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今日の筆洗

2021年05月31日 | Weblog

『怪談』などの作家、ラフカディオ・ハーンが山陰のある村での体験を『日本の面影』の中に書いている。宿で夕食をとったが、出てきたのは「ごはんに卵、野菜にデザート」。少々、寂しい膳である▼訪れたのが旧盆の時期で漁が休みとなるため、魚を出せない。女将(おかみ)は何度もわびるが、ハーンの方は満足だったようで、「二人前はゆうに平らげた」とある▼女将は気にすることはなかったかもしれぬ。というのも、その卵こそ、ハーンの大好物だった。毎朝、生卵を一度に八、九個食べていたという証言がある。映画の「ロッキー」みたいである▼ハーンの機嫌が悪くなる話題か。鶏卵の価格が高騰しているそうだ。いつもより、二、三割高い地域もあるそうで、なるほど、近所のスーパーでも以前なら山と積まれた特売品を最近は見かけぬ▼「ニワトリが先かタマゴが先か」で言えば、高騰の背景はニワトリが先。鳥インフルエンザの流行を受け、感染した鶏を大量に処分した結果、卵の供給が落ち込んだ▼値上がりとは関係ないが、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から狭いケージでの飼育を見直し、よりコストのかかる平飼いに移行する国際的潮流もある。ケッコウな取り組みだが、その場合、価格はどうなるか。値段が変わらず、「物価の優等生」と言われ続けた卵の将来の「成績」が食いしん坊には気になる。


今日の筆洗

2021年05月30日 | Weblog

 ナチスドイツは印象派以降の近代絵画を退廃的だとして弾圧を加えた。勇気ある美術教師がいた。ナチスの芸術政策を無視し、自宅に子どもたちを招き、クレー、マチス、ピカソの作品をひそかに見せていたそうだ▼その中の一人だった十二歳の少年は先生の見せる作品に夢中になった。とりわけ気に入ったのはフランツ・マルクの「青い馬」だった。ヒトラーが「青い馬などいない」と嫌った作品である▼少年は第二次世界大戦後、米国で暮らし、イラストレーターとしての道を歩み始める。世界的ベストセラー絵本、『はらぺこあおむし』(一九六九年)などの絵本作家エリック・カールさんが亡くなった。九十一歳▼『はらぺこあおむし』は現在六十二の言語に訳され、総発行部数は四千八百万部にも及ぶ。あおむしがリンゴやナシ、スモモを次々に食べては大きくなり、ついには美しいチョウとなる。鮮やかな色彩とあおむしがかじった穴のおもしろさが世界中の子どもの心をとらえた▼灰色、黒、暗い緑色は戦争中のカムフラージュ(擬態)を連想させ、苦手だったそうだ。あおむしから生まれ変わったチョウが帯びた自由で、生き生きとした色。その理由が少し分かった気がする▼みんな、チョウになれるよ。あれは希望の物語なのだと語っていた。世界の子どもに大きなお土産を残して、チョウが大空に向かっていった。


今日の筆洗

2021年05月29日 | Weblog

「入江9号」は、北海道の入江貝塚で五十年あまり前に発掘された縄文時代の若い女性の骨である。手足が細いことから、幼少期の病気で寝たきりであったと考えられた▼介護を受けて生きたとも思われる。医学者の鈴木隆雄さんは、手厚い保護や介助が必要な人を縄文時代の社会が受け入れていた<貴重な証人>であると、入江9号を著書で位置付けている▼「北海道・北東北の縄文遺跡群」が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録される見通しになった。入江貝塚も青森県の三内丸山遺跡などとともに名を連ねている▼停滞と未発達の時代から、豊かな精神が息づき、技術や芸術性もある時代へ。イメージを変えてきた縄文の文化を表している遺跡群である。欧州の同じ年代の遺跡に比べ、出土する骨に、武器による傷痕が残る例は少ないという。長く平和な時代であったことの証人かもしれない▼狩猟と採集による持続可能な社会であり、気候変動にも適応してきた人々でもあったそうだ。楽園のような面ばかりでなかったようだが、現代から、学びたくなることは多い▼世界史的に高い価値がある遺跡といわれ、世界文化遺産入りは、それぞれの遺跡の地元で長く悲願であった。時をこえ、豊かな社会だったと教えてくれるあの女性にも、やさしかったであろう周囲の人々にも、喜びを伝えたくなる。


