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今日の筆洗

2022年03月30日 | Weblog

アルファベットをかたどった英字ビスケットを最近はあまり見かけない。一説によると明治時代に既に売られていたというから歴史は古い。英字にしたのは当時の西欧化と関係があるかもしれない▼英字ビスケットを朝食代わりにしていたのが作家の内田百閒で毎朝牛乳といっしょにかじっていたそうだ。やはりビスケット好きだった師、夏目漱石の影響らしいが、毎朝とはよほど気に入っていたのだろう▼笑ってしまうのは英字に好みがあったことで「アイ(I)やエル(L)は劃(かく)が少(すくな)いので口に入れても歯ごたへがない」。逆にBやGも画数が多すぎ、口の中でもそもそする。ちょうどいいのを選んで食べていた▼原料の値上がりによって、もし、IとLあるいはCばかりの英字ビスケットになれば、百閒先生、さぞかし、がっかりするだろう。ウクライナ情勢を受け、小麦の価格が世界的に上がっている▼生産量世界八位のウクライナに世界三位のロシアが侵攻すれば、当然、小麦は不足し、国際相場は上昇する。ビスケットはともかく小麦粉を原料とするパンや麺類が値上がりすると聞けば心もとない。中東では主食であるパンの一種が手に入りにくくなっているという。心配である▼地球のどこかで争いが起これば世界中の苦痛となる。かの国に向け、子どものときやったみたいにビスケットで「N」と「O」を並べてみる。


今日の筆洗

2022年03月29日 | Weblog

古い友人が妻を病気で亡くした。まだ、五十代だった。悲しい。それ以外の言葉が出てこない▼友人にある映画のことを話そうかと思った。やはり思いとどまった。まだ、冷静に受け止められないだろう。友人と事情はまったく異なるが、映画の中で男は妻を病で失っている。映画は「ドライブ・マイ・カー」▼友人は亡くなったばかりの妻を残して、一日だけ仕事に戻ったと言った。驚いた。こちらの反応が非難がましく聞こえたのかもしれない。「あいつが生きていたら、仕事に戻れと絶対に言ったはずだ」。その言葉に友の負った傷の深さを想像した▼「ドライブ・マイ・カー」が米アカデミー賞の国際長編映画賞を取った。絶望から再生に向かう物語がコロナ禍やウクライナの悲劇の中で評価されたという。秀逸なのは再生の描き方だろう。あの映画はたぶん希望など描いていない。立ち直ることも無理強いしていない▼人を励ます方法はいろいろで背中をたたいて大声で元気を出せというやり方もある。理屈で説得する人もいる。映画はどれとも違う。傷ついた人の背中にかすかに触れ、静かにこうささやいているようだ。分かるよ。でも生きていくしかないじゃないか▼約三時間の上映時間が長いとは感じない。痛みを理解しつつ多くを語らず、ただ、車を走らせてくれる。そういう三時間が必要なときが誰にだってある。


今日の筆洗

2022年03月28日 | Weblog

『博士の愛した数式』などの作家、小川洋子さんが阪神ファンになったのはお父さんの影響だと、エッセーに書いていらっしゃった▼「タイガースが勝って、父が喜ぶと、私もうれしい」。どこのお宅でも同じか。小川さんの次の一文には阪神ファンならずとも昭和からの野球ファンは懐かしさで胸がいっぱいになるだろう▼「ビールを飲んでいい気分の父、裁縫をする母、田淵がホームランを打つように神棚に手を合わせる弟と私。そしてラジオから流れる、野球の実況放送。それが私にとっての、幸福の記憶だ」−。野球が家族の幸福な思い出をつくった▼幸福な時間が今年もまた帰ってきたと言いたくなる。プロ野球が開幕した。コロナ禍もやや落ち着き、今年は観客数の上限はなし。延長戦もある。マスクはまだ外せず、大声も出せないが、満員の観客席を見れば、ようやくここまできたかとほっとする▼令和の家庭の中に野球がどれだけ存在しているのかは分からない。今の時代、なにも楽しみは野球ばかりではなく、かつての時代ほど家族の話題の中心ではないかもしれない▼それでもサクラが咲き、なにもかもが新しく生まれかわる季節にプロ野球が開幕するのはうれしい。昨シーズンの失敗もふがいなさもすべては帳消しとなり、ゼロからのスタート。今は勝者も敗者もない。あるのは希望と期待のみ。さあ、行こう。


