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聖体礼拝の黙想:一部の司教様は「第二バチカン公会議をより良く解釈しようと、悪い点を見えても見ないふりをしてきたが、これ以上それをする事は、教会の本当の破壊に繋がってしまう」と気づく

2020年07月17日 | お説教・霊的講話
「第二バチカン公会議をより良く解釈しようと、悪い点を見えても見ないふりをしてきましたが、遂にもうこれ以上それができなくなりました、これ以上それをする事は、教会の本当の破壊に繋がってしまう」と気が付き出しました。

2020年7月3日(初金)御聖体降福式にて

聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父

御聖体の内に真に在し給うイエズスの至聖なる聖心の御前で、礼拝と、感謝、讃美、罪の償い、また懇願を御捧げ致しましょう。御聖体において真に在し、私たちを愛の眼を以って御覧になっておられます。

私たちが今まで、コロナウィルスの疫病から守られてきました事を感謝致しましょう。そしてこれからも守られ続けますように、また更に有害な疫病が流行ったとしても、守られ続けますように、ミサが続けて捧げ続けられますように。

今まで多くの保守的な司祭、あるいは信徒、あるいは司教様は、第二バチカン公会議や教皇様のおかしな発言を「なるべくカトリック的に解釈する事が教会の名誉の為だ」と、「それが教会を支持する事だ」と信じて、第二バチカン公会議やその他の改革を支持してきました。

支持しつつ、新しい事をやりつつも、より良く解釈しようと、悪い点を見えても見ないふりをしてきましたが、遂にもうこれ以上それができなくなりました。

しかし「もうそれをする事は、これ以上それをする事は、教会の本当の破壊に繋がってしまう」と気が付き出しました。

「教会は過去から、聖伝から、使徒継承の教えから、全く断絶されている。新しい宗教が出来つつある。離教の教会が生まれつつある」と気付く方が出てきました。

多くの方々が、聖職者が、高位聖職者の方々が、勇気と謙遜をもって、この現実を認める事ができますように。

「自分たちが間違った道を歩んできた」という事を素直に認める事ができますように。間違いの道を、頑迷に、盲目的に歩み続ける事がありませんように。

イエズス様の聖心の憐れみの御恵みによって、ますます光が人々に与えられますように。

日本の多くの方々が、イエズス様の愛を、私たちに対する愛を知り、それに信頼して、その愛を認める事ができますように。

特に日本のカトリック教会で、御聖体が正しく礼拝されますように、敬われますように、信じられますように。












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1 コメント

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Unknown (Anselmus)
2020-07-19 09:11:46
信仰を惑わすNostra aetate2、UR3、玉虫色に読めるAd gentes7、Lumen Gentium8など...、
会議の前提となる科学や文明などの時代潮流、実存哲学や新教との交差から生じたと思われる
K.ラーナーやT.シャルダン、Y.コンガール、H.キュングなど、当時注目された神学の危うさも同時に検証し直す必要があります。
世俗化し尽くした現代、批判を怖れ、耳障りとされる部分を暈し迎合してきたことが、カトリック自体を弱め、溶かしていっていると思います。
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