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たかしの啄木歌碑礼賛(続)

啄木歌碑およびぶらぶら旅

小岩井農場の一本桜

2016年05月02日 | ぶらりぶらり

5月に入り盛岡の桜はほとんど散ってしまい、盛岡近辺で今咲いているのは、上米内浄水場の桜、小岩井農場の桜です。


小岩井農場の一本桜



小岩井農場の桜並木




小岩井から3kmほどのところに「らら俱楽部」があり、その前に弘法桜が咲き誇っています。弘法桜は、弘法大師が訪れた時、持っていた桜の枝をつきさしたところ、後にが根づいたといわれています。盛岡地方裁判所の「石割桜」と同じエドヒガン桜ですが、石割桜より古く由緒ある桜です。



弘法桜




弘法桜




らら俱楽部の芝桜



らら俱楽部の芝桜




上米内はJR山田線線で盛岡から5分ほどで、浄水場は上米内駅前にあります。

 

上米内浄水場の桜








盛岡の桜(天然記念物)

2016年04月22日 | ぶらりぶらり
盛岡中心部の桜が満開になりました。盛岡には国の天然記念物になっている桜が2ケ所、盛岡市指定記念物の桜が5ケ所にあります。今回は、盛岡地方裁判所にある国指定天然記念物の石割桜を見、北山地区を回ります。


国指定天然記念物「石割桜」




石割桜


裁判所から北山の方に5分ほど進むと本誓寺があり、そこには盛岡市指定記念物「本誓寺桜」が咲いています。


本誓寺の「ホンセイジシダレ」


本誓寺のすぐ傍には龍谷寺があり、国指定天然記念物の桜「モリオカシダレ」が咲いています。



龍谷寺の「モリオカシダレ」


龍谷寺を出ると信号器があり、そこを左折し100mほど進むと、法華寺があり、そこには盛岡市指定記念物の桜が咲いています。この桜も「モリオカシダレ」とよばれています。



法華寺の「モリオカシダレ」


法華寺の「モリオカシダレ」



北山地区にはお寺がたくさんあり、お寺の境内にはきれいな桜が咲いています。


法恩寺の桜



盛岡地方裁判所から北山に向かう通りには、多くのお寺が並んでおり、桜もたくさん咲いてます、今度の土・日曜日が見ごろです、桜見物はいかがですか。なお、裁判所に並んで岩手銀行本店があり、そこは啄木が通った盛岡中学の跡地でもあり、啄木歌碑が建立されています。



盛岡中学跡地の啄木歌碑



盛岡の中学校の
露台(バルコン)の
欄干(てすり)に最一度(もいちど )我を倚(よ)らしめ

石川啄木
岩手県立盛岡中学校濫靜の地



岩手山

2016年03月31日 | ぶらりぶらり
岩手山(いわてさん)は、残雪の模様がワシ形に見えることから「巖鷲(がんじゅ)山とも呼ばれていました。また、岩手富士とか、特に東斜面が富士山のように美しく裾を引くことから「南部片富士」とも呼ばれ、市民に愛されています。岩手山は盛岡市内の何処からでも見えます。



高松池から



岩手山の山頂にワシ形が見えてくると、農作業が始まる季節になったと言われていたようですが、最近はワシ形が現れるのが、早くなったように思われる。



岩手山頂のワシ形




岩手山は北上川に架かる橋の上からみると邪魔する建物がないので、綺麗に見えます。上流から順に岩手山をみていきます。



四十四田ダムの橋から



四十四田ダムは北上川の上流にあり、岩手県立博物館の裏側になります。



舘坂橋から



舘坂橋は国道4号線から岩手大学工学部前を通り秋田方面に向かう国道にある橋です。



夕顔瀬橋から




旭橋から




開運橋から



不来方橋から



北上川は不来方橋を過ぎると中津川と合流し、合流後50mほど下流で再び雫石川に合流し、大きな北上川になって宮城県の石巻市まで流れていきます。




北上川、中津川、雫石川の3川の合流図




北上川、中津川、雫石川の合流の様子



北上川、中津川、雫石川の合流地点付近に広場があり、そこには啄木父子の歌碑があります。歌碑前からも岩手山がきれいに見えます。



啄木父子の歌碑



中津川や
月に河鹿の啼く夜なり
涼風追ひぬ夢見る人と
啄木


中津川
流れ落合ふ北上の
早瀬を渡る夕霞かな
一禎








八幡平

2016年03月16日 | ぶらりぶらり
日曜日(3/13)は天気が良かったので、八幡平に向かいました。アスピーテラインの今年の開通は4月15日が予定ですので、八幡平中腹の「赤沼神社」から戻ってきました。