今日の筆洗

2022年03月26日 | Weblog

一九九三年秋、カタールのドーハで起きた悲劇をテレビで見た▼サッカーのワールドカップ(W杯)米国大会アジア最終予選のイラク戦。日本が勝てば初のW杯出場が決まったのに、終了間際に追いつかれて夢破れた衝撃は忘れがたい▼テレビのスタジオ解説者の一人は後に代表監督になる岡田武史氏だった。試合後、生放送中に思いがこみ上げ、絶句した。やがて、日本は十分にW杯が狙える水準に今回初めて達したのだと指摘し「いきなり出ようというのは甘いよ、W杯はそんな簡単なもんじゃないよと言われてるような気がした」と語った▼そのカタールで十一月に開幕する次のW杯。おととい、日本はアジア最終予選のオーストラリア戦に勝ち、七大会連続の本大会出場を決めた。最終予選序盤は三試合で二敗。岡田氏が昔語ったように「簡単じゃない」道程で、あの悲劇以来の予選敗退もちらついた。悲劇を選手として知る森保一監督以下、よく巻き返した▼九三年のイラク戦に関しては「パス回しで時間を稼ぎ、逃げきれなかったか」とも言われた日本。前回W杯本大会では一次リーグ最終戦の終盤、負けているのに時間を稼ぎ、批判も浴びた。同時進行の他会場の経過から、このまま終われば一次リーグを突破できるという判断。いつしか、W杯に出るだけでは満足しない国になった▼因縁の地の舞台で進化の証明を。


今日の筆洗

2022年03月25日 | Weblog

ロシアが生んだチャイコフスキーの序曲「1812年」は、ナポレオンが率いるフランス軍を撃退した帝政ロシアをたたえる▼フランス国歌「ラマルセイエーズ」や帝政ロシア国歌の旋律も使う。モスクワで開くイベントのためにと依頼されて作ったが、知人への手紙に「何か祝典のために作曲するほど気乗りのしないことはありません」と書いている。生活のために受けた仕事のようだ。音楽之友社の名曲解説に教わった▼入魂の作ではないかもしれないが、最近ニュースで取り上げられている。ロシアがウクライナに侵攻するなか、ロシアの戦勝を祝う曲は不適切として演奏をとりやめるコンサートが相次ぐ。先日も九州交響楽団が秋の演奏会での曲目変更を発表した▼生前のチャイコフスキーはよく、妹が嫁いだウクライナのまちを訪れた。散歩をし、人々が歌うウクライナ民謡に触れ、それを取り入れた交響曲も作った。「白鳥の湖」も、妹の子たちのために作った短編バレエが骨子になったという。結婚の失敗など、孤独でもあった作曲家。ウクライナは人のぬくもりを感じられる所だったようだ▼没後に帝政が倒れ、ソ連時代になると、序曲「1812年」の帝政ロシア国歌の部分が別のメロディーに替えられたことはクラシックファンに知られる。権力の変動に伴う改変▼天国の巨匠も政治に言いたいことは多々あろう。


今日の筆洗

2022年03月24日 | Weblog

「(ナチス・ドイツに対し)われわれは最後まで戦う。海辺でも水際でも大地でも街角でも丘でも戦うだろう。断じて降伏しない」。一九四〇年、英下院でのチャーチル首相の有名な演説で、米大統領ルーズベルトはこれを聞いて英国への本格的な軍事援助に動いたと伝わる▼「私には夢がある」。説明はいるまい。六三年、黒人差別撤廃を訴えるワシントン大行進でのキング牧師の演説で公民権運動のシンボルのような言葉となった▼歴史的演説を集めたのにはわけがある。いずれもウクライナのゼレンスキー大統領が最近の演説で引用もしくはそれに近い形で用いた言葉だからである。チャーチルの引用は英下院での演説。その言葉でロシアの侵攻と戦い続ける決意を示した。キング牧師の言葉は米議会。その夢にたとえ、自分の夢はウクライナの空を守ることであり、そのための一層の支援を求めた▼日本での国会演説では名演説の引用はなかったが、強調していたのは原発が攻撃された事実やロシアが核兵器の使用をちらつかせていることである。原発事故、原爆。いずれも日本が苦しんだ経験である▼大統領が各国の演説でその国の歴史にまつわる出来事に触れる理由がわかる。ウクライナの現状を、自分の国の出来事や痛みとして想像してほしいという願いからだろう▼大統領は日本の共感力と想像力に望みを託している。


