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今日の筆洗

2023年05月31日 | Weblog
かつての本塁打王、ハンク・アーロンが言っている。「野球の中で最もエキサイティングなプレーは三塁打である」。自分の十八番の本塁打ではなく、三塁打こそが野球の「華」だという▼野球ファンの多くが同意するだろう。三塁打は難しい。まず、大きな当たりが必要だ。加えて全力疾走。外野手がクッションボールの処理を誤る幸運も必要か。それでようやく三塁上にたどりつける▼英語の表現に「三塁生まれ」(born on third base)というのがある。自分で打ち、走ったわけではなく、親の富や力によって生まれた時から恵まれた三塁にいる人。そんな意味である▼岸田首相が首相秘書官だった長男の翔太郎さんを交代させる。首相公邸で忘年会を開くなどの不適切な行為が問題となっての更迭である▼何でも野球にたとえるのは小欄の悪い癖だが、こんなプレーを想像する。せっかく三塁に生まれた選手。自分で三塁打を打った気になったか、浮かれて塁から大きく離れ、投手のけん制球でアウト。首相が自分のせがれを首相秘書官に起用すれば、世間のけん制球はどうしたって厳しくなるが、それが分からなかった▼うかつな選手を起用した監督の責任は重い。明らかなアウトなのにこの監督、わが子かわいさからか、待てば判定が変わるかもと対応が遅れた。観客席から大きなブーイングが上がる。
 
 

 


今日の筆洗

2023年05月30日 | Weblog

週に二、三度パンを買いにくる男がいる。買っていくのは古びた安いパンだけ。裕福には見えない▼パン屋の女主人はこの男がだんだん好きになる。ある日、男の古いパンにバターをこっそり塗って渡す。しばらくして男が店に戻ってくる。「なんてことを」。怒っている。男は設計士。古いパンを消しゴム代わりに使っていた。バターのせいで設計図は…。オー・ヘンリーの『魔女のパン』である▼小学生のときに読み、こんな物語が書きたいと思ったそうだ。映画『怪物』でカンヌ国際映画祭の脚本賞に選ばれた脚本家の坂元裕二さん▼おせっかいが引き起こす騒動は滑稽かもしれないが、物語をかみしめれば、女主人の孤独やわかり合えぬ人間同士のもどかしさがにじみ出てくる。人の悲しさを静かに見つめる坂元作品と同じにおいがする▼脚本を書くにあたってプロット(筋立て)をあらかじめ作らず、代わりに登場人物の細かい「履歴書」をまずこしらえるそうだ。どんな子ども時代だったか。どんなことが嫌いでどんな癖があるのか。魅力的で奥行きのある人物を描く秘訣(ひけつ)だろう▼「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」(『カルテット』)。坂元ファンには有名なせりふである。十九歳でデビュー。が、一時、脚本から離れている。快挙の裏にこの人自身の「泣きながらご飯」の「履歴書」を想像する。


今日の筆洗

2023年05月29日 | Weblog
今年の初ガツオは豊漁で、値段も比較的落ち着いているそうだ。脂の乗りも良いとは、ありがたい▼初ガツオが縁起物として高い値を付けた江戸時代の川柳にこんなのがある。<恥(はずか)しさ医者に鰹(かつお)の値が知れる>。鮮度の落ちたカツオを安値で買ったのだろう。お買い得と思ったが、その結果が食あたり。お医者さまに「そんな安いカツオを買うやつがあるか」と叱られたか▼最大二万円分のポイント。得をした気になっていた人も手にしたカードが生きの悪い初ガツオにだんだん、見えてくるだろう。ポイント付与をうたい文句に政府が取得を後押ししたマイナンバーカード。トラブルが続出している▼カードを使ってコンビニで住民票の写しを交付してもらったら、出てきたのは赤の他人のもの。マイナ保険証に別人の情報がひもづけられるミスは約七千三百件。「公金受取口座」の誤登録も確認されている。お得どころか、こうも問題続きだと個人情報流出という「食あたり」が心配になってくる▼「信頼回復に向けて政府一丸となって対応する」。岸田首相がすべてのデータを再点検するよう河野デジタル相に指示したが、対応が遅い▼<初鰹そうだろうさと人が散り>。これも江戸の川柳。覚悟はしていたものの、値段を実際に見て、あきらめ顔で客が去る。このままではトラブルが<そうだろうさ>の信頼なきカードになる。
 
 

 


