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今日の筆洗

2018年07月30日 | Weblog

 かつての日本の流行歌には駅の発車ベルで恋仲の二人が泣く泣く別れるという内容の曲が多くあった。<惚(ほ)れていながら行く俺に旅をせかせるベルの音>(三橋美智也「哀愁列車」)、<別れ切ないプラットホーム ベルが鳴るベルが鳴る>(春日八郎「赤いランプの終列車」)あたりが浮かぶ懐メロファンもいらっしゃるだろう▼最も古い発車ベルでのお別れ曲は一九四二(昭和十七)年に録音した淡谷のり子の「夜のプラットホーム」か。<プラットホームの別れのベルよ さよならさよなら 君いつかえる>▼たわいない歌詞だが、発禁処分となった。出征兵士を見送る妻が<君いつかえる>ではけしからんとは、いやな時代である▼哀愁の発車のベルも今は昔か。JR東日本は八月一日から一部区間で駅のホームにある発車ベルを使わず、車両のスピーカーでドアの開閉を知らせる実験を始めるという▼駆け込み乗車対策だそうだ。改札口まで聞こえる大音量の発車ベル(メロディー)が駆け込み乗車を誘発しているのでは。そう考え、ホームぐらいにしか聞こえない音やアナウンスに置き換えて、その効果を調べるという▼効果があれば、やがて全国でベルが消えていくかもしれぬ。寂しい気もするが、死亡事故も起きている危険な駆け込み乗車。少しでも減るならば、やむを得ぬところで<別れのベルよ>と手を振るか。

 哀愁列車 三橋 美智也

赤いランプの終列車(春日 八郎)

 

夜のプラットホーム 淡谷のり子

 

 

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今日の筆洗

2018年07月29日 | Weblog

 西から昇ったおひさまが東へ沈む-。「天才バカボン」の主題歌で放送開始は一九七一年なので、今でもすらすらと歌詞が出てくるという世代は六十歳近いか。八月二日は赤塚不二夫さんの祥月命日で没後十年という▼あの歌のおかげで、太陽はどちらから昇るかを学んだという当時の子どももいるのではないか。バカボンのパパはいつもでたらめなので歌とは正反対に覚えればよい。だから正解は東という具合▼東にあった台風が西へと進む。こっちの方は笑いごとではなく、身構える。夏場の台風は西から東へと進路を取るものだが、へそ曲がりな台風12号が異例のルートで東から西へと進む▼南の上空に反時計回りの空気の渦があり、その影響によって西寄りのルートを進んだとみられているが、見たこともない台風の進路図が不気味である。先の西日本豪雨の被災地に向かっているのも気掛かりで、どこまでも底意地の悪い台風である。異例な進路に予想もつかぬ被害が心配である▼それにしても異例やら異常という言葉をよく耳にした、この七月である。西日本豪雨に始まって、全国的な猛暑、そしてこの西も東も分からぬ台風。「西から昇ったおひさま」ほどではないにせよ、これだけの異常、異例が続けば何事ならんと心も落ち着かぬ▼同じ赤塚作品でも「シェー」ではなく「これでいいのだ」の普通の夏の空が恋しい。

 

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今日の筆洗

2018年07月28日 | Weblog

 今から二千年以上前の古代インドの王朝でも、汚職は警戒すべき悪徳だったようだ。宰相カウティリヤの作とされる『実利論』に巧みな表現がある▼<水中を泳ぐ魚が水を飲んでも知られることがないように、職務に任じられた官吏が財を着服しても知られることはない>。財産で満たされた海を自在に泳ぎながら、誰にも気付かれずに利益を得る姿が伝わってくる▼澄んだ水が、また汚されたような事態ではないか。東京地検特捜部が一昨日、収賄の疑いで文部科学省の幹部を逮捕した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)に出向中、元会社役員に便宜を図り、謝礼として接待を受けた疑いがあるという。宇宙飛行士の式典出席に関する便宜だった可能性があるという▼脇が甘いという話にも思えるが、舞台となったのは、宇宙開発の中心となる組織だ。小惑星探査などに子どもを含め多くの人が夢を託し、期待と共感をもってみつめている▼文科省では、私大支援事業を巡る受託収賄罪で幹部が起訴されたばかりでもある。官職に清濁はないのだろうが、疑いが本当なら、とりわけ清くあってほしい人々が、人知れず公共の水を飲んでいた▼よどんだ水は濁る。相次ぐ不祥事は長い間のよどみを思わせる。『実利論』は<配置転換をせよ。彼等(ら)が財を食いつぶさないように>などと説く。古典的な戒めもどこかで忘れられていたか。

 
 

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今日の筆洗

2018年07月26日 | Weblog

 小説を読んでもらうことは初対面の人に自分の車に乗ってもらうのと同じだ-。『アヒルと鴨のコインロッカー』などの作家、伊坂幸太郎さんがこんなことを語っている▼初対面の人を車に乗せることは難しい。だから、冒頭部分に知恵を絞る。笑わせ、驚かせ、はっとさせ、車に乗せるため、読者をひきつけようと心掛ける▼このたとえでいえば、とても車に乗れぬ、三年に一度の大芝居の冒頭のつまらなさ、迫力のなさである。自民党総裁選。さあ幕が上がったと思ったら、岸田さんがはや出馬を断念し、安倍さんの三選を支持するとおっしゃった。岸田さんの支持で安倍さんは党内の六割方を固めたそうな▼岸田さんとしては勝てそうもないし、負ければ反主流派として冷や飯を食うことになる。かわいい子分を思えば…。そんなところか。分からぬでもないが、それでは、己の志はどうなるのだと大向こうからはきついやじも飛ぶだろう▼安倍さんとは異なる政治の考えをお持ちのようである。ならば勝とうが負けようが出馬し、意見を戦わせる選択はなかったか。たとえ敗れても、その志と心根を買う人も現れよう。それが次の次、その次につながるものであろうに、迷った末に不出馬では悪い印象しか残らぬ▼堂々たる論戦が見たい。どうなるかは分からぬとはいえ、第一幕でつまずいた芝居にあまり良い予感はしないが。


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今日の筆洗

2018年07月25日 | Weblog

 「信長燃ゆ」などの直木賞作家、安部龍太郎さんは若い時、井伏鱒二さんの自宅に押し掛けたことがあるそうだ。作品を尊敬する大作家に直接読んでもらい「力量を見定めていただきたい」。そう考えた▼わが力量をと携えたのだから自信の作だったのだろうが、井伏先生は読了後も腕組みをしたまま厳しい顔で黙り込んでいる。「あの、どうでしょうか」とおそるおそる尋ねると先生は一言、「君は下手だね」▼自分とは大きく異なった他人の評価。ほろ苦い逸話が浮かんだのは夫婦の家事分担に関する最近の調査結果を読んだせいだろう。正社員で共働きの既婚男女に家事や子育ての分担割合を聞いたところ夫の回答は平均で「三割四分」。これに対し妻側の認識は「二割五分」にとどまったという▼野球でいえば、夫の方はスター選手級の打率を残しているつもりでも、妻の方はそこそこの選手としてしか認めていないということか。こうしたズレがいさかいにつながるのはよくある話で、夫の方はそれなりに活躍しているつもりでも「まだまだ足りぬ」と自覚し、さらに奮闘するしかあるまい▼妻の皆さんも「二割五分」に腹は立とうが、夫には怒るよりも、やる気を促す言葉の方が効果的かもしれぬ▼「君は下手だね」の一言にうなだれる安部さんに井伏さんはこう語ったそうだ。「しかし、最初はみんな下手だったんだ」