東京新聞寄居専売所

読んで納得!価格で満足!
家計の負担を減らしましょう!
1ヶ月月極2950円です!
アルバイト大募集中です!

今日の筆洗

2020年01月28日 | Weblog

 赤の広場で「フルシチョフはばかだ」と叫んだ男が逮捕された。判決は懲役二十二年。重すぎるではないかと主張する男に裁判官が説明する。二年は侮辱罪の分。あとの二十年は「国家機密漏えい罪によるものだ」▼あまりに有名で引用をためらう旧ソ連時代のアネクドート(政治風刺ジョーク)。男がとがめられたのは秘密とすべき「事実」を口にしたことだった▼この手のジョークではなく、いたってまじめな説明らしい。政府が「桜を見る会」の招待者名簿の電子データ廃棄記録(ログ)を開示しない理由である▼菅義偉官房長官の国会答弁によれば、国家安全保障局が同じシステムを利用しており、ログを調べると「国家機密にかかわる情報を含めて調査することになり、漏えいの危険が増す」そうだ。どういう仕組みか、皆目理解できないのだが、とにかくログを確認しただけで国家機密が漏れてしまうらしい▼いやはや、この説明で納得をと言う方が無体で、苦しい言い訳にしか聞こえまい。ただでさえ、不信のまなざしが向く「桜を見る会」の問題である。説明が事実としても別の問題が出てくる。わが国の機密はその程度のことで漏えいするのである▼何を隠そうとしているのか。「桜を見る会」が私物化されていたことについては、もはや誰もがそうにらんでおり、守るべき「国家機密」に当たらぬと思うのだが。

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2020年01月28日 | Weblog

 毎日、当欄の題材に苦労している。何を書いていいのか思いつかぬ日がある。かと思えば、書きたいニュースや話題が複数あってどっちで書くべきかで悩む日もある▼本日は「さてどっち」の方で、迷ったのは徳勝龍の優勝と米バスケットのコービー・ブライアントの事故死である。幕尻力士による苦労の初優勝。判官びいきは胸が熱くなる。「私が優勝していいんでしょうか」。その言葉もほほ笑ましく、好感がもてる▼コービーは正反対である。「なぜ俺にボールを回さない」。よく叫んでいたそうだ。若い時から才能を認められ、常にトップを走ってきた。そのせいか、やや身勝手でパスを仲間に回さず、自分で強引に決めにいく自己中心的なところもあった▼デビューの年、一九九七年のユタ・ジャズとのプレーオフで勝負どころでぶざまなエア・ボール(失投)を続けたのを見て、マイケル(・ジョーダン)ほどの選手にはなれまいと予想したファンもいたはずだ▼そこが「幕尻」だったのだろう。もともと練習の虫だったが、精進と研究を重ね、レーカーズを五度のNBAチャンプに導く大横綱となった。謙虚とはいいにくいスターもやはり苦労の人であった▼ファンだったマジック・ジョンソンが重い病になったとき、コービー少年は何日も泣き暮らしたそうだ。今度は世界中の少年たちがコービーの悲劇に泣いている。

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】コービーブライアントの凄さが分かる3分間

 


今日の筆洗

2020年01月27日 | Weblog

 寛政期の江戸歌舞伎を代表する名優、五代目の市川団十郎が芝居に対する心構えを伝える、「市川家のおしえ」はなかなか厳しい▼「下手と組まず、上手と組む。下手とはつきあはず、下手と外あるかず、巻き添えにならぬように引きずり込まれぬように」。下手な役者とは外も歩けない▼かと思えばがんばりすぎるなとも教えているのがおもしろい。「年に二度も出かす、役とる度に大でかしする気で大魂胆しては命たまらず」。抜くところは抜かないともたないよとは現実的である。「おしえ」がもっとも強調しているのは健康の大切さなのだろう。「寿命なければ(芝居を)やれず、長生きせねばならず」とある▼とすれば、この見直しももっともな話だろう。松竹は同社制作の二十五日間の歌舞伎公演について、四月以降は休演日を設定すると発表した▼働き方改革の波がここにも。これまでは、二十五日間連続の公演だったが、一日の休みを入れるそうだ。休養の必要性を訴えてきたのは五月に十三代目の団十郎を襲名する市川海老蔵さんで、あの「おしえ」が念頭にあったのかもしれぬ▼チケットは取りにくくなるか。されど、ただでさえ、役者に長時間の緊張と体力が必要な歌舞伎である。休みによって役者が精力を取り戻し、よい芝居を見せれば大向こうにも悪い話ではない。なにより「寿命なければやれず」である。