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2021年05月27日 | Weblog
 子羊が川で水を飲んでいるとそばにいた狼が「オレの水を濁らせたな」と怒った。「川下で飲んでいたので水を濁らせることはできません」。子羊の説明に狼は耳を貸さぬ。「いや濁らせた。それにおまえは去年、オレの父親の悪口を言った」▼子羊は「去年なら私は生まれていません」と反論するが、狼は「おまえがどんな言い訳をしても、とにかく許すわけにはいかない」。狼は子羊を食べてしまった。イソップの「狼と子羊」である▼獲物を捕まえるため、でたらめな理屈を振り回し、手段も方法も選ばない。あの卑劣な狼のやり方である。ベラルーシ当局が政府を批判するジャーナリストを拘束するため、民間旅客機を強制着陸させた問題である▼旅客機には爆弾が仕掛けられているのだと主張し、戦闘機まで飛ばして旅客機を地上に下ろすとはまるで「ハイジャック」である。無論、爆弾など見つかっていない▼国際社会から厳しく非難されるハイジャック劇だが、ベラルーシ当局には計算があるのだろう。政府に盾つくジャーナリストはどんな手を使ってでも捕まえる。反政府勢力に対する一種の「見せしめ」とする狙いが透けて見える▼欧州連合(EU)はベラルーシに対する制裁措置を検討している。狼は子羊を捕まえた。が、旅客機を危険にさらし、反政府勢力を弾圧する無謀な狼は大きな代償を払うことになる。

 


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2021年05月26日 | Weblog
 言い伝えでは善なる精霊と悪い精霊が対決したそうだ。長い戦いの末、善なる精霊が勝利を収め、人々を苦しめる悪の精霊を火山の噴火口に放り込んで、閉じ込めることに成功した。アフリカ中部のコンゴにある、活火山に関する伝説である▼閉じ込めた山は悪い精霊の名を取って、こう呼ばれるようになった。「ニーラゴンゴ」。そして、その噴火口の奥には今も邪悪で人々にあだをなす精霊がすんでいると信じられている▼どうやら、火口に閉じ込められ、眠っていたはずの悪い精霊が目を覚ましてしまったようである。ニーラゴンゴ山の大噴火である▼夜空を真っ赤に染めるほどに燃え上がる溶岩が村をのみ込んだ。現地の映像に思わず息をのむ。これが伝説の悪い精霊の力なのか。自然の脅威に怖気(おぞけ)を振るう▼アフリカ最大級の活火山である。これまでも、たびたび噴火し、一九七七年の噴火では六百人以上の犠牲者が出ている。今回の噴火でも溶岩が人口百五十万のゴマにまで迫り、大きな被害を出している。国連児童基金(ユニセフ)によると、百七十人以上の子どもが今も行方不明になっているという。現地が気掛かりである▼人の手では悪い精霊を火口に戻すことはできない。自然の力にあらがえぬが、溶岩に苦しむ人々に救いの手を差し伸べることはできるだろう。国際支援が「善なる精霊」の代わりを務めたい。

 


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2021年05月25日 | Weblog

 <片足折れなば片足にて走らん/両足折れなば手にて走らん/手も足も折れなば首のみにても走らんものを/疲れても走れ/寝ても走れ>−▼何の詩かは伏せるが、ラグビーの試合を見るたびにこの<走れ>が浮かんでくる。どんなに相手に阻まれようとも傷つこうともゴールに向かって数十センチでも前に進もう、走ろうともがく。そういうラグビー選手の姿と心意気にあの詩が重なるのである▼この選手もチームのため<疲れても走れ/寝ても走れ>の懸命なプレーで光輝いていた。ラグビー元日本代表の福岡堅樹選手(パナソニック)が引退した▼相手選手をあっという間に置き去りにして、トライを決める俊足にどれだけ興奮させられたことか。二〇一九年ワールドカップ、アイルランド戦での逆転トライが忘れられぬ。ボールが渡れば何かが起きると期待しないではいられぬ選手だった▼四月に順天堂大学医学部に入学。医師を目指しての引退である。二十八歳。自分で選んだ道とはいえ、選手としてピークの時期での引退がファンには寂しい▼詩は坂口安吾の短編小説「肝臓先生」に出てくる。どんな時でも患者の元へと駆けつける医師の人柄をたたえる詩である。「患者と心から向き合える医師になりたい」と語っていた。この名選手のことだ。今度は患者のために<疲れても走れ/寝ても走れ>の人になる。走れ、福岡。


今日の筆洗

2021年05月24日 | Weblog

 誰も入ることができない部屋の中で被害者が死んでいる…。「密室殺人」は推理小説の花形ジャンルだろう。どうやって、殺人を犯し、その部屋から出たか。トリックの謎解きは面白い▼「密室」ものの嚆矢(こうし)はエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」(一八四一年)だが、その部屋では合鍵が使えないことを強調して説明している。密室トリックの傑作、ガストン・ルルーの「黄色い部屋の秘密」も同じで、鍵がドアの内側からささったままになっており、外側から合鍵を使おうとしても無理な状態になっている。作家たちは「密室」をつくるために知恵を絞っている▼部屋を自由に出入りできる、その合鍵はずるいとミステリー作家たちは怒るか。福岡県久留米市での事件である。医学生だった男が勝手に作った合鍵で、女子大学生の部屋に侵入し、盗みなどを繰り返していたとして逮捕された▼注意すべきはどうやって合鍵を作ったのかというトリックである。謎を解くキーは製造番号。鍵に記されている製造番号を覚え、業者に発注して合鍵を手に入れていたらしい▼この方法ならばオリジナルの鍵がなくても合鍵を注文できてしまう。自分だけが入れるはずの部屋が守れぬ▼よこしまな手口を破る方法は一つ。鍵の製造番号は銀行カードの暗証番号と同じと考え、絶対に人目に触れさせないこと。製造番号にも心の鍵を。


