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たかしの啄木歌碑礼賛(続)

啄木歌碑およびぶらぶら旅

盛岡市景観重要建造物

2025年05月21日 | ぶらりぶらり

盛岡市の文化財を載せています。前回は盛岡市保護庭園を載せました。今回は盛岡市「景観重要建造物」と「保存建造物」です。

盛岡市には23件の「保存建造物」がありましたが、平成30年、「保存建造物」23件のうち「材木町裏石組」1件だけを保存建造物に残し、旧盛岡銀行、旧九十九銀行の2件を除く20件を「景観重要建造物」に指定、現在、盛岡ふれあい覆馬場プラザと20件合わせて21件が「景観重要建造物」に指定されています。

   

盛岡市景観重要建造物    

       

(1) 盛岡ふれあい覆馬場プラザ   盛岡市青山二丁目

 

盛岡ふれあい覆馬場プラザは、明治42年、旧陸軍騎兵第三旅団騎兵隊の悪天候の際の屋内における兵馬の訓練場として建築された「れんが」造りの建物です。旧練兵場として、6棟ありましたが1棟を残し解体され、残った1棟が「覆馬場プラザ」として、平成24年に盛岡市景観重要建造物に指定されました。

 

  (2) 番屋      盛岡市紺屋町                       (3) 原 敬 生家    盛岡市本宮                (4) 旧井弥商店   盛岡市上ノ橋町       

                            

 

 (5) 旧石井県令私邸  盛岡市清水町               (6) 徳清    盛岡市仙北1丁目              (7) 兵藤の酒蔵    盛岡市鉈屋町

                 

  

(8 ) 旧盛岡貯蓄銀行 盛岡市中ノ橋通                (9) 旧宣教師歓   盛岡市大沢川原               (10) 茣蓙九   盛岡市紺屋町

                      

 

 

   (11) 大泉寺本堂   盛岡市本町通              (12) 円光寺本堂   盛岡市南大通               (13) 東顕寺本堂   盛岡市名須川町

                 

 

(14) 明治橋際の御蔵    盛岡市南大通              (15) 武田邸      盛岡市長田町                    (16) 川鉄  盛岡市大慈寺町 

                    

 

 (17) 大慈寺山門            盛岡市大慈寺町            (18) 南昌荘    岡市清水町                            (19) 塩重商店   盛岡市茶畑二丁目                    

                     

 

(20) 米内浄水場(調整室上屋)     盛岡市上米内字中居

 

浄水場の調整室上屋です。浄水場の旧管理事務所1棟、集水井上屋1棟、調整室上屋3棟、濾過池3ヶ所が合わせて景観重要建造物に指定されています。旧管理事務所(現盛岡市水道記念館)は、木造平屋建てで正面外観は左右対称形になっています。集水井上屋は、鉄筋コンクリート造平屋建てで八角形の平面を持つ特徴がある建物です。濾過池については幅が90m×37m、水深3mの池を隔壁で三分し、交互に一池を濾砂洗浄用とし、二池で常時緩速濾過を行っています。景観重要建造物には、これら20件の他、老梅院茶室(鉈屋町)も指定されていますが、非公開になっており、写真は撮れませんでした。

 

 

盛岡市保存建造物

盛岡市自然環境及び歴史的環境保全条例に基づいて,市内の由緒・由来のある建造物や都市景観上保全が必要な歴史的建造物を「保存建造物」として指定しています。現在は1件の指定となっています。

 

(1) 材木町裏石組   盛岡市材木町

 

盛岡市は、由緒・由来のある建造物を保存建造物として23件指定しておりましが、平成30年、材木町裏石組だけを残し、旧第九十銀行、旧盛岡銀行を除く上記20件を景観重要建造物の指定に変更しました。材木町裏石組は北上川の夕顔瀬橋下流左岸にあり、全長約360m、地盤からの高さ3.3mから5.5mあります。石垣の天端の高さは一定しておらず、所有者がそれぞれ施工したことを物語っています。さらに川の水を利用するための石段が14個所設けられています。川水の利用は、昭和15年頃(松尾鉱山の鉱毒水の流入時点)まで使われていたようです。石垣の下の歩道の散歩は気持ちが良いですよ。

 

 

 


盛岡市保護庭園

2025年05月05日 | ぶらりぶらり

前回までは、盛岡市指定文化財を載せてきました。今回は盛岡市保護庭園です。

 

盛岡市保護庭園

(1) 一ノ倉邸庭園                盛岡市安倍館町

 

盛岡市は、盛岡市の歴史と共に生き続けた由緒、由来がある庭園を選定し、「保護庭園」として指定しています。「一ノ倉邸」は、盛岡出身の政治家阿部浩が、明治40年代に建てた建物であり、庭園です。その後、一ノ倉氏に譲渡し、平成4年に盛岡市が取得しております。庭には中尊寺ハスがあり、秋にはモミジの紅葉が綺麗です。「中尊寺ハス」といえば、昭和25年、中尊寺金色堂内におさめられている藤原氏の遺体4体が学術調査された時、ハスの種が発見され、この種が発芽し、平成10年に開花しました。その株分け第一号として、平成24年に保護庭園「一ノ倉邸」に移植されたものです。

 

(2)  賜松園庭園                 盛岡市南大通1丁目

賜松園の庭園は、盛岡市立杜陵老人福祉センター敷地内にあります。武士の屋敷に整備された庭園であり、作庭時期は樹齢からみて江戸中期と推定されています。明治初年に盛岡藩士・菊池金吾の所有となりました。「賜松園」という名の由来については、この建物が明治天皇御光臨のおりに宿舎にあてられ、庭の松が「見馴れの松」と名付けられましたが、明治17年の盛岡の大火でこの見馴れの松が焼けたため、後に陛下より松を賜ったことより「賜松園」と名付けられました。盛岡市の保護庭園として「池泉回遊式庭園」として登録されていますが、現在、水は涸れて、回遊してはいません。

 

(3)  武田邸の庭園                 盛岡市長田町

 

作庭は明治初年の頃、川目末松によるものと言われますが、基本的作庭は江戸末期の頃と推定されます。庭は建物の南側に位置し、東寄りに位置する池泉とその対岸に築山があり、市内の池泉回遊式庭園の様式を担っています。同邸が武田家の手に渡ったのは戦前の事で、現在の建物および庭園は、武田氏が建物の材料や庭石、庭木を集めるなどして、昭和25年に完成しました。現在、建物の築年数は70年になり、戦前の盛岡の職人の手仕事が残る建物として、平成3年に市の保存建造物に指定されました。庭園は江戸末期の設計とされ、昭和47年に盛岡市保護庭園に指定されました。

 

(4)  南昌荘庭園                   盛岡市清水町

 

この庭園を作庭したのは阿部仁太郎と川目末松という地元の庭師さんです。その後、国の天然記念物『石割桜』を守った庭師とも言われる藤村治太郎・藤村益治郎親子と、それを受け継ぐ造園会社・豊香園により管理され、現代に至っているようです。建物が高床式になっており、主屋の南昌の間から眺めると、ちょっと高い目線で見ている感覚です。意図して設計されたのでしょう。保護庭園これらの4件の他、非公開ですが、異色のある地割を持つ優れた庭園の老梅園(大慈寺町)、小型の築山を持つ池泉回遊式の小泉邸の庭園(馬場町)、江戸中期以降に造られ自然林的な林況を呈している下田邸の庭園(前九年)の3件があり、合わせて7件が、盛岡市保護庭園に指定されています。