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石垣市政に早くも「サラ効果」が表れ始めた。
サラさんが命を張って告発した結果、
独裁市長の四期16年にも及ぶ長期市政が崩壊し、新人市長に変わって僅かの間に、
サラさんがかつて勤務していた保険総務部から、
石垣市政の自浄作用が始まったのだ。
独裁市長時代には隠蔽されていた「負の遺産」を公表したのだ。
これまで地元紙が報じなかったが、南の島の「ペンギン王国」は、
実は県内でも有数の「生活保護王国」であることが暴露されたのだ。
サラさんは石垣市役所勤務時に保健福祉部の介護長寿課に所属していた。
その頃、同じ福祉保険部の仕事で生活保護家庭を巡回訪問する手伝いをしたことがあったが、生活保護家庭とは到底考えられないような裕福な生活の受給者が多くいることに気が付いて、違和感を感じていたとのことだった。
しかもそれが市長の人脈に関わる家庭に集中していたと言う。
今回、「生活保護王国」であることを発表したのは、サラさんがいた介護長寿課と同じ保健福祉部の福祉総務部。 つまりサラさんとは同じ部に所属の職員達である。
サラさんが勤務当時から心ある職員の間には、生活保護費の不適正な支給状況に疑念を持つ人もいた。
だが、独裁市長の強権に逆らうものはおらず、長いものに巻かれろの雰囲気であったという。
八重山毎日新聞 2010年4月9日
人口千人当たり19.14% 1年間で37世帯68人増
不況反映、離婚なども要因
石垣市で生活保護を受けている世帯数は3月末現在、628世帯(926人)と昨年4月以降37世帯(68人)も増えていることが、福祉総務課のまとめで分かった。人口1000人当たりの保護率は19・14%で、県内では那覇市、沖縄市についで3番目の高さ。深刻な不況など社会環境の変化が申請者の増につながっているようだ。
生活保護費の支給を開始する主な理由は傷病、高齢(就労困難)、障害など。リストラや派遣切りなどで離職したり、移住してきたものの職がないなどの理由で受給するケースも多くなっているという。
保護率が高くなっている背景として不況の影響のほか▽産業が脆弱(ぜいじゃく)で働く場が少ない▽離婚率が高い―ことなど石垣市の特性も指摘されている。
受給を開始すると、自立して廃止するケースは少なく、最低限の生活を補償しながら自立を促すという生活保護制度の趣旨を十分に生かしきれていないのが実態のようだ。現状の生活保護状況について同課は「しばらく続くのではないか」とみている。
市は2010年度で予算で生活保護扶助費として12億5293万円を計上。国が75%、市が25%を負担することになっている。
◇
記事によると、保護率が高くなっている背景として、不況の影響、
▽産業が脆弱で働く場が少ない
▽離婚率が高い
などを石垣市の特性として指摘されている。
だが、これらは沖縄全般にいえることであり、何も石垣市特有のものではない。
サラさんは別の意味で生活保護受給者に違和感を感じていたのだ。
サラさんが当時感じた違和感とは、市長の人脈に関わる人たちに不適正と感じる支給が集中していたと言う。
大浜前市長は石垣生まれの石垣育ちなので、石垣市全般の強力な人脈を持ちそれが選挙の基盤になるのは当然だが、
その一方で石垣在住の宮古出身者の絶大な支持を受けていることでも知られていた。 それは大浜氏の母親が宮古出身であることから、石垣在住の宮古出身者の人脈を築いた。
勤務医師出身で行政経験の無い大浜氏は、琉球政府、県庁と行政畑を歩んだ友利一夫氏(故人・宮古出身)を引き抜いて、行政に不慣れな独裁市長のブレーンとした。
友利氏は総務部長から収入役に大抜擢され、「収入役は影の市長」と囁かれたときもあったという。
保険福祉部にも友利氏の宮古人脈が力を浸透し,一時は宮古人脈で乗っ取られるとアレルギー反応を示す職員もいたという。
ちなみに友利氏は前回の市長選では自民党の支持をうけ立候補したが大浜市長に大差で敗退している。
大浜市長の懐刀として二人三脚のように石垣市政に君臨した友利一夫氏が収入役という市長に継ぐナンバー2のポストを投げ打ってまで立候補した理由は何だったのか。
前回の石垣市長選には、親分であるはずの大浜市長に一騎打ちで勝負を挑み、
そのスローガンで、大浜氏の「長期政権の弊害」、「イデオロギーによる市政の弊害」を訴えた理由は一体何であったのか。
大浜氏にリクルートされナンバー2の収入役というポストを得て、独裁者の甘い汁の分け前を得ていながら、さすがに反省するところがあり、石垣市民への贖罪意識で打倒大浜を決意したのか。
