① 料亭しゃも寅跡の歌碑(釧路市浦見町) 昭和58年8月 建立(『一握の砂』より) 啄木22歳
火をしたふ蟲のごとくに
ともしびの明るき家に
かよひ慣れにき 啄木
料亭しゃも寅は小奴が専属の芸妓としていた料亭です。啄木の釧路での生活はどうだったのでしょう。明治41年2月29日の日記をみると、「釧路に来て40日。生まれて初めて、酒に親しむこと事だけは覚えた。盃二つで赤くなった自分が、僅か40日の間に一人前飲める程になった。芸者といふ者に近づいて見たのも生まれて以来此の釧路が初めてだ」と書かれています。
② 料亭喜望楼跡の歌碑(佐野碑園 釧路市南大通) 昭和58年8月 建立(『一握の砂』より)
あはれかの国のはてにて 啄木
酒のみき
かなしみの滓を啜るごとくに
啄木は釧路一・二の料亭である料亭喜望楼にはよく行っていたようです。啄木日誌によると、最初は行ったのは釧路に着いた3日後の明治41年1月24日で「社長の招待で編輯4人に佐藤国司氏と町で一・二を争う料理店喜望楼へ行きました。芸者2人、小新に小玉。小新は社長年来の思ひ者であるといふ。編輯上の事何かと相談した」と書かれています。喜望楼跡は現在、佐野碑園になっています。