TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」158

2016年11月11日 | 物語「水辺ノ夢」

「ほら」

巧は、片腕で抱えてきた荷物を下ろす。

病院を出て、巧が向かったのは、巧の自宅
ではなく

「巧、ここ・・・」

「お前は今日から、子どもとここに住め」

「でも、巧、」

「もともと、お前はここに住んでいたはずだ」

杏子は子どもを抱えたまま、その家を見る。

そこは、・・・圭の家。

「おい」
「・・・・・・」
「不安か?」

杏子は、ただ、目の前の家を見る。

不安かと云われれば、そう。

この家には誰もいない。
つまり、杏子と子どものふたりだけで住むことになるのだ。

朝晩問わず目が覚め、泣く子ども。

西一族の村で、自分の生活もままならないのに
子どもの面倒まで、見ることが出来るのだろうか。

子どものことで対処出来ないとき、誰が相談に乗ってくれるのだろう。

「心配するな」

想いを読まれたことに、杏子は顔を上げる。

「顔を見れば、考えていることはわかる」

「巧・・・」

「沢子が力を貸してくれる」

巧は、圭の家の扉を開ける。

荷物を中へと運ぶ。

「ねえ、巧」
「なんだ」
「・・・お願い」

杏子は云う。

言葉を絞り出すように。

「あなたの家に、・・・連れて帰って」

「心配するなと云っている」

「巧」

「お前は母親になったんだ」

杏子は首を振る。

「やろうと思えば、なんだって出来る。子どものために」

巧は坐れ、と、視線をやる。

「そのうち、沢子が来る」

それでも、不安の色が消えない杏子の顔を見て、巧は息を吐く。

「お前は、俺の家族じゃない。圭の家族だ」

巧が云う。

「圭は、帰ってくる」

「・・・・・・」

「信じろ」

杏子は、ただ、巧を見る。

「もし、」
「もし?」
「圭が、・・・帰ってこなかったら」
「帰ってくる」
「帰って、・・・来なかったら」
「そんなはずはない」

巧が云う。

「不安になったら、うちを訊ねてこい」
「・・・帰ってこい、ではない、のね」
「当たり前だ」

それでも、

その言葉で、杏子の表情が少しだけ変わる。

ほんの少し、安堵の顔。

「ありがとう、巧」

杏子は云う。

「圭を、・・・待つわ」

巧は頷く。

「そうだな、杏子」


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「水辺ノ夢」157

2016年11月08日 | 物語「水辺ノ夢」

「ただいま」

南一族の自宅に
圭が戻ってくる。

「圭、心配したのよ。
 急に姿が見えなくなったと思ったら
 湶が西一族の村に行ったと言うから」

圭の母親が、安堵の息を吐く。

「ごめん」
「これ以上心配させないで。
 もう、用事は済んだのね」

「そのことなんだけど」

圭は母親を見つめる。

「話があるんだ」
「……話って」
「みんなに聞いて欲しい」
「………」
「………」
「……大事な、話なのね」

母親は、そう、と
圭に触れかけていた腕を下ろす。

「父さんを呼んでくるわ」

さてと、と
少し離れて聞いていた湶が
先に席に着く。

この家で、家族が集まって話す場所と言えば
この居間だ。

「どうだった?」

「子ども生まれていたよ」
「そうか」
「女の子だった」

「俺も伯父さんかぁ」

で、と湶は問いかける。

「杏子と話せたんだ」

「少しだけ」

それから圭は
ふぅっと、長いため息をつく。

「あれ言おう、これ言おう、って
 色々考えていたんだけど。
 思っていたよりも度胸がなかったというか」

「まぁ、気まずいよな」

「次は、もうすこし
 きちんと話さないと」

そう、と
湶は頷く。

「良かったな」

「いや、杏子にはもう巧も居るし
 もう来ないでと言われるかもしれない」

何が良かったなのか
圭には分からないが、
湶は少し嬉しそうだ。

圭は首を捻る。

やがて、父親も揃い
圭は皆に報告をする。

杏子に会ってきた事。
子どもが生まれた事。

そして、

「今回、南一族の村に戻って来たのは、
 荷物をまとめるためだよ」

「それは」

父親が言う。

「西一族の村に戻ると言うことか?」

圭は頷くと
母親は声を上げる。

「でも、あの子には
 新しい相手も居るのでしょう。
 戻ってどうするのよ」

「それでも」

圭は、両親に言う。

「俺は、やっぱり
 西一族の村で生きていく」

「でも」

「仕事も何か探そうと思う。
 むこうで透にも相談してきた」

「俺は、圭がやりたいように
 やれば良いと思うよ」

良い仕事が見つかると良いな、と、湶が言う。
圭は、この兄に
随分と助けられている。

「戻ってきたのは、
