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今日の筆洗

2018年10月24日 | Weblog

 締め切りが迫っているのにまったくアイデアが浮かばない。作家にとっては冷や汗ものの状況であろう。なんとしても、原稿用紙のマス目を埋めなければならない▼とにかく行数を増やすための方法にこんなのがあるそうだ。作品の中に兵隊を描く。整列させ、点呼を取る。「一」「二」「三」「四」…。そのたびに改行する。十人の兵隊がいれば、これだけで十行。もっと増やしたければ、「もう一度!」と書けばよい▼武者小路実篤の「秘技」と聞いたことがあるが、真偽のほどはよく分からぬ。「先生、かんべんして」という編集者の声が聞こえてきそうだが、これに比べれば、作家の「点呼」がかわいく思えてくる、中央省庁による障害者雇用の水増しである▼障害者をきちんと雇用しているという体裁のためだろう。対象外の職員三千七百人を不正に計上していた。その分、本来、雇用されるべきだった方がいる。それが単なる水増しではなく、障害者の心まで傷つける行為だとなぜ誰も気がつかなかったか▼調査報告書によれば、在職していない人、視力の弱い人に加え、既に亡くなっていた人まで障害者としてカウントしていたという▼国の機関の法的雇用率2・3%の数合わせのために、この世になき人まで動員していたとはでたらめな「点呼」が過ぎる。猛省と厳格な対応を。「もう一度!」など断じて許されぬ。

 
 

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今日の筆洗

2018年10月22日 | Weblog

 「助(すけ)っ人(と)」という言葉を字引で見れば「加勢する人」「助ける人」であって喧嘩(けんか)や果たし合いの当事者そのものではない。あくまで第三者、部外者ながら助ける人である▼股旅もので雇われた渡世人が「あんたには恨みはないが、これも浮世の義理…」と切りかかっていく場面がよくあるが、助っ人は雇われているだけで恨みも戦わねばならぬ理由もあまりない▼日本のプロ野球の外国人選手に対し「助っ人」という呼び方をしばしば使った時代があった。かなり失礼で外国人選手が本来の意味を知れば、ショックを受けただろう。よそよそしい「助っ人」なる言葉とは無縁の名投手が亡くなった。南海などで活躍したジョー・スタンカさん。八十七歳▼一九六四(昭和三十九)年のシーズンに二十六勝をマークし、リーグ優勝の立役者となる。阪神との日本シリーズでは今では考えられぬ三完封勝利。南海に日本一をもたらし、鶴岡一人監督の次に胴上げされている▼チームのためならば連投をいとわぬ心意気。「スタンカは日本人の心を持っている」とは鶴岡監督の当時の言葉である▼六一年、巨人との日本シリーズでは明暗を分けたボール判定をめぐって円城寺満球審にかみついた。<円城寺あれがボールか秋の空>。どなたがつくったか知らぬが、当時の句。「助っ人」ではないから、その投手の不運が切なかったのだろう。

 
 

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今日の筆洗

2018年10月21日 | Weblog

 作家のねじめ正一さんがテレビの思い出を書いている。幼い時、父親がなかなかテレビを買ってくれなかったそうだ▼しかたなく自分で作った。古い茶だんすを改造して、紙のチャンネルを張り、テレビだと思い込むようにした。話はこれで終わらぬ。つい学校で「テレビを買った」と言ってしまう。見せてとせがまれるが、当然、見せられない。「親戚が来ている」「家に来たとたん故障しちゃった」「テレビを見せると家の人に叱られる」…。苦しい言い訳の日々となってしまった▼「総領事館で口論となった」「殴り合いになり、相手は死んでしまった」。子どもでも口にするのをためらう不自然な言い訳としか聞こえぬ。サウジアラビア政府を批判してきた記者カショギさんの殺害疑惑である▼国際社会の批判を受け、サウジ政府は記者の死亡をやっと認めた。が、殺害ではなく、けんかの果ての死亡という筋書きは到底信じられまい。その説明では殺害を示しているとされる音声記録の説明がつかないし、そもそも遺体さえまだ見つかっていない▼記者拘束を指示したとうわさされたサウジの皇太子におとがめはなく、皇太子側近ら五人が更迭され、その責めを負っている▼真相解明は遠い。事実は隠され、権力者だけは守られる。これこそが「言論弾圧」の実態なのだと、その記者が今、大声で訴えている気がしてならぬ。

