たぬきニュース  国際情勢と世界の歴史

海外のメディアから得た情報を書こうと思います。

「イスラム戦線」の成立と「自由シリア軍」の消滅

2014-02-17 07:04:32 | シリア内戦

自由シリア軍の本部が襲撃されたことは、当ブログ「アサド軍によるダマスカス周辺の敵一掃に成功か」で、取り上げた。

その後明らかになったたのは、自由シリア軍の指導部消滅の危機という、深刻な事態であった。

このことについて、的確・明快に述べている、ウオール・ストリート・ジャーナル(日本版)の記事を引用させていただく。

[引用開始]-------------------------------

       <自由シリア軍の最高司令官が逃走>

米当局者が12月11日明らかにしたところによると、シリア北部で先週末7日、イスラム主義者グループが西側の支援を受けている反政府勢力穏健派の地域本部と倉庫を占拠。穏健派の指揮官サリム・イドリス司令官はシリアから隣国のトルコに逃げ、その後ドーハに入った。

オバマ政権は、イスラム戦線と呼ばれるグループが反体制派の指揮命令系統を担う最高軍事評議会(SMC)に属する倉庫や事務所を占拠した状況を見極めようとしている。同時に、この事態を受けてSMCへの非軍事支援を停止することを決めた。米国は一方で同司令官に対してシリアに戻るよう求めている。

米当局者らによると、奪われた倉庫と事務所はトルコとの国境にあるバーブハワ近郊の町アトメにある。西側が支援するSMCは米国からの支援物資の供給を調整している。

                

一方トルコ政府は、イスラム主義者がバーブハワの検問所を占拠したのを受けて、シリアとの国境沿いのハタイ県ジルベゴズの検問所を閉鎖したと発表した。
---------------------------[引用終了]

司令官が逃亡し、米国からの軍事支援が中断し、生命線であるトルコとの往来が遮断された。米国は、イドリス将軍と最高軍事評議会を見限った、という憶測もある。

2013年の秋以降、米国は対戦車ミサイルを含む、高度な武器をイドリス将軍に渡していた。小銃を奪われたという話ではなく、重大事だ。武器庫と本拠地も守れない、「最高軍事評議会」のお粗末な軍事力では、見捨てられても仕方がない。

名目上は全「自由シリア軍」を統率する「最高軍事評議会」であるが、各部隊に対して命令することはできず、ただ連絡を取り合っているだけ、と言われていた。海外からの支援物資をきちんと渡していれば、命令はできなくても、各部隊とそれなりの結びつきができていたはずである。それさえなかった。

北部の自由シリア軍兵士が言っていた。「多くの国が自由シリア軍を援助すると言っているのに、なぜ我々には何一つ来ないんだ。ひょっとして、どこかで止まっているのか?」

これが「最高軍事評議会」と各地の自由シリア軍の関係だ。

今回の事件で「最高軍事評議会」には直属の部隊もいないことが暴露された。

アルカイダ系武力集団の成長を許したのは、オバマ政権が世俗的「自由シリア軍」を軍事支援しなかったからだ、と批判された。しかし村ごとに存在する自由シリア軍それぞれに、ミサイルを配るのか?また誰が配るのか?千を超える自由シリア軍が県単位ぐらいにまとまらないかぎり、援助のしようがない。

      < 「イスラム戦線」の成立 >

一方、自由シリア軍に所属しているイスラム系諸部隊は自分達でまとまり、大きな2グループができあがっていた。これらイスラム系諸部隊は、やや穏健であるとみなされ、自由シリア軍への所属が認められていた。

2013年11月22日、この2大イスラム系グループがひとつにまとまり、「イスラム戦線」という名の巨大軍事集団が誕生した。軍事情報誌「ジェーン」のアナリストはその戦闘員数を、約4万5千人と推定する。

そして、「イスラム戦線」は、自由シリア軍からの離脱を表明した。このことは、12月7日の武器庫襲撃事件を待たずとも、「最高軍事評議会」にとって、大打撃だったのだ。

「最高軍事評議会」は消滅した、と断言するむきもある。(イスラエルの新聞デブカ)
確かに、自由シリア軍にどれほどの人数の部隊が残るのだらろうか。しかも弱小でまとまらない部隊である。

米国主戦派がこの一年間、幾度も主張してきたことは、世俗的自由シリア軍への積極的武器援助であった。その世俗的自由シリア軍は、人数においても戦闘力においても、今やとるに足らない勢力となった。

