狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

わが国にA級戦犯はいない!

2011-02-28 08:49:22 | 歴史

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昨夜、東条英機元首相のお孫さんにあたる東條由布子氏の講演会に参加した。 

主催者側の話によると、当初、軍人アレルギーの強い沖縄で「A級戦犯」の代表格といわれる東條大将の身内の講演会を聞きに来る人は少ないのでは、といった心配はがあったという。

東條英機というとすぐ連想するのがA級戦犯というアメリカが作った概念である。 さらに東條には戦争を始めた独裁者であるというイメージが付きまとう。 

とくに地元二紙が「残虐非道の日本軍」というキャンペーンを行っている沖縄では、現役軍人で首相になった東條大将には極悪人のイメージさえある。

主催者が参加者の動員を心配するのも当然だが、、これは杞憂に終わった。

開演前から小雨がぱらつく空模様に聴講者の出足が鈍るのではないかと懸念したが、開演の6時半には、満席で、予備の椅子を出すすほど多くの老若男女が参加した。 

この手の講演会に老若男女とは相応しくない表現だが・・・そう、参加者の年齢層は、ご高齢のおじー、おばーから二十歳代の若者まで多岐にわたっており、見方によっては「お祖父さんの隣に孫が座っている」とも思える光景が多く見られた。 

■首相の靖国参拝に何の問題もない 

東條英機ときいて、「A級戦犯」に続いて連想するのが靖国参拝問題である。

政治家、特に首相や閣僚が靖国参拝をすると、左翼マスコミがここぞとばかりに叩きまくる。 それに呼応して中国が猛抗議してくる。

お定まりのパターンである。

菅首相は靖国参拝についてこう述べている。

「A級戦犯合祀の問題から首相や閣僚の公式参拝には問題がある。
首相在任中に参拝するつもりはない」

この発言しておきさえすれば左翼マスコミの批判に晒されずにすむというから日本とは不思議な国である。

日本人である日本の首相や閣僚が靖国神社を参拝して何の問題があるというのだ。

■外国人指導者の靖国参拝

いや、日本の首相・閣僚のみならず、外国の要人・外交官・駐在武官・軍人等が参拝しても何の問題もないし、事実参拝しているのだが、マスコミが報じないので知らないだけの話である。

各国指導者の参拝は⇒スリランカ・タイ・インド・ドイツ・スイス・フィンランド・ポーランド・ルーマニア・スロベニア・ロシア・エジプト・イスラエル・トルコ・アメリカ・チリ・ブラジル・オーストラリア・パラオ・ソロモン諸島・・・・。

靖国参拝に問題があるのなら、外国の指導者が参拝してもマスコミは批判するはずだが、マスコミが外国指導者の靖国参拝を批判する話は寡聞にして知らない。

■東條英樹は戦争回避のため首相になった

連合国の復讐劇とも言われる「東京裁判」で、事後法で捌かれたのが、「A級戦犯」であり、「犯罪」の種別を示した便宜上の分類である。

誤解する人が多いが、「A級」が「B,C級」より重罪の戦犯という意味ではない。

さて、東條元首相はヒットラー、ムッソリーニと並ぶ独裁者で、戦争主義者であるといったイメージは間違いであり、首相に就任した最大の理由は昭和天皇の意向を受けて戦争を回避する最後の切り札として、東條大将が首相に推薦されたと書いた。

だが、結果的には軍部を抑えることができず、昭和天皇の意向を裏切る形で日米開戦に突入することになる。

昨夜の講演会で、東条由紀子氏が母親から聞いた話によると、日米開戦の前の晩の12月7日の深夜、祖父英樹の部屋からすすり泣きの声が聞こえたという。 不審に思った母親がそっと見にいくと、祖父英樹が布団の上に正座してすすり泣いており、やがてすすり泣きは慟哭に変わったという。 そのとき東條大将が振り絞るように漏らした言葉は「陛下があれほど望まれていた戦争回避が失敗に終わって、申し訳ない」(要旨)ということだったという。

■わが国にはA級戦犯は存在しない

「A級戦犯」の代表格と看做されている東條英樹だが、そもそも現在日本には「A級戦犯」はいない。

昭和27年から28年にかけて国会議決により、A級戦犯により死刑になった方々は公務死とされ、その名誉は回復されている。

したがって「A級戦犯」を合祀してある靖国神社を参拝することは法的、道義的に一かけらのの問題もない。 問題だと騒ぐのは半日マスコミと特亜三国だけであることは周知のことである。

昨夜の講演会では時間の都合で深く触れなかったが「A級戦犯」は現在の日本には存在しないという事実について昭和27年、28年の国会議員の発言を調べてみると、「A級戦犯」の名誉回復に一番熱心だったのは、あの福島瑞穂の先輩である社会党議員だったというから、昔の社会党にはまともな議員も多くいた、と今昔の感に打たれる。

■名誉回復

昭和27年12月9日の衆議院本会議。

社会党、自由党、改進党、無所属倶楽部の共同提案で「戦争犯罪受刑者の釈放等に関する決議」が圧倒的多数で可決された。

発議にあたって社会党の古屋貞雄議員は次のような発言をしている。

「敗戦国のみ戦争犯罪の責任を追及するということは、正義の立場から考えてみても、基本的人権の立場から考えてみても、公平な立場から考えてみても、私は断じて承服できないところであります。・・・・世界人類の中で、最も残虐であった広島、長崎の残虐行為をよそにして、これに比較するならば、問題にならぬような理由をもって戦犯を処分することは、断じてわが日本国民の承服しないところであります。 ことに、私ども、現に拘束中のこれら戦犯者の実情をちょうさいたしますならば、これらの人に対して、与えられた弁明ならびに権利の主張をないがしろにして下された判定ででありますことは、ここに、多言を要しないのでございます」。(『日本を蝕(むしば)む人々 平成の国賊を名指しで糺す 』 渡部 昇一著より引用)

さらに翌年の昭和28年「戦犯」として処刑された人々を「公務死」と認め、遺族の生活を援助するための遺族援護法改正が国会の場で議論された。

社会党の堤ツルヨは次のような正論を述べている。

「処刑されないで判決をうけて服役中の者の家族は留守番家族の対象になって保護されておるのに、早く殺されたがために、国家の補償を留守家族が受けられない。 しかも、その英霊は靖国神社の中に入れてもらえないということを今日の遺族は非常に嘆いておられます」。(引用:同上書)

念のために断っておくが、これは保守系愛国議員の発言ではない。

福島瑞穂の先輩である社会党議員の切々たる訴えである。

戦後まだ7,8年しか経過していないわが国においては、国を愛し、国のために戦った先人を敬愛する真摯な心根を革新政党である社会党の議員でさえ持っていた。

それがいつの日にか国を売るような政党に成り果てたのか。

実に興味深い堤ツルヨ社会党議員の訴えである。

つづく

 

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沖縄集団自決、またしても重要証人が物故!

2011-02-27 07:34:34 | ★パンドラの箱訴訟

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 渡嘉敷島集団自決の重要証人である知念朝睦氏が去る2月4日亡くなられた。享年90歳。 

知念朝睦氏は『鉄の暴風』にも登場する地元出身の軍人で、赤松隊長の副官を勤めており重要証人であったが、地元のマスコミはの取材を受けたことは一度も無かったという。

同じく地元出身で集団自決の時、渡嘉敷島の巡査をしていた比嘉帰順氏(安里巡査)も3年前に亡くなっているが、やはり地元のマスコミの取材は一度設けたことは無かったという。

沖縄2紙は都合のいい証言は何の検証もなく派手に報道するが、知念氏や比嘉氏のような重用証人の証言は黙殺で通してきた

重要証言者の死

安里巡査はご存命 反対証言は取材しない地元マスコミ

                                 ☆

曽野綾子氏が知念朝睦氏については雑誌『正論』(平成15(2003)年9月号)で触れているので以下に引用する。

 

 沖縄集団自決をめぐる歴史教科書の虚妄 曽野綾子

私はその当時39歳であった。体力だけは充分であった。私は軍と村民側双方から話を聞くことにしたのである。その時から私は一つの原則を守った。会える人にはできるだけ会う。軍側の人たちは、飢えと危険の中で生きていたのだから、必ずや赤松元隊長に対して批判的な人もいたであろう。そのような恨みを持つ人が「真相」を話しやすいようにするには、大勢の中ではなく、一人ずつ会うようにする。この二点である。 

 敵の艦砲射撃が始まったとき、軍陣地内に逃げよ、という命令を聞いて集まった村民を、赤松元隊長が民間人を軍陣地内には入れられないとして追い返し、自分たちだけ安全な壕にいた、という一つの話を例に取ろう。このことについて『鉄の暴風』は、赤松元隊長の副官であった知念朝睦氏がその時「悲憤のあまり、慟哭し」たと書いている。知念氏がその苗字が示す通り沖縄県人であったので、非常によく筋が通って読めたのである。しかし赤松隊側に聞くと「軍陣地は攻撃目標になる危険なところでありますから、最初から民間人を入れるという考えはありません」と言い、知念氏は『鉄の暴風』の記載のでたらめさに憤慨し、かつまともに聞いて来ようともしない沖縄のマスコミに怒って、私に会うまで口を閉ざしたままであったという。


 知念氏によると3月25日に特攻舟艇の出撃が不可能になり、初めて赤松隊は心ならずも「島を死守する」ことになった。その二日後の27日に、『鉄の暴風』の書くような「将校会議ができるような壕など全くありえない」と言う。

 当時、村の有力者といえば、校長、村長、駐在巡査の三役だったが、私の幸運は当時の村長も、駐在巡査も健在だったことだった。村長が「自分は自決命令を聞いていないが、駐在がそれを伝えて来た」言明したので、私とすれば駐在巡査に会えばよかったのである。幸いにも元巡査の安里喜順氏は快く私に会ってくれ、赤松元隊長が自決命令を出したことを否定した。むしろ「あんたたちは非戦闘員だから、生きられる限り生きてくれ」と言ったと証言したのである。

 その時に私は驚いたのだが、知念元副官と言い、安里元巡査といい、鍵を握る人物が現存していて、少しも面会を拒否していないのに、取材のために会いにきた沖縄側のジャーナリストは一人もなく、私より前に取材に来たのは「週刊朝日」の中西記者だけだという事実だった。ついでに言うと、大江氏も渡嘉敷島にさえ取材に来てはいなかった。当時渡嘉敷島には民宿が一軒しかなかったが、私が当然のように大江氏の名前を出しても宿の人はぽかんとしていた。

 結論を言うと、私ができる限りの当事者にあたっても、赤松元隊長が自決命令を出したという証拠はどこからも上がってはこなかったのである。混乱は少なからずあった。もう少しこうすればよかった、という反省は赤松隊側からも出た。しかし西山の玉砕地と呼ばれる悲劇の土地に300人を越す遺体が集まっていたのを見た人はいなかった。しかしそれを敢えて言わなかったのは、玉砕ということで遺族が年金をもらえれば、それでいいではないか、と思ったという。

 

 私がこの調査をし終わって得た結論は、「赤松隊が自決命令を出さなかったという証拠はない。しかし出したという確実な証拠も全く見つからなかった」ということである。赤松元隊長を糾弾しようとする多くのマスコミや作家たちは、私が私費でできた基本的調査さえせずに、事件の日にちさえも取り違えた記録を一つの日本史、あるいは日本人の精神史として定着させようとした。その怠慢か欺瞞かが、やっとはっきりしたのである。

 人間は間違えるものだ、ということが、私の常日頃からの一つの思いでありこの事件の調査を終わった後も、それは変わらなかった。もし私があの渡嘉敷島の戦中戦後の困難の中におかれたら、私は考えられる限りの感情的な行動を取ったろう。そういう自覚の中では、渡嘉敷島の戦闘に生きたすべての人々は限りなく自然であった。


 調査が終わった後、私は生涯沖縄に行くのをやめようと思っていた。この問題に関して、沖縄で発行されている二つの新聞が徹底して私を叩き続けたことを、私は忘れたかったのである。沖縄の人たちは、この二つの新聞だけが地域を独占している限り、自由で公正な思想とニュースを受けることはないだろう、と感じたが、それも人のことだから、どうでもいい。

 しかし何年か経った時、私はやむを得ぬ仕事で沖縄に行くことになり、新聞記者に会った。その中の一人が「赤松神話は曽野さんの調査で覆されましたが」と言った時、私は彼に答えた。

「あなたはどうしてそんなことを言えるのですか。明日にでも渡嘉敷島の土の中から、赤松隊の自決命令書が出てくるかもしれないではないですか。私たちはただ、今日までのところ自決命令が出たという証拠はなかった、ということを知っているだけです。どんなにどちらかに片づけたい事件でも、私たちは歴史の曖昧さに耐える勇気を持たなければならないんです。」( 「正論」平成15年9月号掲載)    

 

                  ☆

 

 

「集団自決」の生き残りは老人と子供が多かったため既に物故した人が多かったり、当時幼かったため後の証言が他人の影響を受けて信憑性にかけ、それが真相解明の大きな妨げになっていた。

更に問題を複雑にしているのは、「集団自決」の関係者が血縁・地縁で何らかの繋がりがありそれが証言者の口を重くしているという点である。

それに援護法による年金支給の問題が絡むと今でも黙して語らないお年寄りが多数いると聞く。

その点、知念さんや比嘉(安里)さんは当時成年であり信憑性のある証言者としての条件を全て具備していた。

安里巡査は本島から赴任したばかりで渡嘉敷島の血縁社会にとっては「よそ者」であり、島の血縁・地縁社会とはつながりの無い新任の警察官だった。

また知念副官も他所から赴任した島の血縁社会には無縁な軍人であった。

当時安里巡査は29歳で知念副官は25歳。 二人とも渡嘉敷の血縁社会には無縁であり、親族に「集団自決」の被害者のいない証言者であり、よそ者であった。

年齢的にも、村の指導的立場の副官、警察官という立場からいっても、生存者の中で最も信頼のできる証言者のはずだった。

これだけの証言者としての条件を具備していながら、又戦後沖縄に在住しているのにもかかわらず、不思議なことに地元マスコミで安里さんに取材したものは1人もいないという。

その理由は?

