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今日の筆洗

2023年04月29日 | Weblog
二〇〇八年、ジャーナリストの安藤優子さんは女性誌の対談に歌手アグネス・チャンさんを招き「まずお詫(わ)びしたい」と切り出した▼その約二十年前、アグネスさんが赤ちゃんを連れてテレビ局に出勤したことを巡る「アグネス論争」が起きた際、批判的な立場を取った。働く女性こそ渦中の人を応援すべきだったのではないかと「心の中にひっかかっていた」という▼「アグネスさんのように時代を切り開いた人がいるから、職場に託児所ができたり、仕事と出産の両立があたりまえになってきたわけで」。アグネスさんは誠実さに胸打たれ、救われた思いがしたという▼愛知県豊明市が五月から職員の子連れ出勤を通年で認める。ふだん預ける保育園が使えないなど緊急時の選択肢。全国の自治体で初めてらしい▼三月上旬から約一カ月試行。男女の職員計二十人余が延べ三十回以上、子連れ出勤したが、アンケートでは受け入れ側職員にも容認する意見が多かったという。アグネス論争時と比べて「職場に子どもなんて」と拒む人は減ったのだろう。少子化も深刻さを増した▼アグネスさんの子連れ出勤は、親らが香港在住で頼れず、レギュラー番組を多く抱えて長い育児休業は困難だったことなどが理由。誤解されがちだったが「ポリシー」でそうしたわけではないという。時に職場の優しさに頼むほかない現実が今と通ずる。
 
 

 


今日の筆洗

2023年04月28日 | Weblog
二〇〇三年の衆院選で、小泉純一郎首相が率いる自民党は比例代表候補の七十三歳定年制を導入。当時八十五歳の中曽根康弘元首相も政界引退を余儀なくされた。ときの幹事長は安倍晋三氏。『安倍晋三回顧録』によると、小泉氏の指示で中曽根氏を訪ね、引退を求めた▼衆院比例北関東の終身一位を約束されていた中曽根氏。それを示すかつての党幹部の署名入り書類を示し「どういう理由でこれを反故(ほご)にするんだ」と迫った。安倍氏は選挙情勢の厳しさを語り「自民党を助けると思って、ご協力をいただけないでしょうか」と訴えた▼バイデン米大統領(80)が来年秋の大統領選出馬を表明した。既に史上最高齢の米大統領で再選を果たせば任期末に八十六歳。中曽根氏の引退時のそれも超える。少し心配である▼米国のある世論調査では70%が再選出馬に反対。それでも米民主党に代わりの人材は見当たらぬらしく、来年二月に始まる各州の党予備選・党員集会は無風との見方もある▼先の中曽根・安倍会談。中曽根氏は小泉氏指揮下の相手の立場を慮(おもんぱか)ってか、顔を見てフッと笑い「君も貧乏くじ引いたな」と言った。「幹事長の役目は選挙に勝つことだ。応援するよ」などと言われ安倍氏はうれしかったという▼米国を率いる老練家に再考を促し「応援するよ」と言わしめる誰かが現れるサプライズも、まだ起きうるのだろうか。
 
 

 


今日の筆洗

2023年04月27日 | Weblog

英語の歌詞が日本語のように聞こえることがしばしばある。洋楽の「空耳」というやつで、英ロックのクイーンのファンなら思いつくのは「キラー・クイーン」の歌詞にある「ガンパウダー ゼラチン(gunpowder gelatine)」。火薬とゼラチンという意味だが、「がんばれ、タブチ」と聞こえる▼「アライさんとこの、ゴムホース」。これも古い「空耳」で、歌った方もいるか。曲は「バナナ・ボート」(一九五六年)▼同曲などで知られる米国の歌手のハリー・ベラフォンテさんが亡くなった。九十六歳。滑らかで力強い歌声を思い出す日本のファンも多いだろう▼最も成功したアフリカ系米国人歌手と呼ばれる一方、六〇年代の公民権運動に取り組み、キング牧師を資金面でも支えた。八〇年代にはアフリカ貧困救済のチャリティーソング「ウィ・アー・ザ・ワールド」の提唱者にもなった▼「アーティストがいつ社会運動家になったのか」としばしば問われた。「アーティストになる前から社会運動家だった」と胸を張る人だった▼「バナナ・ボート」はバナナの荷役を嘆く労働歌である。「アライさんとこの、ゴムホース」と聞こえる部分は「daylight come and I want go home」(日が昇る。オレは帰りたい)−。米国を歌声と行動で輝かせた大きな日が沈んでいく。


