狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

沖縄語講座、嘘つきと正直者

2010-02-03 00:51:25 | 沖縄語講座

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沖縄語は耳で聞くと外国語のようだが、文字で書くと大体の意味は分かると言う人がいる。 沖縄民謡の歌詞などは確かに文字で書くと沖縄語を知らなくとも、意味が分かったような気がする。

だが、沖縄語の中にも日本語の類推で分かる言葉と、全く理解不能な言葉がある。

例えば「嘘つき」と「正直者」の沖縄語は夫々「ユクサー」と「マクトゥー」というが、「ユクサ-」はさておいても、「マクトゥ-」が誠の類推から正直者を表すことは容易に類推できる。 

沖縄語には語尾を伸ばすことにより、その動作や状態を表す人や物に変化する法則があるので、「マクトゥー」が正直者になるのは、分かっても「ユクサー」となるともはや類推では手も足も出ない。

「ユクサー」は「ユクシム二ー」(嘘)から派生した言葉「ユクシ」の語尾が伸びた時「シ」が長音につられて「サ」に変化し「ユクサー」になったものである。

で、「ユクシムニー」は「ユクシ+ムニー」に分解され日本語を当てると「邪(よこしま)+物言い」となり、これを例の通りローマ字で書くとこうなる。

YOKOSIMAMONOII

そこで、O→Uと変化する法則にしたがえばこうなる。

YUKUSIMUNUII

そのまま発音すると「ユクシムヌイイ」

続けて発音していくと「ユクシムニー」つまり、「嘘つき」の沖縄語となる。

従って元来「嘘つき」は「ユクシムナー」と言うべきだが、通常は「ユクサー」のような短縮形でも意味は充分通じる。

前稿のコメント欄で日本語より沖縄語の方が大和言葉風な言葉がが多いと書いたが、「嘘」というシナ風の表現より「邪(よこしま)物言い」がウソになるとした表現の方が優雅で優れて大和風ではないか。

 

「正直」を表す沖縄語は「誠」の類推が容易な「マクトゥ 」で正直者は「マクトゥー」と簡単だが、「マクトゥ」にはほかにも「真実」の意味がある。

関連語に「マットーバ」という沖縄語があるが意味は、

(1)まっすぐ。 一直線。 正しいこと。

(2)単純な人。 馬鹿正直な人。

語源を辿れば、日本語の「真っ当」に行き当たる。

 

沖縄で「あの人はマクトゥーよ」と言われたら正直者の他に誠意のある人といった褒め言葉になる。 誠意より正直だけを強調されると「あの人はマットーバよ」と言われる。

くれぐれも「あの人はユクサーよ」とか「ユクシムナー」と言われないようにしたいものである。

何ですって?

沖縄語の研究者達が「狼魔人はユクシムナーだ」と怒っているって?

「マットーバ」を言っているつもりなのですが・・・。

 

◆お知らせ

2月1日から三日間の予定で引越しをします。 

PC移動も伴いますので、その期間中は予約エントリしておきますが、もし何かの不都合で更新できない場合は引越しの際の不手際ですのであしからずご了承ください。

狼魔人

 

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沖縄語講座、油揚げと天ぷら

2010-01-30 08:19:27 | 沖縄語講座

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当日記は地元紙を引用して、全国的に活躍する沖縄の若者に声援を送ったり、沖縄の食文化などを紹介をしたりするいわば「お国自慢」「郷土自慢」をテーマにしていたのだが、

沖縄タイムス、琉球新報を中心にした沖縄マスコミの極端な偏向報道と、マスコミに巣食う「知識人」といわれる人々のデタラメな言動を批判していたら、

いつの間にか沖縄左翼の目の敵のような存在になってしまった。(笑)

時々は原点に返って、沖縄の高校生の活躍をと思ったのだが、沖縄紙のウェブ記事更新遅いので、沖縄の高校野球の快挙を読売記事をリンクして自慢しておく。

センバツ32校…沖縄から嘉手納、興南の2校 (1月29日 18:58)

それにしても、一県から同時に二校も甲子園行きなんて、「野球には弱い沖縄の高校」を同時代的に体験している筆者にとって、つい隔世の感という陳腐な表現もしたくなるほどである。 甲子園の常連高の興行南高校はともかく、基地の街嘉手納の嘉手納高校の初出場も快挙である。

ところで沖縄紙を批判するばかりではない証拠に、一昨日の新報コラムを引用して、しばらくご無沙汰をしている「沖縄語講座」をしてみたい。

再三言うが当日記は学術論文の発表の場ではないので、掲載文は筆者の独断と偏見で書き連ねてあるので、学術的信憑性の責任は負わないことを申し添えておく。

これを学術論文と思うバカはいないって?

