東京新聞寄居専売所

読んで納得!価格で満足!
家計の負担を減らしましょう!
1ヶ月月極2950円です!
アルバイト大募集中です!

今日の筆洗

2024年08月31日 | Weblog

懐かしき若者向け雑誌『ホットドッグ・プレス』に作家北方謙三さんの人生相談『試みの地平線』があった。記憶する人は中高年以上の男性か▼いかにもモテそうな北方さんが生き方を説く。「彼女がデートなどの約束を守らなくて困っています」との相談には「張り倒せ」と答えた。掲載当時は昭和。今なら不適切と咎(とが)められそうだ▼「生きるのが限界で自殺のことを考えています」という悩みには、何でもいいから本を50冊読めと助言した。「50冊読むまでは死ぬな。50冊読んでみて、それでも死にたいと思ったら、また手紙をくれ」。本で時をやり過ごせとの趣旨である▼明日は9月。近く学校が始まる子は多い。いじめなどに悩み早まった行動をせぬかと心配する時期、学校が嫌なら逃げていいと唱える活動「#逃げ活」を展開する団体もある▼何から逃げたいかや、逃げたい時のやり過ごし方などを書きだす作業を勧め、必要な台紙なども提供する。ゲーム、昼寝、散歩など手段は多様だろうが、それで命をつなぐ戦略は「本50冊」回答と同じであろう▼北方さんは、読むなら小説もいいと作家の自負をにじませた。「俺は小説が世の中の役に立つなんて考えたことはないが、死にたがっている人間を止めるぐらいの時間を与えることはできると思う」。逃げ込んでくれたら本望だと言う人もいるのだから堂々と逃げていい。


今日の筆洗

2024年08月30日 | Weblog
自治体職員も能力がなければクビになる-。それを可能にする条例が大阪市にできたのは2012年。日本維新の会創始者の橋下徹氏が市長だった▼実際に、2年連続で最低ランクの評価を受け研修を経ても改善しなかったとして複数の市職員が後に、解雇に相当する分限免職処分となった▼かねて裏金問題など不祥事が相次いでおり、大なたを振るった氏は称賛もされた。既に政界から退いたが、公務員の怠惰を許さぬ行革は今も維新の看板である▼自治体職員の上に立つ首長に、維新は引導を渡すのか。パワハラなどの疑惑がある斎藤元彦兵庫県知事に対し、辞職を求めることもあり得ると維新共同代表の吉村洋文大阪府知事が踏み込んだ。県議会で今日ある斎藤知事の証人尋問の内容次第らしい▼知事選で自民とともに斎藤氏を推した維新は「まずは真相究明」と静観していたが、大阪府箕面市長選で維新系現職が敗れ、兵庫の話が響いたと慌てたらしい。焦点は報道機関などにパワハラなどを告発した元部下を知事が「噓(うそ)八百を流した」と断じ懲戒処分にしたことの適否。告発つぶしを狙い不当に大なたを振るったなら、次なる刃(やいば)は当人に向かう▼辞書によると、維新は世の中が改まりすべてが新しくなることで中国の『詩経』の<維(こ)れ新たなり>に由来する。知事を新たにするほかなしと各党が傾くのか、注目の尋問である。
 
 

 


今日の筆洗

2024年08月29日 | Weblog
 『鬼平犯科帳』などの作家、池波正太郎さんが妙な下痢について書いていた。ある年にやって来た台風。その台風の前後、池波さん、約半月ほど下痢に悩まされ続けたそうだ▼作家の司馬遼太郎さんに話すと「そりゃ、あんた、台風下痢だ」-。1960年代の話である。「台風下痢」だったかはともかく低気圧の接近に伴い、具合が悪くなるというのは珍しくない▼中心気圧は925ヘクトパスカルまで発達すると予想されているので、池波さんが聞けばいやな顔をするかもしれない。非常に強い勢力の台風10号である。昨日、九州南部に迫った。現地が心配である▼1959年の伊勢湾台風の中心気圧が929ヘクトパスカル(上陸時)、第2室戸台風の中心気圧が925ヘクトパスカル(同)というから台風10号が「最強に近いクラスの台風」(気象庁)というのも分かる▼国際機関の「台風委員会」が台風10号に付けた名は「サンサン」。香港が提唱した名で少女によくある愛称という。名は愛らしくても「性格」の方はつむじ曲がりか。家屋が倒壊するほどの暴風に加えて道草でも食っているのか、動きが時速10キロ程度とやけに遅い。速度が遅ければその分被害が大きくなる危険もあるだろう。予想進路もいじわるで狙ったかのように列島を縦断する気配である▼備えを急ぎたい。むこうがそう来るのなら、こちらも負けじと「最強クラス」の警戒と対策を。
 
