宮城のJR気仙沼線は東日本大震災で津波に襲われ、大部分の鉄路は廃止に。専用道などを走るバス高速輸送システム(BRT)が導入された▼紀行作家の故・宮脇俊三氏は気仙沼線が全線開通した一九七七年十二月十一日に乗車し、沿線の喜びを翌年発行の著書『時刻表2万キロ』に記した。国鉄時代で不採算も織り込み済みの開通。東京の新聞は赤字線が増えたと批判的だったが、現地の駅のホームは日の丸の小旗を手に列車を待つ人で埋まった。別の駅では花火と風船、ハトたちが空へ。日焼けした女性たちが花笠(はながさ)をかぶって並び、片足を上げて喜々として踊る駅もあった▼今後、赤字路線の存廃論議が進むかもしれない。利用状況など一定の目安に該当する路線を対象に、鉄道会社や自治体などが、鉄道存続策やバス転換などを協議することを盛り込んだ提言を国土交通省の有識者検討会がまとめた▼人口減で鉄道経営は容易でない。協議対象路線は未定だが、JRでは三重の名松線、若狭湾沿いの小浜線などが取り沙汰されている▼赤字線は不要なのか−。宮脇氏は先の著書で気仙沼線の前途を思い、こう書いている。「むずかしい問題ばかりだが、私には、駅頭で妙な踊りを踊る日焼けしたおばさんたちの顔だけが、たしかなものに思われる」▼沿線の人々の思いは尊い、ということだろう。議論するならば丁寧にと願う。
<なんにでもよくつらを出す仙女香(せんじょこう)>。江戸期の川柳だが、説明がいる。仙女香とは当時、江戸でたいそう売れた粉おしろいの商品名だそうだ▼販売していた坂本屋さんというのが、相当のやり手で、浮世絵や草双紙、芝居のせりふに「仙女香」の名や効能を頼み込んで盛り込んでもらっていたらしい。それで<なんにでもよくつらを出す>。今ならメディアミックス型のタイアップ戦略とでもいうのだろう▼浮世絵や草双紙とのタイアップなら問題はないが、国民のおあしも投じて行われるオリンピックとなれば話は別である。東京五輪・パラリンピック組織委員会の元理事側が紳士服大手のAOKIホールディングスから多額の資金提供を受けていたとされる疑惑である▼その公共性から、五輪組織委員会の役職員は「みなし公務員」と定められ、金銭の受領などは禁じられているが、元理事の会社に数千万円が支払われていたらしい▼AOKIは五輪のスポンサーとなり、エンブレム入りのスーツなどを販売していたそうだが、怪しい関係によって五輪に「つらを出す」便宜を図っていたのか。捜査の進展を待つが、事実なら五輪が食い物にされたと言わざるを得ない▼開催までゴタゴタ続きだった東京五輪だが、終わった後も落ち着かぬ話である。真相の解明を。五輪が夢と希望ではなく、欲と金銭の祭典になってはいないか。
悪漢が善良な市民に襲いかかる。絶体絶命の場面である。どういうわけか、悪漢の気が変わる。「もういい。行くがよい」−。安堵(あんど)の表情を浮かべた市民はその場を離れようとする。観客がホッとするのもつかの間、悪漢は市民を後ろから斬りつける▼こんな場面が昔の時代劇や西部劇によくあった。悪漢の残酷で、卑劣な性格を描くためだろう。ただ、命を奪うだけではなく、助けると相手に希望を持たせた上で、裏切り、奈落の底にたたき落とす▼あの場面を見せつけられた気分である。話は先週にさかのぼる。ロシアとウクライナは国連とトルコの仲介によって、穀物輸送に関する協定に署名した。ウクライナの商船や港湾施設を攻撃しない。ロシアはそう約束した▼ロシアのウクライナ侵攻によって、ウクライナ産穀物の輸出は滞り、世界的な食糧危機を招いている現状がある。ウクライナからの輸出が可能になれば飢えに苦しむ人びとを救える。国連のグテレス事務総長はこの合意を「希望の光」と呼んだ▼この光がやがて侵攻中止につながることがあるかもしれぬ。そう期待したかったが、それは残酷な悪漢のやり口だったのか。ロシアは合意にもかかわらずウクライナのオデッサ港をミサイルで攻撃した。署名の翌日である▼希望を抱いた分、それが裏切られたときの絶望の大きさ。世界はその卑劣さにうめくばかりか。
1.4 F | Rumba | Amateur Latin | Russian Championship 2022