今日の筆洗

2023年04月26日 | Weblog

第二次世界大戦の直後、旧満州(中国東北部)にいた俳優の森繁久弥さんが当時のことを書いている。略奪、暴力が続く、混乱の満州から誰もがわれ先に日本に帰りたいと願ったが、森繁さんは満州にいるすべての日本人を送った後、「最後の船」で帰ろうと考えたそうだ▼「私が心から愛した、この国土を(略)、この赤い朝日の満州を去るのに、何を急ぐのか」。危険はある。それでも森繁さんは七年間、住んだ満州を離れることが「哀(かな)しかった」という▼どんな思いで首都ハルツームを離れたのだろう。戦乱のスーダンにいた邦人とその家族が自衛隊機で周辺国ジブチに退避した▼停戦合意さえ十分に守られぬ中、まず陸路でハルツームから約八百キロ離れたポートスーダンに移動したそうだ。陸路とは怖かっただろう。退避作戦がひとまず成功したことにこちらもホッとする▼住み慣れたスーダンの地を離れることに森繁さんと同じ気分になった人もいるかもしれない。現地での生活や友人との別れを寂しく思い、何よりも戦闘と荒廃の中にスーダンの行く末を自分の友のように心配した人もいるだろう▼政府は退避した人の希望に基づき日本への帰国を調整しているそうだ。「やっぱり、わが家が一番」。旅から帰った後、誰もが思う言葉か。日本の「わが家」に近づく一方で、スーダンの「わが家」のことも忘れられまい。


今日の筆洗

2023年04月25日 | Weblog
気象予報の的中や気象予報士試験の合格を祈願する杉並区高円寺の気象神社の絵馬は変わっていて下駄(げた)の形をしている▼いうまでもなく、絵馬の形は下駄や草履をけり上げ、表が出るか裏が出るかで天気を占った、かつての習俗や遊びと関係がある。「明日天気になーれ」。遠足の前の日に靴で試した人もいるだろう▼自民党の幹部はおそらく落ちてきた下駄を前にしてこれをどう判断すべきかで悩んでいるはずだ。統一地方選後半戦で焦点だった衆参五補欠選挙は自民党の四勝一敗という結果となった。五補選の結果で、早期の衆院解散・総選挙に踏み切るかどうかを見極めたいという空気が党内にはあった▼四勝一敗は占いでいえば、下駄が立派に表を向いた「晴れ」であり、早期解散論が勢いづきそうだが、気になるのは勝ち方である。衆院千葉5区、参院大分選挙区は勝ったとはいえ、いずれも僅差。とりわけ千葉は、野党乱立という自民党には有利な選挙だったはずだが、辛くも、逃げ切った形である▼下駄は表と出たが、よく見れば、縁起の悪いことに、その鼻緒が切れかかっているようなものか。「晴れ」の四勝一敗も場合によっては「雨」の二勝三敗になっていても不思議ではない戦績である▼四勝一敗を政権への評価だと反っくり返るのは、控えた方がよろしかろう。下駄の表裏を変える世間の風は定まっていない。
 
 

 


今日の筆洗

2023年04月22日 | Weblog

戦時中、滋賀県内の役場で召集令状「赤紙」の配達を担当していた男性宅に、既に何度も赤紙が来て息子たちが召集されていた父親がやってきた▼手土産は大きなコイ。「なんとか、もう自分の息子たちを召集しないでほしい」と頼まれた。自分は赤紙を配るだけで召集の人選はしていないと説明したが、気の毒で本当に弱ったという。徴兵を嫌がれば「非国民」と呼ばれる時代。父親も覚悟を決めての行動だったか。吉田敏浩氏の著書『赤紙と徴兵 105歳 最後の兵事係の証言から』にあった▼ウクライナ侵攻で兵員を確保したいロシアが令状の電子化を決めた。各種行政サービスを受けるために多くの国民が登録しているインターネット上の統一システムを通じ、令状が届くという▼従来の紙の令状は手渡しの必要があり、受け取りを避けようと行方をくらましたり、国外脱出したりする人が相次いだ。電子化された令状が個人のアカウントに届くと出国できなくなる。一定の期間内に徴兵当局に出頭しなければ、自動車の運転や不動産取引が禁じられるという。徴兵逃れを許さない強権発動に見える▼先の著書には、息子五人が次々と出征した家の話もある。赤紙を受け取った父親が「そうですか、また来ましたか」とうつむいて涙した時には、配達した側ももらい泣きしたという▼デジタルの世の冷酷さが際立つ感もある。


今日の筆洗

2023年04月21日 | Weblog
アフリカを潤すナイル川が流れるスーダンはかつて、英国や隣国エジプトの支配を受けた。十九世紀後半、「救世主」を名乗る指導者が武装蜂起し国家を建設するが、やがて英国に武力で鎮圧される▼現在の首都ハルツーム近郊のナイル川沿いのまちの名から、オムドゥルマンの戦いと呼ばれる。後に首相となる若きチャーチルが新聞に寄稿するつもりで英軍に従軍した▼敵の死体が重なり異臭を放つ凄惨(せいさん)な現場。「神の思し召しにより創られた人間がこのような姿になるなど、想像するのは難しい」と活字に残した(『チャーチルは語る』浅岡政子訳)▼一九五六年の独立後も内戦が起き、軍事クーデターも繰り返されたスーダン。今は国の正規軍と準軍事組織が戦い、血が流れている。現地の約六十人の邦人退避のため、日本政府は自衛隊機派遣の準備を始めたが、本当に戦地に飛ばせるのか心配である▼戦闘で停電が頻発し、人々は食料確保に苦労しているようだ。飲み水さえ手に入らないと嘆く人の姿をテレビが伝えていた。まずは停戦実現に向け、各国が働きかけねばなるまい▼チャーチルは、オムドゥルマンの戦いで傷つき死に瀕(ひん)しながらナイルの水を求める敵兵の姿も描いた。「川までたどり着いて水際で死んでいた。死ぬ前にひと口でも水が飲めたと信じたい」。大河が潤す地に本来、渇きなど似つかわしくないのに。
 
