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今日の筆洗

2023年10月31日 | Weblog
アパルトヘイト(人種隔離)政策時代の南アフリカにおいて黒人はラグビーを憎んでいた。ラグビーを白人の野蛮さの象徴と考え、試合となれば、スプリングボクス(南アフリカ代表)ではなく対戦相手を応援した▼そんな時代に風変わりな黒人がいた。政治犯として獄中にあったその人は黒人の嫌うラグビーを研究した。選手名やプレーの特長を覚えた▼仕入れた知識で白人の看守とラグビーの話をする。話を重ねるうちに看守の敵意は消えていった。その人とはアパルトヘイト撤廃を実現し大統領となったネルソン・マンデラさんである。大統領就任後、白人と黒人の心を一つにまとめるためラグビーを振興したのもこの記憶からだろう▼ラグビーワールドカップ(W杯)フランス大会決勝は南アフリカがニュージーランドを1点差で制し優勝した▼マンデラさん、さぞお喜びか。いや、当然という顔かもしれぬ。なにせ、これで2大会連続、10回のW杯で4度目の栄冠である。妙な言い方となるが、強いというよりも負けない▼準々決勝以降はすべて1点差の勝利。逆境での強さのヒントをコリシ主将の言葉に聞く。「人々に希望を見せたい」。インフレや高い失業率。困難にある国民をプレーで励ます。人を思う気持ちがあきらめぬタックルとなりボールを追う力となる。マンデラさん、ほほ笑んでいるだろう。ナイスゲーム。
 

 


今日の筆洗

2023年10月30日 | Weblog
 死者がこの世によみがえるというハロウィーンが近い。死んだ者をこの世に戻すという「反魂香(はんごんこう)」を思い出す▼伝説上の香でこれをたけば、あな不思議、亡くなった人の姿がけむりの中に現れる。元は中国故事である。この香で死んだ花魁(おいらん)をたびたび呼びだす古典落語の「反魂香」はおなじみだろう▼姿形はともかく声だけなら今の時代、「反魂香」に頼らずともAI(人工知能)で立派によみがえらせることができるようだ。半世紀も前に解散し、ジョン・レノンさんもジョージ・ハリスンさんもこの世にない、ビートルズ。11月に新曲「ナウ・アンド・ゼン」を発表する▼レノンさんが解散後に吹き込んだデモテープから声だけをAIで抽出し、これにジョージさんが生前に録音したギターの音と、今も元気なポール・マッカートニーさんとリンゴ・スターさんの演奏を重ねた▼いい曲なのはうわさで伝え聞いている。心配なのは聞き終えた後かもしれぬ。おそらく、ビートルズが遠い昔にこの世から消えたことを改めて感じ、時代の流れに寂しくなるだろう。「反魂香」の効果が消えた後の悲しみを想像する▼さて別の老舗バンドにも驚かされる。ローリング・ストーンズ。18年ぶりのオリジナル新譜が実にいい。最近のライブでの御年80歳のミック・ジャガーさんの変わらぬ声量と動き。お香なんぞとは無縁である。流石(さすが)転石。
 
 

 


今日の筆洗

2023年10月28日 | Weblog
ボクシングの元世界チャンピオン輪島功一さんは旧樺太に生まれた。10代で上京し、新聞配達、牛乳店、土木作業員などの職を経て偶然見かけたジムで競技にひかれ25歳でデビュー。肉体が盛りを過ぎたはずの30代で世界王者の座を2度奪い返した▼遅咲き。ノンフィクション作家佐瀬稔さんは成功より逆境でのたうつ姿が印象に残ると書いている。乱打でボロ切れのようになっても倒れない。致命傷のパンチにも幽鬼の形相で立ち上がる▼「望みは絶対に捨てない、必ずもう一度這(は)い上がってみせるという、決意ないしは人生観をあれほど強く表現してみせたボクサーも珍しい」▼望みを捨てなかったから迎えられた節目だろう。昨日、輪島さんらボクシング界が支援してきた元ボクサー袴田巌さんの再審が始まった。57年前の強盗殺人事件で死刑判決を受けたが、裁判をやり直す以上は無罪の公算が大きい▼輪島さんらは集会などで世に冤罪(えんざい)を訴え、裁判所にも足を運んで巌さんの姉ひで子さんを支えた。当局の犯人視は経験者を「ボクサー崩れ」と呼ぶなど当時の世の偏見が一因とされるが、ボクサーが力を添えたから再審の重い扉も開いたのだろう▼佐瀬さんは老いてなお闘った現役時の輪島さんを「歳月に反逆を企てた男」と称した。長い歳月に屈せず、絶望の淵から這い上がってきた仲間との共闘は恐らく、じきに終わる。
 
 

 


