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今日の筆洗

2022年01月31日 | Weblog

子どもが好きで、電車の中で赤ちゃんを見かけると、笑いかけ、あやさないでいられなかったそうだ。四月、新一年生の姿がテレビに映るのを見れば涙が出そうになる▼同じぐらいに本が好きだった。「子どもと本。ふたつのことばを並べて書いただけでじんわりと幸せな気持ちになります」(『子どもと本』)と書いていた。児童文学者で東京子ども図書館名誉理事長の松岡享子さんが亡くなった。八十六歳▼「くまのパディントン」シリーズや「うさこちゃん」シリーズの翻訳はもちろん、まこちゃんのおふろに空想のペンギンやクジラがやって来る「おふろだいすき」(福音館書店)を思い出す方もいるか▼子どもと本。二つの好きなものをつなぐ役割を喜んで引き受けていたのだろう。一九六七年、自宅の六畳間を改造して家庭文庫「松の実文庫」を開いた。狭い部屋に大勢の子どもが本を求めて集まった。「日向(ひなた)の匂い」。家にこもる子どもの匂いをいとおしそうにそう書いた▼その後の東京子ども図書館での読み聞かせや全国の児童図書館の発展に向けた取り組み。松岡さんのおかげで、どれだけ多くの子どもが本好きになったかを想像する▼読み聞かせの「耳からの読書」は、将来の「目からの読書」を育てる。そして、読み聞かせは親と子の心をもつなぐ。そう教えてくれた方の旅立ちである。「日向の匂い」を残して。


今日の筆洗

2022年01月29日 | Weblog

明治の小説家、樋口一葉は世に出る前、東京の下町で駄菓子や雑貨を売る店を開いた。比較的裕福な家に生まれたが、父の死後、一家は生活苦に陥っていた。これを打開するための開店だったという▼商売の傍ら、駄菓子を買いに来る子どもたちの様子を観察した。この体験が生きたとされる小説が後に発表される「たけくらべ」。吉原遊郭の近くで暮らす子どもたちが主人公の物語である▼昭和に興隆を極めた後、かなり減った駄菓子屋。今も営む人たちに新たな頭痛の種が生まれている。金融機関の硬貨取り扱いの有料化。預け入れの枚数に応じて手数料をとる制度で、この二〜三年で広がった。今月からゆうちょ銀行も始めた▼超低金利で銀行の経営が苦しいことが背景にあるが、駄菓子屋は小銭を握りしめた子ども相手の仕事。ある店主は「元々もうけは少ないのに、手数料は痛い」と嘆くことしきりだ。「このままでは、店を続ける人がいなくなる」と悲観的な見方をする▼駄菓子といえば、子どもたちになじみの「うまい棒」が四月から、税抜き十円から十二円になる。消費税導入前だった一九七九年の販売開始以来、初めての値上げ。原材料高などが理由という▼一葉の店はうまくいかず、一年もたなかった。今のお札の肖像になった作家は、商売の大変さを知る人でもある。きっと泉下で、人々の苦境を案じていよう。


今日の筆洗

2022年01月28日 | Weblog

古(いにしえ)の中国では、官吏登用試験「科挙」が行われた。数日がかりだったという▼受験生はそれぞれ独房のような部屋に食料や布団を持ち込んで問題と格闘したが、「おばけ」を見た話も多く残るという。東洋史家の宮崎市定氏が著書に書いている▼試験会場の門をくぐった受験生たちは、書物や字が書かれた紙片など禁止の持ち物がないか検査を受け、それぞれの部屋に散る。門が閉じられると、試験終了まで開かない。薄気味悪いほど、俗世間から完全に遮断された場所だからこそ幽霊も出ると信じられた▼現代の試験会場も外部との遮断は不可欠だが、禁を破る受験生が現れたようだ。大学入学共通テストの世界史Bの試験中、問題用紙を撮影してネットを通じて外部の大学生に送り、解答を得た疑いがある。昨日、十九歳女性が警察に出頭し、関与について調べが始まった▼試験中のスマートフォンなどの使用はご法度で、電源を切ってかばんにしまうことになっている。監視にも限界があるのだろうか。十一年前にも京大の入試問題を質問サイトに投稿した受験生が逮捕されている▼宮崎氏の著書には、過去に懸想した女性を不幸にした科挙の受験生が試験中、その女性の霊で苦しむ話が出てくる。悪事を働いたせいとあまり同情されなかったらしい。因果応報。試験でのよからぬ企てもいずれは露見すると肝に銘じた方がいい。