安里(比嘉)さんと知念さんが渡嘉敷島で起きた「集団自決」の「(沖縄2紙にとって)不都合な真実」を知っていたからである。

                   ★

東條由布子憂国講演会のご案内  

 演題:語る「開戦前夜」

 佐藤早苗氏の著書「東條英機封印された真実」には、東條氏が自宅の家政婦や部下の家族にまで気遣いをする人物だったこと、行軍は率先垂範、先頭で歩き通したことなど、人格者としての東條氏が紹介されています。

また、樋口少将の決断により、満州鉄道で救出されたユダヤ人達が1937年、ナチスの暴挙を世界に喧伝するためにハルビンで開催された極東ユダヤ人大会。ハルビン特務機関長だった樋口季一郎少将らが大会に出席したことに対し、当時、同盟国であったドイツが抗議。その抗議を「我に八紘一宇の大義あり」として握りつぶしたのが、上官だった東條英機中将でした。

東條英機は戦犯なのか、昭和殉難者なのか。今だから語れる、家族のみが知る開戦を決断した祖父東條英機の知られざる真実。

*皆様、知人友人にこの講演会をPRして、動員下さいますようにお願い申し上げます。

 

 講師プロフィール:東條英機の長男・英隆の長女NPO法人環境保全機構理事長

日時:227日(日)

開場:1800  開演:1830

場所:県立博物館・美術館(博物館講座室)

入場料:1,000

主催:東條由布子講演会実行委員会

お問い合わせ:運営事務局 仲村雅巳 09019421675

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2・26事件雑感

2011-02-26 07:10:29 | 県知事選

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75年前の今日、2月26日、午前5時。

青年将校が率いる決起部隊1400余人は、東京都内のそれぞれの攻撃目標に殺到した。

そう、本日は「2・26事件」の起きた日である。

「昭和維新」を唱える青年将校の決起で殺された政府要人は、内大臣斉藤実、大蔵大臣高橋是清・・・、いや、2・26事件の詳細を論じるのは本稿の主旨ではないのでここでは省略。

2・26事件と聞いて筆者が連想する言葉が二つ、「愛国無罪」と「忖度」がある。

正確に言えば、連想は逆で、「愛国無罪」と「忖度」という言葉で2・26事件を連想したというほうが正しい。

愛国無罪とは、反日デモが行き過ぎて器物破損等の犯罪を犯しても動機が愛国心なら許される、という中国人の勝手な理屈を言う。 愛国無罪と2・26事件との関連については後に述べるとして、先ず「忖度」と2・26事件との関連について、2009年の小沢一郎氏の天皇陛下に関する発言を回顧してみる。

小沢氏は 「1か月ルール」を無視した形で、中国の習近平国家副主席の天皇陛下への拝謁を実現させた。 これに対する批判に反論し、とんでもない発言をしている。 小沢氏は中国の次期主席を天皇陛下に拝謁させるという自己目的を達成するため陛下の心の内を勝手に「忖度」したのだ。

何とも傲慢不遜な発言だが、その会見での小沢発言は……こうなっている。


記者:「会見は「30日ルールにのっとらずに行われるが?」

小沢:「『30日ルール』って誰がつくったの? 知らないだろう? 君は。法律で決まっているわけでもなんでもない。そんなもの。君は日本国憲法を読んでいるかね? 天皇の行為はなんて書いてあるの?」

記者:「国事行為と……」

小沢:「国事行為は内閣の助言と承認で行われるんだよ。だから、ナントかという宮内庁の役人がどうだ、こうだと言ったそうだけれども、全く日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言としか思えない。ちょっと私には信じられない。しかも、内閣の一部局、一役人が内閣の方針、決定したことについてどうだ、こうだというのは日本国憲法の精神、理念を理解していない、内閣にどうしても反対なら辞表を提出した後に言うべきだ。当たり前でしょう、役人なんだから」

 記者:「ルールはなくてもいいと?」

小沢:「なくていいもんじゃない。私はルール無視していいとか何とか言っているんじゃない。宮内庁の役人がつくったから金科玉条で絶対だなんて、そんなバカな話あるかって言うんですよ、ね。天皇陛下ご自身に聞いてみたら『それは手違いで遅れたかもしれないけれども会いましょう』と必ずおっしゃると思いますよ。分かった?天皇陛下のお体が優れないというならば、それより優先性の低い行事はお休みになればいいことじゃないですか、そうでしょう、分かった?

                        ☆

■小沢一郎の畏れ多い「忖度」

本人の品性の無さをそのまま体現したような傲慢な発言の連続だが、一番のキモは次の小沢氏の次の言葉だ。

「天皇陛下ご自身に聞いてみたら『それは手違いで遅れたかもしれないけれども会いましょう』と必ずおっしゃると思いますよ。分かった?」

畏れ多くも天皇陛下の意志を直接確かめていないにもかかわらず、一方的に「~と必ずおっしゃる」と忖度している。 しかも“自分の忖度は絶対正しい”とする思い上がりが見られる発言である。

これは、政府要人を殺害した2・26事件の青年将校達と同じ思考である。 彼らは「陛下も(自分たちと)同じ思いである」と勝手に「忖度」し政府要人を「君側の奸」と看做して殺害したのだ。

百歩譲って、このような絶対的な思い上がりの「忖度」が偶然天皇陛下の意思と一致したとしても、そのことを当たり前として「忖度」を既成事実化した場合、“自分の忖度は絶対正しい”として忖度の絶対性を一般化してしまう。 

かくて小沢氏の陛下に関するべての忖度自体が絶対となり、小沢一郎自身の考えがを絶対化することになる。

小沢氏が天皇陛下の心の内を勝手に忖度することが、如何に危険な忖度であり、独裁的な政治利用の意志であるかが分かる。

■青年将校達の「忖度」

青年将校達はこう考えた。

農村が、娘を売りに出すほど極貧に呻吟しているのは天皇陛下を取り巻く、「君側の奸」が私腹を肥やす政道を行ったためであり、これら「君側の奸」を成敗することこそ、「大御心(おおみこころ)」であると忖度したのである。  その意味では永田軍務局長の惨殺した相沢中佐も自身の凶行を大御心である、と陛下の心中を忖度して疑わなかった。

では2・26事件に対する陛下の心の内はどのようなものであったか。

昭和天皇は在任中、立憲君主制の下の天皇という立場をを厳しく守ったいわれるが、二つだけ立憲君主の立場を踏みははずしたことがある・(・・と何かの本で読んだ)

一つ目は終戦の聖断であり、もうひとつが2・26事件のさいの決起将校達への聖断である。

軍の上層部が青年将校たちに同情的かつ優柔不断な態度を示したのに対し、陛下は彼ら決起将校達の想定外の行動を示した。

陸軍大臣」川島義之大将が参内し、当事者の軍として、単に状況報告を天皇にしたのは、午前九時をすぎていた。 天皇は陸相にぴしりといった。 

「今回のことは精神の如何を問わず不本意である。 速やかに事件を鎮定するように」と。(『ドキュメント 太平洋戦争への道』(半藤一利著・PHP文庫)

この瞬間、憂国の志に燃え「昭和維新」を夢見た青年将校達は、一瞬にして、志士から賊徒になった。

同時に決起将校の「愛国無罪」の期待も粉砕されてしまうことになる。

2・26事件は陸軍の統制派と皇動派の人事抗争の結果内輪もめだといわれている。

革新将校の精神的支柱であった真崎甚三郎が教育総監の要職を辞めさせられたのは「君側の奸」の画策だと考えていた。

果たせるかな決起将校の攻撃目標は、総理大臣、内務大臣、大蔵大臣、侍従長の他に真崎大将(皇道派)の後釜の教育総監におさまっていた渡辺錠太郎陸軍大将(統制派)も含まれていた。

2・26事件以降、陸軍は統制派が実権をもつようになり、軍部は、絶えず“二・二六”の再発をちらつかせて政・財・言論界を脅迫した。 優柔不断の近衛内閣は日米開戦の道へ追い詰められ、無責任にも首相の座を放り出した。

■東条英機は日米開戦を阻止する目的で首相になった

日米開戦のわずか50日前に首相の座に着いたのが陸軍統制派の東条英機大将であった。

戦後の後付けで東条英機はヒットラー、ムッソリーニと並ぶ三大独裁者だと罵倒する向きもある。

当日記で案内している東条英機のお孫さん東條由紀子氏の講演会に対しても、「何でヒトラーやムッソリーニの様な残虐な政治家である東條英機の遺族の講演会を案内するのか」といった趣旨の声が耳に入ったりもする。

だが、果たして東條英機は戦争するために首相になったのか。

否である。

日米開戦が抜き差しならない状況になると、近衛首相は政権を放り出し、開戦を主張する軍部を抑えるため首相になったのが東条英機であった。

偶然にも東條由紀子氏の講演会の演題「開戦前夜」と同じタイトルが、『文芸春秋』3月号に連載中の「昭和天皇」の副題になっている。⇒(69)開戦前夜」。

第一次近衛内閣の蔵相となり、大蔵省顧問のあと北支那開発株式会社の総裁になっていた賀屋興宣は東條に組閣のため官邸に呼ばれることになる。

日米開戦を避けるため東條が首相になった経緯が述べられているので、その部分を抜粋引用する。

 

福田和也著 「昭和天皇ー(69)開戦前夜」

陸軍を統制できるのは、東條ぐらいだからな・・・。  
戦争をしないためには、陸軍の主戦派を抑えるしかない。
文民で陸軍を抑えられる、それだけの力があるのは、平沼麒麟一郎と近衛しかない。
しかし、近衛は、政権を放りだしたばかりだし、平沼は歳が歳だ。
となれば開戦を避けるには、東條しかいない・・・。
とにかく、陛下の云う事には、必ず従う奴だから。
後になって彼(か)の人(人)が、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と木戸の処置を賛美したと知った。
木戸はさすがに巧妙で、これまでの御前会議で決定された開戦計画をすべて白紙に戻し、
平和を最優先で追求するように、との御定をつけて大命降下をしたのだった。
官邸に着くと、玄関で秘書官の赤松貞雄大佐が待っていた。
賀屋は、大きい顔には不釣合いに小さい目をパチパチさせながら、東條に質した。
「世間は陸軍が、戦争をはじめると考えている。本当にするのか。するならば理由は何なのか」
大蔵省はじまって以来の秀才と云われた男にたたみかけられて、東條はやや狼狽(うろた)えた。
いや、自分は平和でやるつもりだ。陛下からも御定をいただいているし、一生懸命交渉して、戦争をしないようにしたい」
対米交渉するといっても、満州事変や支那事変ははどうするのだ。統帥権の濫用で、どんどん
戦線を拡大してしまったじゃないか。いくら政府が和平交渉をやっても、軍が独断専行してしまえば、
交渉なんて何の意味もないじゃないか・・・。
賀屋は、東條の、そして陸軍の一番痛いところを突いてやった。
東條は云った。
参謀本部が何を云おうと、陸軍大臣が判をつかないと軍は動かせない。だから、自分は、総理と
陸軍大臣を兼ねることにしたのだ(結局は内務大臣も兼ねることになった)・・・。
賀屋は電話で近衛と相談した。
「閣内に入って、戦争にならないように努力した方がいいのか、到底、見込みがないから
やらない方がいいか」
身も蓋もなく問いかけた。
受話器の向こう側の貴公子は、しばらく沈思した後、云った。
「できるだけやってみたらいかがでしょう」
それで賀屋は決心がついた。(『文芸春秋』3月号、
512頁、513頁)

 東條英機 は、日米開戦の直前の1941年10月18日に内閣総理大臣に就任し、敗戦直前の1944年07月22日 に辞任している。

東條は少なくともヒットラーやムッソリーニのような、独裁者でもなければ、沖縄紙が喧伝するような「残虐非道の軍人」ではなかった。

そして日米開戦を阻止するため首相に就任した。 だが実際は軍部を抑えきれず、結果的に開戦の総責任者とされ東京裁判で絞首刑と断罪され刑に服した。

歴史的人物に直に接した人たちが次々と物故する中、祖父東條元首相に可愛がられた東條由紀子氏の「開戦前夜」と題する講演会は、東條への賛否はともかく、「開戦前夜」に興味のある方なら是非聴講して頂きたい講演会である。

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                   ★

東條由布子憂国講演会のご案内  

 演題:語る「開戦前夜」

  講師プロフィール:東條英機の長男・英隆の長女NPO法人環境保全機構理事長

日時:227日(日)

開場:1800  開演:1830

場所:県立博物館・美術館(博物館講座室)

入場料:1,000

主催:東條由布子講演会実行委員会

お問い合わせ:運営事務局 仲村雅巳 09019421675

 

 

 

 

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かなりヤバイ菅首相の「メンタル」が懸念!