赤沼神社鳥居



八幡平中腹にはかって、松尾鉱山があり、硫黄生産東洋一といわれて、半世紀以上掘り続けましたが、1970年頃に鉱山は閉鎖されました。松尾鉱山では、従業員とその家族をあわせると、最盛期には1万5000人が暮らしていたようで、木造住宅や鉄筋コンクリートによる集合住宅も多数建てられました。閉山後、木造住宅は焼却処分されたようですが、集合住宅は45年の時を経た今もなお八幡平中腹で廃墟のまま、その姿をさらし続けています。



廃墟



現在、廃墟は10棟ほどあります。何かに利用できないのでしょうか。


廃墟



また、八幡平中腹には、学習院の校舎がありましたが、今は校舎はありませんが、跡地はそのまま残っています。この場所は、廃墟のちょっと手前になります。



学習院八幡平校舎跡


校舎跡地から見た岩手山(2016.3.13)



松尾鉱山は閉山後も廃鉱から強酸性の排水が流出し続け、北上川を赤茶けた「死の川」にしてしまいました。そのため、清水をもとめ、閉山後に中和施設が建設され、現在も稼働し続けており、北上川は、きれいな川を取り戻しています。



開運橋から見た北上川・岩手山(前方の橋は旭橋)


旭橋から見た北上川・岩手山(前方の橋は夕顔瀬橋)



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啄木の歌

梵天の大心力を得むとして寝つつ念じぬ千日千夜

明星 明治41年7月号 石破集(32首、その18)

署名 石川啄木
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大学入試センター試験2016

2016年01月15日 | ぶらりぶらり
平成28年度センター試験は明日16日と17日の2日間ですね。受験生の皆さんガンバってください。岩手県内の試験場は岩手大学試験場など7会場になっていますが、そのうち東日本大震災の影響を踏まえ、岩手県立大船渡高等学校試験場および岩手県立釜石高等学校試験場は臨時試験場になっています。岩手大学試験場は盛岡駅から歩いて20分ほどです。








岩手大学農学部付属農業教育資料館(旧盛岡高等農林学校本館)



教育資料館は平成6年に重要文化財に」指定されています。宮澤賢治の母校でもあり、資料館の前に賢治のモニュメントがたてられている。





資料館の前に温室がありますが、この辺は、かって啄木の妻堀合節子が生まれた地であり、当時
堀合家が使用していた井戸もあることがわかり、岩手大学では井戸を整備し、井戸の蓋に啄木と節子の歌を刻んでいる。









ある日、ふと、やまひを忘れ、
牛の啼く真似をしてみぬー
妻子の留守に。
啄木  


ひぐるまは焔吐くなる
我がうたにふと咲き出でし黄金花かな
節子 



盛岡市保存樹木(40番 敵見ケ森稲荷のケヤキ)

2016年01月13日 | ぶらりぶらり

40番 敵見ケ森稲荷のケヤキ

前九年郵便局の前で、前九年二丁目バス停前になります。ここは、前九年合戦の際、安倍氏が敵の源頼義軍を見張った場所という伝承があり、なだらかな坂道を上ったところにあります。

















前九年二丁目バス停前



ここから、5分ほど歩いて舘坂橋の方に戻り左折すると、安倍館遺跡地区に着きます。安倍館は厨川柵址と言われていたが、近年では発掘調査の結果などから安倍館より南西の天昌寺一帯が柵址であると考えられ、安倍館は嫗戸柵址に比定されている。また、安倍館は源頼朝の御家人工藤行光が居城とし,工藤氏が戦国時代末期まで在城した、といわれる。




安倍館遺跡跡


貞任・宗任 神社


厨川八幡宮



ここから北上すると国道4号盛岡バイパスに交差するので4号線を1kmほど進むと右側に赤平グリーンプロットとがあり、そこには啄木歌碑が建立されています。







茨島の松の並木の街道を
われと行きし少女
才をたのみき

啄木







盛岡市の保存樹木(39番 岩手女子高校のケヤキ)   