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

 

 


今日の筆洗

2020年01月26日 | Weblog

 「グランド・ホテル…。いつもと同じ。人々はここにやって来て、そして、ここから去っていく。なにも起こらない」。米映画「グランド・ホテル」(一九三二年)の最後のせりふである▼ご覧になった方ならご存じだろう。この映画、それぞれにわけありの宿泊客が織りなす群像ドラマである。ホテルにやって来て去っていくだけのようにしか見えぬ宿泊客にもいろいろな人生があり、複雑な事情や苦悩をそれぞれに抱えている。そう、そのせりふは言いたいのだろう▼「二人はやって来なかった。そして業務を妨害した」。映画のせりふを借りればこんなところか。失礼。現実のホテルを舞台にした犯罪である。宿泊予約サイトを通じて予約したホテルを無断でキャンセルし、業務を妨害したとして、京都府警は自称自営業の女とその息子の二人を逮捕した▼サイトを通じて予約すれば、キャンセルしても特典ポイントがもらえる場合もあるそうで、二人はこれを悪用し、予約と無断キャンセルを繰り返していたらしい。その回数二千二百回以上。約百九十万円分のポイントを不正に得ていたというからホテルには大迷惑な錬金術である▼生活に困ってということでもないのか、ポイントを使ってホテル暮らしをしていたという▼母親五十一歳。息子三十歳。あの映画ではないが、二人の人生と事情の方もどうも気になってしまう。

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2020年01月25日 | Weblog

戦後大きな反響を呼んだ日本研究の名著『菊と刀』の中で、米国の人類学者ベネディクトがおもしろい指摘をしている。日本人は<容赦なく眠りを犠牲にする>。元来睡眠好きで、眠っていい時には、喜んで眠りにつく半面、必要とあらば、軍人も受験生も夜通しで頑張ると▼批判も寄せられる本ではあるが、寝る間を惜しんで復興を成し遂げた日本の働き手の戦後の足跡などを思えば、ふに落ちる指摘ではないか▼昭和四十年代あたりから味とサービス、価格で競い合ってきた日本のファミリーレストラン業界は二十四時間営業も取り込んだ。その眠らない営業が変化の波の中にあるようだ▼外食大手のすかいらーくホールディングスがファミリーレストランの二十四時間営業を廃止すると明らかにした。同じ取り組みをする大手もあり、深夜の営業の減少が大きな流れになっている。背景に人手不足と若者の生活が変わっていることなどがある。抗しがたい変化の波だろう▼<眠れないのかもしれない。眠りたくないのかもしれない。ファミリー・レストランは、そのような人々にとっての深夜の身の置き所なのだ>。村上春樹さんの『アフターダーク』。深夜の「ファミレス」が重要な舞台の長編だ▼一人客が増え、昼とは別の物語の場を思わせる。ファミレスの深夜の雰囲気も定着していた日本の光景と思えば、寂しくもある。

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

 

 


