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後藤健二最後の報告 コバニ戦 10月5日 2014年

2015-11-26 00:36:11 | シリア内戦

 

2014年の10月初め、後藤健二さんがコバニの難民を取材している。後藤さんは2012年以来9回シリアを取材しており、10回目のこれが最後の報告となった。10月末、11回目の取材に出かけ、帰らぬ人となった。

10月初めは、まだコバニについての報道が少なかった。日本で最初にコバニについて話題にしたのは、後藤さんではなかったろうか。彼はいつものように、キリスからシリアに入った。キリスは彼にとってシリア取材の基地となっている。彼だけでなく、キリスには、ほとんどの反政府軍の基地がある。しかしキリスの市街地と異なり、国境付近は殺風景で、難民キャンプと小さなレストランがあるだけである。

   

102日、彼はツイッターに書いた。

「シリア取材に入ります。最新の動画編集アプリでレポートします」。後藤さんの動画はNHKに提供したものは鮮明だった。今回、画質に気を使ったようだ。画質の良し悪しにかかわらず、彼の動画は説得力がある。はっきりとした語り方をするので、彼の説明はよく理解できる。

シリアに入った後藤さんは国境沿いに東に向かった。しかし戦闘が激しさを増しており、危険性があるため、途中でトルコ側に入った。(地図参照)

後藤さんは非常に残念だったようである。ガイドのアラッディン氏の助言にやむなく従った。後藤さんは長年戦地の後方で取材を続けてきたが、最近は危険なISISの取材に意欲を燃やしていた。ISISについて、国民の関心が高まっていたこともある。

トルコに入った後、スルチに向かった。スルチは国境をはさみ、コバニの向かい側である。スルチで105日まで取材した。

 

帰国後の108日、TBSに出演した。

「東、西、南と、イスラム国がコバニを包囲しまして、三方から攻めたてていったんです」。

直接取材した、トルコに逃れた難民について、こう語った、「受け入れ態勢もできていない。通常であれば、難民キャンプをイメージするでしょうけれども、そういうものも全然ないんです。避難してきた人たちは苦しい生活を強いられています」。

ISISについては、有志連合による空爆後、外国人ヘのリスクが高まったと分析した。「彼らは今、ほとんど取材を受け付けてくれないんです。空爆が始まってから非常にセンシティブになっていまして、外国人に対してスパイ容疑をかけてくるんです」。

以上は朝日新聞取材班著「イスラム国人質事件」をもとに書いた。

 

「正義の味方」にも出演し、戦闘中のコバニの映像を紹介していた。私が紹介した5日の写真では、丘の上から煙が上がっていたが、後藤さんの映像では、丘のふもとから小さな煙が上がっていた。後藤さんは説明した、「戦闘は日に日に激しさを増している。国境のトルコ側に戦車が並んでいるのは、不測の事態に備えてである」。

場面変わって、体育館のようなところに収容されている難民が映し出され、後藤さんは「設備が整っていなくて、避難してきた人々は疲弊している」と説明した。

  

   《 検証 後藤健二人質事件 》

 

コバニ戦から話題が離れるが、後藤健二さんが殺害されるに至った経緯について、朝日新聞取材班著「イスラム国人質事件」をもとに、私が気になっていたことを書いてみる。

結論から先に言うと、イスラム国と後藤さんの妻との間で金銭交渉が行われた1月前半に解決することが、唯一のチャンスだった。秘密裡に行われたこの交渉が行き詰まった時に結論は出たのであり、その後は何も変えられなかった。

120日に2億ドル(200億円)を要求する動画が公表された時には、交渉が決裂していた。秘密交渉で20億円の支払いを拒否した相手に、ビデオで200億円要求しても意味がない。

    <妻にメールが来る>

ISIS11月末に後藤さんの妻城後りん子さんにメールを寄こしたが、迷惑メールに分類され、りん子さんは気付かなかった。123日に2度目のメールが届き、これもゴミ箱行きとなったが、りん子さんがたまたまゴミ箱を開き、気づいた。

