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今日の筆洗

2022年02月28日 | Weblog

二月は「ぴしり」である。那珂太郎さんの詩「音の歳時記」は一年間のそれぞれの月をオノマトペ(擬態、擬音語)で表している▼一月は静まり返る森の「しいん」。続く二月の「ぴしり」という音は氷の割れる音である。<突然氷の巨大な鏡がひび割れる ぴしり、と>−▼二月が終わる。短い月の中で大きなニュースがあわただしく駆け抜けていった印象がある。新型コロナウイルスが再び勢いを取り戻し、猛威を振るった。選手の活躍への拍手とドーピング問題などの疑問がないまぜとなった北京冬季五輪もあった▼その五輪の歓声さえも、あっという間にかき消し、遠い昔の出来事のように追いやったのはロシアによるウクライナ侵攻の暴挙だろう。コロナ禍の心配さえ新たな大きな不安の前で一時、忘れるほどである▼「ぴしり」。第二次世界大戦と冷戦を経て各国が協力し、築き上げた世界秩序に入った亀裂の音なのか。あるいは平和や安定を当たり前のものと考えすぎていた人類全体に対するムチの音か。不気味なオノマトペが今年の二月に重なってしまう▼那珂さんの詩の「ぴしり」は冷たい音にも聞こえるが、実は春が近づき、氷が割れて解けだす音である。三月の音は「たふたふ」。雪解け水を集め、川は滔々(とうとう)と流れ、大地を潤す。二月の「ぴしり」が豊かな「たふたふ」をつくる。落ち着いた三月を心から祈る。


今日の筆洗

2022年02月26日 | Weblog
ウクライナの国民的詩人シェフチェンコは十九世紀の帝政ロシア時代を生きた。ロシアの一部とされたウクライナの人々の悲しみや憂いを書いた▼農奴の子に生まれ、政治犯として流刑にもなった。自由に過ごせた年月の限られた生涯は、長く独立できなかった祖国の歴史にも似る▼詩「遺言」はこう始まる。『わたしが死んだら、/なつかしいウクライナの/ひろびろとした草原にいだかれた/高き塚の上に 葬ってほしい。/果てしない野の連なりと/ドニエプル、切り立つ崖が/見渡せるように。』▼人々を鼓舞するくだりもある。『わたしを葬り、立ちあがってほしい。/鎖を断ち切り、/凶悪な敵の血潮で/われらの自由に洗礼を授けてほしい。』(藤井悦子訳)▼遺言通りに詩人が眠るドニエプル川沿いの丘にも、銃声は響いているだろうか。ロシア軍のウクライナ侵攻は続き、この川が育んだ首都キエフに戦車が迫ったと伝わる。ウクライナ軍の劣勢は否めないよう。戦地を染めているのは<凶悪な敵の血潮>より、同胞のそれが多いのか▼藤井氏の解説によると、かの詩人の最初の詩集の名前は「コブザール」。琵琶に似たウクライナの楽器コブザを奏でる吟遊詩人のことで、故郷の語り部であろうと名付けたという。琵琶法師の平家物語が伝える世の儚(はかな)さのごとく、詩人の国の自由が危うく見えることに心が重い。
 

 


今日の筆洗

2022年02月25日 | Weblog

ウクライナ東部ドンバス地域は石炭の宝庫で、工業が発展した。ロシア人が多いのは、労働力として移住したから▼かつて駐ウクライナ大使を務めた黒川祐次氏の著書『物語 ウクライナの歴史』によると、後にソ連の最高権力者となるフルシチョフもロシア人だが、若いころはドンバスの金属工だったという▼共産党の官僚になってからもウクライナで勤務。土地の歌も愛した。ソ連の指導者となり一九五四年、ロシアの一部のクリミアをウクライナに移管した。「ウクライナに対するロシア人民の偉大な兄弟愛と信頼のさらなる証し」が名目。当時は、その後のソ連崩壊もウクライナ独立も想像できず、黒川氏は「軽い気持ちでなされた」と推測する▼そのクリミアを八年前に、力ずくで奪い返したロシアのプーチン大統領。親ロ派武装勢力が実効支配しているドンバスを守るためとして、軍事作戦を始めた▼ロシア軍はドンバスに限らず、ウクライナ各地の軍事基地をミサイルで攻撃。首都キエフでも爆発音が聞こえたという。米国の警告を無視した侵攻である▼フルシチョフ時代にキューバ危機があった。ソ連がキューバにミサイル基地を建設しているとして、米国が海上封鎖。核を持つ米ソの激突が危惧されたが、非公式折衝などの末に両国は矛を収めた。腹を割った話し合いを今の米ロに期待するのは、難しいのだろうか。


