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今日の筆洗

2020年04月29日 | Weblog

 「物忌(ものい)み」とは一定期間、外出などを一切せず、家に閉じこもることで悪霊を避けるいにしえの方法だが、物忌みの期間を間違えるとどうなるか。「雨月物語」(上田秋成)の「吉備津(きびつ)の釜」はよく知られているだろう▼妻が夫に捨てられた恨みから悪霊になる。たたりをおそれた夫は四十二日間の物忌みに入る。夜な夜な家のまわりには悪霊の叫びが聞こえてくるが、護摩符(ごまふ)によって家には入れない▼さて最後の夜もしらじら明けてきた。「おもき物いみも既に満(みて)ぬ。我も外(と)の方に出ん」。物忌みが終わったと外へ出た男は悪霊に襲われる。「明けたるといひし夜はいまだくらく、月は中天(なかぞら)ながら影朧朧(ろうろう)として」。夜はまだ明けていなかった。悪霊のなせる業か▼新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言から三週間が過ぎた。新規感染者数を見る限り、一時の勢いもやや落ち着いたようにも見える。楽観はできぬが、明るい兆しが少し出てきたというところか▼残念ながら、あくまで現時点の傾向であり、決して本物の夜明けではないのだろう。外出自粛という物忌みによってやっとここまでの状況になった。新型コロナウイルスの「幻術」に惑わされ、うかうか「我も外の方に出ん」と外出が増えれば元も子もない。再び勢いを取り戻す危険もある▼気の緩みは禁物。もう少し、もう少しと声をかけ合い、本物の夜明けを待ちたい。

 
 

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今日の筆洗

2020年04月28日 | Weblog

 「なぜだ! どうしてだ! 俺はじっと待ってたんだぞ!」-。映画監督の黒澤明はある作品の企画中止に激怒した。タッグを組んだ脚本家の橋本忍さんが書いている▼「生きる」(一九五二年)の後に「侍の一日」という作品を温めていたが、問題になったのは昼食の場面。江戸時代前期、登城した武士は果たして弁当を食べたか。これが分からない。歴史学者に尋ね回ったが、はっきりしない上、当時は昼飯抜きという説も出てきた。侍の日常を克明に描きたかった橋本さんとしては執筆を断念せざるを得なかったが、黒澤監督を説得するのは大変だったらしい▼夏の全国高校総体(インターハイ)が中止となった。新型コロナウイルスが高校生競技者の夢を奪った。やむを得ないとはいえ「なぜだ!」と唇をかむ選手も多いだろう▼そこを目標にして努力を続けてきた晴れ舞台。映画なら次回作もあるが、この夏は一度きり。大人は悔しさを人生の糧にしてとなだめるが、なかなか気持ちの整理はつかないはずだ▼この悲劇に耐えてほしいと言うしかない。スポーツ漫画ではインハイは物語上の一番の見せ場としてよく描かれるが、実生活での本当の見せ場はおそらくもっともっと後に来る。君たちの物語はこれからも続く▼「侍の一日」が中止となり、失意の監督が次に撮ったのは「七人の侍」。無論、歴史的大傑作である。

 
 

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