展望が描きにくいこともあろう。結婚自体の価値や意味が揺らぐ時代でもあるが、こんなじれったい背景もあったのか▼「思い切ってなんでも言ったらいいさ、惚(ほ)れてますとか、好きですとか」(「寅次郎子守唄」)▼昭和の昔なら、その一手かもしれぬが、無理にお尻を押しても効果はあるまい。その気はあっても動かぬ若者の抱える事情もよく聞いてやらねば。

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月22日 | Weblog

ぜんそくなどのアレルギーを起こす物質の正体が知りたい。血清を注射する方法によって謎に迫れそうだが、中にはウサギから得た成分もある。知らない人には打ちにくい。ともに免疫学者の夫婦は米国の研究室で互いの背中に注射を繰り返す。「さしつ、さされつの仲」。そんな会話をしたという▼一九六六年、免疫グロブリンEと呼ばれる物質を突きとめる。大発見であった。石坂公成(きみしげ)さんと妻照子さんの夫婦は、「日本のキュリー夫妻」として知られるようになる。後にノーベル賞候補となるのは公成さんだったが、照子さんと共同受賞でなければ辞退すると言ったという▼戦後間もないころに知り合い、結婚している。拠点を移した米国で、夫の歩みを全力で支えただけでなく、照子さんは自らのテーマでも成果を残し、家事も育児もこなした▼女性の社会進出で日本に一歩も二歩も先んじていた米国で、若い女性から、研究と家庭との両立について、相談を受ける存在にまでなった。「先駆者」と両国で言われ、欧米と日本で一流の賞を多数受けた照子さんが今月、九十二歳で亡くなった▼二十年以上前から脳神経の難病のため故郷山形で病床にあった。見舞いに通っていた公成さんは昨年亡くなっている。いまは天国で「さしつ、さされつ」であろうか▼日米の女性科学者に力を与えてきた先駆者の活躍を忘れたくない。

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月21日 | Weblog

四人に一人は「やばい」という言葉を「とても素晴らしい」の意味で使う、と知って驚いたのは数年前の国語世論調査だ。言葉の意味は反対に転じることもある。英語の「グレート」という言葉にも、「偉大な」とは逆の意味の用法が生まれたのか。そんな疑問が浮かんでもおかしくない。トランプ米大統領が再選に向けて明らかにした新スローガンである▼「キープ・アメリカ・グレート」、「米国を偉大なままに」だ。前回選挙の「米国を再び偉大に」に呼応している。どうやら大統領は任期中に米国が偉大になったと考えているらしい。辞書通りの「グレート」である▼数々の国際的な枠組みから離脱した。イスラエルに大きく肩入れしている。同国では偉大と見る人もいるだろうが、他の国の人はどうか。メキシコ国境の壁も米国内の支持者以外に、偉大であると映るだろうか▼好景気は大きな功績だろう。ただ、お金の面で名を上げて、ほかで眉をひそめられる人は普通、偉大と言われない。逆だろう。国も同じである▼新渡戸稲造は、『真の愛国心』という文で、<我(わが)国民性に如何(いか)なる欠点あるかを省(かえりみ)るのが国を偉大にする一の方法でないか>と説き、世界への貢献が国の地位を決めると書いた。大正期から不変の「偉大」であろう▼頭の中にある辞書の米国という項目も、ここ数年で随分と書き換わったような気がする。

