仕事の失敗や不手際に対する客側の言動がとげとげしさを増していて、社会問題にもなっているという。そんななかで温かみを感じるニュースがあった。<74歳差文通「いいね」>と見出しにある。東北地方で発行する河北新報の記事である。会員制交流サイト(SNS)で、ひとしきり話題になっていた話らしい▼記事によると、宮城県栗原市の九十一歳の女性宅に先日、いつもと違う朝刊が届いた。誤配である。販売店に連絡せずに、そのまま読んだのは、新聞少年が学校に遅れてはいけないと案じたからだそうだ▼紙面には、地元出身の脚本家、宮藤官九郎さんの母が、帰省できない孫について書いた投稿が載っていた。女性は、いいものが読めたお礼を手紙にし、図書券を同封して翌朝、渡したそうだ▼「朝起きはさぞや辛(つら)いでしょうが安全運転で頑張ってね…あなたが届けて下さる新聞を読むのが日課のひとつです」。SNSにある情報によれば、そんな言葉も書かれていたそうだ。新聞少年は高校二年生。お礼の手紙を朝刊にそえた。今も文通が続くそうだ▼十八日は「新聞配達の日・新聞少年の日」だった。二人の出会いに新聞がかかわっていることが手前みそながら、新聞にかかわる者として少しほこらしくもある▼一見、失敗にみえる出来事に人の優しさが隠れていることがある。そう教えている話のようでもある。
二〇〇二年元日の新聞に載り話題になった広告を思い出す。一ページのほとんどを“余白”が占める、あまり見たことのないつくりに、小さく自由の女神像と「ニューヨークへ、行こう。」の文字。三カ月余り前に米中枢同時テロが起きたばかりだった▼広告主は渡航自粛の機運などで打撃を受けていた全日本空輸である。別の観光地でなく、あえてニューヨークに目を向けた広告制作者の提案を受け入れたという。見た人の心に、米国の市民を励まそう、日本からも激励を−と響いたようだ。その年の新聞広告賞を受けている。自由で新しい物事に挑戦的な社風も思わせる広告であろうか▼今回の危機に、他者を励ます余裕はないようである。ニューヨークはおろか、国内の移動もままならない新型コロナウイルスによる航空需要の減少で、過去最悪の打撃を受けてしまった▼全日空を傘下におくANAホールディングスは、実に五千百億円という赤字の見通しを明らかにした。大型機の導入など、拡大路線もあだになったという▼航空需要の低迷は、まだ続くという判断から、路線の縮小を含め、たいへんな改革を視野に入れているようだ▼大きな影響が、地方や関連する産業に及ぶ恐れがあるだろう。国をバックに持たず、開拓者の精神を誇りにした企業である。挑戦する気風を糧にして、また立ち上がってもらわねばならない。
月の光にぬれるという表現がある。十五夜は過ぎたけれど、今の月も草木をぬらす明るさをたたえているようである。その本体には、まるで水気を感じないお月さまであるが、海や湖に入り江と水の星を思わせる地名を先人はつけている▼<月面に静かな海のあるといふとこしへに波知らぬわたつみ>。歌人喜多昭夫さんの一首を、科学にちなむ歌を収めた松村由利子著『31文字のなかの科学』で知った。たしかに、波を知らない海神(わたつみ)の海だろう。「静かの海」は、餅をつくウサギの顔のあたりである▼本当に水のある「海」なのかもしれないという話のようだ。月には考えられているより多くの水が存在していて、日の当たる場所にも分布していると米航空宇宙局(NASA)などが発表した▼飲むだけでなく、水はロケットの燃料にも活用できる。採取が可能となれば、米国や中国が有人探査を目指す中、きわめて重要な資源となる▼夢が広がる話ではあるが、資源のある所、奪い合いが起きるのが、人の世の常である。以前から水などの争奪戦が起きると懸念が膨らんでいた。「アルテミス合意」という国際的な取り決めに先日、日米などが署名している。平和利用を目指してという。ただ、そこに中国などは入っていない▼月には、「静かの海」や「賢者の海」があれば、「危機の海」もある。岐路かもしれない。
作家、安岡章太郎さんが飼っていた犬のコンタはよく逃げたそうだ。「何となくこちらが犬のことを忘れていると、いつの間にかスーッといなくなってしまう」。飼い主に手間をかけさせてやろうという魂胆らしい▼ある晩、コンタを捜していると工事現場の陰で五、六匹、よその迷い犬らしいのを後ろに従え、歩いていた。コンタと大声で呼ぶと「はっとこちらを向いて、しまったという顔になって立ちすくんだ」。その姿に安岡さんは不良少年だったころ、仲間といるところを母親に呼び止められたことを思い出したと書いていた▼兵庫県警の警察犬が行方不明者を捜索中、逃げたというニュースが心にひっかかっていた▼訓練された優秀な警察犬とはいえ、大型犬である。事故など起こさねばよいがと心配していたが、その半面で、職場を放棄し、そのまま逐電した犬に少々胸が高鳴ったと書けば、叱られるか。なにかを求めて黒いシェパードがひた走る▼二晩が過ぎ、保護された。リードが木に絡まって動けなくなっていたところを発見されたそうだ。見つかったときは、やっぱり「しまった」という顔をしたのだろうか。おまえは何を探していたのかと聞きたくもなる▼「クレバ」という名前だそうだ。職場に不満でもあったか。クレバよ、それでもまじめに勤めるしかないではないか。いいことも必ずある。無事で何より。
