【42章】
国内が分裂しており、軍事作戦は失敗に終わった。指揮官たちは市民に嫌われていたが、敗北の責任は彼らではなく、兵士たちにあっ
た。兵士たちは10人委員の権威と指揮の下での成功を妨害しようとして、まともに戦わなかったためローマ軍は敗北した。兵士たちは自分たちと将軍の名誉を傷つけた。二方面の部隊はどちらも敗北した。エレトゥムでサビーニに敗北し(Eletumはサビーニの町で、ローマの北30km、テベレ川東岸)、アルギドゥス山でアエクイに敗北した(アルギドゥス山はアルバ湖の東)。ローマ軍は深夜にエレトゥムからローマの近くまで逃げ、フィデナエとクルストゥメリウムの間の高地に塹壕を掘り、守りを固めた。サビーニ軍が追ってきたが、ローマ兵は陣地に留まり、丘を降りて戦うことを拒否した。丘の上の陣地で迎え撃つ方が有利であり、彼らは勇気と戦闘力に頼らず、有利な地形に頼った。
アルギドゥス山のローマ軍はさらに醜態をさらし、大敗北を喫した。彼らは陣地を失った上に、補給物資を全部失い、トゥスクルムへ逃げ込んだ。彼らはトゥスクルムの市民の善意と同情に頼って生き延びようとした。幸い彼らは暖かく迎え入れられた。このように落胆させる情報がローマに届くと、元老院は元10人委員に対する反感を忘れ、首都を守ることに専念した。彼らは守備隊の編成を決定し、武器を扱える年齢の者は全員城壁と市門の防備に当たるよう命令した。またトゥスクルムに逃げ込んだ部隊は武器を失っていたので、新たに武器を送った。部隊の指揮官は武器を受け取ると、兵士をトゥスクルムから連れ出して、近くに陣地を設営した。
またフィデナエの近くの丘にいた部隊に対し、元老院は「サビーニの領土に前進せよ」と命令した。ローマ軍が攻撃に転じれば、サビーニ兵はローマを攻撃する余裕がなくなるだろう、と元老院は考えた。
【43章】
以上のようなローマ軍の不名誉な行動に加えて、10人委員の一人である、 L・シッキウスがサビーニとの戦いにおいて恥ずべき犯罪を犯した。彼は兵士たちと秘密の会話をし、護民官の復活をほのめかしながら、戦場から離脱するようそそのかした。彼は陣地の設営場所を選ぶ任務を与えられたが、彼と一緒に行けと命令された兵士たちは彼を襲撃し、殺害する機会をねらっていた。兵士たちは計画を実行したが、シッキウスは簡単に殺される人物ではなく、逆に数人の兵士を殺した。彼は勇気と腕力で自身を守ってから、力尽きた。シッキウスは並々ならぬ闘争心の持ち主だった。兵士たちは部隊に帰って報告した。「シッキウスは敵の待ち伏せに会い、勇敢に戦って死んだ。部下の兵士も数人死んだ」。
最初彼らの嘘は発覚しなかったが、別の兵士たちが10人委員の許可を得て、死者たちを埋葬するために現場に行ってみると、死者たちは略奪されておらず、シッキウスは立派な武具を身に着けたままだった。彼の死体を取り囲むように数人のローマ兵が倒れていた。
サビーニ兵の死体はなく、彼らがこの場所で戦った痕跡はなかった。兵士たちはシッキウスの遺体を持ち返った。「シッキウスは部下のローマ兵に殺された」と発表された。ローマ軍の陣地は犯罪を憎む感情に支配された。シッキウスの遺体をすぐにローマへ運ぶことに決まった。ローマの10人委員は部隊の指揮官より早く、シッキウスの功績を讃えた。彼らは国費で彼の葬儀を執り行うことを決めていた。兵士たちは将軍の死を深く悲しんだ。多くの人が、暗殺の主犯は10人委員ではないかと疑った。
【44章】
軍隊で起きた暗殺に続き、市内で恐ろしい事件が起きた。かつてルクレッチアが凌辱された事件は王政を終わらせたが、今回の事件はそれに等しい悲劇的な結末を招いた。10人委員の制度が終了したということだけでなく、その原因となった事件もルクレッチアの場合と似ていた。アッピウス・クラウディウスは平民の娘に横恋慕した。娘の父、 L・ヴェルギニウスはアルギドゥス山に出征した部隊において高い地位にあった。彼は市民生活においても、軍隊においても模範的な人間だった。彼の妻も礼節を大切にするように教えられた女性であり、夫妻の子供たちもそのように育てられた。ヴェルギニウスは娘を L・イキリウスと婚約させた。イキリウスは精力的に活動する人間で、平民擁護の戦いで勇気を示した。彼と婚約した娘は若さと美しさに輝いていたので、アッピウスの恋情をかき立てた。彼は娘に贈り物をしたり、あれこれ約束をして、彼女の心を獲得しようとした。しかし彼女の貞節はいかなる誘惑にも揺るがななかったので、アッピウスは恥知らずにも強引な手段に訴えることにした。彼は取り巻きの M・クラウディウスに頼み、彼に以下のように言わせた。「あの娘は私の奴隷だ。誰かが彼女を所有していると主張するなら、裁判で決着をつけよう」。
