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今日の筆洗

2023年03月31日 | Weblog
米国の文豪ヘミングウェーの『老人と海』は米国近くのキューバが舞台。反米の革命政権誕生の七年前、一九五二年に発表された▼主人公の老漁師は野球の米大リーグファン。慕ってくれる少年相手にフィラデルフィア所属のディック・シスラー選手を語る。「以前、冬のリーグの最中、古い球場ですごい当たりをかっ飛ばしたろうが」▼冬のリーグとは、革命前のキューバのリーグ。大リーグ選手もオフを利用し加わった。実際、シスラー選手も大リーグデビュー前に参加し本塁打を次々と放った。米選手も見られたキューバの古き時代。高見浩さんが訳と解説を担った文庫本に教わった▼キューバ出身の中日ドラゴンズの救援右腕ジャリエル・ロドリゲス投手(26)が予定の便で来日しなかった。昨夕時点でも球団と音信不通。米国では、亡命し大リーグ入りを狙うとの報道もある。革命から久しいが、キューバ選手の米移籍は今も難しいという。国を捨てても、と思ったのか。来日三年目の昨季は最優秀中継ぎ。今季開幕目前の竜党の衝撃は大きかろう▼キューバリーグ時代のシスラー選手は人気で、『老人と海』の少年も老漁師の「すごい当たり」の話に「いままで見たなかでも、いちばん大きい当たりだったよ」と応じた▼人々に残る好選手の記憶。日本の打者を封じるロドリゲス投手の記憶はもう、更新されないのだろうか。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月30日 | Weblog
句会でご一緒させていただいている女優の吉行和子さんに以前、こんなことをお尋ねした。「女優と呼ばれたいですか。俳優と呼ばれたいですか」▼性差別をなくしたいという意識から、「女優」という表現は新聞では使いにくく「俳優」と書き換えることが大半である。ご当人はどう考えているか。「俳優と呼ばれたい人もいる。でも私は女優の方がいい」▼『かもめ』のニーナや『奇跡の人』のサリバン先生。女性であることを強く意識した当たり役と活躍した時代に敬意を込め、この肩書をあえて使わせていただく。「女優」の奈良岡朋子さんが亡くなった。九十三歳。「大女優」の肩書の方がふさわしかろう。その人が出演すればそれだけで作品の格が上がる。そんな役者だった▼十八歳で劇団民芸の養成所に入った時、宇野重吉さんに「おまえはお嫁にいっちゃいかん」と言われたそうだ。内心、腹を立てていた奈良岡さんに宇野さんはこう言った。「役者は一声、二振り、三姿。嫁に行くとぬかみそ声になるんだよ」▼今なら問題発言だが、なるほど、そのお声は奈良岡さんの役者としての宝だった。悲しみをこらえる声、朗らかな笑い、怒りの叫び。さまざまな感情を、その声はリアルに観衆に届けることができた▼最新作は『土を喰(く)らう十二カ月』。九十過ぎての出演に驚く。この役者自身もまた「奇跡の人」だろう。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月29日 | Weblog

二歳になる男の子の双子が窓から転落し、亡くなるという痛ましい事故があった。事故を聞いて、大半の人がこうした悲劇が起こり得るという現実に恐怖し、子を失った家族の痛みを感じるだろう▼こうした反応をするのは人間ばかりではないらしい。海外での最新研究によると魚も同じで、他の魚の恐怖を理解しているそうだ。その恐怖を自分のことのように考える▼脳内のオキシトシンというホルモンの働きによるものだそうだ。試しに実験用の魚からオキシトシンを除去すると共感力のようなものはなくなり、「反社会的」な動きを見せたという▼魚類がこの世に登場したのは約四億五千万年前だが、人間は進化上のご先祖様の時代から、そんな優しい能力を身に付けているのか。半面で他人の恐怖をまったく理解できない人もいるようだ。ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領が七月にもベラルーシに戦術核兵器を配備すると表明した▼ロシアにとっては目障りな欧米によるウクライナ支援を、核をちらつかせることでけん制しようという狙いらしい▼他人の恐怖を理解できないと書いたが、逆かもしれない。核への人間の恐怖を知り抜いた上でそれを冷酷に利用しているのだろう。核の拡散を許せば核使用のリスクはさらに高まりかねない。核配備に向かう、恐れ知らずの「怪魚」を落ち着かせる方法はないのか。