はい、ごもっともです。

もっとも学術論文と称するものにも、デタラメやねつ造が多い昨今なので、改まって但し書きを書く必要もないとはおもうのだが・・・。

琉球新報 金口木舌 2010年1月28日
 「シーブン」。響きのいい言葉だ。沖縄方言で「おまけ」の意味。買った物を余分にもらえれば、それだけでうれしいし売り手のぬくもりまで感じ笑顔も浮かぶ
▼座間味村は宿泊観光客に1000円分の地域商品券を贈呈するという。名付けて「しーぶん商品券」。4月開始の予定で、観光収入増につなげたい村の熱意が伝わる。効果的な一手となるよう期待したい
▼景気低迷や新型インフルエンザの影響で、県の年間観光客数が8年ぶりに前年を割った。観光を収入の柱にする離島町村の危機感は強く、久米島町では総決起大会を開いた。知恵を集め、行動に移さないと道は開けない
▼座間味村にはダイバーなら誰もがあこがれる慶良間の海がある。有人・無人の島々も含めた自然環境は、観光客を呼び込む大きな資源だ。ダイビングだけでなく、シーカヤックやこの季節だとホエールウオッチングも楽しめる
▼自然がそのまま観光資源となる離島は、沖縄本島の市町村より有利だといえる。ただ島の魅力を伝えるのは人。昨年、同村で開かれたフォーラムで「おしゃべりは最高のお土産」という発言があった
▼座間味村の商品券が評判になれば、観光収入増につながるだろう。同時に“シーブンの心”が広がると面白い。村民との交流、触れ合いは、いつまでも心に残る。それが島の魅力を高めてくれるはずだ。

                                          ◇

「シーブン」とは新報コラムが言うとおり「おまけ」を「意味する沖縄方言だが、「シーブン」とカタカナで書いたり、日常会話でそのまま発音されると最近では沖縄人でも理解できない人が増えている。

特に県外から来た人がこの言葉に接したら、方言というより外国語ではないかと思う人がほとんどであろう。

最近の沖縄の識者の中には沖縄の特異性を強調するあまりに、沖縄語も日本語とは異質の独立した言語であると主張する意見もある。

だが、言語学の専門家でもない筆者の独断と偏見に従うと、「シーブン」は紛れもなく日本語の一部である沖縄方言である。

「シーブン」を語源的に辿ると、日本語の「添え分」になる。つまり計算とは別の添付物という意味である。

「おまけ」と言う意味が理解できるだろう。

「添え分」が「シーブン」に転化していく過程は、過去に当日記の「沖縄語講座」を見た人なら説明不要だと思うのだが、沖縄語講座のエントリが途絶えて久しいので、復習の意味で母音転化の法則を説明する。

先ず「添え分」をローマ字表記するとこうなる。

SOEBUN

沖縄語の母音は O→U、  E→I  と転化するので、

添え分・SOEBUN⇒SUIBUN と転化してスイブンと発音されると、

これが「SIIBUN」・シーブンに転化するのは自然の成り行きである。

 

先日天ぷらを10個買ったら一個シーブンしてもらった。

読谷村に天ぷらの美味い店があるので名護からの帰りに立ち寄った。

ここで沖縄独特の天ぷらと天ぷら屋を知らない向きには多少の説明が要る。 

沖縄でそばといえば、いわゆる蕎麦ではなく、蕎麦粉の入らない沖縄そばだということは今では周知のことになっている。

沖縄で、いわゆる蕎麦を指すときは日本そばといわなければ、沖縄そばと間違えられるのが必定である。

従って蕎麦の風味や蕎麦湯を好む「蕎麦好き」にとって沖縄そばは似て非なるもの、いや、全く別物だともいえる。

ところで天ぷらの話だが、所謂和食の天婦羅の衣の薄いカリッとした歯ざわりを好む「天婦羅好き」にとっては沖縄風天ぷらは似て非なる物だろう。 

沖縄天ぷらは、小麦粉を溶いたものに魚やイカを塗して油で揚げる点ではいわゆる大和風天婦羅と同じだが、小麦粉の部分が分厚く微妙に塩味が効いているので天ツユなしでそのまま食しても美味い。