倫子さんは英国の企業に所属するコンサルタントに相談した。彼は後藤さんが信頼している知人で、何かあったら彼に相談するようにと、後藤さんが彼女に言っていた。

 <イスラム国、20億円要求>

20151月始め、イスラム国が初めて要求金額を提示した。1500万ユーロ(20億円)だった。身代金の相場を知るコンサルタントは、要求額が高すぎると考え、値切り交渉を助言した。

りん子さんはメールで訴えた、「高い。そんなに払えない」。政府関係者によると、彼女が提示した金額は日本円に換算すると6億円だった。

書き遅れたが、倫子さんは朝日新聞の取材を拒否しており、すべて政府関係者の話に基づいている。

りん子さんが提示した金額を、イスラム国は拒否した、「6億円だと?笑わせるな。20億円出せ」。

これは綸子さんに向かって言っているのではなく、背後の日本政府に要求しているのではないだろうか。個人が払える金額ではない。

 

この段階で20億円出せば、後藤さんは救われたのである。数兆円を気軽に浪費している日本国が20億円のはした金を出せばよかったのである。危険地域に入るジャーナリスト専用の保険金が支払われれば、それだけ政府が負担する額は減る。後藤健二さんの人質事件は、これで解決だった。政府は払う考えがなかった、「テロリストとは交渉しない」。

 

りん子さんが最初に6億円出すと言ったことは、敬服に値する。危険地域に入るジャーナリスト専用の保険がいくら支払われるか、わからないが。拒否したイスラム国はさっさと滅んでしまえ。

というよりイスラム国は最初から日本政府に要求していたようだ。だから倫子さんが提示した6億円という金額を拒否したのだ。

朝日取材班に語った政府関係者は、「1月始め、イスラム国が初めて要求金額を提示した。1500万ユーロ(20億円)だった」としているが、これには疑問がある。

 1月21日の毎日の記事では、政府関係者が、「昨年11月に『イスラム国』側から後藤さんの家族に約10億円の身代金を要求するメールが届いていた」と証言している。

もし毎日の記事が事実であるなら、10億円が20億円に増えた経緯を知りたい。大きな疑問点であるが、今回は朝日新聞取材班の報告に従って話を進める。

 

 

身代金交渉は最後まで決着がつかなかった。

秘密の金銭交渉が行き詰まった後、イスラム国は日本政府に対して、公開ビデオで200億円要求する。これを政府が拒否したことについは、議論するまでもない。イスラム国自体が本気で要求しているのではなく、用済みとなった後藤さんを処分するための見世物にすぎない。また侵略的な米帝国の片棒ををかつぐ日本を罰する、という宣伝効果をねらったのである。

安倍首相の中東での演説が挑戦的だったので、イスラム国は態度を硬化させたと以前考えたが、そうではない。日本との対立を際立たせ、後藤さん殺害の効果を高めるのに利用しただけだ。イスラム国は20億円取り損なって残念がっているだけだ。払わなかったことに対する見せしめに殺すだけだ。

 

    <イスラム国、要求を変える>

意外なことに、イスラム国は200億円要求をひっこめて、新たにサジダ死刑囚の釈放を要求してきた。これはヨルダン政府の秘密交渉が成功した結果である。それにしても、新たな交換条件が生まれたとはいえ、イスラム国は後藤を殺すという方針をあっさりと変えた。

ラッカ長官が「後藤は殺さない」と言ったとされる。また「サジダとの交換のために、後藤さんはアクチャカレに向かった」という情報もある。

イスラム国は後藤健二を殺すべきものとして逮捕したのではなく、あくまで身代金のための人質にすぎなかった。

イスラム国にとって身代金が取れなかったことは敗北であり、人質交換は名誉ある撤退にすぎなかった。それでもサジダ死刑囚の釈放はそれなりによい話だったのかもしれない。イスラム国の最上層部にザルカウイ時代のイラク・アルカイダの幹部がおり、その人物はサジダたちが行った10年前の自爆攻撃をよく覚えている。それで、彼女が釈放されるなら、後藤を開放してもよい、と決定した。

イスラム国が釈放を求めた女性サジダ・リシャウィは、2005年にヨルダンで起きた自爆テロの実行犯の一人である。彼女は、腰のベルトにつけていた爆弾が点火せず失敗したが、彼女の夫と他の二人は成功した。その日、アンマンのホテルで、結婚式に列席していた57人が死亡した。

