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たかしの啄木歌碑礼賛(続)

啄木歌碑およびぶらぶら旅

盛岡市指定文化財(3)

2025年02月11日 | ぶらりぶらり

盛岡市指定文化財には有形文化財、無形文化財、民族文化財、記念物があります。今回は民族文化財です。民俗文化財には有形民俗文化財と無形民俗文化財があり、今回は有形民俗文化財です。

 

盛岡市指定民俗文化財


(1) 有形民俗文化財

(ⅰ) 川原町鉈屋町 丁印    明治橋際の御蔵所蔵   盛岡市南大通(御蔵の所在地)

 

丁印は盛岡八幡宮例大祭にあわせ神輿渡御行列に御供として奉納をはじめたといわれています。山車は飾りを毎年作り変えるのに対し、丁印は字のごとく「丁」(町)の印として、例年同じ屋台が飾られていました。丁印が例大祭に随行する形は明治期まで続きましたが、明治17年の大火により多くの町が丁印を失ったと伝えられており、市内に現存する丁印は、「川原町鉈屋町丁印」と、「鍛冶町紙町丁印(現紺屋町)」の2台だけです。江戸後期の文化9年(1812)に盛岡城下の「町」は「丁」の字を使い、23町から28丁となり、鉈屋丁も川原丁から分離して生まれています。

 

(ⅱ) 道標  六字名号塔             盛岡市山岸

 

山岸二丁目の阿弥陀堂跡にあった、この道標は六字名号塔で、中央に「南無阿弥陀仏」の六字を陰刻、その脇に建立年干支月日、両端に行先方向が記されています。建立年は、明和三丙戌天八月廿二日とあり、明和三(1766)丙戌(ひのえいぬ)年8月20で、行先方向は、右脇に「右米内道」とあり、右に行くと米内方向、左端には「左〇道」とあり、〇の部分が欠損しており、左の行先方向は、はっきりしません。盛岡市指定有形民俗文化財には、木津屋池野籐兵衛家住宅の火消道具などもあり、合わせて28件が指定されています。この28件を次に示します。

 

 盛岡市指定有形民俗文化財

   種 別    文 化 財 名          所 在 地
1 民俗文化財  川原町鉈屋町丁印     盛岡市南大通三丁目 下町史料館
2 民俗文化財  鍛冶町紙町丁印      盛岡市内丸 もりおか歴史文化館
3 民俗文化財  田屋ほとけ        盛岡市内丸 もりおか歴史文化館
4 民俗文化財  大宮神社の多賀神楽絵額  盛岡市本宮字大宮 大宮神社
5 民俗文化財  木津屋住宅の火消道具   盛岡市南大通二丁目
6 民俗文化財  道標・庚申供養塔     盛岡市東山二丁目3地内
7 民俗文化財  道標・六字名号塔     盛岡市東山二丁目3地内
8 民俗文化財  道標・庚申供養塔(寛延四辛未歳)   盛岡市簗川4地割飛鳥口
9 民俗文化財  道標・庚申供養塔(寛政十二年申)   盛岡市簗川4地割飛鳥口
10 民俗文化財  道標・六字名号塔          盛岡市山岸二丁目 
11 民俗文化財  道標・庚申供養塔          盛岡市上米内字赤坂地内
12 民俗文化財  道標・六字名号塔         盛岡市本宮三丁目
13 民俗文化財  道標・百万遍供養塔        盛岡市本宮三丁目
14 民俗文化財  道標・庚申供養塔         盛岡市上太田中屋敷
15 民俗文化財  道標(元禄拾貳年七月日)       盛岡市中太田深持 盛岡市太田民俗資料館
16 民俗文化財  道標・南無地蔵大菩薩供養塔    盛岡市繋湯ノ舘
17 民俗文化財  南無地蔵願王           盛岡市北山一丁目 東禅寺
18 民俗文化財  餓死亡霊供養塔          盛岡市天昌寺町 天昌寺
19 民俗文化財  餓死供養塔            盛岡市天昌寺町 天昌寺
20 民俗文化財  飢饉供養塔            盛岡市上太田字畑中地内
21 民俗文化財  餓死亡霊供養塔          盛岡市名須川町 東顕寺
22 民俗文化財  蓮華八角柱餓死供養塔       盛岡市名須川町 報恩寺
23 民俗文化財  餓死供養塔            盛岡市北夕顔瀬町
24 民俗文化財  餓死供養塔            盛岡市上米内字赤坂地内
25 民俗文化財  道標・庚申供養塔         盛岡市東山二丁目
26 民俗文化財  踏鞴(たたら)         盛岡市南大通一丁目
27 民俗文化財  オシラ神             盛岡市湯沢 都南歴史民俗資料館
28 民俗文化財  繋の板碑(石卒塔婆)         盛岡市繋字湯ノ館地内