奉公先のお金をなくし、橋から身を投げようとしていた女がいた。これを見かけた小間物屋の次郎兵衛さん。五両の金を与えて思いとどまらせる▼女はお礼をしたいと後で思ったが、名も町所も聞いていなかったことに気がつく。あの旦那にもう一度会わせてほしい。そう信心し、その三年後…。落語「佃(つくだ)祭」である▼あの噺(はなし)に似ていると思った人もいるか。那覇空港駅で財布をなくし、困っていた男子高校生に男性が声を掛け、飛行機代の六万円を差し出したという話題である。高校生はやはり名前を聞きそびれていた▼江戸時代とは違い、さすが高度情報化社会である。地元紙の報道などで恩人の身元が分かった。埼玉県の医師猪野屋(いのや)博さんとおっしゃる▼「この人は親切の国から親切を広めに来た人だよ」。落語によくある言い回しが浮かぶ。自分ならと考える。赤の他人に大金を差し出すことはおろか、声を掛けることにも自信がない▼落語では三年後、渡し船に乗ろうとした次郎兵衛さんを女がたまたま見かけ引き留める。次郎兵衛さんにはこれが幸いする。船は事故で沈没し、救った女に救われる結果に。まさかそんなことは起こるまいが、同僚から「だまされたんだよ」と言われていた猪野屋さん。自分を捜してくれた高校生の正直さに救われたということだろう。それにその高校生、やがて飛びきり親切な大人になる。