 
 

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今日の筆洗

2018年10月20日 | Weblog

 家々の入り口に「子供るす」と書かれた半紙が、なぜか逆さまに張り付けられている。はしかの流行期になると、京の町でそんなおまじないがよくみられたという。医師で評論家だった松田道雄さんが随筆で回想している▼半紙の言葉は、疫病神へのメッセージだ。子どもは今、家を空けていますので、どうかお引き取りください。まだはしかにかかっていない子を守りたいと願う親の切実な心のあらわれだろう▼松田さんは後日、病魔が空に逆立ちし、病人に熱湯をかけている古い絵をみつけた。半紙がひっくり返っていたのは、病が空からやってくると恐れられていたからのようだ▼逆さまの半紙に書く言葉は、さしずめ「身重の人るす」であろうか。首都圏を中心に患者数が昨年の十二倍近くになった風疹である。五年ぶりに、大流行の恐れがある。三日ばしかとも呼ばれ、古来怖がられた感染症だ。何より、おなかの赤ちゃんへの影響が怖い。妊娠初期に感染すると、心臓疾患など先天性の病気や障害が起きる恐れがあるという▼予防にはワクチン接種が有効だ。ただ、世代ごと接種をしていない男性も、多いようだ。家庭内で男性から感染する例もあろう▼松田さんは、張り紙を家から患者を遠ざけるための京都らしい外交術ともみた。予防接種で疫病神に遠慮してもらうとともに、身重の人にうつさない配慮が必要だろう。

 
 

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2018年10月19日 | Weblog

 大昔からぐらぐらと揺れてきた国土にあって、法隆寺の五重塔は千年以上、立派に立っている。地震で倒壊したという記録もない。法隆寺の宮大工棟梁(とうりょう)だった西岡常一さんはその秘密を「がっしりとした大木」のような設計にあると見た。力を受けて大きく揺れても、しなって元に戻る。今なお驚嘆される柔構造などとよばれるつくりだ▼寸法がばらばらで、くせのある木を巧みに組み上げ、そんな構造の建物を実現した。飛鳥時代の棟梁と大工たちの腕、共同作業を成し遂げた力もまた末永く残る建物を実現した要因として称賛している。口伝で先人から伝わった「木組みは人の心組み」を感じるのだという▼地震多発の国で、末永く安全な建物を残そうという意識が、この企業の中では軽くなっていたのであろうか。油圧機器メーカーKYBと子会社による免震・制振装置のデータ改ざん問題である▼建物の揺れを少なくするためのオイルダンパーで、改ざんが判明した。製品は全国各地の公共施設や病院などにも、数多く設置されている▼人命に影響はないというが、業界大手で起きた問題だ。世の中にもたらす建物の安全への不信感は大きい▼不正は十数年にわたって続いていたようだ。似たような問題は東洋ゴムでもあった。先人から伝わり、息づいているはずの耐震への意識は廃れてきているのではないか。不安が募る。

 
 

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今日の筆洗

2018年10月17日 | Weblog

  作家の安岡章太郎さんは旧制高校受験に三年失敗している。いわゆる三浪である。何年も浪人した経験のある人とない人では「顔つきまでちがうように思われる」と書いていらっしゃる▼「何年も浪人したことのある人はどこかに“落第生”の雰囲気を漂わせている」という。この場合の「落第生」はそんんなに悪い意味ではなかろう。詳しく説明していないが、愚直でちょっと虚無的な匂いが幾つになっても残るそうだ。挫折や長い苦労が人としての味や深みのようなものを与えるのか▼安岡さんとちがってこちらの「浪人観」はただ悲しい。二浪以上の学生は「(授業内容に)ついていけないことが多かったり、国家試験に受からなかったり…」。そう語ったのは昭和大学の医学部長である▼この大学、医学部の一般入試で現役と一浪に限って加点し、二浪以上が不利になる不正な調整を行っていた。試験は公平と信じて挑んだ二浪以上の学生やその家族にとっては許せぬ話であろう▼現役と一浪だけにゲタをはかせた理由を聞いて開いた口がふさがらぬ。「将来性への評価」という。それは現役と一浪の他に将来性はないと言っているのに等しい▼慰めにもならぬが、二浪生以上の受験生に声をかけるとする。厳しい「浪(なみ)」を乗り越えた分、他人の痛みや悲しみを理解しやすくなるはずである。きっと良いお医者さんになれる。