今日の筆洗

2022年01月27日 | Weblog
若いころから通っていた理容店が閉店した。高齢のオヤジさんの体調が悪かったことは知っていたが、後継者もいなかったようだ。店主の高齢化とともに閉店。よくある話とはいえ、時の流れが寂しい▼別の店に飛び込む。店主は四十歳前後か。定年前の身が入るには少し気後れするモダンな店である▼鏡の前の椅子に腰掛けると肘掛けに小さな蓋(ふた)が付いている。灰皿である。懐かしい。昔の理容店の椅子にはこんなのが付いていて、大人はぷかぷかやっていたっけ▼店主がよくぞ聞いてくれましたという顔になる。店内は禁煙なので灰皿は使えないが、一九六〇年代の椅子なのだそうだ。当時の国産高級品で開店に合わせて探し求め、背もたれの部品とシートを最新の物に交換したと胸を張る▼最近、読んだ記事を思い出す。昔の車を電気自動車(EV)に再生するのがはやっているそうだ。理容店の椅子をレストアする人がいることを思えば、こだわりの強い車の世界はなおさらか。往年の名車をEV化して残したいという人はそれなりにいるのだろう。脱炭素の時代でもある▼子どものころ、父親が運転していた日野のコンテッサという車が頭に浮かび、あれを手に入れてと夢想したが、記事の一文に一瞬で正気を取り戻す。「費用は一台一千万円ほどを想定…」。食い止めようとすれば、やはりおあしのかかる時の流れである。
 

 


今日の筆洗

2022年01月25日 | Weblog
「海の物とも、山の物ともしれない」。正体や本質がつかめず、将来、成功するのか失敗するのかわからないことのたとえによく使う▼「御嶽海」。郷土長野県の御嶽山と所属部屋の出羽海を合わせた四股名(しこな)だろうが、一つの名に海と山が同居する。四股名だけではない。ある取組では圧倒的な強さとうまさを見せる一方で、別の日には実にもろく、あきらめの早い相撲内容に「海の物とも、山の物とも…」という言葉が浮かばないでもなかったが、どうやら、そんな心配はいらなかったようである。関脇御嶽海が初場所で優勝し、大関昇進を確実なものとした。めでたい▼あまりの強さに張り手や鉄砲を禁じられたと伝わる江戸時代の伝説的な強豪、雷電為右衛門(ためえもん)以来、二百二十七年ぶりの長野県出身の大関誕生だそうだ。人口約四千人の地元の上松町も沸いているだろう▼相撲勘の良さなどから将来の大関候補と目された、かつての学生横綱も足踏みした。大関への昇進は貴景勝、朝乃山、正代に先を越された。「くやしかった」。くやしさ、もどかしさの雨に打たれ、ようやく開いた花が美しい▼稽古が少ないという声を聞かないでもないが、無理な稽古より自分の「今」に合わせた効率的な稽古を意識しているそうだ。理論派なのだろう▼<寒凪(なぎ)の初場所日和つゞきけり>久保田万太郎。苦労の花に良き日和が続くことを願う。
 

 


今日の筆洗

2022年01月24日 | Weblog

作家の村上春樹さんは執筆中によく音楽を聴くそうだ。お気に入りはベルギーのバイオリニスト、アルテュール・グリュミオーによるバッハのバイオリン・ソナタ。「とても滑らかで優しくて筆が(略)すらすらはかどるんです」(『村上さんのところ』)▼バイオリンの穏やかな旋律なら分からぬでもないが、ヘビーメタル音楽を大音量で鳴らしながら書くのは『キャリー』などの世界的ベストセラー作家、スティーブン・キングさん。執筆中にAC/DCやメタリカを聴いているそうだ▼音楽と仕事をめぐる最近の研究結果に対し村上さんもキングさんも「いや、いや」と反論するかもしれない。東北大学の研究グループによると音楽を聴きながら別のことをする「ながら作業」は音量の大小にかかわらず、作業効率を悪くするそうだ▼音楽を聴きながらだと音楽の方に気を取られ、本来すべき作業に対する反応が鈍くなってしまうという実験結果が出た。「ながら勉強」を続けてきた受験生にはショックな話だろう▼研究結果にけちをつける気はないが、それでも、いやな勉強に音楽という一種の喜びが伴うことで机に向かう習慣ができたという学生もいるのではないか▼本当に勉強に集中してくれば、聴いていた音楽を消すということもなくはない。ながら派のベテランとしては無理にでも反論したくなる。がんばれ、受験生。


今日の筆洗

2022年01月22日 | Weblog

歓声よりも悲鳴があがった本塁打として記憶されていよう。一九八八年十月十九日、川崎球場。ダブルヘッダー二試合目の八回裏、ロッテの高沢秀昭選手が近鉄の阿波野秀幸投手から左翼席に同点弾を放つと、観衆の多くはやがて沈黙した▼この年のパ・リーグは首位西武が先に全日程を終え、猛追する二位近鉄も残すは「10・19」のロッテ戦二試合のみに。連勝すれば逆転優勝とあって、多くの近鉄ファンがスタンドを埋めた▼近鉄は一試合目に勝ち、二試合目も終盤に一点リードしたが、直後に浴びたのが高沢選手の一発。そのまま引き分け、近鉄は夢破れた▼その年の首位打者を獲得するなど幾度もファンを沸かせた高沢選手。現役引退から久しいが、消息を伝える報道に接して驚いた。既に六十三歳だが、四月から横浜で保育士になるという▼ロッテのコーチを務めた後、少年野球教室で園児や小中学生を教えていた。子どもの成長を見守ることにやりがいを見いだし、還暦を過ぎてから専門学校で保育を学んだ。かつて娘が使っていた自宅のピアノを調律し直し、練習して弾けるようになった▼「保育士を目指して人生が豊かになった」と語る元バットマン。子どもの心もとらえるのか、専門学校生としてサンタにふんし、保育園のクリスマスイベントを訪れた時も園児たちがはしゃいだ。新たな職場も、歓声がよく似合う。


