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今日の筆洗

2021年02月28日 | Weblog

 作家の向田邦子さんはかなりの早口だったそうだ。電話で用件を伝える時など、つい早口になり、相手から「恐れ入りますが、もう一度」と聞き返されてしまう▼用件を繰り返すのだが、やはり伝わらず、「念のためもう一度」と懇願される。結局、同じことを三度。これなら「ゆっくりと一回しゃべったほうがよほど早かったが、持って生まれた癖はなかなか直らない」(『霊長類ヒト科動物図鑑』)。こういう方はいらっしゃる▼話は新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言である。対象だった十都府県のうち、愛知、岐阜の東海二県、大阪、兵庫、京都の三府県、福岡県の計六府県については期限の三月七日を待たず、週明けに先行解除される▼解除されない東京、神奈川などの首都四都県は取り残された気分だろうが、ここは向田さんの伝わらぬ早口を思い出すしかないか。宣言解除を急いだところで感染拡大を抑制できなければ、意味はあるまい▼事実、東京の新規感染者の減少ペースは一時に比べ鈍っている。感染力がより強いと聞く変異株の影響も心配で、およそ解除は難しかろう▼よその県は解除されると聞けば気も緩みがちだが、「よそはよそ、うちはうち」でいま一度、対策に力を入れたい。先行解除の六府県も同じこと。ここで宴会、花見だと浮足立てば、待っているのは「恐れ入りますが、もう一度」である。 


今日の筆洗

2021年02月27日 | Weblog
 とびきりの悪党や憎らしい敵役が、意外にも命懸けで誰かを救おうとする善人であった。人形浄瑠璃や歌舞伎で、本当の姿が明らかになることやその演技を「もどり」という▼「鮓屋(すしや)」の無法者「いがみの権太」は、実は改心していて、平家の武将を救う。「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」の玉手御前は恋する男に毒を飲ませた悪人と思わせながら、命を捨てて男を助けた。切なさが込み上げる名場面の源泉が「もどり」だろう▼こんな人だったのかと驚き、「もどり」を思い浮かべた。昭和のプロレス界で大暴れした悪役タイガー・ジェット・シンさんである。東日本大震災で被災した児童への支援などにより、運営する財団が、カナダで日本総領事から表彰を受けたそうだ▼サーベルを手にリングの外も荒らしていたのを覚えている。のどをつかむ得意技。あれはたぶん反則だが、連発していた。当然ながら悪役と悪人は違う。分かってはいても、子どもごころに怖かった▼調べると、プロレスで成功した後、長く慈善活動を続けている。ファンには有名らしいが、かなりの規模と熱心さである。実はこちらが本当の姿だった。日本への強い思いも語っている▼「もどり」の芝居では、善の心がのぞくのを「底を割る」と言うそうだ。見せないのが極意らしい。まったく底を割らない暴れ方であったから、じわりと込み上げるものがあるのも当然か。

 


今日の筆洗

2021年02月26日 | Weblog

 天台宗の開祖、最澄が残したありがたい言葉の中に、「道心の中に衣食(えじき)あり、衣食の中に道心なし」がある。仏道を究める心があって、その後に着物や食べ物は付いてくるもの、逆ではありません。いつの時代もいるのだろうが、衣食に気を取られて、大切な道を見失う人への戒めと受け取れよう▼衣食ならぬ飲食の中に、官と民の関係は存在していたようだ。そんな言葉があるかどうかは知らないが、「官僚の道」を見失っている人がかくも多いとは▼菅首相の長男が勤める会社から高額接待を受けた山田真貴子内閣広報官が陳謝した。同じ問題で、総務省は接待を受けた十一人の処分を決めた。農林水産省も鶏卵生産大手元代表に接待されたとして幹部六人を処分した▼綱紀か倫理か、緩みが同時に別の場所に現れているようにみえる。それにしても七万円超の接待とは、想像を超えている。会食で働き掛けはないと山田氏は説明したそうだが、その場だけの問題ではなかろう。そんな接待を受けて企業との関係が変わらないとは思えない。他の接待も解明が必要だろう▼山田氏は続投だそうだ。崩れた投手を引っ張り続ければ、試合はさらに壊れて、本人の傷も深くなる。立ち直ることもあるから、野球では続投の判断の難度は高いものらしい。首相の采配はどうだろう▼不祥事が多い。政権の指揮官の道は荒れているようだ。


今日の筆洗

2021年02月25日 | Weblog

 因果な職業である。苦しみ、痛みに耐え、ほしいものをようやく手にしたところから、プロボクサーの下り坂は始まることがあるという▼元王者の具志堅用高さんがかつて、本紙の連載で回想していた。「あれほど努力を重ねて、あれほど技術を磨いても、ハングリーな精神を失ったとたんに力が出なくなるんですよ」。連続防衛記録を達成してまもなく、具志堅さんは敗れ、引退している▼今月、短い訃報が紙面にあった。六十七歳の若さで亡くなった米国の元ヘビー級世界王者レオン・スピンクスさんは、この世界の激しい明暗を体現した人のようだ▼アリに勝ったあの男かと思い出した方もいるかもしれない。一九七八年に王者ムハマド・アリさんを破った時はプロ歴わずかの若手だった。大番狂わせである▼王座はすぐに奪い返されるが、名声と大金を手にしている。ひどい治安の街で貧しい家に育った若者はすべてを手に入れるとともに力が出なくなった。散財に私生活のトラブルも重なり、蓄えをなくす。貧困者の施設に泊まることもあったそうだ▼ただ戦うのをやめなかった。日本でアントニオ猪木さんとも戦い、四十代までリングに上がっている。その後の脳の障害は戦いすぎの影響とも言われる。がんなど多くの病気とも闘った。最後までファイターであったと遺族は言う。一瞬ながら消えない光を放った人だろう。モハメッド・アリ VS レオン・スピンクス 第1戦

 


今日の筆洗

2021年02月24日 | Weblog

 出題。ノルウェーの画家ムンクの代表作「叫び」。その絵の男と同じ格好をしてみてください▼題名に惑わされ、口に両手を当て、叫ぶような格好をするのは間違い。あの男は叫んでいるのではなく、聞こえてくる叫びに耳をふさいでいる。ムンクの心の中の不安を描いている▼その絵を巡る論争に決着がついたか。「叫び」は一点だけではなく、同じ題名、構図の作品が複数あるが、一八九三年に描かれた「叫び」の左上部に落書きがあることは一九〇四年から分かっていた。問題はだれが書いたか▼鉛筆書きでかろうじて読める落書きの言葉はこうだ。「狂った人間にしか描けない」。不届き者が書き込んだという説が有力だった▼そうではなかった。ノルウェーの国立美術館が細かく調べ、ムンクの日記の文字と照らし合わせた結果、ムンク自身が書き込んだ可能性が高いらしい。ムンクは長く、憂鬱(ゆううつ)な気分に悩まされていたそうだが、発表当初の酷評や精神状態を疑われたことに腹を立てたのか、自分で、その言葉を加えたという見立てである▼絵の男は叫んでいなかったが、ムンクは落書きで怒りの叫びを上げていたのか。狂った人間はともかくムンクにしか描けぬ、その作品は世界で最も有名な近代絵画の一枚となった。試しにスマホに「叫び」あるいは「ムンク」と打ってみてください。どんな絵文字が出てきますか。