大滝詠一さんの葬儀のころ、松本隆さんがつぶやいた。素晴らしいな。
松本隆さん「作品は不死だね」 大瀧さんへ追悼ツイート:朝日新聞デジタル
他にも。
日本語ロック源流膨大 内田樹さん、大瀧詠一さんを悼む:朝日新聞デジタル
前にも書いたけど、私も、大瀧さんの番組は録音したものを50回以上は聴いているだろう。
松本隆さん「作品は不死だね」 大瀧さんへ追悼ツイート:朝日新聞デジタル
自身が作詞、大瀧さんが作曲して太田裕美さんに提供した「さらばシベリア鉄道」の歌詞を引用しながら、「今日、ほんものの十二月の旅人になってしまった君を見送ってきました」「ぼくの言葉と君の旋律は、こうして毛細血管でつながってると思いました」「ぼくらが灰になって消滅しても、残した作品たちは永遠に不死だね」などと追悼の言葉をつづった。
他にも。
日本語ロック源流膨大 内田樹さん、大瀧詠一さんを悼む:朝日新聞デジタル
ツイッターで大瀧さんが手がけた曲の元ネタについてつぶやいたら、数分のうちに「この二つを結びつけたのは地球上で内田さんが最初の人です」と返信をいただきました。
はっぴいえんどは、米国のロックバンド、バッファロー・スプリングフィールドをドメスティックに解釈して「日本語のロック」を作り出したのですが、代表曲の「春よ来い」は地方から都会に出てきた青年の孤独と望郷の念を歌う、春日八郎や三橋美智也にも通じる楽曲でした。少年時代から、ポップスやロックだけでなく、ジャズも民謡も、あらゆる音楽を身に浴びてきたことが、大瀧さんの血となり肉となっていたのでしょう。
前にも書いたけど、私も、大瀧さんの番組は録音したものを50回以上は聴いているだろう。
長く新曲を出していませんでしたが、ラジオには定期的に出演して、「ラジオ番組がニューアルバムなんだ」と話していました。ですから、「日本ポップス伝」と「アメリカン・ポップス伝」、山下達郎さんとの「新春放談」を録音したものは何十回聴いたかわかりません。
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