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月20日 | Weblog

波をかつて海嘯(かいしょう)と言った。「嘯」の訓は「嘯(うそぶ)く」。豪語するのほかに猛獣などがほえる、うなるという意味がある。海のうなりであろう▼明治三陸地震津波が起きた際、犠牲者二万人超という衝撃的な被害に、多くの人が打ちのめされた。義援金を募るための雑誌の増刊号の一文に編集者坪谷水哉(つぼやすいさい)の深い嘆きが残っている。<海、汝(なんじ)は如何(いか)なる口にて嘯きしか>(坪内祐三編『明治二十九年の大津波』)。坪谷は海嘯の由来も記した。<天に口なし海をして叫ばしむ>。天が海を通じて叫んでいると▼チャイム音と津波注意報を示す地図が映し出されていた。テレビの速報を見ながら、海がほえ、うなった東日本大震災の大津波の恐怖を想像した人は多いだろう。一昨日夜の地震である。山形県沖を震源に、最大震度6強だった。重傷者が複数出ていて、家屋なども被害を受けている▼新潟県の離島、粟島では、島民らがいち早く避難したという。JR羽越線でも、緊急停車した列車の乗客らが、高台に速やかに避難している。さいわいにして、津波自体の規模は大きくなかった。天の警告を素早く感じ取る人たちが、増えていようか▼あの大津波の後も、長い間を置かずに、津波が襲ってくる列島である。当然のことながら、元号が変わろうとも不変である▼これからも来る。うなった海から読み取るべきメッセージでもあろう。

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月18日 | Weblog

中原中也に「帰郷」という詩がある。<柱も庭も乾いてゐる/今日は好い天気だ><これが私の故里(ふるさと)だ/さやかに風も吹いてゐる>-▼<今日は好い天気だ>といいながらも中也が故郷の光景に感じたのは安心や心地よさばかりではあるまい。詩はこう結ばれている。<あゝ おまへはなにをして来たのだと…/吹き来る風が私に云(い)ふ>。故郷の風が中也を問い詰めている▼逮捕された男は「故郷」になにを感じていたのだろう。大阪府警吹田署の千里山交番の敷地内で巡査が包丁で刺され、拳銃が強奪された事件である。東京に住む容疑者の男は吹田市で暮らした過去がある。思い出の場所をわざわざ選んだのか。その心が見えてこない▼巡査の回復を願う一方、拳銃を持ったまま逃げていた容疑者の早期逮捕にひと息つく。大阪でのG20サミットが近づく中、奪われた拳銃によって、別の事件が引き起こされなかったことだけが救いである▼警官が拳銃を奪われる事件が絶えぬ。人を守る道具も曲がってしまった心が手にすれば、人を傷つける凶器となる。なにがあろうとも奪われぬ、あるいは使用できぬ仕組みを早急に整えなければなるまい▼防犯カメラの男が息子に似ていると父親が警察に連絡してきたという。その日は父の日である。故郷。父の日。二つの言葉を並べ、うめく。<あゝ おまへはなにをして来たのだと…>

 
 

この記事を印刷する

 

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2019年06月13日 | Weblog

 

 きのうまでの仲間が突然、悪役の側に寝返る。かつての味方をののしると、「リング上で決着をつけよう」。プロレスの世界では、対決を盛り上げるためのこうしたストーリーづくりを「アングル」と呼ぶらしい。これが盛んな米国プロレス界には、団体経営者の主導権争いや男女のいさかいといった多彩なアングルがあるそうだ▼英語の「アングル」には、「角度」「角度をつける」とともに、「狙い」「たくらみ」「歪曲(わいきょく)」の意味もある。プロレス界の言葉も、そのあたりから派生しているのだろう▼角度をめぐって、アングルではないかと疑わせる出来事だ。防衛省は、地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備に関し、秋田市の陸上自衛隊新屋(あらや)演習場を「適地」とした調査結果に、誤りがあったと明らかにした▼適地とならなかった九カ所に、電波を遮るおそれのある山があり、その仰角が過大になっていた。約四度なのに、角度をつけられて約一五度とされたところもあるという▼人的なミスと防衛相は説明しているそうだ。適地の地元には反対の声がある。配備を狙ってのストーリーづくりではないか。そんな疑いが浮上しても仕方ないだろう▼ミスであるとするならば、ずさんさが実にひどい。トランプ大統領の米国から、一千億円を超える高額な買い物である。政権を仰ぐ角度も影響されないか。

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】