今日の筆洗

2020年01月23日 | Weblog

 <二千年終(おわ)る閂(かんぬき)真一文字>は俳人桂信子さんの句で二〇〇〇(平成十二)年末の作である。一九一四(大正三)年生まれで当時八十五歳。若くして夫を失い、戦争中も一人で生き抜いてこられた方である。阪神淡路大震災も経験した▼「二千年」とは桂さんにとって、そうした苦しさもあった過去そのものなのだろう。そこに区切りのかんぬきをかけ、前を向いていく。そんな決意が句にこもる▼強さやすがすがしさを感じるが、この区切りの付け方はどうなのか。政府はこれまで主催してきた東日本大震災追悼式を発生から十年となる来年二一年までとする方針を発表した▼国が財源を保証している復興・創生期間が二一年三月で終了することを受けての判断だろう。政府にとって震災後十年というのはなるほど、「キリ」の良い数字なのかもしれぬ。されど、その判断が被災地にはどう映るかが心配である。見放され、もはやあの震災は過去のものだと通告されているような気にさせられぬか▼復興や再生が終わったとは決して言えまい。原発の問題も残る。なによりも、十年が経過しようが、被災地には癒えることのない悲しみがある。キリ、区切り、節目。そんなものは政府や被災地以外の言い分であって区切りの付けられぬ心の痛みが今なお続いている▼<震災十年終る閂真一文字>か。そのかんぬきをかける音は冷たい。

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

 

 


今日の筆洗

2020年01月22日 | Weblog

 「タフガイ」の石原裕次郎、「マイトガイ」は小林旭、赤木圭一郎は「トニー」。ここに、「キッド」の和田浩治を加えた「日活ダイヤモンドライン」。その名を見ただけで手に汗を握った当時を思い出す世代もあるだろう▼一九六〇年代、日活はこの四人の主演作品をローテーションで次々に公開するピストン作戦によって大入りを取った。日本の山村に突如として現れるカウボーイ。拳銃の撃ち合い。現在なら、いったいどこの国の話かと思われそうだが、笑わば笑え。その無国籍な世界とアクションを求め、熱狂した時代があった▼「殺し屋ジョー」「エースのジョー」「コルトの銀」。ダイヤモンドラインとともに日活アクションを支えた俳優の宍戸錠さんが亡くなった。八十六歳▼ふてぶてしくも、どこか憎めないキザな悪役。それでも最後はアキラやトニーを助けてくれる。そんな役柄と拳銃さばきが当時の言葉でいえば実にイカしていた。鈴木清順監督の傑作「殺しの烙印(らくいん)」(六七年)のメシの炊ける匂いに恍惚(こうこつ)となる不思議な殺し屋の役も忘れられぬ▼駆け出し時代は俳優に代わって、危険な芝居をするスタントも引き受けていた。売れるがための決意の豊頬手術。苦労のジョーでもある▼訃報にお得意のポーズをまねてみる。人さし指を左右に振る。「ちっ、ちっ、ちっ。墓の下でおねんねたあ、寂しすぎるぜ…」

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】


今日の筆洗

2020年01月21日 | Weblog

 雄弁よりも沈黙を守る方が勝っており、時において、役に立つというたとえとしてよく使う「沈黙は金」。正確には「沈黙は金、雄弁は銀」で英国の歴史家トーマス・カーライルが一八三一年に自著に使い、そこから世界に広まったそうだが、同じような言い方は古代エジプト時代からあったらしい▼その言葉のオリジナルが古代エジプトにあったと仮定した場合、ちょっとした問題が持ち上がる。その当時精製の難しかった銀の価値は金よりも上だったそうで、となると価値が高いのは、「沈黙」ではなく「雄弁」の方だったということになる▼本当のところはよくわからないようだが、昨日の施政方針演説を聞く限り、安倍首相は都合の悪い話は沈黙を貫いた方が雄弁よりはるかに価値が高いと信じ込んでいるようである▼「桜を見る会」の疑惑やカジノを含む統合型リゾートをめぐる自民党出身議員の汚職事件。首相には雄弁とはいわぬまでもきちんと説明すべき問題があったのだが、いずれについてもあたかも問題自体がなかったかのように触れず、沈黙を守ったのである▼不用意な発言で野党に攻撃材料を与えたくない。今後の国会をにらんでのそんな判断だろうが、世間を騒がす問題にここまで触れぬのは不自然で不正直な態度だろう▼首相には金に見えた、沈黙。国民には銀や銅でさえなく民主政治に害をなす鉛である。

 
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】