今日の筆洗

2022年03月23日 | Weblog

映画館が停電する。場内アナの声。「停電のためしばらくお待ち下さいませ」。客席の男がつぶやく。「今夜の映画は停電するわけがないんだがなあ」。「あらどうして」。隣の女性が聞く。「だって『ガス燈(とう)』だもん」▼少々説明がいりそうだ。『ガス燈』はシャルル・ボワイエ主演映画の題名。コントの出どころは一九四七(昭和二十二)年十一月放送のNHKラジオバラエティー番組「日曜娯楽版」である▼戦後間もない時代は停電がしばしばあったそうで停電をからかったコントがよく出てくる。こんなのもあった。「みんなが困っているのになんで停電が好きなのよ」「へーい、ローソク屋でござい」−▼そんな時代から七十五年後にまさかの電力不足である。政府は東京電力、東北電力管内に初の「電力需給逼迫(ひっぱく)警報」を発令した▼十六日の宮城県などでの地震の影響によって火力発電所六基が停止。加えて折からの寒の戻りで暖房の使用が増え、需要に対し電力供給がぎりぎりの状態になった。間の悪い名残の雪が恨めしい▼三月の雪と聞けば、井伊大老暗殺の桜田門外の変を連想するが、社会にあだなす電力需給逼迫という名の「討ち手」がひたひたと迫っていることを国や電力会社はもう少し早くに教えていただけなかったか。突然、警報だ、節電だと求められても家庭も事業所も協力のスイッチは入れにくかろう。


今日の筆洗

2022年03月22日 | Weblog

作家の向田邦子さんが宿題の思い出を書いていた。小学生のときだったそうだ。朝になって終わっていない宿題があることに気づいた▼「どうしてゆうべのうちにやっておかない」。父親に叱られ、半べそで宿題をやったそうだ。後でおばあさんがこんな歌とともに宿題は前の日に終わらせなければいけないよと教えてくれたという。<明日ありと思ふ心のあだ桜夜半に嵐の吹かぬものかは>。明日、見ればいいと思っていた桜の花だって夜中に嵐で散ってしまうことだってあるではないか。だから一日一日を大切にしなければ。そんな意味だろう▼気象庁が二十日、東京都心でソメイヨシノが開花と発表した。平年より四日早いそうだ。もうそんな季節になったか▼開花の知らせに桜の多い近所の河川敷に出かけるが、このあたりはまだまだで、つぼみは固く、<明日ありと>と油断してもしばらくは大丈夫そうである▼ロシアの侵攻が続くウクライナの首都キエフ。その地で桜が咲くのはだいたい四月の終わりから五月だそうだ。穏やかな桜を見せてあげたいが、ロシアの攻撃によって深刻な状況が続く▼侵攻からまもなく一カ月。当初は数日の間にキエフは陥落すると言われながらも懸命に持ちこたえている。一日でも一秒でも早い停戦に向けた、国際社会の一層の取り組みを願う。<明日ありと思ふ心のあだ桜>とかみしめる。


今日の筆洗

2022年03月19日 | Weblog
昨夏の東京五輪柔道女子48キロ級三位決定戦。ウクライナのダリア・ビロディド選手は、イスラエルの選手に勝って銅メダル獲得を決めると涙を流した▼テレビで見た表情からは、悔し涙と受け取れた。ほしかったメダルは別の色。銀メダルの日本の渡名喜風南(となきふうな)選手に準決勝で敗れた。ビロディド選手が過去四勝一敗で身長も二十四センチ高く、有利とみられた。だが、延長に持ち込まれ消耗戦に。技を放った後に逆襲され、抑えこまれた▼その銅メダリストが母国の戦火を逃れ、スペインに着いた。共同通信によると、キエフ近郊の自宅から柔道着も持参し、避難先のクラブで練習している▼ロシアの柔道家・プーチン大統領が軍に命じたウクライナ侵攻。ビロディド選手は自宅から約二百メートルの所の爆発音を聞き、「怖くて泣き始めた」という。柔道関係者が避難に協力してくれた。「温かい気持ちになった」と感謝している▼ロシア研究者の木村汎(ひろし)氏の著書「プーチン 人間的考察」によると、プーチン氏が少年時代に柔道を始めたのは小柄だったゆえ。相手の技の仕掛けを待ち、その体重移動に乗じて反撃するなど、工夫次第で大きな相手に勝てる競技にひかれた▼体格で勝るビロディド選手を相手に渡名喜選手も示した「柔よく剛を制す」。物量で勝る敵に対し待ち伏せ攻撃で粘るウクライナ軍も、それを証明する気かもしれない。