 

 


今日の筆洗

2024年08月28日 | Weblog

諸説あるが、『怒りの葡萄(ぶどう)』の米作家、スタインベックは大学生のとき、先生にこんなことを言われたそうだ。「ブタが空を飛んだとき、君は作家になれる」▼英語の「flying pigs(空飛ぶブタ)」は現実には起こらないことのたとえ。先生は未来のノーベル賞作家に「君が作家になれることはない」と言ったことになる。ひどい言葉を生涯忘れなかったか、スタインベックは翼の生えたブタを自分のシンボルとし、サインに添えていた▼もう1頭、いや何百、何千の空に浮かぶブタの話を。この方もサインにブタを描いた。子どもたちに人気の『はれときどきぶた』(岩崎書店)などで知られる児童文学作家、矢玉四郎さんが亡くなった。80歳▼『はれぶた』の発表は1980年。子ども時代、矢玉さんの荒唐無稽な物語に夢中になった方は多いだろう。小学3年の則安君が「あしたの日記」に書いたことは全部本当になる。明日の天気は「はれときどきぶた」。次の日、こうなった。「ぶた、ぶた、ぶた、ぶただらけ。ぶたは、いまにもふってきそうだった」-▼『はれぶた』から読書の楽しさを知った方もきっといる。親が読んでと押しつける本ではなく子ども自身が読みたがる本を残した▼発表当初、斬新な内容に評判を心配する声もあったそうだが、ロングセラーとなり、今も読み継がれる。ブタは空を飛んだ。


今日の筆洗

2024年08月27日 | Weblog

フランスの海洋探検家、ジャック・クストーが長年の冒険の相棒とした調査船の名は「カリプソ号」である。子どものときに見たドキュメンタリー番組が懐かしい▼クストーにあやかろうと宇宙飛行士たちは宇宙船の愛称に「カリプソ号」を選んだ。宇宙船とは国際宇宙ステーション(ISS)にとどまっているボーイング社のスターライナーである。残念だが、クストーの船ほどには役に立たなかったようだ▼2人の飛行士を乗せ、ISSに到着したまではよかったのだが、エンジン周辺に不具合が見つかり、米航空宇宙局(NASA)は2人を乗せて地球へ帰還させるのは危険と最終判断した▼NASAの判断は当然だろう。2003年、スペースシャトル「コロンビア号」が大気圏再突入時に空中分解する悲劇もあった。安全面の問題を指摘する声があったが、これを軽視した結果、事故を招いた。無理は禁物である▼「詩人と哲学者の宇宙飛行士は地球に帰還できない」-。アポロ11号のマイケル・コリンズ飛行士の言葉で宇宙には地球に帰りたくなくなるほど、不思議な魅力があるという▼今回の決定で2人は来年2月に別の宇宙船で帰還することになる。いくら魅力的な宇宙でも1週間程度で帰還するはずが、約8カ月もステーションで足止めとはつらかろう。詩人でも宇宙飛行士でもない身は考えただけでげんなりする。


今日の筆洗

2024年08月26日 | Weblog
ドラマ演出家の鴨下信一さんの『誰も「戦後」を覚えていない』(文春新書)の中に「国策炊き」なる、コメの炊き方が紹介されていた▼コメの入手が困難な戦時中、政府が奨励した炊き方だそうだ。コメを軽く洗い、ザルにあげて水を切らずにそのまま20時間置いて炊く。この間にコメは水を吸って膨張するので「炊き増え」するらしい。当時、鴨下さんの家でもやっていたが、量が増えたようでも「腹はすぐ減るからまったく無益」だったそうだ▼「国策炊き」は遠慮したいものだが、コメがなかなか手に入らない。家人の命を受けて、スーパーを何店も回ってみたが、からっぽの棚にため息が出る。育ちざかりのお子さんがいらっしゃる、ご家庭はさぞお困りだろう▼昨年夏の猛暑の影響で流通量が減っていたところに南海トラフ地震の臨時情報を受けて、買いだめに走った人も多いようでスーパーなどでの欠品が起こっているという。コロナ後の訪日客の回復で外食需要も増えている▼江戸川柳の<飯はよい物と気のつく松の内>。正月は雑煮ばかりになるのでコメの味が恋しくなるという通り、手に入りにくいと聞けば、やっぱりその味が恋しくなるか▼主食の品薄に不安にもなるが、買いだめなどに走らず、冷静に対応するしかあるまい。新米の出回る9月には品薄も解消されると聞く。食欲の秋には間に合うことを願う。
 
