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今日の筆洗

2023年01月31日 | Weblog
藤沢周平さんの『闇の歯車』は江戸を舞台にした犯罪小説で押し込み強盗をたくらむ男の一味を集める方法が少々変わっている▼同じ飲み屋でよく顔を合わせる普通の人をカネで仲間に引き込む。「儲(もう)け話があるんですよ。ひと口乗っちゃくれませんか」。お役人に目を付けられているようなプロの盗っ人を仲間にすれば、捕まりやすい。その点、素人なら押し込みが終われば、自分の仕事に戻っていくので足がつきにくいというもくろみである▼仲間集めの方法は飲み屋ではなく、SNSによる「闇バイト」集めだった。世間を騒がせている「ルフィ」なる指示役と、その「一味」による強盗事件である。指示役と疑われる人物はフィリピンにいた。狛江市の事件では人の命まで奪われている。非道な犯罪の全容解明を急ぎたい▼理解しにくいのは「闇バイト」にうかうかと応じ、悪事に加わる心根か。ラクに大金を稼ぐ仕事。そう聞けば欲が動くのも分からぬでもないが、そんな話がこの世にあるはずもない▼計算してみたらいい。強盗の片棒を担いでたとえば一夜で百万円を得たとする。失うものはなにか。人生だろう。その「バイト」は極めて危険な上にまず、逮捕される▼親を泣かせる。友人は去る。後悔で眠れぬ夜もある。人生をやり損なっては百万円はおろか何億積まれても間尺に合うまい。決して難しい計算ではない。
 
 

 


今日の筆洗

2023年01月30日 | Weblog

ドイツの作家、エンデの『モモ』にこんななぞなぞがある。三人のきょうだいが一つの家に住んでいる。「まるですがたがちがうのに、三人を見分けようとすると、それぞれたがいにうりふたつ」。これだけでは、分かるまい▼こう続く。「一番うえはいまいない、これからやっとあらわれる」「二ばんめもいないが、こっちはもう出かけたあと」「三ばんめのちびさんだけがここにいる、それというのも、三ばんめがここにいないと、あとの二人は、なくなってしまうから」▼答えは一番うえが「未来」、二ばんめは「過去」、三ばんめは「現在」である。一つの時計を見て、うろたえ、「三ばんめのちびさん」を心配する。時計とは「世界終末時計」▼米誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」の発表によると、人類滅亡を午前零時に見立てた「終末時計」の残り時間は「九十秒」となった▼過去一年の世界情勢などを踏まえ、あくまでたとえとして示しているが、昨年から十秒も針は進み、一九四七年の創設以来、最も「終末」に近づいた。ロシアによるウクライナ侵攻や核使用の懸念、気候変動。針を進める理由が世界から消えない▼「三ばんめがいないと、あとの二人は、なくなってしまう」…。現在が消えれば過去も未来もやって来ない。当たり前のなぞなぞの答えが人類への警句のように聞こえる。


今日の筆洗

2023年01月28日 | Weblog

 自動織機を発明した豊田佐吉の長男が喜一郎。織機から自動車事業への進出を主導した、トヨタ自動車の創業者である▼大正期以降、フォードなど米企業が日本で車を生産するなか、国産車製造を志した。佐吉の夢でもあったというが、繊維機械で生きる会社には成功が怪しい自動車進出への反対論が強かった▼急先鋒(せんぽう)は番頭格の石田退三。後に社長になり自動車に献身するが、当時はこう嘆いた。「三井、三菱でもやらぬ自動車をどうしてやるんですか。佐吉翁の遺言は大切かも知れぬが、発明狂は一代だけで十分でしょう。喜一郎さんの自動車道楽はやめにした方がいい」▼喜一郎の孫にあたる豊田章男社長(66)が会長になり、佐藤恒治執行役員(53)が社長になる人事をトヨタ自動車が発表した。約十四年ぶりの社長交代という▼変革期の業界。各国企業が注力する電気自動車(EV)の開発で、トヨタは遅れたとも指摘される。インターネットと常時接続する車の開発が進み、米IT大手アップルの参入も取りざたされる。自動運転技術の開発競争も激しい。難局に若い力をいかす狙いの人事という▼自動車創業の際の喜一郎の言葉が残る。「我々のトヨタ丸は『廉価で優秀な車の製造』という旗印を立てて、嵐の海に出帆するのであります」。海が荒れているのは昔から同じではないかと、後進を励ましているようにも読める。