2016年01月10日 | ぶらりぶらり
39番 岩手女子高校のケヤキ

岩手女子高校は中津川に架かる下ノ橋際にあります。ここには、医療系進学コースがあり、薬剤師、看護師、助産師、保健師、作業療法士、理学療法士、歯科衛生士、臨床心理士、管理栄養士、養護教諭等への進路をめざしているようです。
このケヤキは校舎の裏側にあり中津川沿いにたっています。











中津川の対岸から見ると、岩手女子高校がよく見え、向かって左側の木がケヤキの木で、右側の木がエゾエノキです。




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啄木の歌

肩をする夜の巷の少女達の千人(ちたり)のなかに入りて帰らじ

明星 明治41年7月号 石破集(32首、その15)

署名 石川啄木
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平成16年1月10日(日)朝起きたら久しぶりに雪が数センチ積もっていました。今日は盛岡市の消防出初式があり、消防団の皆さんが岩手公園に集まって準備をしていました。








岩手公園は啄木が通った盛岡中学から近いので、よく遊びに来ていたようです。その時の歌が公園内に建立されています。







不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

啄木








盛岡市の保存樹木(38番 県合同庁舎前のユリノキ・ケヤキ群 )   

2016年01月08日 | ぶらりぶらり
盛岡市では由緒、由来がある樹木や、地域の人々に深い関わりを通して親しまれ、育てられてきた盛岡市の名木と呼ぶにふさわしい樹木82件を「保存樹木」に指定しています。
保存樹木の掲載について昨年の7月に35番を掲載以後休んでいましたので、続けます。36・37番は指定廃止になりましたので38番からになります。

38番 県合同庁舎前のユリノキ・ケヤキ群

ここは盛岡の官庁街で、裁判所、県庁、県合同庁舎、市役所と並んでおり、県合同庁舎前に1本のユリノキとケヤキが3本立っています。


















今年に入って晴れの日が多く、路上には雪がないので、ウオーキングには最適です。欅の木も間もなく葉が出て来るのでしょう。  


冬期の県合同庁舎前のケヤキ



なお、下記の樹木は指定廃止になっています。

36番  夕顔瀬堂の前のイチョウ  夕顔瀬町20-4  昭和63年4月28日 指定廃止

37番  八幡町神崎氏のモミ   八幡町40-20  昭和56年8月22日 指定廃止



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啄木の歌

千本の鬮(くじ)のなかよりくれなゐの一すぢを引き海中に投ぐ

明星 明治41年7月号 石破集(32首、その14)

署名 石川啄木
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陸中八十八カ所霊場巡拝順路(8)

2015年12月30日 | ぶらりぶらり
花巻市矢沢地区につきました。近くには宮沢賢治記念館があります。この地区では個人の家でもお堂を持っているところが多くあります。矢沢地区をまわり、88番光勝寺に向かいます、


83.寶昌寺(81番) 本尊千手 矢沢 (現 花巻市矢沢第九地割30)

矢沢地区には陸中八十八観音堂も含め多くのお堂があります。寶昌寺もその一つです。東北新幹線新花巻駅の近くです。



寶昌寺




放光堂




御詠歌
霜さむく露白妙(しろたへ)の寺のうち御名(みな)をとなふる法の声ごゑ



84.自楽院(41番) 本尊薬師 矢沢  (現 花巻市矢沢)

矢沢では個人の家に御堂がたくさんあり、自楽院の場所はなかなか分かりませんでしたので花巻市の教育委員会にも問い合わせましたが、わかりませんでした。ある農家を尋ねたら、たぶんあれだろうと言われたのでそこに行ってみました。道路の脇に建っているお堂があったので、その家の方にお聞きしたら、その方は最近住みだしたので、わからないということでしたが、以前ここにはお寺があり、現在も一部のお墓があるので、多分ここが自楽院だったのでしょう、ということでした。
 






その後、花巻市教育委員会から、次のようなメールをいただきました。「矢沢村史」(昭和29年頃編纂)によると「竜王山自楽院は本寺京都聖護院末で、天台宗自門派、本尊不動明王、本堂三間四面、境内138坪あったが、廃堂となり、別当金沢氏も他に転籍した。」とあり、最後の住職であった金沢氏は、自楽院が廃寺になった後、矢沢の「寶昌寺」の檀家になったので、そのつながりで寶昌寺に自楽院の仏像が安置されておるようです、とのことでした。寶昌寺さんにお聞きしましたら、自楽院の仏像も安置しているということです。この写真の御堂は、自楽院がこの場所にあったことを示すための御堂なのでしょう。