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2021年05月23日 | Weblog

 テレビ創成期のCMソングは商品名や社名を歌詞にこれでもかと入れた作品が多い。「明るいナショナル 明るいナショナル」「ジンジン 仁丹」…。いずれも一九五〇年代の作品で作詞は三木鶏郎(とりろう)。CMで消費者に名を売りたいという時代の熱を感じる▼数多くのCM曲を世に送りだした作詞家の伊藤アキラさんが亡くなった。八十歳。「やめられない、とまらない、カルビーかっぱえびせん」「丸善ガソリン 一〇〇ダッシュ オー モーレツ」。小川ローザさんの白いヘルメットが浮かんでくる▼三木門下の「冗談工房」の出身でもあり、この方も商品名や社名を歌詞に織り込むことに長(た)けていたが、師匠よりも控えめでさりげないか▼代表作の「日立の樹」。<この木 なんの木 気になる木>と社名も商品名も出てこない。お線香の「青雲」にしても、初めて聞いた人はこれがCM曲だとは思うまい▼歌で商品名を連呼する時代から商品や会社に対する良いイメージを喚起する時代へ。CM戦略が大きく変化していく中で伊藤さんの覚えやすくも押し付けがましくない歌詞は光っていた▼伊藤さんの作品ではないが、赤ちゃんに「タケモトピアノ」のCM曲を聴かせると泣きやむと聞いたことがある。オジサン世代は伊藤さんの「VIVA純生」「答え一発カシオミニ」を耳にすると、過ぎ去った昔を思い、涙ぐんでしまう。


今日の筆洗

2021年05月21日 | Weblog

 プロデューサーは「さすがに田村さんにやらせられない」と言ったそうだ。三谷幸喜さんの台本には、「古畑がストッキングを頭からかぶってタバコを吸う」と書いてあった。「古畑任三郎」のテレビドラマシリーズが始まったころの話を三谷さんが、著書で語っている▼古畑の田村正和さんは、すんなり演じただけではない。かぶったストッキングを引っ張り、変な顔をつくるアドリブまで繰り出した▼「超」をつけてもいい美形が、絶妙なタイミングでみせるコミカルな味わい。たぶん、今見てもおもしろい。犯人が明らかになってから、展開していくミステリーが幅広い年齢に親しまれる力だったはずである▼「二枚目は三枚目の心で演じよ」と歌舞伎の世界に伝わるという。「二枚目半」としての名声は、役者の誉れに違いない。二枚目、三枚目の名優はいくらでも浮かぶが、名高い二枚目半といえば、この方である。田村正和さんの訃報が先日届いた。七十七歳だった▼異なる個性を持った「田村三兄弟」はスターの父、阪東妻三郎の多彩な才能を分かち合ったといわれる。愁いも帯びた美形で売り出した正和さんは、コミカルな演技の力も受け継いだようだ▼亡くなったのは、先月初めだった。役者としての信念であろう、プライベートを決して明らかにしなかった。ミステリアスな魅力もたずさえて、旅立ったようだ。


今日の筆洗

2021年05月20日 | Weblog

 映画の「太陽がいっぱい」でアラン・ドロン演じる若者トム・リプリーが他人のサインを練習するシーンがある▼自分が殺害した大富豪の子息のサイン。サインを覚え、その人物にまんまとなりすまそうという魂胆である。大きな紙にプロジェクターでその人物のサインを投影し、何度も何度も上からなぞり、筆跡を覚えていく。リプリーの必死さが伝わってくる▼こちらの稚拙な署名偽造には太陽ではなく「愚か者がいっぱい」というタイトルをつけたくなる。大村秀章・愛知県知事に対するリコール署名偽造事件で愛知県警は運動団体事務局長で元県議ら四人を地方自治法違反の疑いで逮捕した▼リコール署名が思うように集まらない焦りからアルバイトを使って有権者の氏名を署名簿に書き写させていたとされる。発覚しない方がおかしいほど乱暴で子どもじみた手口である。提出した署名簿の八割が偽造だったとはでたらめにもほどがある▼どこまで罪の重さを認識していたか。署名偽造によって容疑者が殺そうとしたのは長年大切に育ててきた民主主義である。署名が集まらないのなら偽造してしまえ。それは選挙でわれわれの投票用紙を奪われ、支持できない候補に知らぬ間に投票されてしまうことと同じである▼再発防止は無論、黒い企ての全貌を明らかにしたい。かかわった人物はまだ「いっぱい」いるかもしれない。