娘の父ヴェルギニウスの不在を利用して合法的に娘を自分のものにしよと、アッピウスは考えたのである。娘が中央広場の一画にある学校に行こうとした時、アッピウスの悪事の仲介人が彼女をつかまえ、「この娘は私の奴隷の娘であり、従って彼女自身も私の奴隷だ」と言った。そして彼は娘に「私と一緒に行こう」と言った。「嫌だと言うなら、力づくで連れて行くだ」。
娘は怯えた。その時娘の侍女が大声で叫んだ。「市民の皆さん、助けてくだ
さい!」
多くの市民が集ってきた。彼らは娘の父ヴェルギニウスと婚約者イキリウスを尊敬していたので、誘拐犯に対して怒り、数人が娘の父と婚約者の友人たちを呼んできた。全員が娘の味方をしたので、彼女は助かった。誘拐犯人は言った。「私は法的な手続きを取っているところだ。暴力に訴えるつもりはない。諸君はなぜ集っているのだ。どうしてそんなに興奮しているのだ」。
彼は娘を裁判官のところに連れて行った。娘を守ろうとする人々は二人について行った。彼らはアッピウスの法廷に着いた。告訴人は陰謀の主犯である裁判官に向かって、暗記した作り話を語った。その話の作者は裁判官だった。「娘は私の家で生まれたが、誘拐されてヴェルギニウスの家に連れていかれ、養子となったのです。これには証拠があります。ヴェルギニウスは娘を奪われたと感じるかもしれませんが、私の主張を否定できません。奴隷は主人の命令に従わなければなりません」。
娘の弁護者は次のように述べた。「ヴェルギニウスは従軍しており、ローマの市内にいません。彼に連絡すれば、二日で戻ってきます。父親の留守中に娘の運命を変える決定が下されるのは、間違っています。ヴェルギニウスが戻って来るまで、裁判の延期を求めます。裁判官、あなたは成分法の制定に関わりました。御自身が法律を破るつもりででしょうか。娘の身柄は彼女を守ろうとする人々に預けられるべきです。年ごろの娘が誘拐され、彼女の名誉が傷つけられる危険を冒してはなりません」。
【45章】
判決を言い渡す前に、アッピウスは娘の弁護者が述べたことを追認した。「娘の自由は法律によって保障されている」。しかし判決は娘の自由を否定した。
「法律の条文は厳密に解釈されねばならない。人間の自由については、法律の条項が保障しており、誰でも裁判に訴えることとができる。しかし父親の保護下にある娘については、奴隷である娘の所有者が娘の父親に対し、所有権を放棄する必要がある。従って娘の父をこの場に呼ばねばならない。娘の立派な父親がローマに帰るまで、娘の所有者が娘を守らなければならい」。
多くの人がこの不当な判決に不満だったが、抗議しなかった。しかし娘の祖父、P・ヌミトリウスと婚約者、イキリウスが決然と声をあげた。イキリウスの抗議はアッピウスの陰謀を打ち砕く第一撃となった。群衆は道をあけて彼を前に進ませた。これを無視し、護衛兵が「裁判は終了した」と言った。イキリウスが大声で抗議すると、護衛兵が彼を法廷から退場させようとした。このように目に余る不正を見たら、どれほどおとなしい性格の人間も怒るだろう。イキリウスは叫んだ。
「アッピウス!お前は剣を用いて私を退場させろと命令した。隠している秘密についてしゃべられると困るからだ。私は娘と結婚することになっている。従って、私は将来の妻の純潔を絶対に守る。お前の同僚たちの護衛兵を
集め、斧と棒を準備させるがばよい。私の婚約者を彼女の父の家から連れ出せ、と命令すればよい。お前たちは自由を守る二つの要塞を市民から奪った。市民を守る護民官の権力と、市民が民会に救済を求める権利である。これらの権利は邪悪な欲望に対する防壁であり、我々の妻や娘はこれで守られてきた。お前の残酷な感情に従って、我々の首をはね、背中を打つがよい。しかし女性の名誉を傷つけてはならない。もしお前がこの娘に手を出すなら、私はここにいる市民に娘の救済を求める。彼女は模範的な兵士ヴェルギニウスのたった一人の娘だ。我々全員が神々と人民に救済を訴えるだろう。お前の判決は我々の命を奪わない限り、実行されない。自分がどうなるか、よく考えろ、アッピウス!ヴェルギニウスが帰ってきたら、娘のために行動するだろう。もし娘の生みの親が奴隷であると判明したら、私は別の結婚相手を探すだろう。それまでの間、私は命を懸けて娘を守る。私は婚約者の義務を果たす]。