今日の筆洗

2023年01月27日 | Weblog

武蔵坊弁慶は源義経の家来。豪勇と伝わる法師で歌舞伎などの題材にもなった。語られる人物像は英雄的に脚色されているという▼生まれたときには既に二〜三歳の子どものようで、髪は肩を覆うほどに伸び、奥歯や前歯も大きくはえていたとも伝えられる▼義経に尽くした最期は有名。奥州の衣川で主君を襲わんとした敵勢の前に立ちはだかり、全身に多数の矢を受け、立ったまま絶命した。「弁慶の立ち往生」である▼大雪の影響で、新名神高速道路の三重から滋賀にかけての区間で続いた車の立ち往生が昨日朝に解消した。ほぼ丸一日、車内にいたトラック運転手は「布団でゆっくり寝たい」と疲れていた。通行止めの表示がないため高速に入ったら、立ち往生に巻き込まれたと訴える人もいる。中日本高速道路が車の流入を止めたタイミングは適切だったのか▼近畿圏の在来線でも列車が何本も立ち往生。JR西日本は降雪量を少なく想定して融雪設備を稼働させず、列車の進路を切り替えるポイントが凍結した。十分な説明もなく、何時間も閉じ込められた客の憤怒は当然だろう▼義経を守りながら各地を歩いた弁慶。海上に平家の怨霊が現れれば祈り鎮め、追っ手が目を光らす関所では山伏の一行と偽り芝居も打った。心砕いたのは、旅の安全。これを支える人々は伝説の家来ほどでなくとも、頼れる存在であってほしい


今日の筆洗

2023年01月24日 | Weblog

作家の宇野千代さんはお風呂から上がるとまず、鏡の前で自分の裸を見たそうだ▼少し腰をひねって立つ。自分がボッティチェリの描いた「ヴィーナスの画に似ている」と思えてくる。当時で七十歳過ぎ。「ヴィーナスのようである筈(はず)はない」が、似ていると思うことを「幸福のかけら」と考えた。人から笑われようと、「その一かけらの幸福を(中略)張りめぐらして私は生きていく」−。幸福のかけらを大切に生きるということなのだろう▼この人の場合はヴィーナスではなく「世界最強」が鏡の中にいた。車いすテニス男子の第一人者、国枝慎吾選手が引退する。詳細な記録は必要あるまい。世界最強がコートを去るのが寂しい▼世界ランクが十位のころ、メンタルトレーナーの指導で毎朝、鏡に向かって「俺は最強だ!」と叫んでいたそうだ。続けていると効果が出た。試合中の弱気が消える▼宇野さんによると、幸福のかけらを探すのがうまい人と下手な人がいる。国枝選手は間違いなく、名人だろう。九歳で発病。困難にも自分が前向きになれる世界を見つけ、幸福のかけらを集めては磨いた。その道は本物の「世界最強」につながっていた▼強烈なバックハンド。熱いプレーがどれほど人を励まし、目標となったか。車いすテニス男子の世界ランク。二十位までに日本人選手が六人いる。その人の旅路の置き土産である。


今日の筆洗

2023年01月23日 | Weblog

<ぼくの髪が肩までのびて>は吉田拓郎さんの「結婚しようよ」。<就職が決まって髪を切ってきたとき>は「『いちご白書』をもう一度」。作詞は荒井由実さん。一九七〇年代のフォークソングには、髪の長い男性がよく出てくる▼この歌の影響もあるか。米フォークロック、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの「オルモスト カット マイ ヘア」(七〇年)▼ベトナム戦争の時代、髪の短い兵士との対比で髪を伸ばすことが自由の象徴であり、無個性な歯車になることへの抵抗だった▼<髪を切るところだった>。現実社会の中で髪を伸ばし続ける難しさ。その歌はカウンター(反体制)カルチャーを象徴する一曲となった。歌っていたデビッド・クロスビーさんが亡くなった。八十一歳。政治的メッセージ性の強い歌と歌声を思う▼最近の写真を見る。真っ白でさみしくなっているが、髪は伸ばしたまま。老いてもあの時代と変わらず歌で世界を変えたいと願ったか。少々、くたびれた長い髪が物語る。心臓の病と闘いながら、最近まで作品を発表し続けた▼「木の船」を聴き直す。六九年、伝説のウッドストック・フェスティバルで演奏した。核戦争後の荒涼とした世界を木の船で漂う。<誰が勝ったか教えてくれるかい>−。勝者なき核戦争を痛烈に皮肉る。半世紀も前の歌が今なお意味を持つ。悲しいことに。


今日の筆洗

2023年01月21日 | Weblog
谷川俊太郎さんに『兵士の告白』という詩がある。冒頭から途中まで記す▼「殺スノナラ 名前ヲ知ッテカラ殺シタカッタ 殺スノナラ 一対一デ殺シタカッタ 殺スノナラ 機関銃ナンカデナク 素手デ殺シタカッタ 殺サレル者ヨリモ殺ス者ノ方ガ 何故コンナニ不幸ナノカ ソノワケヲユックリト囁キナガラ 殺シタカッタ」。それが難しいのが戦争の現実だから、詩は生まれたのだろう▼チャールズ英国王の次男ヘンリー王子(38)が自伝で、陸軍時代にアフガニスタンでイスラム主義組織の兵二十五人を殺したと告白した。「人間と思ったら殺せない。彼らはチェス盤から排除された駒だ」▼どぎつい表現だが、敵は自分たちとは異質だと教えたのは軍だろう。自伝には「私は彼らを“他者化”するよう訓練された」とある▼人は本来、殺人を嫌う。米陸軍士官学校で教えたデーヴ・グロスマン氏の著書によると、戦場で発砲した米国のライフル銃兵は第二次大戦で約二割だった。人型の的が飛び出たら撃つ訓練を繰り返し条件反射で殺せる兵を育てるなどし発砲率はベトナム戦争で約九割に。感情は戦の邪魔と、人工知能(AI)搭載兵器を開発する国もある▼詩はこう続き、結ばれる。「殺スノナラアアセメテ ナキナガラ殺シタカッタ」。涙する優しさがあるのに、涙なき殺人ロボにも関心を抱く人間。何とも業が深い。
 