今日の筆洗

2023年03月28日 | Weblog

スイスの銀行をネタにしたこんな笑い話がある。米国人がスイスの銀行に大金を預けにいったそうだ。「百万ドルを預けたいんだが」。金額が大きいので自然、ヒソヒソ声になる▼応対した銀行員。客に「もっと大きな声で話してもらっても構いませんよ」という。「貧しさはスイスでは決して不名誉なことではありませんから」▼巨額な資金を扱うことが常のスイスの銀行において日本円で一億円そこそこでは懐が寒いとみられてしまうか。そんなジョークが成立するスイスの銀行の買収にしては買い取り価格が少々寂しい気もするが、やむを得ないことなのだろう。経営悪化が伝えられたスイスの金融大手クレディ・スイスである▼同じスイスの大手金融のUBSが買収を決めた。その額、三十億スイスフラン(約四千三百億円)。創業百六十六年の名門でかつての株式時価総額が十二兆円を超えた大銀行も、その額で売るしかなかったか▼クレディ・スイスの経営悪化が世界の金融不安につながらぬように動いたスイス政府の説得でその額を受け入れたと伝わる。経営悪化は米銀行の破綻の影響もあるが、あの笑い話でいえば不名誉なのは買収額ではなく、ここに至った経営のまずさと相次いだ不祥事だろう▼買収するUBSのトレードマークは三つのカギ。信頼、安全、慎重さの意味と聞く。これで金融不安にカギがかかればよいが。


今日の筆洗

2023年03月27日 | Weblog

あるラジオ局が政治家に「クリスマスに願うことは」というインタビューをした。一人のある政治家は高価なものは願わない方が無難だろうと、「スリッパ」と答えた▼その政治家、ラジオを聞いた。アナウンサーが言った。「政治家Aさんは地に平和、人には善意と答えました。Bさんはすべての戦争の停止を願いました。Cさんの答えはスリッパでした」▼作家の池沢夏樹さんのエッセーにあった小咄(こばなし)を少々、短くさせていただいたが、英国での実話らしい。岸田首相がウクライナのゼレンスキー大統領に「必勝」と書いたしゃもじを贈呈したと聞き、この小咄を思い出したが、やはりそのお土産、スリッパと同じくらい場違いで不適当な答えではなかったか▼しゃもじは首相の地元、広島の特産品で「召し(メシ)捕る」のしゃれとなり、日露戦争の時代から勝利祈願の縁起物である▼ロシアのウクライナ侵攻は無論、許せぬ。ウクライナの抗戦をしゃもじで祈るというのも分からないでもない。それでも落ち着かなくなるのは「召し捕る」のしゃれがひどく好戦的で、もっと戦えとウクライナのお尻をそのしゃもじでたたいているように見えてしまうせいか。少なくとも、そう感じる人がいる▼ウクライナの平和を祈るのなら土産は同じしゃれでもナンテン(難転)の鉢植えぐらいが気は利いていたか。ご地元とは無関係でも。


今日の筆洗

2023年03月25日 | Weblog
昭和のはじめ、日本銀行は裏面が白い二百円札を発行した。金融機関への疑心暗鬼が広がって人々が預金を下ろしに各銀行に押しかけ、急いでお札を刷る必要に迫られたため、片面のみの印刷にしたという▼大正末期の関東大震災で返済が猶予された「震災手形」の不良債権化が発端。手形を抱える銀行の経営が不安視された。日銀の非常貸し出しを機にいったん騒ぎは沈静化に向かうが、神戸の商社の経営危機で再燃し、全国の銀行が一斉に臨時休業した二日間を利用し「裏白銀行券」を刷った。銀行再開時、店頭に山積みになった紙幣に人々は安心し、やがて騒ぎも収束したという▼米国発の金融不安の行方が少し心配である。今月、米中堅銀行が破綻した▼利上げで米国債の価格が下落し、これを所有する銀行が含み損を抱えたほか、顧客の企業が業績悪化で預金を取り崩したという。別の米銀行も破綻。欧州でも経営が悪化した金融大手が他社に買収される▼過剰な心配は戒めたいが、各国とも飛び火した場合に備え、問題銀行への公的資金投入や一時国有化などの方策を事前に練っておくべきだという評論を読んだ。いざという時には政府や中央銀行が素早く方針を発表し、人々を落ち着かせることが何より大事である▼かつてのように裏白銀行券を店頭に積むことまではせぬとも、安心の「裏付け」となる策は確かにいる。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月24日 | Weblog
第二次世界大戦の独ソ戦はナチス・ドイツによる電撃的侵攻で始まる。ソ連が全面的反攻に転じたのはロシアのスターリングラード(現ボルゴグラード)攻防戦とされる▼ソ連の指導者スターリンの名を冠した工業都市を奪い、敵に心理的にも打撃を与えようとしたドイツ軍は一時、街の大部分を支配するが、陥落は果たせなかった▼接近戦が壊れた建物や地下室、下水道などで繰り広げられ「鼠(ねずみ)たちの戦争」と呼ばれた。補給に苦しんだドイツ軍は包囲され降伏。敗戦への道をたどる▼ロシア軍との激戦が続くウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムトを、ウクライナのゼレンスキー大統領が訪れ、前線の兵士たちを激励した▼この地で続く攻防の結果が今後の戦局を左右するといわれる。街の大半をロシア軍が制圧したと伝えられ、一時は陥落間近ともみられた。大統領訪問はバフムト死守の意思表示だろう。供与されるドイツ製戦車を扱う訓練時間を稼ぐためにも、戦闘継続の意味はあると軍報道官は言っている▼スターリングラード攻防でソ連軍司令官は序盤の劣勢時、指揮官たちに「予備兵力を集め、敵を疲れさせるための時間を稼ぐのだ」と説き、「時は金なり」ならぬ「時は血なり」と語ったという。時計の針を進めるために流す血もあるのが、戦争の現実ということだろうか。それはバフムトでいつまで続くのだろう。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月23日 | Weblog
一八七六(明治九)年といえば、士族から刀を取り上げる廃刀令が出た年である。そんな年に行われた野球の試合。スコアが残っている。「11対34」▼対戦したのは日本の学生チームと米国チーム。九人そろわず八人で戦った米国に日本は大敗した。日本の野球伝来は一八七二年ごろで四年後の試合と思えば、よく戦ったともいえるが、そのスコアはやはり悪夢である▼「11対34」のスコアが「うまくなりたい、強くなりたい」という約百五十年分の思いと研究を重ね、昨日の「3対2」にたどりついたのだろう。WBC決勝戦。日本は米国に勝利し優勝を果たした▼一人足らぬどころか名前を見ただけで震えあがる米国の陣容にひるむことなく勝ちきった。大谷が強打者トラウトから三振を奪ったスライダー。村上の本塁打の美しい放物線。窮地にも声をかけ合う選手たち。思い返してまた胸が昂(たかぶ)る▼栗山監督は「知将」と呼ばれた三原脩(おさむ)監督の野球を信奉していると聞く。不振だった村上をスタメンで起用し続けた栗山監督には選手を信じチームを鼓舞する力がおありなのだろう。「励将(れいしょう)」とでも呼びたくなる▼優勝にとうに亡くなった野球ファンの父親を思い出す。子ども時分、戦前の中河美芳(みよし)の守備のうまさを何度、聞かされたことか。日本の勝利を野球というゲームの素晴らしさを、百五十年分のファンと語り合いたくなる。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月20日 | Weblog