2011-02-25 07:26:08 | 県知事選

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総理大臣が野党に攻撃されるのは当たり前だとしても、最近の菅首相に飛んでくる攻撃の矢は、以前に放ったブーメランはいうに及ばず、身内の民主党、いや足元の内閣からも造反の矢が襲い掛かり、満身創痍の有様。 これに加えて尖閣問題での中国の恫喝や北方領土でのロシアの暴挙。 そして新燃岳の火山灰災害、鳥インフルエンザ、ニュージーランド地震での日本人の災害等々と天変地異の猛攻撃も。 これでは四面楚歌どころか八方ふさがりの末期症状ではないか。

これらの難問を解決するには、元々容量の小さい菅首相の空き缶ではもはや対応は不可能。

最近の首相の表情からこんな噂が流れている。

首相の「メンタル」が懸念される、と・・・。

なるほどかなりヤバイようだ。

菅首相がヤバイという前兆は、昨年コキントウ中国主席と会談したときから焦点の合わない泳ぐ視線に現れていた。

日中首脳会談は爆笑コント?挙動不審な我らが首相、ああ!情けない

日本の政治史上、女性への「お手当て」を値切って首相の座を追われて人物はいたが、「石にかじりついても辞めない」と叫びながら両腕を医師につかまれて強制入院させられ強制辞任する首相は寡聞にして知らない。

お医者さんのブログと思われる天漢日乗さんが懸念される菅首相の「メンタル」に次のような「診断」を下している。

以下引用 

懸念される菅ちゃんの「メンタル」

立て続けに大事件・大災害が起きてるので、マスコミがあまりフォローしてないんだけど、finalventさんがご指摘されるように、
 菅ちゃんのメンタル
は相当ヤバイ匂いがする。

こんな難局を担えるようなメンタルの状態にはないと素人のわたしでも感じるのに
 なぜか首相の椅子に座って指揮を執っている
って、ホラーじゃなくて現実なのが恐ろしすぎる。
昨日の党首討論。
 ニュージーランドの地震を受けた政府の対応
に答える菅ちゃんと
Ktt1
 民主党の小沢元代表の党としての処分
に答える菅ちゃんの
Ktt2
 視線は下を向き、目の泳ぎ方がほぼ一緒
というホラーな写真。しかも、この後、
 衆議院の解散・総選挙要求
に対しては、声が裏返って
Ktt3
逆ギレしてるんだけど、
 この時だけは、タニーの目を見て話してる
のである。
相当マズクないですかね?

 

いよいよやばくなった時、総理大臣って強制入院できるんだろうか?

 

引用終了

 

むむっ!

この頃から、この人の「メンタル」というか、

「おつむ」は、かなりヤバかったようだ。

 【かなりヤバイ菅首相】↑

強制入院による辞任だけは勘弁してほしいと思う方、

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東條由布子憂国講演会のご案内  

 演題:語る「開戦前夜」

 佐藤早苗氏の著書「東條英機封印された真実」には、東條氏が自宅の家政婦や部下の家族にまで気遣いをする人物だったこと、行軍は率先垂範、先頭で歩き通したことなど、人格者としての東條氏が紹介されています。

また、樋口少将の決断により、満州鉄道で救出されたユダヤ人達が1937年、ナチスの暴挙を世界に喧伝するためにハルビンで開催された極東ユダヤ人大会。ハルビン特務機関長だった樋口季一郎少将らが大会に出席したことに対し、当時、同盟国であったドイツが抗議。その抗議を「我に八紘一宇の大義あり」として握りつぶしたのが、上官だった東條英機中将でした。

東條英機は戦犯なのか、昭和殉難者なのか。今だから語れる、家族のみが知る開戦を決断した祖父東條英機の知られざる真実。

*皆様、知人友人にこの講演会をPRして、動員下さいますようにお願い申し上げます。

 

 講師プロフィール:東條英機の長男・英隆の長女NPO法人環境保全機構理事長

日時:227日(日)

開場:1800  開演:1830

場所:県立博物館・美術館(博物館講座室)

入場料:1,000

主催:東條由布子講演会実行委員会

お問い合わせ:運営事務局 仲村雅巳 09019421675

 

 

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老醜を晒す鳥越俊太郎氏

2011-02-24 06:41:50 | 県知事選

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小沢氏の反論 国民に届いているか 2月23日(水)  信濃毎日新聞社説

 政治資金問題をめぐって、民主党の小沢一郎元代表が執行部の処分方針に異議を唱えた。「検察審査会の議決による起訴は通常の起訴と同視できない」などとする反論である。

 一理あるが、自らの資金管理団体のカネの流れに疑惑が生じた結果、一般市民の判断で起訴となった。その事実はむしろ重い。

 党常任幹事会が判決が確定するまで党員資格を停止するとの処分を決めたのは当然である。処分に従うことが、政治家としてのけじめではないか。

 小沢氏の反論は▽検察審査会の起訴は検察の起訴のように有罪の確信があって行うのではない▽政治倫理審査会への出席を拒否していない-などを柱としている。

 問われているのは、小沢氏の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる政治資金規正法違反である。検察側は小沢氏を嫌疑不十分で不起訴としたが、検察審査会が起訴すべきだと再度議決し、強制起訴となった経緯がある。

 「通常の起訴とは違う」とする小沢氏の主張には、耳を傾けるべき点がある。今後、新しい制度のプラスとマイナスを、さまざまな角度から検証すべきだろう。

 だが、だからといって、党代表という要職にあった小沢氏を、一般の国民と同列に論じることはできない。

 大事な点は、民主党が歴史的政権交代を果たしたものの、有権者に不信感が広がっていることだ。小沢氏の政治資金問題は原因の一つである。

 検察審査会の起訴すべきとの判断は、そうした一般の人々の疑問や不信を反映した結果であろう。世論を尊重する政治家なら、まず検察審査会の判断を謙虚に受け止める必要がある。

 もう一つは、国会での説明責任だ。小沢氏は政倫審への出席を拒否していないと反論しているが、額面通りには受け取れない。

 確かに、昨年末に政倫審へ自発的に出席する意向を表明してはいる。だが、国会運営が円滑に進められることなどを条件に付けた。本気で説明する気があるなら、なぜ条件を付けたのか。執行部と積極的に話し合い、もっと早い段階で実現できたのではないか。疑問を拭い切れない。

 一方、小沢氏に近い衆院議員らは民主党会派の離脱を宣言した。言い分はどうあれ、こうした行動は小沢氏への援護射撃と受け取られても仕方あるまい。これを黙認している小沢氏は、混迷する政治をどう考えているだろうか。

                                                     ☆

老いては獅子も駄馬に劣るというが、生来駄馬のジャーナリストが老いると、かくも見苦しくなるものか。

鳥越俊太郎氏が老いらくの恋に老醜を晒している。

老いらくの恋といっても惚れたはれたの色恋沙汰ならまだしも、鳥越氏の場合は小沢一郎氏への恋心とも言える「老いらくの恋慕」だから始末に終えない。

信じてしまえば君一筋。

鳥越俊太郎氏が信心深い「小沢カルト」とであると、過去に何度も書いたが、昨日のテレ朝「スーパーモーニング」での小沢信徒丸出しの発言には呆れた。

興奮で声を震わせながら小沢弁護に吼える姿はカルトそのものであった。

「検察審査会の議決による起訴は通常の起訴と同視できない」と主張する小沢氏の反論を鵜呑みにし民主党が小沢一郎元代表の判決確定までの党員資格停止を決めたが、それは「推定無罪」であり、小沢氏の疑惑は冤罪だと主張した。

そしてこう結んだ。

「裁判で最終的に有罪が確定するまでは推定無罪だという原則を考えたら、こういう処分は出てこないはずだ。そのことを、この際大きな声で言っておきたい」

 これに対して、コメンテーターの若一光司氏(作家?)が、「小沢さんが自分は冤罪だというなら、最良の手段は、国会に出て堂々と証言し、無罪だと訴えることではないか」と、珍しく鳥越氏に反論したが、これは誰もが考える正論であり、これに対する鳥越氏の反論は無かった。

「スーパーモーニング」の顔とも言われる鳥越氏にコメンテーターが真っ向から反論するシーンは珍しいが、番組の出演者が総入れ替えになるということで、若一氏は鳥越氏に対して堪えに堪えていた最後っ屁をかましたつもりなのだろうか。

「小沢カルト」の鳥越氏についてはこんな記事も。

 

小沢一郎さんの「政治と金」で“場外乱闘”勃発!  報知新聞 (辛坊治郎のこれでいいんかい!)

ある日、サンデー毎日の新聞広告を見て驚きました。そこには、「鳥越俊太郎さんは間違っている」という大きな活字が躍っていたのです。筆者はベテラン政治記者の岩見隆夫さん。この人、見かけは怖いですが、実はとても紳士的なインテリで、個人名を挙げて同業者を罵倒するようなタイプの人ではありません。

 「おやおや」と思って、サンデー毎日を買いました。そこでは岩見さんが、連載コラムの中で鳥越さんをこっぴどくやっつけています。いわく「鳥越さんは不起訴イコール虚構と断じた。とんでもない短絡だ。(小沢さんの不起訴は)嫌疑不十分によるものだった。潔白ではなく、虚構でもない」。さらに、検察内部で不起訴処分について激しい対立があったことなどを、虚構でないことの裏付けとして挙げています。

 この記事だけでも十分面白かったのですが、数週間後の毎日新聞コラムで、鳥越さんが反撃に出ました。いわく「岩見隆夫さんは間違っている(略)検察内部に何があろうと〈不起訴〉と言う現実が法と証拠に基づく司法の最終結論であり、(略)推論で小沢氏を黒く見せようとする立論は、ファシズムへの道であります」。

 ん~、面白い。でも、この文章を読む限り、鳥越さんの分が悪いようです。だって、司法の最終結論は裁判所が下すものであって、検察が出すものではありません。鳥越さんの論法は、法で定められた検察審査会制度や、起訴の判断を下した市民をあまりにもバカにし過ぎです。鳥越さんは、同様に強制起訴となった他の事件でも同じことを言うのでしょうか。

                             ☆

■捜査のプロが不起訴にした理由

小沢氏は「捜査のプロが不起訴にしたのだから素人集団の検察審査会が強制起訴に持ち込むのはおかしい」と主張している。

この論が破綻していることは中学生レベルでも理解できると思うが、有名ジャーナリストの鳥越氏には理解できないようなので、重複を厭わず説明する。

検察が小沢氏を不起訴にした理由は何か。

それは検察が小沢氏を無罪潔白と判断したからではない。

小沢氏の疑惑は限りなく黒に近い。

にもかかわらず検察は不起訴にした。 

検察が証拠不十分のままで起訴に持ち込んだら敗訴すると判断したからである。

 

■「99・9%勝訴」のトラウマ

日本の検察は「99・9%勝訴」というトラウマに取り付かれ、一方の裁判官は徹底した物的証拠主義をとる。

したがって今回の強制起訴は判決の物的証拠主義による判断でいえば、心証は黒でも無罪の可能性が大きいと考える。 

判決の勝敗よりも公判の過程で、不自然に複雑なカネの流れが白日の下に晒されることに意義がある。

 「政治とカネ」に関し小沢一郎氏を擁護するグループとって、昨年の大阪地検特捜部の証拠捏造事件は神風とも思われた。 

諸悪の根源を特捜部と見る彼らは、これを機会に特捜部廃止論まで飛び出してきた。

だが、警察の不祥事があったからといって、即警察の廃止を訴えるのが暴論であるのと同じく、特捜部の不祥事をもって即特捜部廃止というのは暴論である。 

過ちは正していくべきであり角を矯めて牛を殺してしまっては本末転倒である。

鳥越俊太郎氏は、公共の電波を使って小沢擁護論を述べるのでは飽き足らず、新聞まで使って小沢擁護論をぶち上げているが、小沢氏は、一般人とは異なりその政治活動には国民の血税を使う公人である。 

鳥越氏の小沢擁護論は小沢氏は絶大な権力を持つ公人という視点に欠ける噴飯ものある。

これが一般国民の場合なら、「疑わしきは罰せず」で、たとえ灰色の不起訴でも納得せざるを得ない。 

だが小沢氏の場合、莫大な額の血税を政治活動に使う公人であることを忘れてはいけない。 小沢氏が仮に強制起訴の結果、無罪判決を勝ち取ったとしても公判の過程は公開される。 

したがって、物的証拠が無くとも限りなく黒に近い小沢氏の抗弁が国民の前に晒らされることになる。 国民の関心は、小沢氏が起訴に値するかどうかでは無く、莫大なカネの流れ、不明確な金の出所、使い途、を把握したいということである。 小沢氏の「政治とカネ」疑惑について、国民は法律以前の道義的な部分について疑念を持っているのだ。