 

 


今日の筆洗

2024年08月25日 | Weblog

男の前に今にも火の消えそうなロウソクがある。これはなにかと尋ねると死に神はおまえの寿命だという。「もうすぐ消えるよ」。三遊亭円朝作の「死に神」▼どうすれば助かるのかとすがる男に死に神が教える。自分の寿命のロウソクの火を別のロウソクに移すことができれば死なないという。男はやってみるが、緊張と恐怖で手が震える。「早くしねえと消えるよ」「消えると命がねえよ」。死に神の言葉にさらに焦る。「ほーら、消えた」…▼重責と緊張は分かるのだが、ロウソクの火をつなぐどころか、パイプを番号通りに並べることもできなかったとはくやしい。福島第1原子力発電所2号機から溶け落ちた核燃料(デブリ)を試験的に採取する作業は初歩的なミスが見つかり延期となった▼釣りざお式の装置を原子炉格納容器に差し込み、デブリを採取する予定だった。いざ採取というところで装置を押し込む5本のパイプの接続順が間違っていることが分かったそうだ▼パイプには順番を示す番号が記入してあったが、当日まで誰も間違いに気づかなかったという。理解しにくい「怪談」だろう▼廃炉に向けた作業が初手でつまずいた。初手で幸いというべきか。ミスは起こるものと再認識し、確認の大切さをかみしめたい。2051年まで続く予定の難作業である。このミスを長い旅を慎重に歩く「お守り」としたい。


今日の筆洗

2024年08月24日 | Weblog
<お中元やお歳暮のお菓子を独り占めする上司がいます>。ネットの悩み相談にこんな訴えがあった▼会社の部署宛てに届いた菓子。贈り主と交際がある人は職場に何人もいるのに、上司は菓子を丸ごと家に持ち帰り「お礼状書いといて」と命じると嘆く▼斎藤元彦兵庫県知事も「独り占め」で白い目で見られているらしい。パワハラや物品要求といった知事の疑惑の調査で、県議会が職員に行ったアンケート。出張先で土産に用意されたカニを随行職員が固辞すると、知事は職員分も含め持ち帰ったと記す回答があった▼カニ目当てで来るので関係者がもう来ないでほしいと言っている、との記述もあったそうだ。直接見ず伝聞で知った内容も書けるアンケートだが、事実なら格好悪い▼カキも独り占めし自宅に運ばせる、生産現場で高級革ジャンをねだった、エレベーターが来ないと激怒するなどと訴えた職員たち。知事の告発文を3月に議員らに配った元幹部は懲戒処分され、死亡に至ったが、義憤を募らせる職員は多いのかもしれない▼冒頭の菓子を巡る相談には「部署宛てなんで開けていいですか」と大声で聞く案が寄せられた。皆の前では拒みにくいというが、怖い上司相手には気がひける。贈り主への礼状に、お菓子は上司がありがたく自宅へ全て持ち帰っております、と書く案もあった。やはり最後は真実の暴露か…。
 
 

 


今日の筆洗

2024年08月21日 | Weblog

高等女学校の生徒が卒業記念にシューベルトを描いた戯曲を書き、自らシューベルトを演じることになった。終戦の翌年である▼舞台は失敗した。肝心の場面でせりふを忘れてしまった。この生徒はやがて詩人となる。戦後を代表する女性詩人、新川和江さんが亡くなった。95歳。忘れたせりふをいつまでも覚えていたという。「わが恋の終わらざるが如(ごと)く、この曲もまた終わることなかるべし」▼故郷、茨城県結城の近くに疎開していた西条八十との出会いが詩人を目指すきっかけという。第1詩集『睡(ねむ)り椅子』に寄せた西条の序が印象に残る。「鬼才の処女詩集」ではないが、「ゆつくりと(略)伸び繁つて、大空に聳(そび)える何ものかのプレリユードであることを、わたしはかたく信じてゐる」。そう書いた▼見立ては正しかった。自然、情愛、女性であること。独特な比喩と吟味した言葉が紡ぐ世界は不思議なきらめきと強さにあふれた▼「わたしを束ねないで/あらせいとうの花のように/白い葱(ねぎ)のように/束ねないでください わたしは稲穂」。自由に生きようとする「わたしを束ねないで」。詩の終わりは「わたしは終わりのない文章/川と同じにはてしなく流れていく 拡(ひろ)がっていく 一行の詩」である▼新川さんが忘れた芝居のせりふを連想する。亡くなろうとも読み継がれ、その詩は「また終わることなかるべし」か。