 荷物の事もあるけど」

それに、母親が言うことは
自分を心配しているから
出てくる言葉だとも、分かっている。

「皆に、話してから行かないと
 と思ったから」

自分が言えた事ではないけど、
なおのことそう思う。

「勝手に居なくなるなんて
 いけないよな。
 家族なのだから」



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「水辺ノ夢」156

2016年11月04日 | 物語「水辺ノ夢」

補佐役は顔を上げる。

会議室で仕事をしていたところだった。
そこに、誰かが部屋へと入ってくる。

「なんだ、巧」

巧を見て、補佐役は書類をまとめる。

「生まれたんだってな」
「ああ」
「子どもは黒髪だったと」
「・・・ああ」

「どうしたもんか」

補佐役は肘をつく。

「南に移住した西の者に、託すか」

「そのことなんだが」

巧は立ったまま云う。

「子どもと母親は、うちには不要だ」

「・・・・・・」

補佐役は一瞬目を細める。
が、
すぐに、頷く。

「まあ、そうだろうな」
云う。
「家に黒髪がふたりもいるのは、な」

とりあえず坐れ、と、補佐役は手を出す。

「だが、あいつらにはほかに居場所はない」
「圭の家に住まわそうと思う」
「何?」
「あそこは今、空き家だ」
「おいおい」

補佐役が云う。

「空き家ではなく、あくまでも留守の家だ」

そして、そんなことはどうでもいい、とも。

「とにかくそれは出来ない」
「なぜだ」
「誰が面倒を見るんだ」
「自分で何とかするだろう」
「ダメだ。お前の家に連れて帰れ、巧」
「うちには不要だと云っている」
「早いうちに、生まれた子どもは南へ出してやる」

補佐役が云う。

「お前との子は、白い髪の男かもしれん」

巧は首を振る。云う。

「魔法を使う西一族でも考えているのか」
「巧」

「俺には不要だ」

巧は云う。

「沢子だか、誰だか面倒を見るだろう」

「お前は、あの女の見張りも兼ねているんだぞ」
「東の女が逃げるわけがない」
「巧」
「話は終わりだ」
「おい、巧!」

巧は立ち上がり、部屋を出る。

そのまま、病院へと向かう。

部屋の前に来ると、
ちょうど、病室から高子が出てくる。

「巧」

「退院はいつだ?」
「杏子のことかしら?」

高子は診療簿を持ち直す。

「明後日には子どもも一緒に退院していいわよ」
「わかった」
「迎えに来てあげてちょうだい」



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「水辺ノ夢」155

2016年11月01日 | 物語「水辺ノ夢」

圭は複雑な表情を浮かべながら病院を出る。

受付に居た医師見習いの男の姿は無い。
居たら、
今の圭に何か言っていただろうか。

巧が圭を殴ったのは当然のこと。

一発で済んだのは
巧の優しさだろうか、
それとも
これ以上関わる気は無いという事か。

「子どもの名前」

杏子が大変な時、
側に居なかった自分に
そんな資格があるのだろうか。

名前を、と
急かされて、とっさに出た名前。

「そもそも。
 ああいうのは
 もう少しじっくり考えた方が」

西一族の女の子には
【子】が多いが
最近は【葉】を付けるのが流行っている。

「真、は、
 南一族の名前に多かったな」

そう呟きながら圭は立ち止まる。

「………なんだ」

おそらく、あの子が男の子でも
すらりと名前は出てきていただろう。

きっと、
子どもが出来たと分かったときから。

「名前、考えていたんじゃないか」

黒髪の、杏子に似た女の子だった。
圭と杏子の子ども。

「真都葉」

圭は病院を出て、
家へ向かって歩き始める。

「圭、久しぶりだな」

声に振り向くと
透が手を振っている。

「沢子に聞いたよ。
 帰って来ていたのだって」

話が伝わるのが早いな、と
圭は苦笑する。

近づいた透は
圭の顔を見て
少し言葉を濁らせる。

「杏子と話してきた?」
「ああ」
「まぁ、色々あると思うけど
 話しておいた方が良い」

少しずつ腫れてきた頬に
何か想像を巡らせているのだろう。

けれども、
こうやって圭に話しかけてくれるのは
ほんの限られた人達だけだ。

「透」

彼に頼ってばかりだと思うが、
他に手立てもない。
圭は言う。

「何か仕事をしたいんだけど」
「仕事?」

透が驚いている。
それもそのはず。
狩りが出来ない圭に
出来る仕事など限られている。

「小遣い稼ぎのような
 小さな仕事でもいいんだ」

慌てて付け足す圭に
透は頷く。

「良い事じゃないか。
 分かった。
 あてが無いか探してみるよ」


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