小沢氏自身がいうように何も疚しいことが無いのであれば、若一光司氏がいみじくも指摘するように、自ら要請しても国会で説明する機会を持つべきではないのか。

その説明の機会から逃げ回っている姿は、日ごろの強面の印象とはかけ離れ、見苦しい。 剛腕というより臆病者の敵前逃亡ではないのか。 

                    ★

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プーチンは恥知らず!ゴルバチョフ氏「独裁は永遠に続かず」と批判

2011-02-23 07:57:47 | 外交・安全保障

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 中東の笛とは、サッカーに代表される国際スポーツにおいて試合日程や判定が著しく中東諸国に有利になる事象のことをいう。 判定は審判員の恣意によるし、審判員の判断が中東の独裁者の意思を反映することは言うまでも無い。 

今北アフリカに端を発する中東の嵐が吹きまくって、民主化を求める市民のデモはついに40年もの長期独裁政権を誇った「カダフィー王国」も崩壊寸前にある。 ネットにより飛びする民主化の嵐は、一気に遠くアジアの一党独裁国・中国に飛び火し、中国共産党は天安門の再来を防止するためネットの封鎖に必死である。

安定維持でデモ封じへ=中東の動揺、波及警戒-中国
 【北京時事】中国外務省の馬朝旭報道局長は22日の定例会見で、北京など各地で共産党の一党独裁に反対する集会開催が呼び掛けられたことについて、「社会や政治の安定維持は中国の多くの国民共通の願いだ。いかなる人も勢力も動揺させることはできない」と語り、反政府デモなどを封じ込める必要性を指摘した。
 馬局長はまた、反体制デモ激化で混乱するリビア情勢に関し、「極めて注目しており、早期の社会安定の回復を望む」と懸念を表明。中東や北アフリカで広がるデモの中国への波及に強い警戒感を抱いていることをうかがわせた。
 しかし、「30年の改革開放政策で遂げた中国の発展は誰もが認めるところだ」と述べ、共産党の一党支配体制が揺らぐことはないと強調。当局によるインターネット上での検索制限など情報統制や人権派弁護士の拘束を問う質問にも「具体的な状況は把握していない」と述べるにとどまった。(2011/02/22-18:44)

                                    ☆


ゴルバチョフ氏、プーチン露首相を「恥知らず」と痛烈批判
[モスクワ 21日 ロイター] ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領は21日、プーチン首相がロシアで権力を独占し、有権者から民主的な選択の自由を奪っているとして非難した。
 プーチン首相は2000年から08年までロシアの大統領を務め、同国では今でも最高権力者とみなされている。ゴルバチョフ氏は、プーチン首相と同首相が3年前に大統領へと導いたメドベージェフ大統領が2人で、来年3月に行われる大統領選挙の候補者を決めるだろうと指摘した。

 ゴルバチョフ氏はさらにプーチン首相について、ロシアの選挙を自らが決められると考えるとは「恥知らず」で、そのような「うぬぼれ」は信じがたいと主張。「われわれには議会も法廷もあり、大統領も首相もいるが、すべては真似事にすぎない」とこき下ろした。また、ソ連崩壊から20年たった今でもロシアは民主化への道半ばであると語った。

 1991年にソ連を崩壊させる大胆な改革を行ったゴルバチョフ氏は先週、エジプトやチュニジアの民衆デモについて、独裁政治が永遠に続かないことへの警告だと、新聞に寄稿していた。

                                            ☆

ゴルビーの愛称で親しまれているミハイル・ゴルバチョフは、ソ連の最後の最高指導者で1985年3月にソ連共産党書記長に就任した。 ソ連国内では東欧の社会主義諸国民主化の契機となったペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)などの大改革を断行し、政治・経済・文化などの分野で民主化を進めた。 

1990年、ソ連で最初で最後となる大統領に就任し、それまで続いていた冷戦を終結させて軍縮を進めるなど、世界平和に多大に貢献し、ノーベル平和賞を受賞した。 だが民主化がソ連崩壊の端緒となったため、ロシア国内でのゴルバチョフの評価は分かれている。

ネットによるチュニジアの民主化運動が起きたとき、筆者はネットによる民主化の嵐が近隣の独裁国家に飛び火することはもちろん、アジアの一党独裁国家に飛び火することを予測した。

とはいっても、ソ連崩壊後一応の「民主体制」を保持しているロシアへの飛び火は流石に予測できなかった。 

だが現在のロシアの「メドベージェフ・プーチン体制」がプーチンの強権の下にある独裁的傾向が強い「民主主義」であるとは大方の見方である。

そんなロシアの現状で、第一線を退いたととはいえ、依然として世界的知名度のある元大統領で、しかもソ連の民主化を促進したゴルバチョフがプーチン首相を名指しで強烈に批判した意味は大きい。

■ゴルバチョフのプーチン批判

ゴルバチョフ氏のプーチン批判を抜粋するとこうだ。 

 プーチン首相がロシアで権力を独占し、有権者から民主的な選択の自由を奪っている」

「ロシアの選挙を自らが決められると考えるとは「恥知らず」で、そのような「うぬぼれ」は信じがたい」

「われわれには議会も法廷もあり、大統領も首相もいるが、すべては真似事にすぎない」

「ソ連崩壊から20年たった今でもロシアは民主化への道半ばである」

 

いや~、驚いた。

KGB出身の絶対権力者を相手に名指しで罵倒するとは、ゴルビーは老いて益々健在である。

どこかの国の大臣のように晩節を汚す男が多いなかで、ロシアの真の民主化のため最後の一花咲かして欲しいもである。

同じノーベル平和賞受賞者でも、まさか中国の劉氏のように逮捕による口封じは無いと思うが、プーチンさん。

ゴルバチョフ氏「独裁は永遠に続かず」、中東政変で寄稿

 

【おまけ】

「砂漠の狂犬」といわれるカダフィー大佐は、「辞めろ!」の国民の声に対して、銃撃で答え800人もの死者が出た模様で一向に辞任の気配は無い。

リビアという国が崩壊しなければ権力の座を明け渡さないのだろうか。

一旦手中にした権力の甘い汁を手放すのはそんなに惜しいのか、我が菅首相も公明、社民の反対により予算案成立が不可能になっても「石にかじりついてでも」辞めないという。

それでは国民の生活は一体どうなるのか。

菅首相も、日本が溶解するまで辞めないというのなら、「砂漠の狂犬」のならって「極東の狂人」と命名しておこう。

自国の崩壊をよそ目に権力にしがみ付くことに汲々とする、カダフィー大佐と菅首相。

このご両人は権力の亡者という点では同じ穴の狢だと思う方プチッとお願いします。

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「平和団体」は戦争主義者!

2011-02-22 07:24:13 | 未分類
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■まだまだ続く「方便発現」の余波
 
沖縄タイムスは、鳩山前首相が「抑止力は方便だった」と発言したことを、沖縄タイムス援護しようと印象操作に大童である。
 
既に賞味期限の切れた「方便の抑止力」と題する連載特集記事(第5回)が未だ連載されているのも空しい。 
肝心の鳩山氏がさらに前言を翻し「抑止力もある」と発言した結末はどのようにするつもりなのか。 今のところ、とにかく「方便発現は正しかった」とする以外に手はないようだ。
識者の意見や社説で「方便発言」を擁護する止まらず、タイムスOBまで引っ張り出してオピニオン面の『論壇』で「辺野古移設に根拠なしー鳩山氏が教えた抑止力の嘘と題する投稿を掲載している。  鳩山氏が首相時代に前言を翻したことで非難していた人物が、今回の迷走発言には大賛成というのだから呆れる。 ちなみに『論壇』の書き出しが、「ありがとう、鳩山由紀夫前首相」。13日の本紙1面トップ記事の鳩山氏『抑止力は方便』」の記事を読み、とてもうれしくなった。」というのだから、あまりの現金な態度に、思わず失笑してしまった。
 
 投稿した人物とは「琉球独立」が支持されていると捏造報道する元沖縄タイムス記者比嘉康文氏のこと。 比嘉氏については、日本インターネット新聞JanJan「琉球独立を訴え票伸ばす 那覇市長選に立候補した屋良朝助さんに聞くと題したコラムが掲載されている。是非ご覧いただきたい。 その後の鳩山氏の「再迷走発言」に対し、比嘉氏は今度は「怒・怒・怒鳩山前首相」とでも題する投稿をするつもりなのだろうか。 
 
 
 
■軍隊がなくなれば平和が来る?

八重山毎日新聞・石垣港、海自掃海艇2隻が入港 平和団体ら「自衛隊いらない」と抗議  
市議らも乗船昼食会に出席
きょうは一般公開も

 
 海上自衛隊沖縄基地隊の第46掃海隊(宇都宮俊哉司令)は19日午前、「あおしま」「ししじま」(いずれも510トン、定員45人)の掃海艇2隻を石垣港に入港させた。21日午前9時まで停泊し、災害派遣に備えた港湾調査や広報活動のための一般公開を行う。港湾管理者の中山義隆石垣市長は「通常の自衛隊活動の範囲内」として入港を認めたが、平和団体や労組のメンバー約50人は「先島に自衛隊はいらない」などとシュプレヒコールを繰り返し、掃海艇の入港に抗議した。

 石垣市はこれまで、海艇や護衛艦など軍事に結びつく船舶の入港を認めてこなかったが、中山市長は取材に「目的が災害時における利用のための港湾調査だったので認めるべきだと判断した。選挙のときにも話しているが、通常の自衛隊の活動の中での寄港については認めていく」との方針を示した。宇都宮司令は「感謝している。事前の準備をさせてもらい感激している」と話した。

 掃海艇2隻は同日午前9時ごろ、平和団体がシュプレヒコールを繰り返す中、入港した。2隻に計約80人が乗り込んでいる。
 八重山防衛協会(三木巌会長)など自衛隊の協力3団体の10数人が特別公開に招かれ、うち伊良皆高信議長や砥板芳行市議ら8人が昼食会にも出席した。
 掃海艇は20日に一般公開を行い、21日午前9時に出港する予定だ。自衛隊沖縄地方協力本部石垣出張所によると、艦船の一般公開は1992年の護衛艦以来で、掃海艇は初めてという。


                                                      ☆
石垣市では長期独裁政権を誇った前極左首相の時代には、米軍はおろか自衛隊に対しても敵意丸出しあった石垣市が、中山現市長に変わって以来自衛隊に対する考え方も大きく変わってきた。 何しろ大浜前首相は自衛隊のことを「暴力装置」どころか「殺人装置」と「言い放って顰蹙を買った人物であった。
それにしても中国が虎視眈々と狙う尖閣諸島を行政管轄地域にする石垣市に自衛隊艦船の寄港に抗議する人々おり、さらに彼らを「平和団体」と報道という事実に、改めて前極左市長の専横を思い知らされる。
市長が変わっても新聞は前極左市長の影響を残したままなのか、一部の左翼勢力の反対運動を「平和団体が抗議」と報じる無神経さは相変わらずである。
これら左翼勢力の常套句に「軍隊があるから戦争が起こる」がある。
沖縄戦での集団自決も「軍隊がいた所に集団自決が起きた。したがって集団自決は軍命以外に考えられない」という乱暴な軍隊極悪説があるくらいだが、事実は軍隊の無いところでも集団自決は起きているし、軍隊がいても集団自決の無い例は数多くい。
では、日常生活に例をとると、警察があるから犯罪が起こるのか。
そんなことは無い。
犯罪があるから警察があるのは子供でもわかることだ。
警察の存在自体がが抑止効果を発揮する。
その抑止力から、犯罪が減る。
警察の存在が我々の安全で安心できる生活が保たれているのだ。
軍隊も同じだ。

戦争を未然に防ぐために、軍隊がある。
自衛隊支持者に戦争主義者と「レッテル貼りするのは左翼勢力の得意技だが、自衛隊は戦争をするためのものではない。
 
「平和団体」が主張するように沖縄から米軍も、自衛隊も撤去してしまったら一番喜ぶの軍事大国中国である。これは最近お尖閣問題における中国の恫喝を見れば、いまさら説明するまでも無い。
新聞が無神経に「平和団体」と呼ぶ方々は、実は戦争の起きやすいように「自衛隊反対運動」をしていることになる。
その意味では、米軍の抑止力を理解し、自衛隊を支援する勢力こそ、真の平和主義者ということになる。
いうまでも無いが筆者は戦争は嫌いであり、平和を望むものである。
こんなわかりきったことを、わざわざ書かねばならぬ沖縄の状況は、
やはりおかしい。

 

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四枚舌?鳩山氏「真理に導く手段の意」 方便発言で

2011-02-21 07:16:27 | 県知事選

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鳩山氏「真理に導く手段の意」 方便発言で
民主党の鳩山由紀夫前首相は20日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県外移設断念の理由に米海兵隊の抑止力を挙げたのは「方便だった」と発言したことについて「方便とは真理に導くための手段のことだ。真理とは、すなわち(名護市)辺野古への移設で、そこに導くための手段として『抑止力』と言った」と釈明した。北海道伊達市内での後援会会合で語った。