 

 


今日の筆洗

2023年01月20日 | Weblog
手元にない株を借りて売ることを空売りという▼下げ相場で儲(もう)ける手法。売却後、さらに安くなってから株を買い戻し所有者に返せば、売買の差益が懐に入る。債券、通貨でも行われる▼投資家ジョージ・ソロス氏は約三十年前、英ポンドを空売りし十億ドル儲けたと伝えられる。当時の欧州の為替市場は、変動を一定範囲にすべく各国が介入する制度。経済不振の英国の通貨は当局の意向で不合理に高く、持続しないと氏は狙いをつけた。英金融当局は買い支えられず、暴落した▼投機筋の日本国債の空売り攻勢はいったん沈静化したようだ。日銀が昨年暮れに続き、金融政策を修正し国債価格が下がるとの見込みで売りが続いたが、先の発表で政策変更はなかった▼市場で国債を大量に買い世に回る金を増やす金融緩和を掲げる日銀。これを続けるとして空売りに買いで対抗したが、緩和は何年やってもさして効果なし。物価は上がるも景気は回復せず、金融緩和を望んだ安倍晋三元首相はいない。国債を買う今の方針は不合理で持続しないと投機筋がみるのも自然か。時機をみてまた空売りするとの見方は強い▼ポンド暴落に英国人は凍りついたが、勝者はソロス氏と報じられると「愚かな当局の鼻をあかした」と讃(たた)える声も出た。投機筋に肩入れする空気は日本になかろうが、このまま出口が見えぬと当局への信用は危うくなる。
 

 


今日の筆洗

2023年01月18日 | Weblog
悪魔が農民に作物の半分を要求する。そんなおとぎ話がドイツにある。困った農民は知恵を絞った末、作物の上半分か、下半分かを悪魔に選ばせることにした▼ある年、悪魔は上半分だと言った。そこで農民たちはカブを植えた。下半分と言った年は小麦。役に立たない方を渡して、悪魔を出し抜いた▼おそろしい力を持つ悪魔をいかになだめて、共存していくかという話でもあろう。さて、われわれは悪魔をうまく出し抜けているか。新型コロナウイルスの国内初の感染者が確認されてから、三年となった▼三年で悪魔との付き合い方をかなり学習した。ワクチンや治療薬も手に入れた。上半分、下半分の話ではないが、感染拡大時には行動を控え、落ち着けば再開する。この戦術で日本の実質GDPはコロナ禍前の水準にまでなんとか回復。三年前に感じた恐怖やおびえは不安や心配のレベルに下がったか▼もっとも注意すべきは出し抜けるという油断と「なれ」である。最近の死者数はこの三年間で過去最悪レベル。その忌まわしい力は決して弱まっていない。警戒を緩めず、コロナを出し抜く方法を考えたい。闘いはまだ、とば口かもしれぬ▼おとぎ話には続きがある。だまされた悪魔は腹を立て、大きな石を投げつけた。ドイツ各地にはそんな石が今も残っているそうだ。出し抜いたようでも悪魔が何をするかは分からない。
 
 

 


今日の筆洗

2023年01月17日 | Weblog
三両のお金を拾った男が落とし主に届ける。この落とし主が頑固な江戸っ子で受け取りを拒否する。いったん俺の懐から離れたのだから、俺のカネじゃない。届けた男も江戸っ子で、そんな道理はねえとつっかえし、取っ組み合いとなる▼落語の「三方一両損」。南町奉行の大岡様がどう裁いたかはご存じだろう。二人のまっすぐさに越前守(えちぜんのかみ)は一両を加え、四両のほうびを出し、これを二人で二両ずつ受け取らせる。元は三両。大岡様を含め三人とも一両ずつ損をすることでまるく収めた。奉行が一両を出す理屈はなかろうが、これも知恵か▼複雑な解決策に大岡裁きを思った。戦争中、日本の企業が朝鮮半島の人々を働かせた徴用工の訴訟問題である。韓国側から解決に向けた知恵が出てきた▼元徴用工は日本企業に賠償を請求し、韓国最高裁が支払いを命じている。日本側は徴用工問題は一九六五年の日韓請求権協定で解決済みという立場。今回の解決策はこの賠償金を韓国の財団が肩代わりするという内容である▼肩代わりとはいえ、見方によっては日本側は賠償に応じたことになる。日本企業のお金で償ってほしい元徴用工側も納得しにくい▼韓国の財団が肩代わりするというのも分かりにくいが、それぞれが「損」をがまんしても日韓関係に深く刺さったトゲを抜こうということなのだろう。「これにて一件落着」となるか。