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2022年02月24日 | Weblog

ドイツのまちハダマーの施設ではナチス時代、多くの障害者が殺された。「秀でた者の遺伝子を保護し、劣る者のそれを排除する」という優生思想に基づく政策だった▼障害者団体幹部の藤井克徳氏の著書『わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想』によると、ガス室跡のある建物が保存されている。殺害された障害のある人は国全体で二十万人超ともいわれ、ユダヤ人大量虐殺より先に始まった。殺されなくとも、断種すなわち不妊手術を強いられた人も多かった▼断種には他国も手を染めたが、日本もその一つ。障害があり、不妊手術を強いられた人たちが起こした訴訟で先日、判決が言い渡された▼大阪高裁は手術強制の根拠となる旧優生保護法(一九四八〜九六年)を「極めて非人道的、差別的」と断罪し、違憲と判断。同様の訴訟で初めて国に賠償を命じた。一審は「手術から二十年過ぎ、賠償請求権は消滅した」と判断したが、高裁はこれを「著しく正義、公平の理念に反する」と覆した。司法の良心だろう▼非人道的な法が九〇年代まで存在したことにあらためて、暗然とした気分になる。相模原の施設で「重度障害者は不要」と男が凶行に及んだように、社会に差別感情は根強い▼ハダマーの施設の碑にはドイツ語でこう記される。「人間よ、人間を敬いなさい」。心に刻むべきはドイツ人に限らない。


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2022年02月22日 | Weblog
<結構毛だらけ猫灰だらけ>…。映画の寅さんの啖呵売(たんかばい)の口上として有名だが、元は軽口とか無駄口と呼ばれる言葉遊びだろう。<驚き桃の木山椒の木><あたりき車力車引き>。その手と同じ、語呂合わせである▼本日、二月二十二日は猫の日だそうだ。猫の日と聞いて、<結構毛だらけ>が浮かんだわけだが、ネコが灰だらけになるのは、なにゆえか。あくまで推測だが、「かまど猫」と関係があるかもしれぬ▼家庭からかまど自体がなくなったので、「かまど猫」が消えるのも無理はないが、歳時記を見れば、立派な冬の季語である。寒がりなネコが暖を求め、かまどの灰の中でまるくなる様子を「かまど猫」というそうだ。それなら、灰だらけだろう▼「かまど猫」に『猫の事務所』を思い出すのは宮沢賢治ファンか。灰で薄汚れた「かまど猫」は同じ事務所で働く他のネコたちにひどく嫌われ、いじめられる▼コロナ禍の癒やしとしてネコを飼う家が増えていると聞く。ネコ関連の経済効果「ネコノミクス」は数兆円に及ぶそうだが「結構毛だらけ」ばかりではなかろう。飼いきれなくなり「かまど猫」のように嫌われ、見捨てられるネコの身の上の方も心配になる▼<何もかも知つてをるなり竃(かまど)猫>富安風生。人間に対するネコの不信のまなざしを感じさせる句だが、飼うのなら、最後まで面倒を。<あたりき車力>である。
 

 


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2022年02月21日 | Weblog

親の遺産を使い果たして、無一文となった男がいた。気の毒に思った友人の一人から旅行かばんをプレゼントされる▼ところが、貧しい男には入れる物もない。しかたがなく、自分でトランクに入ってみると、なんと空を飛ぶことができる。アンデルセンの童話「空飛ぶトランク」である▼「空飛ぶトランク」「空飛ぶじゅうたん」「空飛ぶゆうれい船」…。飛ぶはずがないものが飛ぶ。「空飛ぶ」という形容句にはどこか、人をわくわくさせるところがある。もはや夢ではないとは聞いていたが、この「空飛ぶ」があたりまえになる日も遠くないようだ。「空飛ぶ車」である▼滑走路も必要なく、渋滞とも無縁で目的地までひとっ飛び。新しい移動手段として世界中で開発競争が進むが、航空大手のANAホールディングスがこのほど「空飛ぶ車」事業への参入を視野に、トヨタ自動車の出資する米新興企業「ジョビー アビエーション」と業務提携すると発表した▼開発競争ではやや後れを取ったと聞く日本だが、大手の参入によって勢いがつくか。日常の足というか、羽になるのは当分、先だろうが、災害時や医療現場には強い味方になるだろう▼童話ではいい気になった男が空飛ぶトランクから花火を打ち上げ、その火が燃え移り、トランクは灰となった。開発や実用化で最も留意すべきは安全性であることは言うまでもない。


今日の筆洗

2022年02月19日 | Weblog

北海道北見市常呂(ところ)町のカーリングの歴史は一九八〇年に始まる。北海道と交流があったカナダ・アルバータ州の講師が、道内で開いた講習会に常呂の男性が参加したのがきっかけという▼流氷が接岸する寒冷地。漁師も農家も作業のない冬にみんなで楽しもうと、町で普及が図られた▼当初はプロパンガスのボンベを改良したストーンと竹ぼうきを使った。屋外グラウンドに水をまいて造ったリンクは社交の場。ビール片手におしゃべりを楽しみながら、プレーする人もいた。人々は試合のない日もリンクを整備しながら、語りあった。「JAところ」のウェブサイトなどに教わった▼常呂を拠点とするチーム「ロコ・ソラーレ」がメダルを争う北京五輪のカーリング女子。語りあうことは勝つためにも重要らしい▼通信社が元五輪代表の両角(もろずみ)友佑氏の評論を試合ごとに配信しているが、敗れた英国戦では、ミスとなった藤沢五月選手のショット前の選手間の話し合いに言及。「コミュニケーションを武器にしているチームにとっては珍しく短かった」と指摘した。変化する氷の状況など情報共有は不可欠。沈黙が敗北を招きがちな競技なのだろう▼コロナ禍でみんなが集まっての応援はできなくなったが、四年前と同様、常呂の各家庭のカーリング談議は熱を帯びる。残り一試合。氷上で語りあう選手たちに歓喜の時が訪れることを。 