 県外移設断念の経緯をめぐっては「普天間の海兵隊ヘリ部隊の役割は決して敵を襲うものでなく、(当初は)それを抑止力と言い切るのは無理があると思った。しかし地上部隊とヘリ部隊は密接で離せないとの米側の理屈、さらに空軍、海軍、海兵隊パッケージ全体が抑止力だとの言われ方をすると、なるほどと(考えた)」とした。

 さらに「私の考え方は正しいと思っているが、正しくないなら、いろいろお聞かせ願いたい」とも述べた。

2011/02/20 16:28   【共同通信】

                                                 ☆

昨日のエントリーで、「沖縄人は三枚舌」と言った米軍幹部のことを書いたが、沖縄人が三枚舌ならクルクルと発言が変わる鳩山前首相は何枚_を持っているのか。 まさか四枚も舌があったら舌がもつれて話にくいと思う。 もっともルーピーと言うあだ名は「クルクルパー、キチガイ」という意味らしいので、前言をクルクル変えてパーにするキチガイ発言で一喜一憂する方が可笑しいのであるが・・・。

筆者は、当初から一連の「方便騒動」は沖縄2紙が「海兵隊不要論」に鳩山氏の発言を利用するため「意訳」して大騒動してみせたに過ぎないと見ていた。

つまり自説に利用するためには、鳩山氏の「宇宙語」は実に都合よく「意訳」できるのだ。

例えばこの発言。

「よくよく海兵隊自身の抑止力はどうかとなると、それは抑止力ではないだろうと皆さん思われる。私もそうだと理解する。が、トータルの米軍が仕事がしやすいような状況をつくる中での海兵隊の役割がある。海兵隊がいるからほかの米軍全体が機能する。全体は日本に対する抑止力になっている、という意味で抑止力と言えなくもない。それを方便だと言われれば方便だが」検証:鳩山前首相「方便」発言 /沖縄

つかみどころの無い発言だが、結局「海兵隊は抑止力になる」という意味であることは、小学生でも理解できるはずだ。 

むしろ、これを意訳というより「曲解」して大騒ぎした沖縄2紙の作戦がちということができる。

何しろ歪曲・捏造した報道で一旦活字となって一人歩きしたらそれが「真実」になることを体験上一番承知しているのは沖縄2紙のはずである。

沖縄タイムスは昨日の記事で「基地撤去」発言で代表的な三人の市長による座談会まで開いて「方便発言」の正当化に大童である⇒基地「抑止力」疑問視 県内3首長本紙座談会 「方便」発言 本土との温度差指摘

琉球新報は「識者の意見」では飽き足らず、松元剛・琉球新報政治部長の署名入で、こんな噴飯ものの「特別評論」を掲載し、大恥を晒している。

 いわく「言葉の軽さはあったにせよ、鳩山氏の証言に偽りはない」だって。(爆)

ルーピーさんは、沖縄紙に問い詰められて、つい偽りの証言(方便)をしたといっているのですよ、松本部長!

【特別評論・鳩山「方便」発言が問うもの】検証すべきは「抑止力」 政局の陰で埋没する核心  琉球新報2011年2月18日    3  
 米軍普天間飛行場の県内移設の理由に挙げた「抑止力」について、鳩山由紀夫前首相が「方便だった」と証言した波紋が、本質からずれる形で広がっている。抑止力の虚構性など、追及されるべき大事な論点が、中央政局の陰で埋没する本末転倒の状況が続いている。
 名護市辺野古への移設を譲らない米側に屈し、県民や国民に説明できないため、方便を用いて県内移設の理屈を繰り出した―。政治主導を掲げた前首相のあっけない挫折劇の実態を知った県民の間で、怒りと失望が再び噴き出しているのは当然のことだ。
 その一方で「やはり、そうだったか」と冷静に受け止めた人も多いだろう。鳩山証言を今後の基地問題の反転攻勢にどう生かすのか。沖縄社会に突き付けられた重い課題でもある。
 国会での論戦や在京大手メディアの報じ方の大勢は、失言、放言の類いとみなし、鳩山氏個人の資質問題に矮小(わいしょう)化しているように映る。民主党内の抗争と絡め、またしても普天間問題が「政争の具」と化した。
 再確認しておきたい。鳩山証言が照らし出した核心は(1)沖縄に新たな海兵隊航空基地を押し付ける論拠にした「抑止力」は虚構(2)公約に掲げた「県外移設」実現を目指したが、自らの戦略、指導力の弱さを突かれ、対米追従を断ち切れない閣僚と官僚支配の軍門に下った構図(3)沖縄に基地を押し付ける差別的構造の温存―であろう。
 名護市辺野古への移設を再確認し、菅直人首相が踏襲した日米合意の正当性はもはや、地に落ちている。
 この三つの核心は軍事優先に傾く日本の統治機構の危うさに直結する。徹底的に膿(うみ)を出すべきだが、その動きは弱過ぎる。「方便」発言を追及されている菅首相や枝野幸男官房長官の国会答弁は、官僚が作ったメモに頼り切りだ。
 「在沖海兵隊を含む在日米軍全体」と位置付けることでしか「抑止力」を説明できず、海兵隊抜きならどれほど損なわれるのか、誰も具体的に言おうとしない。「抑止力」の根拠の希薄さの裏返しである。官僚支配の病弊が色濃く漂う第2幕が紡がれている。
 国の最高権力者の回顧は、虚栄心やプライドが災いし、当事者に都合良く描かれることが多い。言葉の軽さはあったにせよ、鳩山氏の証言に偽りはない。退陣に追い込まれた鳩山包囲網の内幕を、わずか8カ月後に明かしたのは前代未聞だ。
 「県外移設」を期待した県民を裏切ったことへの反省と謝罪の意を基に、鳩山氏は驚くほど赤裸々に証言した。その内容は真実性、迫真性に富む。日本の戦後政治史に刻まれる首相経験者の告白と言っていい。
 沖縄はもうだまされないという意志を強固にした点で、鳩山証言の意義は極めて大きい。海兵隊の抑止力が虚飾に彩られていることをしっかり国内外にアピールし、普天間の県外移設を切望する沖縄の声を一層明確に打ち出す好機到来と位置付けたい。沖縄の知恵、戦略も問われている。
(松元剛・琉球新報政治部長)

                     ☆

■ウソまみれのNHK

昨夜22:00から放映されたNHK教育テレビETV 特集を見た。

番組内容は「沖縄学」を利用して歪曲・捏造の歴史観で、「非武装で平和国家だった琉球王国が日本帝国主義に強制的に併合され、1972年の『祖国復帰』は間違っていた」という印象操作に懸命の噴飯もの。 こんなイデオロギーにまみれた番組が国営放送で放映されるとは驚きだ。

長大な映像番組に逐一反論するのは辟易するのでここでは深入りしない。 2,3例を挙げただけでも、ウソまみれの人類館事件を日本政府の沖縄差別の象徴としたり、「非武装で平和な琉球王国」とデタラメを語る有様だ。 その一方、権力闘争で群雄割拠の琉球を武力統一した歴史には目を閉ざし、「武器を持たない平和国家」のナレーションには思わず吹いてしまった。 

血で血洗う武力闘争で三山統一を果たした尚巴志を偲ぶ若者集団が、刀を振り回しながら群舞する映像があったが、これと「武器を持たない琉球王国」との整合性はどうするのだろうか。(失笑)

参考エントリー:

「人類館」、恨み辛みの歴史観

「人類館」のウソ演劇が国立劇場を占拠!

大田昌秀氏が撒いた「人類館」のウソ!「日本政府の沖縄差別政策」

「琉球処分」が沖縄タイムスの今年のテーマ?

                         ★

 

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演題:語る「開戦前夜」

東條英機は戦犯なのか、昭和殉難者なのか。今だから語れる、家族のみが知る開戦を決断した祖父東條英機の知られざる真実。

講師プロフィール

東條英機の長男・英隆の長女。NPO法人環境保全機構理事長

日時:227日(日)

開場:1800  開演:1830

場所:県立博物館・美術館(博物館講座室)

入場料:1,000

主催:東條由布子講演会実行委員会

お問い合わせ:運営事務局 仲村雅巳 09019421675

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続・沖縄人は三枚舌

2011-02-20 14:15:14 | 未分類

 

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沖縄タイムス 2011年2月20日[再掲]

 「沖縄人は三枚舌」「タフ」

米民政府幹部公電に本音

【東京】沖縄人は「予測できない」「三枚舌」-。 沖縄の占領政策に携わった米国民生不の幹部らが沖縄の人々に抱いた複雑な心境を語った記録が、18日公開の外交文書で見つかった。 
1967年10月19日付の公電で、元民政府の政治顧問のジェームズ・マーチン氏は、着任したアンガー高等弁務官に「沖縄人は三枚舌ー対米、対日及び自ら同士でーを使う」と話したことを紹介。 沖縄人の本質は「タフネス(頑強さ)と真意を隠す生活技術」と語った。
また、ワトソン高等弁務官婦人は66年11月29日の公電で、沖縄の人は「個人的には気立てが良好感が持てる」が内面は「UNPREDICTABLE」(予測できない)と述べていた。
激化する復帰運動対処で米側も疲弊していたことが、こうしたシニカルな見方につながったようである。

 

米軍占領下の沖縄で、絶対的権力を誇っていた米軍高等弁務官をして「三枚舌」と言わしめた沖縄人の強かさを彼ら米軍要人は、実際の沖縄統治で実体験したのか、それとも沖縄学の第一人者伊波普猷の書物から得た知識だったのか。

■今夜NHKが伊波普猷を・・・・

前稿で伊波普猷の沖縄人にの性格についての論考を紹介したが、

偶然にも本日(20日)のNHK教育テレビで午後10・00からのETV特集「沖縄学のまなざし」で伊波普猷について取り上げるようなので、興味のある方は見ることをお勧めする。

 

アンガー高等弁務官

021527
【索  引】
琉球政府撮影写真/米国要人
【キャプション】
フェルディナンド.T.アンガー高等弁務官着任 嘉手納空軍基地
【撮 影 日】
1966年11月 2日
【アルバム】
琉球政府関係写真資料 076
【請求番号】
資料コード(CD):0000041419 / 写真番号:021527

 

 

ワトソン高等弁務官

31-22-4
【分  類】
米国政府撮影写真/USCAR広報局2
【キャプション】
Gen. Watson Arrives.
【和  訳】
ワトソン高等弁務官到着
【撮 影 日】
1964年 8月 1日
【撮 影 地】
 
【備  考】
 
【アルバム】
USCAR広報局写真資料6-3
【請求番号】
資料コード(CD):0000029981 / 写真番号:31-22-4(210-2Q2)

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沖縄人は三枚舌

2011-02-19 22:12:48 | 未分類

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昨日の沖縄タイムスには、37年前のライシャワー発言に混じって次のような囲み記事が掲載されている。

 「沖縄人は三枚舌」「タフ」

米民政府幹部公電に本音

【東京】沖縄人は「予測できない」「三枚舌」-。 沖縄の占領政策に携わった米国民生不の幹部らが沖縄の人々に抱いた複雑な心境を語った記録が、18日公開の外交文書で見つかった。 
1967年10月19日付の公電で、元民政府の政治顧問のジェームズ・マーチン氏は、着任したアンガー高等弁務官に「沖縄人は三枚舌ー対米、対日及び自ら同士でーを使う」と話したことを紹介。 沖縄人の本質は「タフネス(頑強さ)と真意を隠す生活技術」と語った。
また、ワトソン高等弁務官婦人は66年11月29日の公電で、沖縄の人は「個人的には気立てが良好感が持てる」が内面は「UNPREDICTABLE」(予測できない)と述べていた。
激化する復帰運動対処で米側も疲弊していたことが、こうしたシニカルな見方につながったようである。

                            ☆

ものの見方には表裏2面で見る方がよりその真実に迫れる場合が多い。 一見欠点に見えるものでも自衛本能からきた長所かも知れぬ。 だがその欠点も度が過ぎると本当の欠点にななってしまう。 

外交上の「三枚舌」といえば、現在の中東紛争の原因を作った第一次大戦前後のイギリスが行った「三枚舌外交」(★文末に注)が脳裏に浮かぶ。 一方、米軍統治下の沖縄で、絶対権力者の米軍要人に「沖縄人は三枚舌」」と言わしめた強(したた)かさは、沖縄人が辿ったその歴史に原因を見出せるのではないか。

「トゥーヌユー(唐の世)」、「ヤマトッヌユー(大和の世)」、「アメリカユー(アメリカ世)」そして「ヤマトヌユー」と、絶えず変わっていく権力者の顔色を読まなければ生きて行けなかった沖縄人の生活の知恵ではなかったのか。

この点を、沖縄学の偉大な先達である伊波普猷は、「沖縄人は恩知らず」という厳しい批判をしながら「沖縄人の欠点」について次のように述べている。

 

「沖縄人の最大欠点」 (明治四十二年二月十一日稿『沖縄新聞』所載、琉球古今記)所収「空道について」参照) 