今日の筆洗

2022年01月21日 | Weblog

鳥取・島根県境の江島大橋は急勾配で知られる。五千トン級の船が下を通れるよう最上部は高さ約四十五メートルという▼通称「ベタ踏み坂」。車のアクセルを思い切り踏み込む必要があるから、という由来らしい。軽乗用車のCMで有名になった。たもとから撮った写真では天に昇るかのような急坂に見える▼日々の新規感染者数のグラフを眺めていると、急坂を上っているような気分になる。新型コロナウイルスの流行第六波で、新たに首都圏や東海などの十三都県が今日から「まん延防止等重点措置」の適用対象となる▼オミクロン株の感染力の強さで流行が広がっているが、あまり重症化しないというデータもある。感染対策と経済をどう両立させるかが肝要なのだろうが、人によって言うことが異なるようだ▼政府分科会の尾身茂会長は「ステイホームは必要ない。飲食の人数制限を」と語り、東京都知事は「不要不急の外出自粛」を求める。東海三県でも愛知、三重は時短などの条件付きで飲食店の酒提供を認めるが、岐阜は全面的に酒禁止を求めている。結局、ウイルスには分からないことが多く、手探りということか▼急坂が舞台のCMでは運転手がアクセルを「ベタ踏み」せずに上り、軽乗用車の性能を訴えた。一方、コロナ流行の六度目の<坂>はもちろん、上りたくて上っているわけではない。早く下りにならないか。


今日の筆洗

2022年01月20日 | Weblog

ユダヤ人の少女、アンネ・フランクは日記の中でその人物を責めている。ナチスの迫害から逃れるため、アムステルダムの隠れ家で共に暮らした歯科医師デュッセルさんのことである▼腹を立てるのも無理はない。デュッセルさんを隠れ家に誘ったのはアンネの一家だが、身勝手なところがある。ユダヤ人ではない恋人を通じて食べ物を手に入れることができたが、アンネの一家に分けることさえしない▼「命を救ってあげたとさえ言えるこのひとが、みんなに隠れてたらふくごちそうを食べ、しれっとして口を拭っているそのさもしさ、これにはあきれて言葉も出ません」(『アンネの日記』・深町真理子訳)。ユダヤ人同士助け合うべきなのにと思ったことだろう▼隠れ家をナチス側に密告したのも、同じユダヤ人だったと聞けば、強制収容所で亡くなった少女はどれほど悲しい顔をするだろう。米連邦捜査局(FBI)の元捜査官が率いる調査チームは密告したのはユダヤ人公証人であるという説を明らかにした▼自分の家族を守るためアンネの一家を裏切った可能性があるという。デュッセルさんもそうだが、過酷な状況下で生き抜くため、人は自分のことしか考えられなくなるのか▼密告者は誰か。それも気になるが、あらためて考えるべきは人が人を売り渡す状況をつくった真犯人である。間違いなく、ファシズムである。


今日の筆洗

2022年01月18日 | Weblog

子どものときからの大切な友を失ったような気になる。または子ども扱いせず、いろんなことを教えてくれた親類のおじさんかもしれぬ。漫画家の水島新司さんが亡くなった。八十二歳▼思い出すのはその人が描いた緻密な打撃フォームか。藤村甲子園、山田太郎、岩田鉄五郎ら個性的なキャラクターの面々か▼そればかりではあるまい。水島漫画で育った世代なら『ドカベン』を夢中で読んだ実家の居間や回し読みした教室、今はもうない故郷の書店のにおいまで思い出すだろう。懐かしい。そして、寂しい▼うなる剛速球。「カキーン」。続く、大歓声。ページをめくりながら、球場の特等席にいる気になった。試合描写や読み手をひきつける展開のうまさは言うに及ばず、この人のペンには生きることの苦味や人の悲しさの色も確かに混ざっていた気がする▼『野球狂の詩』に「スチール百円」という作品がある。試合そのものは描かれず、球場でスリを働く小学生とその親の話だった。球場という光あふれる場所で、罪を重ねる貧しい親子が切なく、更生に向かわせる周囲の心が温かかった▼考えてみれば、おなじみの登場人物にも弱点があった。ドカベンは鈍足、鉄五郎は高齢、里中は背が低い。それでも夢を追えるよ。なんとかなるよ。そのペンは子どもたちに野球とともにきっと別のことを教え、励ましていたのだろう。