今日の筆洗

2022年02月18日 | Weblog

北京五輪のマスコット「ビンドゥンドゥン」はパンダがモチーフ。先日、野太い男性の声で話しだす“事件”が中国国営中央テレビの番組であったという▼通信社電によると、ビンドゥンドゥンが選手に「質問があります」と話し掛けた。やがて着ぐるみの中から男性が現れ「選手たちの好成績を祈っている」と手を振った▼マスコットはおじさん−。ネット上に失望の声があふれ、大会側は「偽物だ」と打ち消している▼マスコットは、日本テレビのアナウンサーが番組で好意的に紹介し、動画が中国の会員制交流サイト(SNS)で広がって人気に。海外選手にも好評でグッズは品薄という。中国当局も「中国文化のソフトパワーをさらに高めた」(共産党機関紙・人民日報)と上機嫌だ▼聖火リレーの最終走者にウイグル族選手を起用すれば「弾圧批判をかわす演出」と欧米で批判され、中国の元副首相に性的関係を迫られたと暴露し、安否が案じられたテニス選手が国際オリンピック委員会のバッハ会長と競技を観戦すれば「火消しを図る中国政府の意をくんだ」と見られる。そんな五輪のヒット作がビンドゥンドゥン。<おじさん事件>は痛恨であろう▼気になるのは男性の消息。国営放送で独断でやったとも思えぬが、詰め腹を切らされる予感も。元気にしているか、バッハ会長が確認してくれないだろうか。


今日の筆洗

2022年02月17日 | Weblog

ウクライナのサッカークラブ「ディナモ・キエフ」は同国の強豪。独立前のソ連時代、事実と異なる「死の試合伝説」が流布された▼第二次大戦中のナチス・ドイツ占領期、キエフでディナモの選手らでつくる地元チームがドイツ兵チームと二試合を戦い、連勝した。ここまでは真実だが、ナチスが退くと「試合後に全員射殺された」と噂(うわさ)された▼実際には試合からしばらくして、選手たちは拘束されたが、殺されたのは四人だけ。多くの市民がナチスに逮捕、殺害された時代で、選手のみが特別ではなかった。モスクワの支配層は真実を知りつつ、「歴史の美談」として噂を好み、政府系機関紙は「全員射殺」と報じた。事実はソ連崩壊まで伏せられた▼英国人ジャーナリストのアンディ・ドゥーガン氏の著書などに教わったが、周囲の思惑に翻弄(ほんろう)されてきたウクライナらしい話である▼今回、モスクワはどうする気だろう。ウクライナ国境のロシア軍の一部撤収が報じられたが、米大統領はロシアのウクライナ侵攻の可能性を「十分ある」と語る。緊迫は続くのか▼ウクライナのサッカーリーグは厳寒期で中断しているが、今月下旬に再開される。ディナモ幹部も「準備はできている」と語る。サッカーに詳しいロシア圏の専門家服部倫卓氏によると、今のところ、リーグ再開延期の動きはない。サッカーのある日常が続くことを。


今日の筆洗

2022年02月15日 | Weblog

「他に勝る事の有るは、大きなる失なり」−。『徒然草』の第百六十七段にある。「他人より優れていることがあるのは、大きな欠点なのだ」と教えている▼いささか分かりにくいが、その長所、優秀さによって、己の心のどこかに慢心が生まれる。そのことを戒めているのだろう。その道に本当に通じている人は自分自身の至らなさを知っているもので、常に高い境地を目指し続け「終(つひ)に物に誇る事なし(最後まで自慢するようなことはない)」と言っている▼優秀な上にみじんの慢心もない人をわれわれは目の当たりにしているのだろう。将棋の藤井聡太さん。王将戦で渡辺明王将からタイトルを奪い、史上四人目となる五冠を達成した。十九歳六カ月での五冠はもちろん、最年少である▼十三日の記者会見。富士山でいえば、自身の将棋の現在地はどのあたりにあるのかと問われ、「森林限界の手前」と答えた。森林生育の上限の地点のことで富士山ならば、五合目付近だそうだ。五冠を達成しながら、ほんの五合目付近とは十九歳の目標の高さや謙虚さに感心する▼十九歳といえば派手なガッツポーズやビッグマウスが出ても不思議ではない年ごろかもしれないが、この天才に慢心はない。これだけ高い目標があれば燃え尽き症候群などの心配もあるまい▼五冠でも森林限界付近。だとすれば頂上には何が待っているのだろう。