 
沖縄人の最大欠点は人種が違うということでも無い。

言語が違うという事でも無い。

風俗が違うという事でも無い。

習慣が違うということでも無い。
 

沖縄人の最大欠点は恩を忘れやすいという事である。

沖縄人はとかく恩を忘れやすい人民だという評を耳にする事があるが、これはどうしても弁解し切れない大事実だと思う。自分も時々こういう傾向を持っている事を自覚して慙愧(ざんき)に堪えない事がある。思うにこれは数百年来の境遇が然(しか)らしめたのであろう。

沖縄においては古来主権者の更迭が頻繁であったために、生存せんがためには一日も早く旧主人の恩を忘れて新主人の徳を頌するのが気がきいているという事になったのである。

しかのみならず、久しく日支両帝国の間に介在していたので、自然二股膏薬主義を取らなければならないようになったのである。「上り日ど拝みゆる、下り日や拝まぬ」という沖縄の俚諺(りげん※民間で言い慣わされていることわざ)はよくこの辺の消息をもたらしている。実に沖縄人にとっては沖縄で何人が君臨しても、支那で何人が君臨しても、かまわなかったのである。明、清の代り目に当って支那に使いした沖縄の使節の如き、清帝と明帝とに奉る二通りの上表文を持参して行ったとの事である。不断でも支那に行く沖縄の使節は琉球国王の印を捺した白紙を用意していて、いざ鎌倉という時にどちらにも融通のきくようにしたとの事である。この印を捺した白紙の事を空道(こうどう)といい伝えている。これをきいて或る人は君はどこからそういう史料を探してきたか、何か記録にでも書いてあるのかと揚げ足を取るかも知れぬ。しかし記録に載せるのも物にこそよれ、沖縄人如何に愚なりといえども、こういう一国の運命にも関するような政治上の秘密を記録などに遺して置くような事はしない。これは古来琉球政府の記録や上表文などを書いていた久米村人の間で秘密に話されていた事である。私は同じ事を知花朝章氏から開いたことがある。とにかく、昔の沖縄の立場としてはこういう事はありそうな事である。

「食を与ふる者は我が主也」という俚諺もこういう所から来たのであろう。

沖縄人は生存せんがためには、いやいやながら娼妓主義を奉じなければならなかったのである。実にこういう存在こそは悲惨なる存在というべきものであろう。この御都合主義はいつしか沖縄人の第二の天性となって深くその潜在意識に潜んでいる。これはた沖縄人の欠点中の最大なるものではあるまいか。

世にこういう種類の人程恐しい者はない、彼等は自分等の利益のためには友も売る、師も売る、場合によっては国も売る、こういう所に志士の出ないのは無理もない。

沖縄の近代史に赤穂義士的の記事の一頁だに見えない理由もこれでよくわかる。

しかしこれは沖縄人のみの罪でもないという事を知らなければならぬ。

とにかく現代においては沖縄人にして第一この大欠点をうめあわす事が出来ないとしたら、沖縄人は市民としても人類としても極々つまらない者である。しからばこの大欠点を如何にして補ったらよかろうか。これ沖縄教育家の研究すべき大問題である。しかしさしあたり必要なる事は人格の高い教育家に沖縄の青年を感化させる事である。陽に忠君愛国を説いて陰に私利を営むような教育家はかえって沖縄人のこの最大欠点を増長させるばかりである。自分は当局者がこの辺の事情を十二分に研究せられんことを切望する。

                    ☆

伊波 普猷(いは ふゆう、1876年(明治9年)3月15日 - 1947年(昭和22年)8月13日)は、沖縄県那覇市出身の学者・啓蒙家。

経歴
第三高等学校を卒業した後、東京帝国大学で言語学を専攻する。帝大では、橋本進吉、小倉進平、金田一京助らの学友とともに、新村出の講義を聴講している。

帰郷後沖縄県立図書館の館長を務める傍ら、沖縄研究資料の収集に尽力した。歴史学者の比嘉春潮とともに、エスペラント学習活動を、教会では聖書の講義などを行った。

学問の領域は広大で、沖縄研究を中心に言語学、民俗学、文化人類学、歴史学、宗教学など多岐に渡る。それらの業績を元にした学問体系として「沖縄学」が生まれる。

『おもろさうし』研究への貢献は多大である。また、「沖縄学の父」の名でも知られる。琉球と日本とをつなぐ研究を行うと共に、琉球人=うちなーんちゅのアイデンティティの形成を模索した。「日琉同祖論」はその探究の一つである。民俗学者の柳田國男や折口信夫、人類学者の鳥居龍蔵、思想家・経済学者の河上肇らと親交があった。そして、友人の東恩納寛惇が浦添城跡の顕彰碑に刻んだ言葉が伊波を物語る。

「彼ほど沖縄を識った人はいない 彼ほど沖縄を愛した人はいない 彼ほど沖縄を憂えた人はいない 彼は識ったが為に愛し愛したために憂えた 彼は学者であり愛郷者であり予言者でもあった」

琉球・沖縄を考える人たち全ての立ち返る場所であり、また乗り越えるべき人物である。                 

          ☆

沖縄人はとかく他県人に批判されると素直に反省することなく「沖縄人を馬鹿にしている!」とか「差別だ!」などと叫んで責任転嫁を計ろうとする。 

 ここらで郷土沖縄をこよなく愛した偉大な先人の「耳に痛い」言葉を虚心坦懐に受け取るべきではないだろうか。


 注★イギリスの「三枚舌外交」

解決できない中東問題の本質を、
広瀬隆は『世界石油戦争』(NHK出版 2002年11月30日第一刷出版)上巻P76~に記している。

「マクマホン書簡 1915年10月24日
第一次世界大戦中の一九一五年十月二十四日、イギリスのエジプト高等弁務官
ヘンリー・マクマホンが、聖地メッカの太守フセインに
「イギリスは境界線の内部におけるアラブ諸国の独立を承認する。
イギリスはアラブ=イスラム=カリフ国の建国宣言に同意する」
と記した書簡を送った。
このマクマホン書簡は、アラビア半島全土からペルシャ(イラン)、イラク、パレスチナまで含む
広大な領域について、アラブ人による中東領土支配権を約束したものだが、マクマホンの意図は、
軍事的にアラブ民族の力を利用することにあった。・・・

サイクス・ピコ秘密条約 1916年5月9日
・・・(一九一六年)四月二十六日、シリアのフランス総領事フランソワ・ジョルジュ=ピコと、
イギリス外務省の中東代表マーク・サイクスが、ロシア代表と共にペトログラードで密談し、
マクマホン書簡に反して、戦後のオスマン・トルコ領土を分割して三ヶ国で分配することを取り決めた。
続いて五月九日、サイクスとピコはアジア・中東の領土範囲を決める条約に調印した。
このサイクス・ピコ秘密条約では、フランスが現在のレバノン~シリア~イラクのモスール周辺まで
支配し、イギリスはメソポタミア南部~イラクのバクダッド~ヨルダン~パレスチナを獲得すること
にした。・・・

バルフォア宣言 1917年11月2日
・・・翌一九一七年十一月二日、イギリス外相アーサー・バルフォアが、サイクス・ピコ秘密条約の
締結者マーク・サイクスの草案をもとに、
「イギリス政府はユダヤ人のための国家(ナショナル・ホーム)をパレスチナに建設す
ることに賛同し、最善の努力をつくす」
と記したバルフォア宣言を、ウォルター・ロスチャイルド卿宛に出した。
これによってロスチャイルド家がユダヤ人国家の建設に踏み出したのである。・・・

三枚舌外交(トリプルスタンダード)
・・・パレスチナは、おかしなことになった。
「マクマホン書簡」によればアラブ人の支配地域であり、「サイクス・ピコ秘密条約」によれば
イギリスの土地であり、「バルフォア宣言」によればユダヤ人国家の建設地という、あり得ない
矛盾であった。相手によってころころ内容を変えるイギリスの三枚舌外交が、問題を深刻にした。」
ローレンスのことも記していた広瀬隆の本は情報の宝庫だ、NHKが情報ソースとして様々な場面で
影響を受けている著者の1人であることを感じる。
日本国内で自国を”ガラパゴス”と揶揄する風習がここでもそれを証明しているような氣がする。
この三枚舌外交を裏付ける関連したコメントが次のドキュメンタリー番組で理解できる。

「今のような大きな対立が生み出された歴史的背景は 第一次大戦後の17ヶ月間にあります。
戦争に勝った大国、おもにイギリスとフランスは 北アイルランド、ユーゴスラビア、そして中東の
大半の国々を創り出しました 私は記者として それらの国々での悲劇をずっと見てきました。
・・・
私たち欧米人は自分達がコントロールできるように中東諸国の線引きを行ったのです。
そしていまだに イギリス、フランス、アメリカは影響力を競っています
欧米人は中東を創る時に意図的に宗教が対立するようにしました、皆が互いに恐怖心を抱いて
ロンドンやパリ、ワシントンに保護を求めてくるように するためです」
ロバート・フィスク:レバノン問題専門家の発言
(『過激派と交渉する男~イスラム社会との対話~』NHK BS1世界のドキュメンタリー
製作:VPRO オランダ2008年 2008年11月28日放送)

                      ★ 

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演題:語る「開戦前夜」

東條英機は戦犯なのか、昭和殉難者なのか。今だから語れる、家族のみが知る開戦を決断した祖父東條英機の知られざる真実。

講師プロフィール

東條英機の長男・英隆の長女。NPO法人環境保全機構理事長

日時:227日(日)

開場:1800  開演:1830

場所:県立博物館・美術館(博物館講座室)

入場料:1,000

主催:東條由布子講演会実行委員会

お問い合わせ:運営事務局 仲村雅巳 09019421675

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「在沖基地撤去は可能」 ライシャワー氏、67年日本伝達

2011-02-19 10:04:10 | 普天間移設

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沖縄タイムスが鳩山前首相の「方便」発言に続いて、今度は約40年も前の「グアム移転は可能」というライシャワー発言を取り上げ合計七面も使って欣喜雀躍の記事を書いている。

●一面トップ

「在沖基地撤去は可能」

イシャワー氏、67年日本伝達

グアム移転試算言及

面トップ

 帰前からリンク論

●三面トップ

根拠乏しい抑止力論

 

在沖基地撤去は可能」 ライシャワー氏、67年日本伝達

  【東京】ライシャワー元駐日米大使ら複数の米側関係者が沖縄返還交渉開始前の1967年、在沖米軍基地の完全撤去も可能との見解を日本側に伝えていたことが、外務省が18日公開した外交文書で分かった。米軍が沖縄本島の基地をすべてグアムなどに移した場合の経費を試算していたとの言及もあり、米側が日本国内で高まる返還論に対応し「完全撤退」も選択肢として検討していたことがうかがえる。

 4月15日付の「極秘」公電で、ライシャワー氏は日本大使館員に「沖縄の軍事施設をグアム島にそっくり移すことは理論的には可能」と指摘。ただ30億~40億ドル(当時のレートで1兆800億~1兆4400億円)の経費がかかると軍部が推定しており、米議会がそのような支出に反対するだろうと語ったと報告されている。

 別の公電では、陸軍省が「沖縄本島の基地を一切西表島に移転すると仮定したらいくらかかるか」を試算し、二十数億ドルだったとの記載もある。

 また7月17日には在日米大使館の参事官が外務省北米課長に対し、米国は日本との関係か、沖縄の占領維持かの選択を迫られた場合は日本を選ばざるを得ないと述べた上で「日本が決意すれば、米軍基地の完全撤去にせよ、基地付きの沖縄返還にせよ」選びうると、自らの強い立場を認識するようひそかに促していた。

 だが日本政府は、事実上最初の返還協議となる7月15日の三木武夫外相(当時)とジョンソン駐日米大使(同)との会談で、基本的態度として「沖縄には米軍基地を存続せしめつつ施政権を返還する方途を探求」するとの覚書を米側に手渡し、最初から基地撤去を求めない姿勢をとった。

                        ☆

沖縄タイムスが躍り上がって喜ぶ理由は、例え約40年前の発言でも、持論の「米軍基地不要論」を正当化する根拠になると判断したからである。

その意味では鳩山氏の「方便」発言と同じで、例え発言者がクルクルパー(ルーピー)首相でも、時代背景が異なっていても、とにかく「米軍基地不要論」に利用できれば何であれ、一面トップで大騒ぎするといういつもの姑息な手法である。

根拠乏しい抑止力論 外交文書公開基地の限界指摘も

 沖縄タイムス(2011年02月19日09:28)

 18日公表された沖縄返還交渉関連113冊の外交文書からは、鳩山由紀夫前首相が「方便」と語った抑止力や米軍事費削減などが当時から変わらぬテーマとして語られていたことがうかがえる。(東京支社・前田高敬)

■方便の可能性

 1967年9月15日。ワシントンでマクナマラ国防長官(当時)と向き合った三木武夫外相(同)がこう語ったことが記録されている。「率直に、沖縄の極東の安全保障上の役割についてうかがいたい」

 このほか「(沖縄に必要な)軍事的条件は米側から示されなければ判断する材料はない」(7月18日の駐日米大使との会談で、北米局長)など、この時期日本側は「沖縄が極東の安全保障に果たす役割は十分認識」(三木氏)といいつつも、その具体的な説明を米側に求める発言が目立つ。