それとも、大浜氏の専横を目の当たりにして、ナンバー2ではあき足らず、自分が独裁体制の頂点に立つことを夢見たのか。
本人が物故された今となってはその心の内の本音は推測の域を出ない。
琉球新報 2006年3月6日
【石垣】任期満了に伴う石垣市長選挙は5日投開票され、現職の大浜長照氏(58)=無所属、社大、社民、共産、民主、自由連合推薦、公明支持=が1万3428票を獲得し、新人の友利一男氏(60)=無所属、自民党県連石垣支部、同竹富町支部、同与那国町支部推薦=に4251票差をつけて圧勝し、四選を果たした。
投票率は65・88%で、前回を11・00ポイント下回り過去最低となった。
大浜氏は「新石垣空港の着工はもちろん、自然環境の保護にも取り組み、さらに住みよい石垣市をつくるために先頭に立って頑張る」と四期目に向け決意を述べた。
今回の市長選は四期目を目指す大浜氏に、市政刷新を訴える前収入役の友利氏が挑んだが、知名度の低さや出馬表明の遅れなどに加え、争点も乏しく票が伸びなかった。
大浜氏は市政与党の公明党の支持も受けて優位に選挙戦を展開した。
当日有権者数は3万4599人。投票者総数2万2794人。有効投票数2万2605票、無効は187票、持ち帰り2票。
大浜 長照氏(おおはま・ながてる) 1947年10月生まれ。登野城出身。群馬大医学部卒。73年県立中部病院、75年県立八重山病院に赴任し87年病院長。94年市長に初当選し、現在3期目。
【琉球新報】
大浜前市長は県内有数の「生活保護王国」をしていながら、その予算の75%を国の世話になっていた。
その一方で国の施策にはことごとく楯突いて、自衛隊の石垣市への上陸を認めなかったり、同盟国アメリカの艦船が休養のために寄港するといって左翼団体の先頭にたってこれを阻止していたが、何よりも「自衛隊は殺人集団」と暴言を吐いたことで全国に“勇名”を馳せた「反日思想」の持ち主である。
そんなに日本が嫌いなら、「生活保護費くらい国に頼らず、自前で払えよ」、と突っ込みを入れたくもなる。
今回石垣市役所保健福祉部・福祉総務課が大浜市政の「負の遺産」を暴露したことは、
サラさんの投じた一石が職員間の閉塞した空気に穴をあけるという、自浄作用効果をもたらしたものと筆者は確信する。
新しい市長の下に、これまでの澱んだ空気の市政が刷新され「日本一幸せあふれるまち石垣市」になることを期待したい。
なお「生活保護王国」の報道をした八重山毎日新聞は、沖縄タイムスと琉球新報が「ブログ告発」の際に、徹底して「報道しない」姿勢を貫き、
大浜支援に回ったことに対し、比較的報道機関としての良識を守り通したと新聞だと筆者は感じる。
八重山毎日は、サラさんにも電話による確認を取ったり、選挙の関心事が「ブログ告発」であることも記事にしており、発行部数ではタイムス、新報に負けていても報道機関としての良識でははるかに勝っていると、この機会を通じて賛辞を送っておきたい。
今朝の沖縄タイムスを確認したが、当然の如く「ペンギン王国は生活保護王国だった」という記事は一行も出ていない。
おそらく今後も記事になることはないだろうし、勿論「大浜氏の那覇地検への刑事告訴は幻だった」と言う記事が紙面を飾ることは永久にないだろう。
それにしても、よくもここまで読者を、なめ切ることが出来るものだ。
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【お知らせ】
元国土交通大臣・文部科学大臣
=中山成彬氏 沖縄講演会=
平成16年に文部科学大臣に就任して以来、日本の教育の現状を憂い、教育再生に取り組んできた中山成彬氏は、日本教職員組合(日教組)と戦ってきた。平成20年9月、国土交通大臣に就任した中山氏は、日本の教育に問題があるとして、「日教組を解体しなければならない」と発言。同月に辞任したものの、日教組を追及する姿勢を変えていない。今、教育問題を抱える沖縄県民に中山氏が直接語りかけます。
演 題 『今こそ、真っ当な教育を』
~なぜ日教組の強い地域は学力が低いのか~
【日 時】 平成22年4月25日(日)
午後1時受付 午後1時30分開会~午後3時30分
【会 場】 浦添市てだこホール 大ホール
浦添市仲間1丁目9番3号 電話 0988〈942〉4360
【会 費】 1000円
【主 催】 中山成彬沖縄講演会実行委員会
【後 援】 日本会議沖縄県本部、日本女性の会沖縄県支部
「建て直そう日本・女性塾」沖縄県支部
【連絡先】 沖縄実行委員会 担当 敷田、錦古里
電話:090-9379-3483〈敷田〉、090-9780-7272〈錦古里〉
FAX: 098(868)3073