御詠歌
このかみは三国流布の密経を守りたまはん誓ひとぞ聞く



85.観音堂(83番) 本尊観音  矢沢(現 花巻市矢沢第五地割)


矢沢地区には個人の家の庭に観音堂がいくつかありますが、陸中八十八霊場の83番観音堂も個人の家の庭にあり、探すのが大変ですが、矢沢四番組会館の隣になので、すぐにわかります。










観音堂はこの玄関から前方に見えます



御詠歌
讃岐一宮のみまへに仰ぎ来て神の心を誰かしらゆふ




86.北辰堂(74番)  本尊薬師  矢沢(現 花巻市矢沢)

北辰堂は現在、個人の家の屋敷内にあります。矢沢は新幹線花巻駅の近くで、この地区には、屋敷内にお堂がある家がたくさんあり、近所の方に聞いても、北辰堂が何処の家にあるのか、なかなか分かりませんでした。



北辰堂








御詠歌
十二神みかたにもてる軍(いくさ)にはおのれとこころ兜山(かぶとやま)かな





87.観音堂(85番) 本尊観音 大和竹(現 花巻市石鳥谷町東中島第一地割)

大和竹観世音と呼ばれており、大和国(奈良県)から運ばれ、この地に堂を営んで観世音を安置したのが最初といわれています。大和竹、山和嶽、大和嶽とも書かれている。
明治の初期頃までは、眼病や耳病などの平癒、手芸の上達、良馬の産出等を願って近郷近在から参詣者で賑わっていたようです。
















御詠歌
煩悩をむねの智火にてやぐりおば修行者ならで誰がしるべし



88.光勝寺(88番) 本尊薬師  五大堂 (現 花巻市石鳥谷町五大堂11-49)

陸中八十八カ所霊場の八十八番光勝寺です。光勝寺においては旧正月六日の午後八時から星祭護摩法要・裸参り、旧正月七日には五大尊蘇民祭が行われます。








光勝寺本殿



光勝寺の右側の鳥居をくぐって階段を上って行くと五大尊を祀る五大尊堂があります。光勝寺の五大尊蘇民祭は800年の歴史があり、1年間の無病息災を祈って護摩を焚きコマと呼ばれる365枚の木札の入った麻袋を奪い合い、御守札とする勇壮な祭りです。










五大尊堂



御詠歌
南無薬師衆病なかれと願立て参れる人はあふくぼのてら



光勝寺の奥様(だい黒様)にお会いし五大尊蘇民祭などのお話を聞きました。今年は2月25日開催でした。

2月25日(水)9:30~

2月24日(火)前夜祭
19:30~ 裸参り
20:00~ 星供護摩祈祷厳修

平成28年の旧正月の7日は2月14日ですね。お寺には広い駐車場がありますので心配なくいらして下さい。

88霊場めぐりをし、多くのお寺の大黒様にいろいろとお話をうかがう事が出来ました。ありがとうございました。




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啄木の歌

いかめしき顔して物を思ひたるかたへに臥して仮寝(うたたね)ぞする)白き煙す

明星 明治41年7月号 石破集(32首、その13)

署名 石川啄木
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陸中八十八カ所霊場巡拝順路(7)

2015年12月26日 | ぶらりぶらり
花巻市に着きました。合併前の花巻です。花巻市は平成18年に石鳥谷町、大迫町、東和町と合併し新しい花巻市になりました。花巻市には岩手県では唯一の空港があり、福岡、大阪、名古屋、札幌までは毎日飛行しております。


64.金毘羅堂(58番) 成田(現 花巻市成田)

資料には成田となっていたので、成田は北上市と思い大分探しましたが、なかなかみつからず、北上市の方にも問い合わせましたが、わからず、だいぶ苦労しました。北上市が稗貫郡飯豊村と合併し飯豊村成田地区は北上市成田になったが、一部が花巻市成田になったようです。
















御詠歌
立寄りてされいの堂に休みつつ六字を唱へ経をよむべし




65.圓通寺(24番) 本尊 虚空蔵  十二丁目(現 花巻市十二丁目19)

圓通寺(えんつうじ)の開基ははっきりしませんが当地の豪族十二丁目氏でないかともいわれております。














観音堂









御詠歌
萬(よろづ)こそはんたなるとも怠らず諸病なかれと望み祈れよ





66.東光寺(37番) 本尊弥陀 笹間(現 花巻市北笹間7-71)