 一方で米側も「(抑止力の問題は)日本自身が決定しなければならない」(マクナマラ長官)「日本は米軍に何を期待するのか」(同大使)と反問しており、やりとりの中で「抑止力」論が深まった形跡はない。外務省は65年8月16日、「アメリカの極東戦略に占める沖縄の地位」というリポートをまとめている。83ページのリポートでは、航空基地、ミサイル基地、海軍基地などとして、太平洋地域内に沖縄に代わる地域はないとして「その価値は絶対的」と分析しているものの「狭隘(きょうあい)な島内に大部隊を集結することは、軍事的好目標を露呈」し限界があるとも指摘している。

 結局のところ、一連の文書からは当時沖縄が「米軍の自由使用可能な基地」だったという以外の理由はよく分からず、この時点から「抑止力は方便」だった可能性すら高いのだ。

 69年、日本は知日派米議員らと盛んに接触し、沖縄返還への感触を探った。

■軍事費削減を

 各議員は「駐留過多に対する反省、経費削減という観点が先」(ジェームス・オハラ下院議員)、「できるだけ海外駐留軍を引き上げ、基地縮小を図るべき」(マンスフィールド民主党上院院内総務)など、少なくない議員が軍事費削減のため在外米軍は縮小すべきだと主張。

 これも、過去最大の財政赤字を抱えて歳出削減圧力が強まる現在の米国の状況と通じる。

 もっとも歳出削減圧力は、在外基地縮小の動きの一方で「沖縄(の基地)を返還することになれば、いずれはこれに代わるものを構築せねばならず」(2月19日、フレイマス陸軍省補佐官)、かえって基地の固定化につながる面もある。

 復帰後も多くの米軍基地が沖縄に残ったのはこうした理由があることも否定できない。日米両政府と沖縄が、歴史から何を学ぶかが問われているといえそうだ。

復帰前からリンク論
佐藤首相、米に示す
基地政策で強硬論も

 【東京】佐藤栄作首相(当時)が1966年11月、沖縄への赴任前に就任あいさつに訪れたアンガー米高等弁務官に対し、沖縄経済について「根本的に軍事基地の役割があり、その目的のために民生向上がある」と強調していたことが、18日公開された日本の外交文書で明らかになった。

 歴代政権は沖縄における経済振興施策と米軍基地の存在を結びつけた「リンク論」を否定しているが、実際には復帰以前から両者が密接にリンクしていると日本の首脳が認識していたことを示すものといえそうだ。

 同年11月1日の会談でアンガー氏が、自分の主たる責任は米軍基地の効果的な運営と住民の福祉民生の向上の二つであると述べたのに答えた。

 また佐藤首相は同じ会談で、当時政府が求めていた本土―沖縄間の渡航制限緩和について「もっと制限を無くすこととし、他方、(基地に反対する)社会党、共産党には理屈をつけて自由をなくす必要がある」と指摘。

 その上で「軍政なのだから、もっと思い切ってよい、体裁のよいことは言わなくてもよいと思っている」と、基地政策でさらなる強硬措置の“助言”までした。

 同席していたジョンソン駐日米大使がさすがに「日本はわれわれを支持しうるか」と懸念を示すと、佐藤氏は「あなた方のやりやすいように協力しなければならない」と答えたという。

                        ☆

 

■条件付のライシャワー発言

早速「根拠乏しい抑止力論」とか「方便の可能性」といった都合の良い文言が見られるが、当時、憲法の制約の下、自国の防衛も他人任せの日本に対してアメリカが抱いていた「安保ただ乗り論」を抜きにしては、ライシャワー氏の「沖縄の軍事施設をグアム島にそっくり移すことは理論的には可能」という発言は理解できない。

なるほど「理論的には」米軍基地をグアムに前面移転させることは可能であるが、現実問題として核を持つ軍事強国を近隣に持つ日本が、憲法改正して核武装するのは不可能であった。

したがって当時の日本が、米軍抜きで核武装し、自主防衛が不可能であることを日本通のライシャワー氏が知らないわけは無い。

ライシャワー氏が指摘した「理論的」と「現実的」の乖離が四十年経ってもそのまま手付かずで、憲法改正どころか核武装論議さえ自由にできないという「非核四原則」の状況である。

沖縄タイムスはライシャワー発言を有効に利用すべく、不都合な事実は伏せているが、NHKは、ライシャワー発言の裏に潜むアメリカ側の思惑を次のように報道している。

<その一方で、ライシャワー氏は、アメリカ議会の対日観について「気持ちの奥底には、米国の防衛努力のおかげで無料の安全保障といううまい汁を吸い、いつまでも自国、および極東の防衛問題と真剣に取り組む努力を怠っているという感じがあるのは否めない」と述べたことも記されています。(NHKグアム移転可能”外交文書公開)>

結局、ライシャワー発言は、米軍基地撤去は憲法改正して核装備でもして自主防衛ができるようになれば「理論的にグアム移設が可能」といったことが容易に理解できる。
 

佐藤学教授の「安保ビンのフタ論」

本日の沖縄タイムスにはお決まりの「識者談話」として極左学者の佐藤学沖国大教授の談話を大きく写真入で紹介し「基地維持は日本の意向」という談話を掲載しているが、この人物の意見なんて、読まなくとも大方推測がつく単純な代物である。

持論が日本を護憲のままで米軍基地を追放して丸腰状態にすることだから、中国が泣いて喜ぶ「工作員学者」ということができる。

佐藤教授は「安保ビンのふた論」を妄信している興味深い記事を紹介する。

 

                           ☆

【外信コラム】ポトマック通信  (産経新聞 2010/03/25)

 日米安保に関する「ビンのフタ論」を久しぶりで聞いた。日米同盟の効用の一つは日本が自主防衛に走り、軍国主義の道を歩むのを在日米軍の存在や米国の日本防衛誓約で抑えることだという論である。危険な日本をビンの中に入れ、米国がそのフタをするというのだ。かつて沖縄の米軍海兵隊司令官がそんな発言をして、すぐ更迭された。

関連記事


 今回は日本側発の「ビンのフタ論」だった。ワシントンでこのほど開かれた「アジア地域の安全保障と日米同盟での沖縄」というセミナーでの沖縄国際大学の佐藤学教授の発言だった。

 東西センターや北海道大学、笹川平和財団の三者共催の同セミナーの沖縄と日米同盟についてのセッションでは佐藤教授が報告者として普天間飛行場はそもそも不要だと述べ、米軍の駐留理由に関連しても中国の軍拡や北朝鮮の核も特に日本への脅威ではないと明言した。

 つい私が「では日米安保や日米同盟にそもそも反対なのでしょうか」と問うと、佐藤教授は「いや賛成です。なぜなら私は日本の国民を信用しないからです」と答えたのだった。日米安保がなければ、日本の政府や国民は自主的な防衛政策を求め、危険な道を進みかねないから、日米同盟で米国がそれを抑えておくことが好ましい、というのである。実にすっきりした「ビンのフタ論」だった。

 

■工作員は出て行け!

この佐藤という人物、わが国の安全保障を「諸国民の信義」を信頼し委ねておきながら、日本国民は信用できないと公言する。

つまり中国の軍拡も北朝鮮の核も脅威ではないから米軍も不要だというのだ。

「識者」の意見にしたがい、米軍撤去をすれば、喜ぶのは中国である。

日本以外の国民は信頼できるが、日本国民は信用できないというヤツは、沖縄の大学などに燻っていないで、中国へでも何処でも、とっとっと消えて行ってほしい。

 

 

 

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陶酔が集団自決をもたらした、金城重明氏の証言

2011-02-19 06:46:44 | ★パンドラの箱訴訟

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 集団自決の重要証人とされる金城重明氏の「手榴弾軍命説」は破綻してしまったが、最近では「軍命あり派」のなかに、「軍命の有無は問題ではない」と宗旨変えをし、軍の命令が無くとも集団自決に追い込まれたのは「軍の強制」であるという説だ。

「集団自決訴訟」で梅沢・赤松両隊長による自決命令があったという証言・証拠が皆無であるとわかった段階で、被告の大江健三郎氏は「軍隊のタテの構造」とか「読者の誤読」とか、後出しジャンケンのような卑怯な理屈を持ち出してきた。

大江健三郎のいかがわしさ

「軍命あり派」のシンボルである金城重明氏は、現在でも学生相手に破綻した「軍命論」を講演し続けている。

何時まで続く金城重明の強弁 渡嘉敷島の集団自決

彼の詭弁が反対派の攻撃に晒されるのは自然の帰結であり、小林よしのり氏の金城兄弟への「攻撃」も当然予想は出来たことである。

これに対し、沖縄の作家目取真氏がブログで、金城兄弟への攻撃を許してはならないとご立腹のようだが、その的外れな論はおいても、反論は認めないと言う姿勢には呆れてしまう。

これでは、自身が狢だと批判する「言論封殺魔」(佐藤優氏)と同じではないか。

これを世間では敵前逃亡と言う。

折角、小林よしのり氏が金城兄弟の原罪についてわかりやすく説明してくれたし、かつての論敵目取真氏も問題提起をしてくれているので、これを機会に金城氏の過去の証言を検証してみる。

宮城晴美氏は過去に発刊した自著によって論破されるという世にも奇妙な論文を書いて大方の失笑をかったが、過去の新聞記事の発言で自分が論破されるという点では、金城重明氏も負けてはいない。

以下は続・39年前の金城重明氏の証言を加筆したものである。

■殺人者の陶酔--39年前の金城重明氏の証言■

今を遡る39年前、曽野綾子氏の『ある神話の背景』が発刊される3年前のこと。

金城重明氏は沖縄タイムスのインタビュー記事で、記者の「集団自決は軍の命令だ」との執拗な誘導質問を拒否し、心の内を正直に語っている。

米軍の無差別な艦砲射撃を受け、肉親殺害に至る心理を、

一種の陶酔感」に満ちていたと証言している。

「ランナーズ・ハイ」とは聞いたことがあるが、まさか「キラーズ・ハイ」(殺人者の陶酔)が世の中に存在するとは氏の証言で初めて知った。

その状況を「異常心理」だと正直に認めながらも、一転して「あの光景は軍部を抜きにしては考えられないことだ」と強弁する矛盾に、

贖罪意識と責任転嫁の狭間で揺れる心理が垣間見れる。

後年、訴訟が起きるとは夢想もしなかったのか、正直に心の内を吐露してはいるが、当時から金城氏にとって「軍命」とは一生叫び続けねばならぬ免罪符であったのであろう。

ちなみに金城氏は、後に沖縄キリスト教短大の教授、そして学長になるが、当時は一牧師として証言している。

1970年3月27日付沖縄タイムス

集団自決の生き残りとして

ー牧師となった金城重明さんの場合ー

記者:当時の状況はどうでしたか。

牧師:わたしは当時16歳だったが、当時のことはよく覚えている。しかし、あくまで自分の考えていたことと自分のやった行為だけだ。

記者赤松大尉が村民に自決を命じたといわれているが。

牧師直接命令を下したかどうかはっきりしない。 防衛隊員が軍と民間の連絡係りをしていたが、私の感じでは、私たちの間には生きることへの不安が渦まいていた.。 つまり敵に捕まったらすごい仕打ちを受けるとか生き恥をさらすなというムードだ。 そして戦況も、いつか玉砕するというところに少なくとも民間人は追いこまれていた。

記者自決命令についてはどう思うか。

牧師:わたしの感じでは、離島にあって食料にも限界があったし、民間人が早くいなくなればという考えが軍にあったように思う。 しきりにそうゆうことがささやかれ、村民の中では、足手まといになるより自決して戦いやすくしたら・・・ということがいわれていたし、こうした村民の心理と軍の命令がどこかでつながったか、はっきりしない。

記者:自決命令は別として西山盆地に集結させたのは軍の命令ですか。

牧師:わたしたちは阿波連にいたが、とくに集結命令というものはなく、人づてに敵は南からくるもので北部に移らなければならないということがいわれた。 事実、米軍の攻撃も南部に集中し、南部は焼け野原になっていた。 二日がかりで西山についた。

記者:村民の集結から自決までの間が不明だが。

牧師:集結した村民は米軍の攻撃にさらされ、絶望のうちに一種の陶酔が充満していた。軍部もすでに玉砕したというのが頭にあった。肉親を殺し、自分もしぬという集団自決がはじまった。今にして思えば、まったくの異常心理としかいいようはないが、とにかくあの光景は軍部をぬきにしては考えられないことだ。 私自身母親や兄弟を兄弟を殺し、自分も死ぬつもりだったが、どうせ死ぬなら敵に切りこんでやれということで米軍のいる方向へむかった。 しかし、そこで玉砕したはずの日本軍が壕にたてこもっているのをみて、なにか悪夢から覚めたようになった。 この壕は赤松大尉がずっとたてこもり村民を近づけなかったところで、住民を保護すべきはずの軍隊が渡嘉敷では反対になっていた。はっきり言って、沖縄戦で最初に玉砕したのは渡嘉敷であるが、日本兵が最後まで生き残ったのも渡嘉敷であった。(略)

(1970年3月27日付沖縄タイムス)