池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』のファンの方なら、かつての盗賊の世界で使われた「口合人(くちあいにん)」という言葉に覚えがあるだろう▼「一人ばたらき」の盗っ人を大仕事をたくらむ盗賊一味に紹介し、あっせん料をいただく。池波さんによると「口合人」の大半が「嘗役(なめやく)」も兼ねていた。盗みに適当な商家を探し、情報を一味に売る▼かつての「口合人」の仕事にSNSで人を集めて、強盗などの犯罪を行わせる闇バイトを連想する。政府は犯罪対策閣僚会議で闇バイトの根絶に向けた緊急対策を決定した。現代の「口合人」の退治はできるか▼闇バイトを集めるSNS上の投稿の削除などで人を悪事に誘い込む「声」をまず封じ込めようという戦術である。効果に期待したい▼加えて、大切なのは悪魔のささやく声に惑わされぬ「耳」を若者に持ってもらうことだろう。闇バイトの仕事にかかわれば危険な上に逮捕され、人生を台無しにしかねないことを強調したい▼『犯科帳』の「殿さま栄五郎」という話に、「鷹田の平十」という「口合人」が出てくる。荒っぽい仕事をする盗賊一味には人材のあっせんをためらうようなところもある人物だが、闇バイトにはそんな情けも容赦もあるまい。危険だろうと逮捕されようとおかまいなし。一度、口車に乗れば、抜けるのは難しくなる。いくらもらえても、その「バイト」は割に合わない。


今日の筆洗

2023年03月18日 | Weblog
十九世紀、アイルランドでジャガイモの疫病が原因の飢饉(ききん)が起きた。「ジャガイモ飢饉」と呼ばれる。凶作は数年に及び、主食とする庶民は飢えた▼飢饉前、人口は八百万人超だったのに、十年で百五十万人前後減ったとも。飢えや、栄養失調の人々を襲う感染症で多くの命が奪われ、北米などに移り住む人も続出した▼『アイルランド紀行』(栩木伸明著)によると、村を捨てた父親が、後に話が分かるまでに成長した息子と問答する詞の歌が残る。「おお、息子よ、父さんだって生まれた土地を心の底から好きだったんだ/ところが飢饉がやってきて、収穫はなく、羊も牛も死んでしまった…」▼先月以降、韓国や日本のメディアが北朝鮮の食糧事情悪化を伝えた。餓死者が出ているらしい▼新型コロナウイルスの世界的流行で長く国境を封鎖し、中国からの物流が止まったことが一因との見方もある。言論や報道の自由のない閉鎖的な国ゆえ、詳細は不明。本当に深刻だとしても、昔のアイルランドの人々のように外国に渡ることは許されぬ国だろう。核やミサイルに使う金があるなら、まずは民の胃袋を満たせばよいのに▼先の本によると、アイルランドには「権力者が歴史をつくり、苦しむ人々は歌をつくる」という言葉があるという。武器で身を固めて生き残らんとするかの国にも、ひそかに歌われる歌があるのだろうか。