自由シリア軍の本部が襲撃されたことは、当ブログ「アサド軍によるダマスカス周辺の敵一掃に成功か」で、取り上げた。
その後明らかになったたのは、自由シリア軍の指導部消滅の危機という、深刻な事態であった。
このことについて、的確・明快に述べている、ウオール・ストリート・ジャーナル(日本版)の記事を引用させていただく。
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<自由シリア軍の最高司令官が逃走>
米当局者が12月11日明らかにしたところによると、シリア北部で先週末7日、イスラム主義者グループが西側の支援を受けている反政府勢力穏健派の地域本部と倉庫を占拠。穏健派の指揮官サリム・イドリス司令官はシリアから隣国のトルコに逃げ、その後ドーハに入った。
オバマ政権は、イスラム戦線と呼ばれるグループが反体制派の指揮命令系統を担う最高軍事評議会(SMC)に属する倉庫や事務所を占拠した状況を見極めようとしている。同時に、この事態を受けてSMCへの非軍事支援を停止することを決めた。米国は一方で同司令官に対してシリアに戻るよう求めている。
米当局者らによると、奪われた倉庫と事務所はトルコとの国境にあるバーブハワ近郊の町アトメにある。西側が支援するSMCは米国からの支援物資の供給を調整している。
一方トルコ政府は、イスラム主義者がバーブハワの検問所を占拠したのを受けて、シリアとの国境沿いのハタイ県ジルベゴズの検問所を閉鎖したと発表した。
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司令官が逃亡し、米国からの軍事支援が中断し、生命線であるトルコとの往来が遮断された。米国は、イドリス将軍と最高軍事評議会を見限った、という憶測もある。
2013年の秋以降、米国は対戦車ミサイルを含む、高度な武器をイドリス将軍に渡していた。小銃を奪われたという話ではなく、重大事だ。武器庫と本拠地も守れない、「最高軍事評議会」のお粗末な軍事力では、見捨てられても仕方がない。
名目上は全「自由シリア軍」を統率する「最高軍事評議会」であるが、各部隊に対して命令することはできず、ただ連絡を取り合っているだけ、と言われていた。海外からの支援物資をきちんと渡していれば、命令はできなくても、各部隊とそれなりの結びつきができていたはずである。それさえなかった。
北部の自由シリア軍兵士が言っていた。「多くの国が自由シリア軍を援助すると言っているのに、なぜ我々には何一つ来ないんだ。ひょっとして、どこかで止まっているのか?」
これが「最高軍事評議会」と各地の自由シリア軍の関係だ。
今回の事件で「最高軍事評議会」には直属の部隊もいないことが暴露された。
アルカイダ系武力集団の成長を許したのは、オバマ政権が世俗的「自由シリア軍」を軍事支援しなかったからだ、と批判された。しかし村ごとに存在する自由シリア軍それぞれに、ミサイルを配るのか?また誰が配るのか?千を超える自由シリア軍が県単位ぐらいにまとまらないかぎり、援助のしようがない。
< 「イスラム戦線」の成立 >
一方、自由シリア軍に所属しているイスラム系諸部隊は自分達でまとまり、大きな2グループができあがっていた。これらイスラム系諸部隊は、やや穏健であるとみなされ、自由シリア軍への所属が認められていた。
2013年11月22日、この2大イスラム系グループがひとつにまとまり、「イスラム戦線」という名の巨大軍事集団が誕生した。軍事情報誌「ジェーン」のアナリストはその戦闘員数を、約4万5千人と推定する。
そして、「イスラム戦線」は、自由シリア軍からの離脱を表明した。このことは、12月7日の武器庫襲撃事件を待たずとも、「最高軍事評議会」にとって、大打撃だったのだ。
「最高軍事評議会」は消滅した、と断言するむきもある。(イスラエルの新聞デブカ)
確かに、自由シリア軍にどれほどの人数の部隊が残るのだらろうか。しかも弱小でまとまらない部隊である。
米国主戦派がこの一年間、幾度も主張してきたことは、世俗的自由シリア軍への積極的武器援助であった。その世俗的自由シリア軍は、人数においても戦闘力においても、今やとるに足らない勢力となった。
そこで、米国は、最高軍事評議会を見捨て、新しく誕生した「イスラム戦線」を支援するのではないか、と観測するむきもある。
実際米国はそうした動きをしているようである。ロシアのラブロフ外相は警戒して言う。「米国は『イスラム戦線』と接触しているようだが、やめた方がよい。我が国が調べた限りでは、『イスラム戦線』はアルカイダと同様の過激イスラム主義組織である。」
ラブロフ外相の発言の根拠を知りたいものである。私が調べた限りでは、「イスラム戦線」は「ヌスラ戦線」・「イラク・レバントイスラム国」とは異なると思う。
「イスラム戦線」の構成員のほとんどは、地元民である。彼らにはあくまでシリア国民としての意識があり、シリアの枠を超えた汎イスラム政権の樹立をめざしていない。またキリスト教徒に対しても、彼らも自分たちと同じシリア国民であると考え、今まで通り共存するつもりである。
ただし、「イスラム戦線」はアサド政権に対しては非妥協的であり、大統領のみならず、支配階級のかなりの部分を処罰・追放するつもりである。アル・ジャジーラのインタビューに対し、あるメンバーは語った。「アサド大統領とその一族だけが問題なのではない。体制そのものが問題なのである。」このような考え方では、予定されている第二回ジュネーブ会議に行くだけ無駄である。
アメリカが「イスラム戦線」を支援するつもりなら、第二回ジュネーブ会議を先延ばしにして、アサド政権と戦うしかない。
「イスラム戦線」は様々な傾向の集団が集まったので、考え方も一様ではない。今まで私が述べたのは、おおよその傾向である。
ラブロフ外相が警戒するように、アルカイダ分子も紛れ込んでいるようである。ただし、構成員全体の数からすれば、非常に少ない。
オバマ政権の「世俗的な反政府軍の支援と強化」という政策は、失敗した。過激・穏健を含めて、イスラム系が多数派だったのである。
気の毒だが、米国にとって、「イスラム戦線」と組んで戦うか、それとも敗北を受け入れ、アサド大統領とロシアと和解し、反政府軍の打倒に協力するか、のどちらかしかない。
さらなる活躍を楽しみにしています。