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現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「約束の夜」1

2017年07月18日 | 物語「約束の夜」

その日の狩りを終えると
京子(きょうこ)は足早に広場を抜ける。

「あら、今日は早いのね。
 寄っていかない?」

声をかけられて、
ごめんなさい、また今度、と
会釈を返す。

西一族の狩りは、
獲物を捌き終えるまでが一連の作業だが
今日は帰りなよ、と
班の皆が声をかけてくれたので
ありがたく言葉に甘えている。

途中の店で、
不足していた香辛料や調味料を買うと
まっすぐ、自宅に向かう。

帰宅して、お茶を一杯飲んだ後、
少し早めの夕飯の準備をする。

下味を付けておいた鶏肉を取り出し、
トマトと煮て、チーズをのせる。

それが終わると、別の鍋の様子を見る。

「いい香り」

野菜が多く、具が大きいスープ。

どちらも兄の好物。

「あら、今日はごちそうね」

母親が帰宅して、台所を覗き込む。

「今日はお兄ちゃんの誕生日だもの」

そうだったわ、と
母も台所に立つ。

「今日ぐらいは、ね」

それからサラダと簡単なデザートを作り、
テーブルに並べていく。

三人分の食器を並べ、
食卓に着く。

食事前に祈りを捧げる。

「いただきます」
「いただきます」

京子は閉じていた目を開ける。
正面に座っていた母親は
どこか遠くを見ている。

視線を追う。

窓側の誰も座っていない席。

「……大丈夫よ」

京子は母親に言う。

「きっとどこかで元気にしているわ」

兄の耀(よう)が失踪してもうすぐ1年になる。

去年の誕生日は
こうやって好物を囲んで
母親と3人、兄を祝った。

それからひと月も過ぎない頃
兄は北一族の村に出かけていった。

村の所用で
一週間程で戻る予定だった。

「お兄ちゃん、お土産よろしくね」
「お土産っていってもなぁ」
「谷一族の首飾りは売ってあるかしら」
「おいおい
 随分と値のはるものを」
「ほら、少し早めの私の誕生日プレゼントと言う事で」
「早すぎだろう」

考えておく、と
耀は京子の頭を撫でる。

優しい兄は、そう言いながらも
いつも希望する土産を買ってきてくれる。

けれども、一週間が過ぎて
予定の日を過ぎても
耀は帰ってこない。

どこかで何かがあったのだろうか、と
知り合いに声をかけ
京子も母親も北一族の村へ探しに行った。

けれども、予定していたその日
耀は北一族の村にすら辿り着いて居なかった。

分かったのはそれだけ。

家族に心配をかける人ではない。
黙って居なくなる人ではない。

途中の道のりで不慮の事故にあった
そういう事だろうか。

諦めなくてはいけないが、
そうできない自分が居る。

せめて今日ぐらいは。

京子は誰も座っていない
その席に向かい声をかける。

「お兄ちゃん、お誕生日おめでとう」


それから、ひと月も経たないうちに
兄を見かけたという話が舞い込む。



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