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2023年10月27日 | Weblog

タレントの中川翔子さんは中学校でいじめに遭い不登校にもなった。著書『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』に詳しい。本の中で絶妙な距離感で寄り添う人を「隣(とな)る人」と呼び、その大切さを訴える▼元々は児童養護施設の保育士を追うドキュメンタリー映画の題。中学時代の中川さんは、いじめのことを詮索せず、ただ一緒にお昼を食べたり笑いあったりしてくれる友が一人いて救われた。まさに隣る人だったという▼不登校の子に居場所を供する民間フリースクールも隣る人たらんとする施設だろうが、理解があまりない人もいるようだ。滋賀県東近江市の小椋正清市長(72)が持論を展開した。「大半の善良な市民は、嫌がる子どもを無理して学校に押し込んででも義務教育を受けさせようとしている」「フリースクールは国家の根幹を崩しかねない」「不登校は親の責任が大半」▼最近の会見で配慮不足とわびるも発言は撤回せず。不登校は甘えと言いたいのだろうか。当事者の抱える事情や心情を察せぬご仁に見え、切ない▼中川さんは、学校に行きたくないと思う夜を迎えた子にとって先の本が「隣る人」になればと願う。こんな記述がある。「大丈夫。なんとかなる、なんとかするために、わたしたち大人がいます」▼志を同じくする者は大人全員ではないかもしれないが、たしかにいる。


今日の筆洗

2023年10月26日 | Weblog

 英国ミステリーのアガサ・クリスティはどんな場所で数々の作品を執筆したか。答えは「どこででも」らしい▼自伝によると、「わたしは書くために引きこもる部屋とか、自分の部屋とか、特定の場所を持っていなかった」。寝室用洗面台のテーブル、食事の合間の食堂のテーブルが執筆のお気に入りだったというから、どこででも集中できる人だったのだろう▼クリスティは特別で、物書きには誰にも邪魔されることなく、自分の世界に没頭できる場所が必要なものだろう。川端康成、三島由紀夫、池波正太郎、山口瞳…。数々の作家、文化人の「部屋」となった東京・神田駿河台の山の上ホテルが老朽化のため、来年2月から当面の間、休館するそうだ▼開業は1954年。出版社にほど近い立地と、落ち着いた雰囲気が作家たちに愛されたのだろう。作家先生からインタビューの場所として指定され、何度となく、お邪魔したことがあるが、昭和の文壇を支えたホテルの歴史を前になんとなく、縮こまったものだ▼「山の上ホテルへ引きこもり、読み続ける」。池波さんの『銀座日記』を読むと何度もホテルの名が出てくる。仕事場としてばかりではなくホテルのパーラーやバーでのなにげない会話によって心をほぐしていた様子がうかがえる▼アールデコ調のあの建物はどうなるのだろう。客室35の東京名所の行方が気になる。


今日の筆洗

2023年10月25日 | Weblog

 「満(ま)よひ子の志(し)るべ」とは東京都中央区の一石橋にある石標で、江戸時代の迷子さがしのための情報交換板のようなものである▼当時はそれほど迷子がよく出たらしい。迷子があれば親と近所の者が鉦(かね)と太鼓をたたいて捜し歩く。「迷子の迷子の○○やーい」。江戸川柳の<まよい子の親はしゃがれて礼を言ひ>。やっと、わが子を見つけだすことができたのだろう。一緒に捜してくれた人たちへの礼の言葉も、喜びで胸がつまってうまく出てこなかった。子を案じる親の心が伝わってくる▼迷子さがしよりも状況は深刻である。イスラエルの攻撃が続くパレスチナ自治区のガザ。人びとの間でこんな奇妙な「習慣」が生まれているそうだ。親がわが子のおなかや足にその名を書き記しているという▼体に名を書いておけば子どもの身になにが起きたとしても後で身元が特定できる。迷子防止というより最悪の場合を想定しての行為なのが悲しい▼ガザでの死者は既に5千人を超えた。空爆、機能を失いつつある医療体制。現地ではそれほど「死」が身近になってしまっている▼どんな思いで子の名を書いているのだろう。<まよひ子の太鼓きく夜の朧(おぼろ)かな>坂部壺中(こちゅう)。心配する親、心細かろう子。迷子さがしの寂しい太鼓の音が遠くから聞こえたようでうろたえる。停戦の道を何としても見つけたい。体に名なんぞ書かせてはならぬ。


今日の筆洗

2023年10月24日 | Weblog
離陸に失敗したチャーター機は空港のフェンスを越え、住宅に衝突し、大破する。乗っていたのはイングランドのサッカーチーム、マンチェスター・ユナイテッドの選手ら。1958年の航空機事故「ミュンヘンの悲劇」である。主力選手を含め大勢の人が犠牲となった▼サッカー元イングランド代表の名選手ボビー・チャールトンさんが亡くなった。86歳。ワールドカップに1958年大会から4大会連続で出場し、66年大会で英国に初優勝をもたらした立役者である。オールドファンは規律を重んじるプレーと華麗なシュートをご記憶だろう▼「ミュンヘンの悲劇」を生き残った方でもある。ともにプレーし、笑い合った仲間を奪われてしまった。大きな精神的打撃を受けた▼どう立ち上がったか。著書によると「責任感」という。事故直後、目を覚ますと2人の同僚選手が危険も顧みず、救助活動に当たっていた。勇気ある光景が教えとなったそうだ。自分のことは脇に置き、チームをどう立て直すか、責任を持とう。その決意が傷ついた心を立ち直らせた▼福島の「Jヴィレッジ」の名付け親となるなど日本サッカーの恩人でもある。慈善活動に熱心で紛争地から地雷を撤去する運動にも取り組んだ▼サッカーを教えたのは母親だそうだ。お母さん、サッカーの腕前に加え、人のためを思った息子の生き方をほめているだろう。
 