そこで、米国は、最高軍事評議会を見捨て、新しく誕生した「イスラム戦線」を支援するのではないか、と観測するむきもある。

実際米国はそうした動きをしているようである。ロシアのラブロフ外相は警戒して言う。「米国は『イスラム戦線』と接触しているようだが、やめた方がよい。我が国が調べた限りでは、『イスラム戦線』はアルカイダと同様の過激イスラム主義組織である。」

ラブロフ外相の発言の根拠を知りたいものである。私が調べた限りでは、「イスラム戦線」は「ヌスラ戦線」・「イラク・レバントイスラム国」とは異なると思う。

「イスラム戦線」の構成員のほとんどは、地元民である。彼らにはあくまでシリア国民としての意識があり、シリアの枠を超えた汎イスラム政権の樹立をめざしていない。またキリスト教徒に対しても、彼らも自分たちと同じシリア国民であると考え、今まで通り共存するつもりである。

ただし、「イスラム戦線」はアサド政権に対しては非妥協的であり、大統領のみならず、支配階級のかなりの部分を処罰・追放するつもりである。アル・ジャジーラのインタビューに対し、あるメンバーは語った。「アサド大統領とその一族だけが問題なのではない。体制そのものが問題なのである。」このような考え方では、予定されている第二回ジュネーブ会議に行くだけ無駄である。

アメリカが「イスラム戦線」を支援するつもりなら、第二回ジュネーブ会議を先延ばしにして、アサド政権と戦うしかない。

「イスラム戦線」は様々な傾向の集団が集まったので、考え方も一様ではない。今まで私が述べたのは、おおよその傾向である。

ラブロフ外相が警戒するように、アルカイダ分子も紛れ込んでいるようである。ただし、構成員全体の数からすれば、非常に少ない。

オバマ政権の「世俗的な反政府軍の支援と強化」という政策は、失敗した。過激・穏健を含めて、イスラム系が多数派だったのである。

気の毒だが、米国にとって、「イスラム戦線」と組んで戦うか、それとも敗北を受け入れ、アサド大統領とロシアと和解し、反政府軍の打倒に協力するか、のどちらかしかない。

コメント (1)
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アサド政権の最大の敵はサウジアラビア

2014-02-16 17:05:57 | シリア内戦

8月21日、戦闘が続くダマスカスのグータ地区でサリンが使用され、米政権はシリアに対するミサイル攻撃を決意したかに見えた。しかし、オバマ政権は考えを翻し、シリア政府が自己保有の化学兵器を処分するという提案を受け入れ、シリア攻撃を中止した。

 その後の展開は予想外であった。化学兵器の処分について、シリア政府の対応は誠実であった。このことから、「アサド政権は信頼できる交渉相手」という考えが米政権に生まれた。

 アサド政権を交渉相手として認めることは、米国が180度方向転換することである。2012年の一年間、米国は「アサド政権の退陣」と「体制の変換」を声高に要求した。

それがここにきて、「アルカイダ系を含む反政府軍よりアサド政府のほうが信頼できる相手」と考えるに至ったというのであるから、一年前には、想像もできなかった事態の展開である。

(参考) http://rt.com/op-edge/us-favors-assad-not-opposition-554/

 

 反政府軍の頼りなさを考えると、米政府にとってやむを得ない選択かもしれない。

危険なアルカイダ系を除くと、反政府軍の中心勢力は11月に結成された「イスラム戦線」であるが、これとて今後サウジの影響力が強まれば、アルカイダ分子が主導権を握る危険性がある。しかし米国に残された持ち駒は「イスラム戦線」しかない。

 

    <核開発問題で米とイランが合意>

 このような状況下で、米国とイランの関係にも変化がみられた。大統領がアフマディニジャドからロウハニに変わったことは、最高指導者ハメネイ師の方針転換の表れであった。

米国を敵とする強硬外交を転換し、話し合いと交渉による核開発問題の解決に取り組んだ。

体制の牙城ともいえる最高指導者ハメネイ師が、オバマ政権は交渉に値する相手と判断したのである。長期間の水面下の交渉の後、正式な交渉が実現し,11月24日に合意に至った。

 暫定的な合意なので、決裂する可能性もあるが、話し合う余地のない相手と互いに考えていた両国が合意したことは、「歴史的」と評価される。

 イランの譲歩は、20%まで濃縮されたウランを廃棄し、濃縮のレベルを低くおさえることとIAEAの査察を受け入れることである。見返りに、イランは経済制裁が一部緩和される。  

 

     <米のシリア政策に変化>

シリア情勢の鍵を握るイランと米国である。両者の間で対話と交渉が始まったことは大きな意味を持つ。アサド政権を支えているのはイランとロシアだからである。核開発問題でイランと米国の間に「了解」が生まれ、シリア問題に関しても何らかの「合意」が得られれば、シリア内戦は急転直下解決へ向かうだろう。