【46章】
人々が怒り、内紛が起きそうになった。護衛兵がイキリウスに迫り、両派の間で一触即発の緊張が高まった。この時アッピウスが大声で言った。「イキリウスの真の目的は娘を救うことではない。彼は護民官の信奉者であり、常にもめごとを起こし、反乱の機会を狙っている。彼は娘の問題を口実に反乱を起こすつもりだ。しかし私はそんなことをさせない。私は譲歩し、判決を取り消す。娘の父ヴェルギニウスが帰るまで、判決を下さない。またいかなる命令も出さない。私は傲慢なイキリウスに屈したのではない。ヴェルギニウスの名誉と市民の自由を尊重するのだ。 M・クラウディウスに娘の所有権を保留してくれ、と頼むことにする。娘は明日まで彼女の友人たちに預けることにする」。
こう言ってから、アッピウスはイキリウスと彼と同類の人々に警告した。「もし明日ヴェルギニウスが来なかったら、私は自分が制定した法律に違反することになるし、10人委員として法を執行する意志がないことになる。私は同僚の護衛兵を呼ばないし、反乱の首謀者を逮捕するつもりもない。私の護衛兵だけで十分だ」。
こうしてアッピウスの犯罪的な計画は延期された。法廷から退去した娘の友人たちはと、最初にすべきことを決定した。最も活動的な二人の若者、イキリウスの兄弟とヌミトールの息子が大急ぎで市門へ行き、トゥスクルムの近くの陣地にいるヴェルギニウスを呼び出すことになった。無法者から娘を救うには、彼女の父親が期限までに出頭することが必須だった。二人の若者は任務を遂行すため、全速力で馬を駆って陣地に行き、ヴェルギニウスに事の次第を説明した。こうしている間、娘の所有権を主張する M ・クラウディウス はイキリウスに言った。「私に娘の身柄を正式に要求し、何を担保として差し出すか言ってほしい」。
イキリウスは「今その努力をしているところだ」とちぐはぐなへんじをした。二人の若者が早く陣地に到着してほしい、とイキリウスは願っており、出来るだけ時間稼ぎをしなければならないと考えていた。すると群衆のあちこちで市民が手を挙げ、「私が担保を提供する」と述べた。イキリウスは目に涙をうかべて言った。「皆さんの好意に感謝します。明日私は皆さんの助けが必要になります。担保は十分にあります」。
娘の親戚たちが担保を提供し、娘は引き渡された。人々は解散したが、アッピウスは長椅子に座ったままだった。娘の問題の他に仕事があるかもしれなかった。しかしほとんどの市民が娘の問題に関心を持っており、他の請願者は現れなかった。彼は家に帰り、トゥスクルムの近くの基地にいる部隊の指揮官に手紙を書き;ヴェルギニウスに休暇を与えず、彼を拘束するよう頼んだ。しかしこの手紙が届いたとき、ヴェルギニウスは休暇を得て、すでに出発していた。手紙は翌日の朝届いたので、無駄だった。
【47章】
ローマの市内では、夜が明けると市民が中央広場に集まっていた。彼らはつま先立ちで、裁判を見ようとしていた。喪服を着たヴェルギニウスが、同じく喪服を着た娘を連れてきた。数人の婦人が娘に付き添っていた。大勢の市民がヴェルギニウスを応援し、彼の周りに集った。ヴェルギニウスは市民の手を取り、一人一人に支援を求めた。人々は彼に同情していただけでなく、恩返しをしたいと思っていた。ヴェルギニウスは日々彼らの妻や子供たちを守るため、先頭に立って戦ってきた。彼は数えきれないほどの事件で忍耐強く戦い、誰よりも勇敢だった。ヴェルギニウスは市民に問いかけた。「たとえ市壁が守られたとしても、 市民の子供たちが最悪の運命を味わうとしたら、都市が陥落するのと同じではないか。」
彼は民会に向かって話すように話したので、さらに多くの市民が集ってきた。
