浪漫亭随想録「SPレコードの60年」

主に20世紀前半に活躍した演奏家の名演等を掘り起こし、現代に伝える

ミュンシュのモーツァルト40番 タングルウッドでのライブ演奏

2007年11月10日 | 指揮者
シャルル・ミュンシュは最近になってフルトヴェングラーとの関係を云々する記述を多く見るやうになったが、一昔前までは、純粋に仏蘭西音楽の伝道者として最高位に位置付けられる大指揮者であった。ライブ演奏が入手できるやうになって評価に変化が生じたのだらうか。緩徐楽章のテンポ設定など、基本的にフルトヴェングラーとミュンシュは全く別の世界に居る芸術家だと僕は思ってゐる。今宵は、久しぶりに本格的な中華料理を馳走になってゆったりとした時間を愉しみ、ミュンシュの珍しいモーツァルトのレコヲドを聴いてゐる。

しかし、第1楽章のAllegro molto・2分の2拍子の扱いは、極めて少数派(あとはフリッツ・ライナーしか僕は知らない)だがフルトヴェングラーと同じ解釈であり、非常に速いテンポ設定によりこの曲の持つ激しさが強調されてゐる。また、第2楽章の弦楽器のうねりのやうなものは一種の感動を憶える。ミュンシュの音楽表現の中にフルトヴェングラーの下でコンサートマスターを務めた時代の影響は間違いなくあるのだらう。

不思議なことが一つある。それは、第2楽章の21小節目の木管の扱い(或いは演奏)が譜面どおりでないことと、どう考えてもおかしな表現になってゐることだ。21小節には提琴とフルートの掛け合いがあるがこれを同時に演奏し、2本のクラリネットの下降形だけが応答するのだ。これは誰が聴いてもアレッと思ふだらう。しかも、これがミュンシュの意図したサプライズなのならいけないことに第1クラリネット奏者の音が詰まって出ず、単音での応答になってしまってゐる。しかし、29小節からの反復展開では、ぐっとテンポを落としてしみじみとした深い表現を聴かせてくれて鳥肌が立つ。

小さな傷はあるが、僕はこの第2楽章がこの演奏の中で最も好きだ。興味本位で聴いてみたミュンシュのモーツァルトだったが、やはりこの指揮者のインスピレーションは素晴らしい、とつくづく思い知らされた。

盤は、米國の海賊盤CDR TH049。


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