本殿・山門は1830年に再建され現在に至っているようです。大梵鐘は戦争のために応招されたが昭和38年に寄進され現在に至っている。

















御詠歌
六つのちり五つのやしろ顕はして深きにいたの神のたのしみ



67.清水寺(65番) 本尊観音  太田(現 花巻市太田21-5-1 )

京都の清水寺と兵庫の清水寺に並ぶ日本三清水の一つとされ、坂上田村麻呂が開いたといわれています。本尊の十一面観音像が置かれた観音堂(本堂)、左隣には薬師堂があり、その前には昭和2年(1927)に建立された山門があり立派で他を圧倒しています。ぜひ一度お訪ねください。



観音堂(本堂)




六角堂(薬師堂)



山門







御詠歌
恐ろや三つの角(つの)に入るならば心をまろく弥陀を念ぜよ




68.延命寺(8番)  本尊 千手  中根子(現 岩手県花巻市中根子古館75)

延命寺(えんめいじ)は花巻市街地から1km程進んだ志戸平温泉に向かう道路脇にあります。根子の地蔵さんと呼ばれ親しまれている。宮澤賢治は「春と修羅」のなかで地蔵堂の巨木について詠んでいますが、その詩碑が建立されています。







延命寺の地蔵堂


御詠歌
たきぎとり水熊谷の寺に来て難行するも後の世のため



69.桂木地蔵堂(25番) 本尊地蔵 上根子(現 花巻市上根子玄番)

ここには大きなカツラの木があり、地蔵尊を安置する御堂の方は「桂木地蔵堂」になっているが、木の名は「子安地蔵尊かつら」とよばれています。カツラは御堂のすぐ後ろに立って、境内全体を覆っている。
桂木地蔵堂と言って探しても、なかなかわからないようなので「子安地蔵尊かつら」といえばすぐにわかるようです。

 


 桂木地蔵堂








御詠歌
法の舟入るか出づるかこの津寺わが身をのせて助けたまへよ



70.観音堂(70番) 本尊観音  円万寺(現 花巻市膝立字観音山1)

円万寺は坂上田村麻呂が馬頭観音を勧請したのが起源とされる。明治の初めの、廃仏毀釈のため、寺としての円万寺を山麓に移し、山頂部を八坂神社とした。明治40年代に、再び山頂部を神仏混淆の寺に戻した。八坂神社はそのまま山頂に残っている。現在は八坂神社までをふくめた全体を円万寺とよぶのでしょうか。


観音堂







八坂神社


梵鐘


神楽堂



御詠歌
もと山に誰か栽ける花なれや春こそたをれたむけにぞなる




71.弥陀堂(78番) 本尊 弥陀 鍋倉(現花巻市鍋倉山居1 高橋)


番弥陀堂を探すのにだいぶ苦労しました。資料が古いので、住所の記載もなく、花巻市の教育委員会にも聞きましたが、わからず、やっと見つけました。高橋さん宅の裏庭にありました。花巻市長さんに市内の霊場の場所に案内版を立てるようにお願いし、承諾得ましたので、今頃は立っているのかな、宴会の席だったので、忘れてしまったのかな。








御詠歌
おどりはね念仏まうし道成寺拍子を揃へ鐘をうつなり



72.松山寺(14番)  本尊彌勒  台村(現 岩手県花巻市第3地割72)

松山寺(しょうざんじ)は県道花巻温泉郷線を温泉方向に進むと花巻温泉の手前左側にあります。当寺は明治28年に村役場を併設していた座禅堂から出火し堂宇を焼失したようです。


















御詠歌
淨楽の岸にはいつか至らまじ弘誓(ぐせい)の舟に乗りおくれなば



73.白山堂(4番)  本尊 大日  臺(現 花巻市湯本2-1-2)

陸中八十八霊場にも神社が含まれていますが、○○堂として、御本尊が安置されています。
ここ白山堂は白山神社ですが、御本尊は大日さんです。場所は花巻温泉のすぐ傍ですが、入り込んでおり見つけるのが大変です。











御詠歌
ながむれば月白妙の夜半なれやただ黒谷のすみぞめのそで



74.白瀧堂(61番) 本尊大日  臺(現 花巻市湯本)