彼に続いてイキリウスが市民に訴えた。ヴェルギニウスの娘に同伴してきた女性たちは何も言わずに泣いていたが、言葉より深い印象を人々に与えた。アッピウスはこうした光景を見ても、心を動かさず、演壇に上がった。恋心というより狂気がアッピウスの判断力を曇らせていた。娘の所有権を主張する M・クラウディウスが昨日の裁判に短く抗議した。「裁判官は昨日判決を下さなかった。これは公正ではない。裁判官は偏った立場を取った」。M・クラウディウスは続けて、娘に対する自分の権利を述べようとしたが、アッピウスが話を遮った。ヴェルギニウスはM・クラウディウスに反論する機会を失った。アッピウスのこうした裁判の進め方について、それなりの理由がある、と昔の著者は書いている。しかし彼らは裁判官の間違った態度を弁護するだけで、納得できる理由を書いていない。多くの著者が認めていることは、彼の判決が正しいということである。娘は奴隷である、とアッピウスは判決した。この恐ろしい判決を聞いて、人々は呆然とし、氷ついた。一瞬人々は沈黙した。それから M・クラウディウスが娘と彼女の随伴者たちに近づくと、娘をつかんだ。女性たちは叫び声を上げ、泣いた。この時ヴェルギニウスが演台のアッピウスを指さして、言った。
「私は娘をイキリウスに与えたのだ。お前に与えたのではない。娘が良い相手と結婚することを願って、私は彼女を育ててきた。彼女が犯罪の犠牲になるために育てたのではない。お前は家畜や野獣のように欲望を満たすつもりか。ここにいる人々がそれを黙って見過ごすつもりかどうか、私は分からない。しかし武器を持つ人々が黙っていないことを願う」。
娘の付き添いの女性たちや支援者たちが M・クラウディウスを追い払おうとしていると、裁判の進行役が「静粛に!」と叫んだ。
【48章】
裁判官アッピウスは激情のために我を忘れ、人々に向かって言った。「昨日イキリウスは乱暴な発言をし、たった今ヴェルギニウスは不遜な態度を取った。ローマの人々がこれについて証言するだろう。反乱の兆候はこれだけでない。反乱を準備するために、夜通し会議がなされた。これは単なる噂でなく、確かな筋からの情報がある。騒乱の可能性を警告されたので、私は武装した警護隊を連れてここに来た。
私は平和な市民に危害を加えるつもりはない。社会の平和を乱す者たちを鎮圧し、政府の権威を維持することが私の目的である。皆さんはおとなしくしていたほうがよい」。
ここまで言うと、アッピウスは護衛隊に命令した。「取り掛かれ。群衆をを追い払って道を開けろ。奴隷を主人に渡せ]。
アッピウスは怒り狂って命令し、彼の声は雷のように響き渡った。人々は
怖じ気づいて逃げ去ってしまい、娘がとり残された。ヴェルギニウスは大衆の助けが得られないことを知り、裁判官に向かって言った。「私を許してほしい。私は無礼な話し方をした。父親の悲しみが原因であることを理解し、大目に見ていただきたい。娘の付き添いの女性に質問するのを許可してください。事実は何なのか、つまりわたしは娘の父親ではないのか、確かめたいのです。結果しだいでは、私は娘との親子関係を取り消す用意がありす」。
アッピウスは質問を許可した。ヴェルギニウスは娘と付き添いの女性をクロアキナ・ヴェヌス(ヴィーナス)の近くの生け贄を置く祭壇の前に連れて行った。現在この祭壇は新祭壇と呼ばれている。ヴェルギニウスは短刀で娘の胸を突き刺した。「愛する娘よ! お前の名誉を守るにはには、こうするしかなかった」と彼は言った。それから彼は裁判官に向かって言った。「娘の血に誓って、私はお前の首を地獄に送ってやる」。
ヴェルギニウスの恐ろしい行為を見た人々が騒ぎ出した。アッピウスは怯えて、「ヴェルギニウスを逮捕しろ」と命令した。
ヴェルギニウスは短刀を振りかざしながら、前に進んだ。彼に同情する人々に守られながら、ヴェルギニウスは市門に至った。イキリウスとヌミトリウスが息絶えた娘を抱き上げ、人々の方を向いた。人々は不幸な運命の下に生まれた美しい少女哀れみ、
アッピウスを哀れんだ。そして彼女の父親に残された恐ろしい選択を知り、彼らは動揺した。娘についてきた女性たちは怒りの声を上げた。「このような最期を遂げるために、私たちは娘たちを育てたのではない。慎ましさと純潔に対する報いがこれなのですか」。
女性特有の繊細な感情ゆえに、悲しみは深かった。同様の発言が続き、人々の心をさらに動かし、同情を増した。一方男たちは、中でもイキリウスは「護民官の廃止により、上訴の手段が奪われた」と嘆き、現在の施政に対する憤りを語った。