 

 


今日の筆洗

2023年10月23日 | Weblog
「コーヒーでいいです」。なにを飲みますかと聞かれ、こう答えることはよくある。これに作家の多和田葉子さんは「おやっ」と思うと書いていた▼「コーヒーで」の「で」には譲歩やあきらめの印象があるという。多和田さんの住むドイツの場合「コーヒーでいい」ではなく、コーヒーが飲みたければきちんと「コーヒーがいい」と求める。「譲歩は恥じるべき敗北であり、飲み物を出す側も、自分が客に譲歩を強いたとなれば恥になる」(『カタコトのうわごと』)▼発足2年になる岸田政権にこの話を思い出した。最近の支持率の低迷は著しく、この政権も「で」のクチとは少々、言い過ぎか▼あくまで勝手な見立てだが、支持層にしても「岸田政権がいいです」とまでは思っていまい。この人でいいのかと心配しつつ、さりとて大きな政治の変化にはためらいもあり、譲歩の「岸田さんでいいです」なのかもしれぬ▼人気を狙ってか岸田さん、所得税減税の検討を与党に指示したが、これにしたって首相本人の考えが見えない。自民党内の声に押され、しぶしぶ減税に傾いている印象さえある▼効果、財政、防衛増税との整合性。問題の多い話なのに首相がどうしたいのかが分からず、その煮え切らぬ態度が国民には頼りなくも映る。「岸田政権でいいです」。それがこう変わる日が来ないとも限らぬ。「…はもういいです」
 
 

 


今日の筆洗

2023年10月21日 | Weblog

 俳優の財津一郎さんの決めぜりふ「○○してチョウダイ」は吉本新喜劇で生まれた。財津さんが父親、花紀京さんが息子役でけんかを繰り広げ、「縁を切ってもええで」と息子が出ていこうとした時に「やめてチョウダイ」と叫んだら、その奇声が受けた▼食えぬころで、タダで借り妻子と住む納屋は畳が腐り、それを突き破って伸びたタケノコも頂いた。困窮続く私生活を舞台に重ね「私を、家族を、助けたまえ」と天に訴える心境で発したのが「やめて-」。笑わす気などなかったと故郷の熊本日日新聞で語っている▼訃報が伝えられた。コメディー番組『てなもんや三度笠』の浪人役で「キビシーッ」と言って笑わせた人は、昔から苦労した▼出征した父は戦後抑留され、母は栄養失調で伏せた。自ら衣類を手に農家を回り食料との交換を懇願した。農地改革で多くの土地を手放したが「地主の子」といじめられた。高校の先生に麦踏みに連れ出され「踏まれることで強い麦になれ。根アカに生きろ」と励まされたという▼演技の幅を広げ70代で出た映画『ふたたび SWING ME AGAIN』はハンセン病が主題。患者として半世紀も隔離されながら夢を追う老トランペッター役で、できる人は他にいないと監督に口説かれた▼時に「やめて-」と天に叫びたくなる辛苦も知る喜劇人。救われた人はどれほどいただろう。


今日の筆洗

2023年10月20日 | Weblog

北海道のお土産「木彫りのクマ」発祥の地は道南の八雲(やくも)町。旧尾張藩士たちが明治以降に開拓した地で、入植者らの冬場の副業として始まったことは知られる。当時の尾張徳川家当主が欧州の民芸品をヒントに勧めた▼開拓ではこの獣に悩まされたよう。当時の奮闘を描く城山三郎の『冬の派閥』に「とうもろこし畠が、どこも荒らされただけでなく、馬が襲われて、殺された」と記される。クマ狩りをするアイヌは生態に詳しいが、彼らの助言でクマの通り道に仕掛けを作る場面もある▼開拓時代も遠くなった令和の世で、クマによる人身被害が続く。富山市の自宅敷地内で死亡したお年寄りは、状況からクマに襲われたらしい。何とも痛ましい。昨日は秋田県の住宅街で女子高生らが相次ぎ襲われけが人が出た▼各地の人身被害は本年度、計100人を超え過去最多ペース。クマがいる山中と市街地の緩衝地帯だった里山の衰退が背景との見方もあると聞く。木を切るなどして里山に住む人が減りクマが入りこんで市街地に近づいたようだ▼人がその領域を広げた開拓時代とは対照的。人口減時代の付き合い方を模索せねばなるまい▼入植者にクマの知識を授けたアイヌに「イヨマンテ」と呼ぶ儀式がある。クマを神と考え、捕らえたクマの霊を神の国に返す。森の強者と向きあうには、畏敬の念も忘れるなという教えなのだろう。