滝の不動尊とよばれています。花巻市内から花巻温泉を通過し花巻台温泉の方に向かうと左側に岩手医大花巻温泉病院があり、その手前に道路から30mほど下の方に民家のように見える建物があります、そこが白瀧堂です。白瀧堂の脇には緒ヶ瀬滝(おがせがたき)があります。



白瀧堂












緒ヶ瀬滝



御詠歌
後の世を恐るる人はかうおんじとめてとまらぬ白滝の水



75.薬師堂(51番)  本尊薬師  臺湯(現花巻市湯本台)

温泉神社といわれており、花巻の台温泉街に入り、さらに進んで行くと右側に神社があり、薬師堂と呼ばれている。台温泉は花巻温泉から車で5分ほどです。
  










御詠歌
西方(さいほう)をよそとは見まじあんやうの寺へまいりてうくる十楽





76.三嶽堂(50番)  本尊薬師 宮野目(現花巻市西宮の目11)

三嶽観音堂といわれ盛岡の方から行くと花巻空港・花巻市内に入る信号を花巻方向に進み、浜木側に入るとすぐのところです。 



観音堂










御詠歌
萬(よろづ)こそはんたなるとも怠らず諸病なかれと望み祈れよ




77.自性院(75番) 本尊薬師  花巻(現 花巻市四日町2-5-54)

自性院は花巻駅から1kmほどですので、散歩にちょうど良いキョリです。











御詠歌
我すまばよも消へはてじ善通寺 深き誓ひの法のともしび




78.雄山寺(69番) 本尊観音 花巻 現花巻市愛宕町1-25

JR花巻駅の近くです。花巻開町の恩人として知られる北松斎が戦死した四男愛邦の菩提を弔うために建立されたといわれています。




















御詠歌
観音の大悲のちから強ければおもき罪をもひきあげてたべ



79.端興寺(73番) 本尊釈迦  花巻(現 花巻市坂本町1-16)

瑞興寺は花巻駅から歩いて5分ほどのところにあります。本堂はかって花巻城(旧鳥谷ヶ崎城)の本丸にありましたが、南部氏の時代に、花巻城の城郭の改修を行い、その際本丸にあった瑞興寺を城外の現在の場所に移した、といわれている。寺宝の木造弁財天像は花巻城時代の仏像で、花巻市の文化財となっています。










御詠歌
迷ひぬる六道衆生救はんと立つとき山にいづる釈迦寺




80.如来堂(12番) 本尊 虚空蔵  鍛冶町(現 岩手県花巻市鍛冶町8-15)

如来堂勝行院(しょうぎょういん)は花巻市内から花巻南温泉郷に行く道路沿いにあります。本尊として安置されている阿弥陀如来座像は国指定重要文化財になっている。また、境内には本堂に向かって左側に観音堂があり、嘘空蔵菩薩が祀られている。








観音堂





御詠歌
「のちの世をおもへば苦行焼山寺志でや三途の難所ありとも」




81.松庵寺(56番) 本尊地蔵  大工町(現 花巻市双葉町6ー4)

 松庵寺はにぎやかな双葉町の街なかにあり、山門をくぐるとお寺とは感じさせない建物が本堂になっています。











御詠歌
みな人のまいりてやがて大山寺(たいさんじ)来世の引導頼みおきつつ




82.宗青寺(80番) 本尊 千手 (現 花巻市御田屋町3-21)


陸中とは陸奥国(むつのくに)が分割された時の一つの国で、その後、廃藩置県により現在の岩手県になっている。
宗青寺は国道四号線沿いにありますが、花巻駅からはだいぶ離れています。












御詠歌
國をわけ野山を凌(しの)ぎ寺々に参れる人をたすけましませ




次は、北上川を渡り、新幹線の新花巻駅近辺の矢沢地区を回り88番「光勝寺」に向かいます。

よくお寺や神社へお参りし手をあわせますが、神社とお寺の違いは何なんでしょう。「仏教」は外来宗教で、「お釈迦様」の教えにそったもの、「神道」は伝統宗教で民族宗教、生活の中で自然発生的な「祈り・願い・感謝」というもが「神道」です。古い時代には、仏教と神道を同一のものとする「神仏習合思想」をとっていましたが、明治初期に「神仏判然の令」が出され、現在では神社とお寺は分けられています。神社に祀られるのは目に見えない神様です。




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啄木の歌

牛頭馬頭(ごづめづ)のつどひてのぞく大香炉中より一縷(いちる)白き煙す

明星 明治41年7月号 石破集(32首、その12)

署名 石川啄木
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