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今日の筆洗

2023年08月31日 | Weblog
井上ひさしさんの戯曲『十一ぴきのネコ』に「悪口唄」というのがある。にゃん太郎が仲間の十ぴきの野良ネコたちに向かって歌いだす▼<おまえらのツラは/目は猿まなこ(略)/顔もひどいが/勇気もない/びくびく暮らして/とっ捕まって>…。最後は三味線の皮になればいいとののしる▼にゃん太郎が怒るのには理由がある。十ぴきはひどい境遇と日々の空腹に耐えかね、この世からおさらばしようというのである。今度、生まれてくる時は白いペルシャ猫になってお姫さまのひざの上でカツオブシを食べたい-。そう願っていたが、「悪口唄」に腹を立てているうちにつまらぬ考えを忘れる。よかった▼学校の夏休みが終わる。この季節を心配し、「悪口唄」を思い出す。夏休み明け、子どもたちが生きることに絶望し、思い詰めてしまう傾向がある。特に九月一日は子どもが取り返しのつかぬ誤った選択をしやすい▼子どもの様子に気を配り、話に耳を傾けるのはもちろん、どんなに君が好きか、もし君の姿が見えなくなったらどれほどつらいか正直に伝えておくべきだろう▼そしておさらばは絶対に間違っていると強い決意で教えたい。井上さんの言葉を再び借りる。<めったやたらにいきるのだ/決して死んではならぬのだ/のだのだのだともそうなのだ/それは断然そうなのだ>(「なのだソング」)。信じるのだ。
 
 

 


今日の筆洗

2023年08月30日 | Weblog

酒びたりで商いを怠ける亭主が浜で財布を拾ってくる。ご存じ、落語の「芝浜」である。女房は考えた。この金があると亭主はもっとだめになる。そこで亭主を酔わせ、うそをつく。「財布なんかないよ。夢でも見たんだろ」▼この人も大切な父親のため必死にうそをついた。昭和の名人、古今亭志ん生さんの長女、美濃部美津子さんが亡くなった。九十九歳。志ん生さんを支え、金原亭馬生さん、古今亭志ん朝さんの二人の弟をやはり名人上手に育てた方といってもよいだろう▼美津子さんの「芝浜」はこんな筋だ。大病から回復したばかりなのに志ん生さん、家族がどんなにとめてもお酒を飲みたがる。美津子さんは水でかなり薄めて出していたそうだ▼「近頃の酒は水っぽくなったなあ」。首をひねる父親に「時代が悪くなったのかねえ」「一級酒に変えたから」と、ごまかし続けた。志ん生さんは亡くなるまで約十年、日本酒の「水割り」だった▼ラジオ局にお勤めの時代は、時間内に収まらぬ父親の噺(はなし)を放送用に自ら編集して短くしていた。晩年、噺を忘れてしまう父親のため、高座の後ろの屛風(びょうぶ)に隠れ、「違うよ」とささやく日もあった▼「志ん生の名は志ん朝に継がせたい」。父親との約束は果たせなかった。少し心残りかもしれないが、志ん生さんも笑っているだろう。家族水入らずのお酒はもちろん、水っぽくない。


今日の筆洗

2023年08月29日 | Weblog

柳田国男の『遠野物語拾遺』の中に「油取り」なる怪人が出てくる。明治維新当時の話らしい▼「油取り」の名に清掃事業や美容関係者を思い浮かべる人もいるか。さにあらず。身の毛もよだつ話で、子どもをさらってはその体内から油をしぼり取っていくという。奇怪なうわさは村々へと広がり、女と子どもは夕方以降の外出を控えるよう、庄屋からお触れが出たそうである▼最近の「油取り」は人々を苦しめる方法を大幅に改めたらしい。ガソリンがなければ、車が動かぬことに目を付けたのだろう。人から油は取らぬが、その代わりにガソリンの価格をどんどんとつり上げては、人々をいたぶる。レギュラーガソリンの小売価格はリッター当たり百八十円を超えているところもある▼当時の庄屋さんなら、車での外出を控えなさいと口を酸っぱくして言うだろうが、今の時代ではそうもいくまい▼車が使えないと生活が不便な地方にあってはなおさらで、こうして、あの怪人は人々の財布からお金をさんざんしぼり取って、ガソリンスタンドの価格表示を見る者の心臓を痛めつける▼怪人の正体は原油高、円安、ウクライナ侵攻。二百円台に突入するという見立てもある。政府は九月末で期限切れとなるガソリン価格の高騰を抑える補助金の延長を検討する。その方法は怪人を一時的に追い払えても果たして、退治までできるか。