今日の筆洗

2023年05月27日 | Weblog
「兎(うさぎ)追いしかの山 小鮒(こぶな)釣りしかの川…」。よく知られた唱歌『故郷(ふるさと)』は、明治時代に今の長野県中野市に生まれた国文学者、高野辰之が詞を作った▼上京後、三十代で郷里を思い、書いたという。「かの山」は幼きころに眺めた故郷の大平山などの里山、「かの川」は里を潤す千曲川の支流、斑(はん)川のことだと伝えられている。自然豊かな信州の里が、日本人の琴線に触れる曲を生んだのだろう▼のどかな中野市には、何とも似つかわしくない殺人事件が起きた。高野の故郷の集落からは離れているが、やはり田畑が広がる地域が現場。猟銃や刃物が凶器らしく、現場に駆けつけた警察官二人、高齢女性二人が死亡し、地元在住の市議会議長の長男(31)が逮捕された▼凶器を手にした容疑者は一晩、自宅に立てこもり、周辺の住民は避難を強いられた。人々の恐怖はいかばかりだったか▼現場付近にいた記者によると、緊迫の夜、耳をつんざいたのは水田にいるらしいカエルたちの鳴き声だったという。平和なのかと錯覚させる、その合唱。事件発生をいまだに信じられぬ住民も多かろう▼『故郷』の詞は「如何(いか)にいます父母(ちちはは)」と親の無事を願う。地元の高野辰之記念館によると、高野はこの詞を書く少し前に母親を亡くした。肉親を喪(うしな)う悲しみを知るゆえ、生まれた曲でもあるのか。事件で突然、愛する家族を喪った人の悲嘆を思う。
 
 

 


今日の筆洗

2023年05月26日 | Weblog

 国王が絶対的な権力を握った昔、国王の借金はよく踏み倒された▼王は自ら法廷を開き、借金の棒引きができた。返さずに死に、後継者が「そんな金は知らぬ」と言うことも。デフォルト(債務不履行)もある王の信用力は低く、貸す商人は金利を高くした▼英国では十七世紀の名誉革命で議会が王に対し力を持ち、国王の借金は議会の承認が必要に。借金のたび、利払いのための税導入を議会が求めた。国王の借金は私的債務から公的債務になり低利に。これが英国債の誕生で、王の横暴を許さぬ議会が信を与えた。富田俊基氏の著書『国債の歴史』に教わった▼米政府の借金を巡るバイデン大統領と議会の対立は収まるだろうか。大統領は法定の借り入れ上限引き上げを議会に求めるが、下院多数派の野党・共和党が抵抗。このままでは政府の資金が枯渇し、米国債のデフォルトの恐れもあるという。借金を法で縛る民主的制度も扱いを誤ると国を危うくするらしい。共和党は政権の目玉政策を含む歳出削減を条件に掲げるが、折り合えるだろうか▼名誉革命を経た英国は後にナポレオンのフランスとの戦争に勝つが、背景には低利の国債で戦費を確保できたことがある。王を制御できぬ体制が長く続き、デフォルトが頻発したフランスと信用力に差があった▼国債の信なくして、覇権も握れぬということだろう。米国は大丈夫か。


今日の筆洗

2023年05月25日 | Weblog
一九一七年、英国の二人の少女が森の中で写真を撮った。父親が現像して驚いた▼写真の中に妖精たちが踊る姿がある。この写真を信じたのがシャーロック・ホームズシリーズなどの作家、コナン・ドイル。専門家に写真を調べさせ、原板に二重撮りなどの細工がないことから写真は本物で、妖精は実在すると判断した▼その推理は残念ながらホームズほどではなかったようだ。ドイルの死から約半世紀後の八三年、写真を撮った、かつての少女二人が偽造だったと告白した。妖精の絵を切り抜き、森の中に置いて写真に収めたらしい。ドイルさんが生きていたら顔を赤くしたか▼二十世紀初頭の少女による素朴なトリックにさえ惑わされる。それを思えば高度な人工知能(AI)が作成した画像を本物かどうか見極めるのはやはり、容易ではなかろう▼米国防総省で爆発が起きたかのように見える写真がネット上に広まった事件である。無論、偽造写真なのだが、事実と信じた人もおり、その影響でニューヨーク株式市場が一時急落するなど大混乱した。AI画像が市場を混乱させた初のケースとなるらしい▼ホームズいわく、「いつの場合も先入観をいっさい持たないことにしています」(『ライゲートの大地主』)。人は写真や映像を見ると反射的に真実であると信じてしまいやすいが、AIの時代、それは危険な先入観となる。
 
 

 


今日の筆洗

2023年05月24日 | Weblog
二〇一五年、ラグビーワールドカップの日本対南アフリカ戦をファンは忘れまい▼強豪を相手に日本が三点差を追う。が、時間がない。土壇場でボールをもらった立川理道が左中間のアマナキ・レレイ・マフィに長いパスを放る。マフィからボールを受けたカーン・ヘスケスが左コーナーにトライ。南アから逆転勝利をもぎ取る。世界中を驚かせた番狂わせである▼「ブライトンの奇跡」を別の試合に重ね、また、立川選手かと、うなる。リーグワン決勝の埼玉パナソニックワイルドナイツ対クボタスピアーズ船橋・東京ベイ。埼玉リードの試合終盤、キャプテン立川が木田晴斗に正確なキックパス。これが逆転のトライにつながる。東京ベイが悲願の初優勝を果たした。立川さん、今度はキックパスだったか。この選手は逆転を呼び込む何かをお持ちのようだ▼埼玉優位の下馬評があった。日本代表級がひしめく埼玉の厚い選手層。過去の戦績を見ても東京ベイの分は悪い。ラグビーは番狂わせが極めて起こりにくい競技だが、東京ベイは見事に強豪をうっちゃった▼リーグMVPに立川が選ばれた。三十三歳。驚くほどの足はないが、味方の窮地に真っ先に駆けつけ、ディフェンスに加わる、ひたむきさと決意がある。受け取りやすいパスを投げる優しさがある▼良いチームと良いキャプテン。喜びにわく船橋の町がうらやましい。
 