 

 


今日の筆洗

2023年04月20日 | Weblog
落語の「蛙(かわず)茶番」はシロウト芝居の役もめの話で、芝居の当日、伊勢屋の若旦那が姿を見せず、幕が開けられない。若旦那の役は「天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)」の巨大なガマガエル。クジの結果だが、若旦那、この役が気に入らず、すっぽかす。若旦那ばかりではない。舞台の警備役にあたる「舞台番」の半公もおもしろくないとやって来ない…▼「恐らく芝居始(はじま)って以来、興行者、或(あるい)は演出家が、この俳優の役もめには手を焼いているのであります」と劇作家の岸田国士(くにお)が役もめをかつて嘆いたが、役者の方は嫌な役を引き受ければ、自分の立場が傷つけられた気にもなる▼政治家は地方ではガマガエルほど、あまり引き受けたくない役になっているようだ。統一地方選後半戦の町村長選と町村議選。町村長選は半数を超える七十町村、町村議選は総定数の約三割が無投票で当選したそうだ。その役を引き受けたいと思う人が少なく、選挙にならない▼なり手が少なく無投票。投票の機会がなくなることで政治への関心はさらに薄れ、また、なり手は減る。そんな連鎖を想像する▼出馬するリスクや報酬の問題もあるが、世間ではやはり、その役が魅力的に見えていないのだろう▼政治家という職業が光にあふれ、誰もが憧れる役にすることが解決策か。が、政治とカネの問題が相次ぐ政治を見れば、その役はどうしたってガマガエルに思える。
 
 

 


今日の筆洗

2023年04月19日 | Weblog
一九一九年、ボストン・レッドソックスが花形選手のベーブ・ルースをニューヨーク・ヤンキースに放出したのはブロードウェーのミュージカルと関係があるそうだ▼オーナーが演劇プロデューサーで舞台の制作資金をひねり出すためルースを金銭トレードしたと伝わる。それほどミュージカル制作には巨額な資金が必要だが、ヒット作を生み出すのが極めて難しいのもこの世界。初日に打ち切りとなる作品もざらにある▼厳しいブロードウェーで歴史的なヒット作となった「オペラ座の怪人」がついに幕引きとなった。八八年から続いた上演期間はブロードウェー史上最長記録の三十五年、上演回数は約一万四千回。「怪人」を上回る作品は今後なかなか出てこないだろう▼作曲家のアンドリュー・ロイドウェバーさんによる、ドラマチックなタイトル曲や甘い「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」を口ずさむ方もいるか。クリスティーヌに対する怪人の決して受け入れられることのない切ない心。その物語は現代の満たされぬ人々の思いと裏表になっていたのかもしれぬ▼コロナが落ち着いた後も入りが芳しくなく、あの豪華な舞台を支え続けるのが難しくなったと聞く。米中枢同時テロにもくじけなかったが、コロナには勝てなかったか▼いや、あの怪人はオペラ座の地下に潜み、ブロードウェーに再び、現れる日を待っている。
 
 

 


今日の筆洗

2023年04月18日 | Weblog
米中央情報局(CIA)にかつて在籍した人物が、相手から秘密を聞き出すヒントを書いていた。あからさまな質問をすれば、相手は警戒する▼大切なのは「必要な情報を一度に得ようとしない」ことらしい。当たり障りのない話を重ねているうちに相手もそうとは気づかず、情報の断片を口にすることもある。こうした情報をつなぎ合わせて全体像を把握するのだという。映画の世界とは違って地味な作業である▼今やスパイもそんな気長な方法は必要ないか。運がよければ、誰かが国の最高機密をそのままネット上に公開してくれるかもしれない。ロシアのウクライナ侵攻に関する米軍の機密情報が流出した事件である▼情報を流出させたのは米マサチューセッツ州の二十一歳の州兵だった。情報管理部門に所属し、国防総省の情報システムへのアクセス権を持っていたようだ▼スパイ小説なら国を裏切る葛藤やサスペンスが描かれるべきだが、このケースはコメディーに近い。報道によると自分が機密にアクセスできる人間であることを自慢したくてSNS上に機密文書を掲載してしまい、これが広まった▼動機は愚かしくとも結果は深刻でウクライナ側の今後の作戦にも影響が出かねない。情報には米国が同盟国への盗聴によって得た内容も含まれるという。米国の「不作法」という隠しておきたい「最高機密」もまた漏れた。