今では考えられない話だが、古代アラビアでは女の子が生まれることを嫌がったそうだ。不名誉なこととされ、貧しい家庭では生まれた娘を生き埋めにする習慣があったという▼井筒俊彦さんの『「コーラン」を読む』(岩波現代文庫)によると、この風習を禁じたのがイスラム教の聖典「コーラン」という。<生き埋めの嬰児(みどりご)が、なんの罪があって殺された、と訊(き)かれる時>。赤子に罪があるはずもなく生き埋めにした親が地獄に行くと教える。「コーラン」が女の子を救った歴史を思う▼イスラム教徒の女性が髪を覆う「ヒジャブ」も女性を守るものだったという説がある。女性の美しい髪を隠すことで好奇の目を遠ざけ、間違いを防ぐ。そんな考えか▼その「ヒジャブ」をめぐって一人の女性に悲劇が起きた。イランのマフサ・アミニさんという。二十二歳▼家族とテヘランを訪れていたそうだ。旅行は悪夢となる。風紀を取り締まる道徳警察に連行される。ヒジャブで髪を適切に覆っていなかったというのが理由である。数日後亡くなる。当局の発表は心不全だが、持病などはなく、頭に殴打された痕があったという▼その死に対し、イランのみならず世界各地で抗議デモが起きている。怒りは当然である。女性を守るはずのヒジャブ。そのヒジャブを理由に若い命が奪われる。<なんの罪があって殺された>が問われている。
エリザベス英女王の死去で、世界の愛犬家が気にしていたのは女王のかわいがっていた犬たちの行方か▼ほっとした人もいるだろう。最後の飼い犬となったペンブローク・ウェルシュ・コーギー(コーギー)の「ミック」と「サンディ」は女王の次男アンドルー王子と元妻に引き取られることになったそうだ▼ロンドン近郊ウィンザー城で女王の葬列の到着を待っていた二匹の姿がなんとも悲しかった。コーギーを飼った人はよくご存じだろう。愛らしい姿だが、やんちゃなところもあり、しつけが存外、難しい。女王の犬はきちんとしつけられているのだろうが、葬列をじっと待っていた二匹の姿を見て、えらい、えらいとほめたくなる▼女王とコーギーの付き合いは長く、最初に飼ったのは七歳のときだそうだ。生涯で飼ったコーギーは三十匹以上。中には気の毒な犬も。世話係の一人が犬のエサにウイスキーやジンを混ぜて、死なせてしまった。犬が酔っぱらうのを見たかったとはふさげている。女王が激怒したのも当然である▼最近は年齢を考えて「若い犬を置き去りにしたくない」と犬を増やすことを控えていたが、昨年、二匹を迎えた。やはり犬のかわいさに勝てなかったか▼死んだ犬は天国の手前にかかる「虹の橋」のたもとで、飼い主を待っていると聞く。犬を愛した女王のお迎えはさぞ、にぎやかだったことだろう。