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2018年10月16日 | Weblog

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今日の筆洗

2018年10月16日 | Weblog

 落語の「真田小僧」に出てくる金ちゃんはずる賢い。こづかいをくれぬおとっつぁんにおっかさんの「秘密」を教えてやると持ちかけ、まず一銭、巻き上げる▼「おとっつぁんのいないときに白い服を着て色眼鏡をかけたキザな男が来た」「おっかさんが手を取って家に上げた」。おとっつぁんの気になるところで話を切ってはそのたびに「ここから先が聞きたきゃ、もう少し出しなよ」「ここから先を話すのは子どもとしてはとってもつらいんだ。もうちょっと…」。おとっつぁんは言われるがままにおあしを出してしまうが、結局、おっかさんのところに按摩(あんま)さんが来たというだけの話だった▼「真田小僧」にしてやられている気がしてならぬ。安倍首相は十五日、消費税率を来年十月一日に現行の8%から10%へ引き上げる方針を正式に表明した。導入以来5%、8%と三度目の引き上げとなる▼「財政の危機だから」「社会保障制度を守るためだから」と言葉巧みに説得され、その度引き上げをがまんしてきたが、ついには10%である▼しかもこれで将来の社会保障制度は安泰かといえば、そんな話では毛頭なく、最近の政府税調では先細りしていく年金を背景に国民の「自助努力」を促す方針という▼消費税率を引き上げる上に、老後のことは自分でも何とかしなさいよでは無策と無責任さに真田小僧も顔を赤らめるだろう。

 
 

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2018年10月15日 | Weblog

 ミッキーマウスなどの生みの親であるウォルト・ディズニーは休日が嫌いだったそうだ。休日によって仕事のペースが狂わされるのをおそれ、週末が来るたびに「いやになる」とため息をついたという▼休日の観光客でにぎわうディズニーランドをお考えになった人とは思えぬ逸話だが、理由がある。若いとき、占い師に見てもらったところ、三十五歳で死ぬであろうと言われてしまった。占いは大はずれだったが、ディズニーはそれ以降も自分には残された時間が少なく、休んでいられないと思い込んでいたようである▼ディズニーほどの「休み嫌い」は珍しいだろうが、十連休の新しいカレンダーにとまどう方もいるかもしれない。安倍首相は新天皇即位の二〇一九年五月一日を祝日とし、これによって来年の黄金週間の連休を十連休としたい意向を表明した▼十連休は祝日法制定の一九四八年以降で過去最長と聞く。ありがたいと思う一方で長期の休みを後ろめたく感じる傾向が残る日本人のこと。異例の十連休を心置きなく楽しみ、活用できるか、少々心配なところもある▼時代を見送る連休でもある。過ごし方の一つとして悪くないのはやはり故郷で思い出話を語り合うことか。昭和、平成を生きてきた人たちがそこでお待ちだろうて▼十連休が終わった翌日の五月七日のことを考えると、早くも気が重くなるのだけれど。 

 

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今日の筆洗

2018年10月14日 | Weblog
まだましだ」-▼イソップ寓話(ぐうわ)の「海豚(いるか)と沙魚(はぜ)」である。イソップの言いたいのは、力もない身でありながら、大人物気取りで仲裁役を買って出たハゼのおこがましさである▼イソップに逆らうわけではないが、非力でもその戦いを何とかしようとした、小さなハゼの方がまだ立派に思えてくる話かもしれぬ。なにかといえば、インドネシアのバリ島で開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議である▼世界経済の最大の懸念材料である米中の貿易戦争への対応について共同声明の採択さえ見送った。「当事者同士で解決しないといけない」。イルカとクジラの戦いに仲裁のさじを投げてしまった▼G20の枠組みは決して力のないハゼではないだろう。にもかかわらず、米中の貿易戦争を止めるための具体的方策はおろか、決意、覚悟も示せなかった。機能不全と批判されても仕方なかろう▼米中の当事者同士で解決をという言葉がむなしく響く。国際経済という海の中でクジラとイルカが体を激しくぶつけ合えば、被害を受けない国はない。すべての国が当事者である。
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