今日の筆洗

2023年08月28日 | Weblog

テキサスの牧場で暴れ牛を相手にプロレスラーの父親が二人の息子に関節技を伝授する。技の名はスピニング・トー・ホールド(回転足首固め)▼少年時代に夢中で読んだ実録漫画にそんな場面があったが、さすがにフィクションらしい。技を教えられた兄弟「ザ・ファンクス」の弟、米プロレスラーのテリー・ファンクさんが亡くなった。七十九歳。約半世紀、日米のマットで活躍し、ファンを熱狂させた。ブッチャーのフォーク攻撃にも耐えた姿を思い出すファンもいるか▼著書によると牛は使わないまでも父親がテリーさんにプロレスを指南したのは事実である。一つだけ父親に影響されなかったことがある。日本への考え方である▼太平洋戦争のせいで父親はいつまでも日本を憎んでいたそうだ。テリーさんは日本人にも米国人への憎しみがあると感じた。初来日当時、広島のバーに入っていくと追い出された。「アメリカ人は出ていけ」▼それでも日本のファンを大切にし、ファンもテリーさんに心を寄せるようになった。当時、敵役が相場の外国人レスラーの中で「善玉」として人気と評判を取った▼ブッチャーにフォークを使えと言ったのはテリーさんだったらしい。日本のファンのためにそこまで体を張った。タフなテキサスの荒馬が山の向こうへ去る。認知症だったそうだ。当時の少年は寂しく見送るばかりである。


今日の筆洗

2023年08月26日 | Weblog

沖縄県の米軍基地近くの家庭では一九七二年の日本復帰後も長らく、基地向けの米国番組がテレビに映った。「6チャンネル」。米国のバスケットボールのプロリーグNBAの試合もやっていた▼女子バスケで活躍した沖縄市スポーツ協会会長の稲嶺啓美(ひろみ)さん(61)も、中学時代には見ていた。バスケ部の仲間も画面に映った世界最高峰のプレーをまねたという▼沖縄の高校を出て八〇年、本土の実業団・第一勧銀に入ったが、チーム内でラリー・バードやマジック・ジョンソンといった米国の人気選手の名を口にしたら「はあ?」という反応。本土ではまだ知られておらず驚いたと取材に明かした▼基地で米軍と沖縄チームの試合が行われるなど本場の影響を受けてきた土地で昨日、バスケ男子のワールドカップ(W杯)が始まった。フィリピン、インドネシアとの共催で日本の開催地は沖縄である▼都道府県別の人口比競技者数は一位。五月に男子Bリーグの琉球が初の王者になり県民は歓喜した。街にバスケットリングが多いが、県によると自宅に作る人も。人気バスケ漫画「スラムダンク」の映画では沖縄出身のキャラクター宮城リョータが描かれた。たしかにW杯開催地にふさわしいと思える▼昨夜、日本代表の沖縄での試合がテレビ中継された。画面から熱が伝わったとすれば、この地が長く育んだバスケ愛が貢献している。


今日の筆洗

2023年08月25日 | Weblog
マフィアの跡目を継いだ三男マイケルは妹の夫、カルロが敵とつながる裏切り者であることを知る。米映画の「ゴッドファーザー」(一九七二年)。ファンならこの後の展開を震えながら思い出すか▼裏切りが発覚し、おびえるカルロにマイケルはどういうわけか優しい。「心配するな。俺が妹を不幸にするもんか」「俺はおまえの息子の名付け親だぞ」-。冷酷なマイケルもさすがに妹を悲しませたくなかったか。甘くなかった。許したふりをしてカルロをやはり「始末」する▼事実は分からない。分からないのだが、欧米に広がる臆測が当たっているとすれば映画顔負けの背筋も凍る展開だろう。六月、民間軍事会社ワグネルを率いてロシアで武装反乱を起こしたプリゴジン氏が死亡したと伝わる▼モスクワからサンクトペテルブルクに向かう自家用ジェット機が墜落し、これに搭乗していたという。地対空ミサイルで撃墜されたとの情報もあると聞けば、プーチン大統領による「粛清」をどうしたって疑ってしまう▼プーチン大統領には、裏切り者を決して許さぬ人物との評がある。プリゴジン氏が反乱後も大手を振って歩いていたのが少々、不思議だったが、やはり、大統領が許すわけもなく相手が油断するのを待っていたか。世界中にひそひそ話が広がる▼ロシアの中で、何が起きているのか。闇の奥をのぞくのが恐ろしい。
 
 

 


今日の筆洗

2023年08月24日 | Weblog
作家で俳人の久保田万太郎が母校、慶応野球部の応援歌の作詞を頼まれたことがある。井伏鱒二が書いている。昭和の初めの話だろう▼久保田に野球の歌を書けるだろうかと心配する声が仲間内にあり、野球の試合を久保田に一度見せることにした。試合後、一緒に観戦した作家の青柳瑞穂が井伏にこう言った。「久保田さんは負けたときの歌なら書けるかもしれない。僕にはそれが痛いほどわかる」▼久保田も青柳も勝者より敗者に心を寄せる人だったのだろう。久保田が応援歌を作詞することはなかったとみえる▼敗れた若者に久保田ならどんな詞を書くのだろうと試合前につい想像したが、甲子園の慶応(神奈川)にそんな歌は無用だったようだ。「エンジョイベースボール」を掲げ、のびのびしたプレーで決勝に駒を進めた慶応。仙台育英(宮城)に勝利し優勝旗を手にした。百七年ぶりの「王者」である▼それにしても、よく打つ。投手陣も踏ん張る。練習は短時間、選手の自主性を重んじた考える野球は昭和の根性野球世代にはどうも得心しにくいところもあるが、優勝でその道の正しさを立派に証明した▼何より選手がうれしそうにプレーしている。楽しい。野球が大好き。明るい心持ちが思わぬ力を引き出すのか。<勝利に進む我が力 常に新し>。応援歌「若き血」だが、高校野球の<新し>を教わったようである。
 