 

 


今日の筆洗

2023年05月23日 | Weblog

「石つくりの皇子(みこ)には、仏の御石の鉢といふ物あり。それをとりてたまへ」。『竹取物語』でかぐや姫が結婚に応じる条件を示す。五人の求婚者に「宝」をそれぞれ指定し、取ってきた人と結婚すると宣言する▼難題である。仏の御石の鉢、蓬萊山にある根が銀で茎が金で白い玉の実のなる木の枝、龍の首に五色に光る玉、火鼠(ねずみ)の皮衣、燕(つばめ)の持つ子安貝−。かぐや姫に結婚する気はなく、難題で結婚の申し込みを断ろうというわけである▼一刻も早い核廃絶を願う人々にとって、その文書がかぐや姫の出す条件のように見えるのだろう。先進七カ国首脳会議(G7広島サミット)で採択された「核軍縮に関する広島ビジョン」である▼核兵器のない世界を追求する方向性を示す一方で文書には核廃絶への条件が並ぶ。「全ての者にとっての安全が損なわれない形で」「現実的で」「実践的な責任あるアプローチ」−▼核保有国は不安定な安全保障環境の中で核兵器を手放したくない。核廃絶には現実的で実践的な方法が必要なことも理解するが、その条件めいた表現が核廃絶に向けたG7首脳の熱を疑わせてしまうところもある。文書には核兵器には戦争抑止の役割があると認めてしまっているような表現もある▼どうあっても核兵器を世界からなくす。その理想と決意を聞きたかったはずだ。被爆地広島はそれがもどかしいのだろう。


今日の筆洗

2023年05月20日 | Weblog
エジプト在住の知人は約二十年前に日本を旅し、広島の原爆資料館を訪れた。当時三十歳のエジプト人に最も強い印象を与えた展示は、焼けた三輪車だったという▼原爆投下当時、爆心地から一・五キロ離れた家の前で鉄谷伸一ちゃん=当時(3つ)=が乗っていた。「水をちょうだい」と苦しんだ末、冷たくなった▼父親の信男さんは遺体を火葬する気になれず、天国でも遊べるようにと三輪車と一緒に庭に埋葬した。被爆から四十年後に骨を墓に移そうと掘り返し、三輪車は資料館に寄贈した。多くの人の心に残る展示らしく、経緯は絵本『伸ちゃんのさんりんしゃ』(童心社)に描かれた▼G7広島サミットに参加した各首脳も、展示に何かを感じただろうか。一行が昨日、資料館を訪れた。滞在は約四十分。何を見たのか気になるが、小欄執筆時点で詳細は明らかではない。七年前に訪れたオバマ米大統領(当時)は滞在約十分。ロビーに一部の収蔵品が集められ、斃(たお)れた人の遺品となった弁当箱などを見たと後に報じられている▼先の絵本は、年を重ねた信男さんが孫たちに伸ちゃんの話を聞かせる形で進む。最後にこう語りかける。「さんりんしゃで、おもいきりあそべるよのなか、へいわなよのなかにしようねえ」▼子どもたちが遊び、弁当を持って出掛けた家族もちゃんと帰ってくる日々を守ることこそ、政治の務めだろう。
 
 

 


今日の筆洗

2023年05月19日 | Weblog
広島市南部の宇品港(後の広島港)は明治以降、戦地への出兵拠点となった▼日清戦争直前に神戸方面からの鉄道が広島まで開通。広島と宇品の間も線路が敷かれ、港周辺に陸軍の施設ができた。日露、日中戦争と戦地が変わっても兵は宇品から出発した。無事に戻る兵もいたが、やがて遺骨の帰還が増えた▼原爆が落ちた日、爆心地から少し離れた宇品の陸軍部隊は大きな被害をまぬがれ、負傷者の救護にあたった。宇品に運ばれた負傷者を、臨時の野戦病院となった近隣の島々へ船で搬送したという▼今日始まるG7広島サミットの主会場は宇品のホテル。海に囲まれアクセス道が限られており、警備をしやすいことから選ばれたようだが、武力に頼み膨張しようとしたかつての国の姿や、やがて迎えた惨劇を知る海辺に各国首脳を迎えるのも巡り合わせだろう。ロシアのウクライナ侵攻や核軍縮など、平和を巡る難題に解決の道筋を示せるだろうか▼地元紙の中国新聞に五年前、毎日のように宇品のかのホテルにバスで通い、喫茶店で対岸の島を眺める女性の話が載っていた。当時九十二歳。原爆投下直後、女子挺身(ていしん)隊員として対岸の島の軍施設にいて負傷者を迎えたが、薬はすぐに尽き、人々は息絶えた。島を日々見つめることは慰霊なのだという▼今は穏やかな島の姿を見るだろう首脳たちの議論が、有意義であることを。