しかしサジダとの交換は、最初から難点があった。彼女はヨルダン国民57人を殺した死刑囚であり、もし彼女を釈放するなら、ヨルダン国民に対する相応の見返りがなければならない。ISISに囚われているヨルダン人との交換なしに、サジダ死刑囚の釈放はありえない。

「サジダと後藤の一対一の交換」というイスラム国の要求は、そもそも実現不可能だった。

 

後藤さんは生かしておいてはならない人物ではなく、殺すために捕まえた人物ではない。交換条件が良ければ釈放してもよい人物だった。もともと金銭要求のために捕まえた人質にすぎない。

 

秘密に行われた12月前半のの金銭交渉をうまくやれば、後藤さんは助かった。満額の20億円を出さずとも、交渉次第で15億円で決着したかもしれない。保険金が支払われれば、15億円より少ない費用で済んだ。

 

20億円という要求金額からすると、実際は後藤さんの妻ではなく、日本政府に要求したと考えられる。それを、政府は鼻から相手にしなかった。

 

巨額な金額を払えば、事件の再発を促す、とよく言われる。今回政府が払わなかったことで、「日本政府は払わない」という評判が定着し、効果的な再発防止策となった。

しかし今回のような事件が、日本人に対し、しばしば起こるだろうか。とりあえず、誠実なひとりのジャーナリストを救い、再び起きないようにジャーナリストたちに用心を促すという方法もあった。

政府は安全保障上の問題のように言うが、単なる金銭問題にすぎない。しかも政府にとって、はした金にすぎない。20億円はイスラム国を助けるというが、イスラム国を育てた国の責任に比べたら、無に等しい。

 

根本はジャーナリズムと国際報道を、どう評価するかという問題である。国家の主要企業と官僚・政治家の関連企業に対しては、毎年数兆円の国費を使っている。それは必要経費であるが、ジャーナリストにお金は出せないということである。黙って死になさいということである。

 

日本政府の意をくんだヨルダン政府は、イスラム国との間で、後藤さんとの交換条件について秘密交渉をした。その成果が「後藤とサジダの交換」だった。この点で日本政府とヨルダン政府は努力をした。しかしヨルダン国民の中に、カサスベ中尉釈放の要求がわき上がり、後藤さんとの交換は実現しなかった。

日本政府が、自分は火の粉をかぶらず、自国の国民の救済をヨルダン政府に押し付けたことも、虫のいい話だった。

 

 《 朝日取材班の本と違う話 》

 

以上朝日取材班の本に基づいて書いたが、異論があり、内容がかなり違い、時期も1か月以上のずれがあリ、私はちょっと混乱した。

 

  <交渉が行われたのは、11月であり、12月3日以降メールのやりとりはなかった>

11月の初旬、妻のところに、「イスラム国」の関係者を名乗る人物から、メールが送りつけられ、「後藤さんを誘拐しているので、日本円で、およそ10億円の身代金を払え」と要求してきた。

 

126日の週刊ポストに次のようにある。

 

後藤氏の妻の携帯電話に約10億円の身代金を要求するメールがあったのは昨年11月初旬だった。本誌は11月中旬にいち早く、「後藤氏失踪」の情報を入手し、取材に動いた。当時、外務省関係者に接触すると、身代金交渉を行なっていることをはっきりと認めた。

 

 

11月の間、金銭交渉が行われた。その間に20億円に要求が吊り上げられた。11月末にイスラム国は日本政府に払う意思がないと見切りをつけ、交渉を打ち切った。

妻が12月2日に出したメールに返事がなく、以後1か月半以上の間、メールのやりとりがなかった。120日、突然200億円要求の動画が公開された。妻は半狂乱になった。政府関係者は真実をリークした。それが毎日の記事である。

 

実際には11月に交渉が行われた事実を、政府は消し去った。朝日は12月初めに、妻が初めてメールを受け取ったとしているが、実際にはその時点で交渉が終了している。

メールを最初に受け取った日を1か月遅らせている。また、「イスラム国が初めて要求金額を提示したのは、1月始め」としている。約2か月遅らせている。

政府がとんでもない嘘をついている?


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