                   ◇

1970年当時、金城氏は「西山盆地に集結したのも軍命ではなかった」と正直に証言している。

ところが後年、裁判が起きると、「西山盆地に終結したのは軍命である」と前言を翻し、さらに「手榴弾軍命説」が破綻すると、今度は「西山盆地に移動させたのが自決命令だ」と、とんでもない詭弁を弄すことになる。

沖縄人は概して時間にルーズであり、集合時間にもなかなか集まらないとは良く聞く話だ。

沖縄人の習性を熟知する村役人が、何事かを村民に指示するとき「軍命」を借用して村民に敏速な行動を促したことは容易に想像できる。

同じ「軍命」でも「○○に集合」程度なら、軍から直接聞かなくとも(現場に軍人がいなくとも)村役人よりの伝聞のみで容易に「軍命」に従うだろう。

だが、「自決せよ」という生命に関わる重大な「軍命」に対して、伝聞やウワサだけで、発令者の臨場もなく自主的に実行できるものだろうか。 先生の臨席しない「自習」は「遊び」と昔から相場は決まっている。

■死者の命令で肉親を殺害する不可解■

軍命による村民の自決とは、どのような状況が考えられるか。

村民が銃剣で装備した軍人に囲まれ、自決拒否や逃亡をすれば直ちに銃殺されるような状況に追い込まれたのなら、やむなく自分で自分の命を断つことも考えられるだろう。

だが、渡嘉敷島の集団自決は、自決実行の現場に隊長は勿論、自決を強制する軍人の姿はない。

それどころか、自決実行の際は、金城氏は「軍部もすでに玉砕した」というのが頭にあったというではないか。

だとしたら自分の生命に関わる重大な「軍命」を下した命令者は、自決実行の際すでに死んだと思われていたことになる。

既に死んでしまった人の命令を厳守して「親兄弟を殺害する」のはいかにも不自然ではないか。

自分がパニック状態による「まったくの異常心理」肉親を殺害しておきながら、

「とにかくあの光景は軍部をぬきにしては考えられないことだ」と強弁するのは責任転嫁もはなはだしい。

くり返していう。 命令を下したとされる軍部は「既に玉砕している」と考えられていたのではないか。

金城氏の証言に従うとすれば、集団自決した住民達は、「既に玉砕している軍部」、つまり既に死んだと思われている軍人の命令で死ぬほど、愚かだったというのであろうか。

インタビィーした記者は「軍命」を何とか引き出そうと、次のような核心を突く質問を連発しているが、軍命を直接軍から聞いた者は一人もいない。

「赤松大尉が村民に自決を命じたといわれているが」

「自決命令についてはどう思うか」

結局、軍命による集団自決はウワサであり、伝聞であり、幻であった。

■金城兄弟は父親殺害を隠していた■

もう一つ疑問がある。

金城重明氏は早い時期から母親と兄弟を殺したことは告白していながら父親を殺害していたことを長期間隠していた。(去年になってジャーナリスト鴨野守氏が金城氏が隠蔽していた父親殺害を暴きだしている)

沖縄紙が報じない金城重氏の闇の部分

多くの証言によると、自分で自分の命を断つことのできない女子供は父親や祖父などの年長者が手を下したという。

だが、金城兄弟の場合未成年の重明、重栄兄弟が壮年の父親を殺害した他に類を見ない例である。

やはりこれは、本人が吐露するように「キラーズ・ハイ」ともいえる「異常心理」が働いたのであり、これを軍命だと強弁しても誰も信じるものはいない。

 

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拡散依頼!記者会見映像、「パンドラの箱」訴訟

2011-02-18 16:47:54 | ★パンドラの箱訴訟

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                   散依頼】

131日に沖縄県庁内記者クラブで行われた「パンドラの箱」掲載拒否訴訟 (正式名称)

の原告側記者会見の動画です。

フリージャパンの手登根氏がアップして下さっています。全6篇アップされました。

拡散お願いいたします。

 

「パンドラの箱掲載拒否訴訟」 記者会見 6-1 
 http://www.youtube.com/watch?v=PRqiuvt6Mxo&feature=related

「パンドラの箱掲載拒否訴訟」 記者会見 6-2
http://www.youtube.com/watch?v=aP1fjUYV2O0&feature=related

 

 「パンドラの箱掲載拒否訴訟」 記者会見 6-3
http://www.youtube.com/watch?v=2JomBDVsi_s&feature=related

 

 

「パンドラの箱掲載拒否訴訟」 記者会見 6-4
http://www.youtube.com/watch?v=3Xm6hjHTSO4&feature=related

 

 

「パンドラの箱掲載拒否訴訟」 記者会見 6-5
http://www.youtube.com/watch?v=KPZXKi4AD6c&feature=related

 

 

「パンドラの箱掲載拒否訴訟」 記者会見 6-6
http://www.youtube.com/watch?v=lRP5fZigfWU&feature=related

 

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 東條由布子憂国講演会のご案内

演題:語る「開戦前夜」

東條英機は戦犯なのか、昭和殉難者なのか。今だから語れる、家族のみが知る開戦を決断した祖父東條英機の知られざる真実。

講師プロフィール

東條英機の長男・英隆の長女。NPO法人環境保全機構理事長

日時:227日(日)

開場:1800  開演:1830

場所:県立博物館・美術館(博物館講座室)

入場料:1,000

主催:東條由布子講演会実行委員会

お問い合わせ:運営事務局 仲村雅巳 09019421675

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断末魔の民主党、綱領なき政党の末路鳩山

2011-02-18 08:04:58 | 県知事選

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■」「方便」の余波

鳩山前首相の「抑止力は方便」発言は沖縄2紙が大騒ぎしたのが効を奏したのか、全国紙は言うに及ばず、テレビワイドショーも大相撲八百長問題と韓国タレントの契約問題で大忙しの合間を縫って、遅ればせながら「方便」問題を大きく取り上げた。

これに対し、当日記は発言の軽さでルーピーとあだ名された前首相の発言をいまさら大騒ぎするのはおかしいと書いた。 鳩山氏が辞任に追い込まれた理由が「迷走発言」ではなかったのか。

なにしろルーピーとは「基地外、クルクルパー」といった常人にあらざる人のことを指すというのだ。 いまさら基地外の発言に大騒ぎするほうがおかしいというもの。

特に「沖縄の心を踏みにじる」といった報道は笑止千万な話だ。

沖縄2紙が過剰とも思える反応を示したのにはわけがある。

鳩山氏が首相在任当時、「学べば学ぶほど海兵隊の抑止力がわかった」と発言し、「海兵隊無用論」で結束している沖縄2紙の報道に水をさした。

その鳩山前首相が前言を翻し「抑止力は方便」と発言したのだから、沖縄2紙が狂喜乱舞するのは当然のこと。

早速左翼学者を動員して、海兵隊の存在は百害あって一利なしといった論で紙面を飾っている。

「海兵隊不要論」の急先鋒であった伊波前宜野湾市長の後継者であるこの方はは早速「方便発言」に歓迎の意を表している。

「方便」発言よかった…沖縄・宜野湾市長

ちなみに本日の沖縄タイムス一面にも「『方便の抑止力』 3 首相を阻んだ官僚の『帰属意識』」と題する連載記事を掲載している。

自らまいた種で目下四面楚歌の鳩山氏だが、沖縄には鳩山氏に声援を送る人物もいるようだ。

本日の沖縄タイムスの小さなベタ記事によると、鳩山氏は3月に予定されている喜納昌吉前参議院議員の激例会に参加のため来県の予定だという。

同記事によると鳩山氏の「方便」発言について、喜納氏は「鳩山氏が、」県外・国外移設を目指すという日米関係のタブーを開けた。彼の良心の部分を沖縄側が気付くベきだ」と述べたという。

捨てる神があれば拾う神もあるというか、奇人変人同志はお互い理解しあえるのだろう。

■綱領なき政党の末路

綱領のない政党が政権をとったこと自体が摩訶不思議な話だが、菅首相が必死になって強弁する「折り返し点(9月)」を待たずして、内閣どころか民主党自体の分裂も避けられない断末魔に突入した。

民主、事実上の分裂状態=小沢系、倒閣に同調の動き-執行部は引き留めに全力 (時事02/1720:56)

さらにこんな報道も。

民主 党内の亀裂さらに深まる 
NHK2月18日 4時24分  
民主党の小沢元代表に近い16人の衆議院議員が会派離脱届を提出したことについて、党執行部は、事態を速やかに沈静化させたい考えですが、小沢氏に近い議員に同調を模索する動きがあるほか、原口前総務大臣が菅総理大臣の政権運営を批判するなど、党内の亀裂はさらに深まっています。

民主党の小沢元代表に近い、比例代表選出で当選1回と2回の衆議院議員16人は「菅政権は国民との約束を果たしていない」などとして、17日、衆議院の会派「民主党・無所属クラブ」の離脱届を提出しましたが、離党はしない考えを示しました。これについて、党執行部は、1つの政党が2つの会派に分かれることはあり得ず、会派離脱は認められないとしています。菅総理大臣は17日夜、「まったく理解できない行動だ。マニフェストの見直しは、党大会で承認されている」と述べ、16人の行動に正当性はないとして、粛々と政権運営を進めていく考えを示しました。また、岡田幹事長は、処分を見送ることで事態を沈静化させたいという考えを示しました。これに対して、16人は、平成23年度予算案の関連法案に反対することもあり得るという認識を示しているほか、小沢氏に近い議員の中には「何のための政権交代だったのかという思いは同じだ」として、同調を模索する動きもあります。また、17日夜、開かれた鳩山前総理大臣のグループの会合では、こうした動きによって、政権運営が不安定さを増すことになるという懸念が出されました。さらに、原口前総務大臣は、来週、発売される月刊誌のインタビューで、菅総理大臣の政権運営を「政権交代の原点を見失い、既得権益にしがみつくのであれば、われわれの同志ではない」と批判し、来週、当選1回の国会議員を中心に参加を呼びかけて、みずからが代表を務める新たな政策集団を発足させることにしており、党内の亀裂はさらに深まっています。

                                ☆

小沢派16名の反乱も原口氏の反乱も民主党分裂の兆しだけに大賛成なのだが、予算案に反対するのなら潔く民主党を離脱するのが筋というもの。

会派離脱だけで離党はしないというのはいかにも卑怯な連中である。 原口氏も同じだ。 不満があれば同じ民主党のこと、それこそ膝突き合わせて「熟議」すればよいはずなのに週刊誌を使って首相攻撃とはいかにも卑劣だ。

さらに鳩山氏の「方便」発言は一種の倒閣運動だという向きもあるが、ただでさえも難問山積の菅内閣は内部からの侵食による自壊は必至の様相を呈してきた。

内閣支持率も20%を切って、既に内閣崩壊の条件は整ったようだが、何しろ肝っ玉は小さいが、面の皮だけは人一倍厚い菅首相のこと、石にかじりついてでも辞めない、といいかねない。

厚顔無知の首相はいらない!

一刻も早く解散、総選挙をするのが国民への償いであると思う方、プチッと応援お願いします。

 

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言論封殺の生き証人

2011-02-17 09:17:26 | ★パンドラの箱訴訟

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 琉球新報が上原さんの長期連載戦記『パンドラの箱が開く時』を一方的に掲載中止した事件を、筆者は一読者として、そして一ブロガーとしてオンタイムで目撃・体験した。 そして琉球新報の読者を愚弄した理不尽な措置を逐一実況放送のようにエントリーしていた。

その意味で、筆者は琉球新報の言論封殺の生き証人になれると書いた。

 

2007年6月19日の琉球新報による「パンドラの箱が開く時」の掲載拒否以来、筆者は次のような抗議のエントリーを継続的に行っている。

【再掲】 琉球新報の言論封殺に抗議します。

以下は2007年9月24日エントリーの【再掲です】

                          ☆

琉球新報の言論封殺が続いて今日で97日目です。

琉球新報の夕刊で火曜から土曜にかけての長期連載特集、

上原正稔著「パンドラの箱を開ける時 沖縄戦の記録」が

掲載予定日の2007年6月19日より

読者に何の断りも無く一方的に中止になりました。

上原さんは掲載前に知人に次のように言っていました。

≪19日付からは第2話「慶良間で何が起きたのか」が始まります。
集団自決」をテーマにしたもので、作者の上原正稔氏は圧力に屈することなく執筆する≫と。

同氏の話によると、

≪沖縄で現在展開されている運動に水をかけることになる内容になるためか≫

≪担当編集者の態度に変化があり、今回の事態に至ったらしい≫とも言っているそうです。

どんな大きな圧力が働いたのでしょうか。

琉球新報は読者に連載中止の理由を一言も言っておりません。

問い合わせても「調整中」の一言で済ましています。

読者は一方的に「知る権利」を奪われています。

沖縄では今メディアの意見と違う考えは封殺される異常な事態になっています。

これでは戦前の言論弾圧と変りません。

琉球新報が連載を再開するまでこの記事を掲載し続けます。

                              狼魔人

◆参考エントリー:

「パンドラの箱」  カギを握る上原正稔氏

沖縄のマスコミは大政翼賛会か

琉球新報によって削除された「沖縄戦記」

 

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