「つらい。とてもつらい。私はただ電話とメールができればいいのだ」。『桐島、部活やめるってよ』などの作家、朝井リョウさんが携帯電話をスマートフォンに機種変更した際の悪戦苦闘ぶりを書いていらっしゃった▼お店の説明が皆目分からなかったそうだ。「知らない単語に戸惑いつづける私に向かって、お姉さんは説明をたたみかけてくる」「もう帰りたくなっていた。だってわからないのである」▼同じような経験をした方もいらっしゃるのではないか。料金プランや機能を丁寧に説明してくれるのだが、どうも理解できない。いちいち質問するのも申し訳ないようで、適当にうなずき、わけの分からぬままに携帯電話を受け取って帰ってくる▼携帯大手は政府の要請を踏まえて料金引き下げに取り組む姿勢を示している。国際水準より高いとされる日本の携帯電話料金が安くなるのは助かるが、複雑怪奇な料金プランやサービス内容についても、もう少し分かりやすくしていただけまいか▼若い世代の朝井さんでさえ苦労しているのだから、IT用語とは縁遠い世代にとってはチンプンカンプンだろう。みえもあるので黙っているが、だまされていないかという気もしてくる。それは携帯会社にとっても喜ばしい話ではなかろう▼自分の携帯はなぜか、一時期、「アニメ見放題」になっていた。どこでうなずいたんだろう。
作家の池波正太郎さんが子どものときのお正月のたのしみについて書いていた。鏡餅の上の橙(だいだい)だそうだ▼十一日の鏡開き。おばあさんが橙のジュースを作ってくれたそうだ。橙の汁を茶わんに搾る。たっぷりと砂糖を加え、熱湯をそそぐ。「さあ風邪をひかないようにおあがり」。「ふうふういいながら飲むと、小さな躰(からだ)にたちまち汗が滲(にじ)んでくる。その暖かさ、うまさは何ともいえぬ幸福感をともなっていた」−。なるほどおいしそうだ▼十月に鏡開きの話もあるまいが、話題は政府の新型コロナウイルス分科会がまとめた年末年始の感染対策である。来年のお正月は十一日まで休んではと提言している。七日までの松の内どころか、鏡開きの日までとは思い切った▼来年のカレンダーを見れば、多くの企業などが仕事始めとする四日が月曜。三が日に人出が集中しやすく、休暇期間を延ばすことで帰省や初詣の人出を分散し、感染リスクを下げる狙いらしい。感染しやすい乾燥の時期でもある▼歴史的に正月の期間は短くなっている。かつては二十日まで。江戸期に七日までの松の内が定着したとされ、現在、正月気分といえば、せいぜい三が日までか▼実際に休めるかどうかはともかく、コロナに悩まされた疲れをいつもよりも長い休みがいやしてくれるのなら、懐かしい唱歌にも実感がこもる。<もういくつ寝るとお正月…>
Massimo Arcolin & Laura Zmajkovicova (ITA) - Star Ball 2020 - Professional Latin | R1 Rumba
ひどいコロナ禍にみまわれた南米で、感染症の流行が、低く抑えられてきた国がある。ウルグアイだ。これまでの死者数は五十人余り。人口約三百五十万人とはいえ、深刻な状況のブラジルと国境を接しているのを考えれば、相当に少ない▼人口密度の低さなどいくつかの理由が挙げられている。ムヒカ大統領とその後任の大統領らの時代に、国の公衆衛生が大幅に強化されていたのが大きかったという専門家の声が、現地発の報道にあった▼それが要因とすれば、大きな置き土産となったのかもしれない。「世界一貧しい大統領」と呼ばれ、国内外で愛されたホセ・ムヒカ氏が政治からの引退を表明したという▼二〇一五年まで大統領を務め、八十五歳の今は議員だった。免疫系の持病があり、コロナ流行下で「もう人々のところに歩いていけなくなった」と語っている。報酬の大半を寄付し、清貧な暮らしぶりで知られた。「貧乏ではない。貧乏人とは、求めるものが多すぎる人のことだ」などの言葉が印象深い▼開発で国同士が対立する世界に向かって「発展が幸せに反してはなりません。人類の発展は幸福のためのものです」と述べた。国際会議での演説は、世界への置き土産であろう▼引退表明の議会では、成功とは「倒れるたびに起き上がるということだ」と語ったそうだ。今後は畑に出て、豆やタマネギを育てるらしい
ホセ・ムヒカ元大統領の名言