 これは、どちらかといえば「アメリカの敗北」という形での解決である。したがって政権内に激しい反発もあると思う。「中東からの全面撤退」という難しい問題に直面することになる。米国は地図上では領土を有しないが、実質上の主権者である。湾岸の小国よりはるかに存在感がある。簡単にさようならと言って去れるものではない。

ただ、イランと合意し、アサド政権を正当な政権として認めたからと言って、必ずしも米政権の敗北を意味しないかもしれない。なぜならオバマ大統領はそもそも戦って来なかったからである。深みにはまった後で敗北するより、身を引いていた方が賢明かもしれない。

 確かに米政府は「アサド退陣すべし」と叫び続けた。また大量の小火器を反政府勢力に与えた。しかし、戦いを左右する「真の武器」を反政府軍に与えて来なかった。もし高性能の武器を反政府軍が大量に手にしていたら、戦いの様相は別のものになっていただろう。反政府軍は結局ゲリラ戦しかできず、本格的な戦争はできなかった。

 米国の自己抑制がなかったら、対戦車ミサイルおよび携行式対空ミサイルはもっと大量に出回っていただろう。そして、2013年のアサド政府軍の巻き返しもなかったろう。旧ユーゴから大量に買われた武器などではなく、米国の最精鋭武器こそが勝敗を決する、と言われている。

 

    <解決に近づいたシリア内戦>

 12月半ば、「シリア内戦の解決」が一瞬現実のものとなったかに見えた。しかし1か月後の第2回ジュネーブ会議で、米国は以前の立場に逆戻りし、ケリー国務長官は「アサド大統領の辞任」を真っ先に要求した。

化学兵器の廃棄に応じたことで、アサド政府は理性的な権力者と受け止められた。 12月、欧米のメディアでは、アサド容認が語られた。しかし、2月になると、米国は「アサド去るべし」と言う立場に戻った。

12月の報道が夢ではなく、またメディアが事実無根の報道をしたわけでもないことは、サウジアラビアの反応みれば、明らかである。米国がアサド政権を「信頼できる交渉相手」と考え始めたことに対し、サウジアラビアは猛烈に反発した。

サウジのロンドン駐在大使は言う。「シリアの化学兵器が処分されたからと言って、アサド政権が危険なものでなくなったわけではない。政権そのものが大量破壊兵器以上に危険なのだ。」 

 サウジのロンドン大使とはムハンマド王子です。彼の発言を中心にサウジの立場とその主張をまとめた記事を紹介します。

「シリアに対して単独行動主義に向かうサウジアラビア」と題するRT(ロシア・トゥデイ)の記事です。

 [引用開始] -------------------------------

 シリア・イラン問題に対し、米国が外交交渉による解決に傾くのを見て、サウジアラビアは独自の中東政策を決意した。

 欧米の支持が有ろうと無かろうと、サウジアラビアは独自に、地域の安全を確保するつもりある。

この地域に対する欧米のやり方は、危険この上ないギャンブルであり、中東全体の安全を脅かすものである。

 欧米はサウジアラビアと同盟・協力関係にありながら、肝心な時に自らの約束を果たさず(=シリア攻撃をしなかった)、サウジと地域の安全を取引の材料に差し出した。

 欧米はアサド政権の存続を許し、イランの核兵器開発を容認した。

 サウジ政府はこの危機に直面して黙っているわけにはいかない、また無為に見過ごすことはできない。今後欧米とは別個に、シリア反政府軍を援助していく。(=ヨルダンの訓練基地を拡充する)

 'With or without West': Saudi Arabia ready for unilateral action on Syria

: December 19, 2013

  <http://rt.com/news/saudi-arabia-syrian-policy-464/>

 -----------------------------------[引用終了]

この記事で私が確認できたことは、次の4点である。

 ① 対シリア・イランに対する妥協的な解決は、サウジにとって命とりであること。サウジは勝利を望み、平和を望んでいない。つまり、米国よりも戦闘的である。

 ② これまでサウジは、勝手に反政府軍を援助してきたのではなく、米国の容認のもとに行われた。

 ③ サウジは今後独自に反政府軍の援助を拡大する。トルコではなく、ヨルダンの基地を拡大する。

 ④ サウジはシリアの戦争と平和を決定する、重要な当事者である。

 最後に、米国の対シリア政策が大きく揺れて、元に戻ったことを、繰り返して指摘したい。

 

  難民キャンプから故郷の町(ジャラブルス)を見つめる子供 

       

 (写真)Al Jazeera]Al-Qaeda slaughters on Syria's killing fieldsより

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