 

 


今日の筆洗

2023年08月22日 | Weblog
ペリー率いる米国艦隊の浦賀沖への来航は一八五三年。江戸幕府に開国を迫った背景に捕鯨があったことはよく知られる。ハワイを拠点に太平洋で獲物を追う船団は、水や食料を補給する港を欲した▼捕鯨の目的は照明用燃料の鯨油の取得。当時、年五百隻を超す捕鯨船がハワイに入港したと伝わる。にぎわいの中心は、ハワイ王国の首都だった時期もあるマウイ島ラハイナの港。五九年に米ペンシルベニアで石油が採掘されると、やがて照明のための鯨油需要は低下し、乱獲もあって米国の捕鯨は衰えた▼マウイ島の山火事で、そのラハイナが甚大な被害を受けた。市街地に入った共同通信記者が数日前、塀や柱だけとなった住宅が多く、焦げた臭いが漂うと伝えていた▼山火事の原因を巡っては、強風で電柱が倒され地面に接した電線から発火したという見方も。危険な状況なのに通電を続けたとして電力会社を相手にラハイナの住民が集団訴訟を起こしたという▼灯火のための捕鯨船でかつて栄えた島の灯(あか)りは、事前に消されるべきだったのか。論争は激しくなるのだろう▼この島に限らず、世界では山火事が頻発しており、それを招く高温や乾燥は石油など化石燃料を使い続けたためとも指摘される。元来、日差しが強いラハイナはハワイ語で「残酷な太陽」という意。残酷さは、人の営みのせいで増し続けているのだろうか。
 
 

 


今日の筆洗

2023年08月21日 | Weblog
芥川龍之介、室生犀星、萩原朔太郎の三人は仲が良かった。この関係がちょっとした、騒ぎにつながる。ある出版記念会で朔太郎が演説し、これに別の作家が何やら文句をつけた▼それを見ていた犀星が「凄(すさ)まじい見幕(けんまく)で椅子を振り廻(まわ)しながら飛んで来た」(萩原朔太郎「中央亭騒動事件」)。けんかと勘違いし、朔太郎を守ろうと暴れたそうだ。龍之介は犀星をほめ、書簡を送った。「敬愛する室生犀星よ、椅子をふりまはせ、椅子をふりまはせ」-▼三人の友情は結構なのだが、「椅子をふりまわせ」の物騒なもめごとは御免こうむりたい。三人とはこの週末の日米韓である▼米キャンプデービッドでの首脳会談で有事対応などに向け、さらなる連携強化を図ることで一致した。日米韓パートナーシップの「新時代」との触れ込みである▼北朝鮮情勢、台湾を巡る中国の動きを見ての「備え」なのだろう。分からぬではない。ウクライナ侵攻以降、北東アジアにはなにやら中国、ロシア、北朝鮮の陣営が形成されているようにも見え、これに対応していく必要もある▼日米韓の連携強化で地域が安定すればよいが、その結束がさらなる緊張を生む危険はないのか、臆病な小欄は恐れる。早くも中国側が「徒党」と批判している。こちらには友情でも、対立する相手の目には椅子を振り回す「徒党」と映る。心配のしすぎとは思えぬ。
 
 

 


今日の筆洗

2023年08月19日 | Weblog

 山口県上関町は天然の良港に恵まれ、瀬戸内の海上の要衝としてかつて栄えた。付近は潮の流れが速く、航行に好都合な潮流を待つ「潮待ち」、順風を待つ「風待ち」の船で賑(にぎ)わった▼船にエンジンなどない時代。食料などを調達できる中継港は重宝された。北前船や朝鮮通信使の船も寄港。豊臣秀吉、シーボルト、吉田松陰、坂本龍馬といった人物も立ち寄ったと伝わる。蒸気機関で動く船の時代になり、潮や風といった自然に抗する力を得ると港の地位は下がっていった▼これからは核エネルギーの利用を支える町として生きていくのか。原発の使用済み核燃料を一時保管する中間貯蔵施設建設に向けた調査について上関町長が容認する方針を昨日、議会で表明。電力会社にも伝えた▼かねて原発建設の話があるが、東京電力福島第一原発事故の影響などで計画は停滞。代替の地域振興策を町が電力会社に求め、示されたのがこの施設という▼実際に建設に至るかは分からぬが、調査段階で国の交付金が入る。町長は人口減などに触れ「住民支援策も近い将来できなくなる」と語った。疲弊が進む地方で、風向きの変化を漫然と待っていられないということか▼議会での表明前、役場に着いた町長の車を反対派住民が取り囲み、怒号が飛んでいた。上関町という同じ船に乗る者同士の対立。祝福には躊躇(ちゅうちょ)を覚える船出の決断である。