次に天ぷら屋だが、沖縄の天ぷら屋は、東京あたりに気のきいた高級天婦羅専門店とはまるで違うイメージで、店頭に置いたガラスケースのなかに分厚い天婦羅が陳列されている持ち帰り専用の極めて庶民的な店である。

「シーブン」の話が脱線したが、その天ぷら屋で10個の天ぷらを買ったらガラスケースに一個だけ残ったのでそれを「サービスしましょうね」とおまけしてくれたわけ。

そのとき「シーブンですか」と聞いたら、若い女性店員に「エッ?」と、けげんな顔をされた。

20歳前後の若い店員は、シーブンどころか「おまけ」という言葉さえ使わず天ぷら一個をサービスしてくれた。 

古い世代の筆者には、サービスしてくれた天ぷらより「おまけ」、いや「シーブン」してくれた天ぷらの方が、子供の頃マチヤーグヮーで(駄菓子屋)でシーブンされたことが想い出されいかにも美味そうに感じる。

因みにマチヤグヮーとは、最近ではコンビニ食われて絶滅寸前の沖縄独特の雑貨屋のことで、大抵はオバーが店主である。

筆者の友人の母親も主人を戦争で亡くしたがマチヤーグヮーで稼いで、息子を本土の大学まで行かせたたくましいオバーである。

 

所変われば品変わるで、沖縄方言では天ぷらのことを元々「油揚げ」といっていた。

油揚げと言えばトンビやキツネの大好物で、キツネを祀る神社を稲荷(いなり)神社というところからいなり寿司やキツネうどんなどが連想される。

天ぷらと油揚げ、確かに両者とも油を使用するがイメージがまるで違うので、これが同じなどとデタラメを言うなと沖縄語の専門家からお小言を喰らいそうだが、それでも地球は、いや、天ぷらは油揚げである。

アンダとは沖縄語で油のことで、観光土産で有名になった「サーターアンダアギー」は「サーター(砂糖)+アンダ(アギー)+アギー(揚げ物)」と言えば、砂糖入りの天ぷらであることが理解できるであろう。

今ではあまり使われないが天ぷらは元々沖縄方言では「アンダギー」といったが、砂糖の入った天ぷら「サーターアンダギー」が有名になったため「アンダギー」はサーターアンダギーのの専売特許になってしまい、今では沖縄風天ぷらのこともアンダギーとはあまり言わなくなって「てんぷらー」と語尾をのばすことで沖縄風を主張する人もいる。

沖縄風天ぷらは衣に塩味が付いているので、天ツユは使わないと言ったが、何かをつけるとしたらウースターソースをつける人が多い。

例によって「油上げ」を狼魔人表記,、ではなく、ローマ字表記するとこうなる。

ABURAAGE

油=あんだ、→  ANDA+AGE  (油+AGE)

法則に従い、E→I、⇒ ANDAAGI

語尾を延ばすと「○○する物(人)、された物(人)

AGI- →  アギー → 揚げた物→天ぷら

めでたく「油揚げ」⇒「アンダギー」となり、油揚げが、天ぷらであることが証明されたことになる。

沖縄方言のことを沖縄口というが、アンダ(油)で思い浮かぶ沖縄口を羅列すると

油口⇒アンダグチ⇒お世辞

油ミソ⇒アンダンス⇒豚肉の細切れをミソを油でいためた「肉味噌」

油喰い坊主⇒アンダケーボウジャー」⇒伝説の怪盗雲玉義留の子分・

アンダンテ⇒油喰い坊主の手ではない!西洋音楽のテンポを表す表記、歩く早さのこと

手・TEの場合はTIで「アンダン+ティ」⇒アンダンティーとなる。

 

【おまけ】 以下は創作です。

その昔、マチヤーグワァー(雑貨店)でみかんを10個かったら1個シーブンに貰った。 

家に帰ってみかんを見たらその一個のシーブンのミカンだけが腐っていたいた。

それを店主のオバー文句をつけたら、

「シーているからシーブンにした」、と切り返された。

シーる(シーン)とは沖縄語で饐(す)える(腐る)ということ。

「饐(す)えていたから添え分にした」と言うオバーが、本気でそのように言ったのか、

それともオヤジギャグならぬ、オバーギャグでそう言ったのかは不明である。

だが少なくともシーブンを貰った時は饐(す)えた臭いはしなかったとのこと。

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老人性ボケをカニハンリルという

2009-07-23 06:50:50 | 沖縄語講座

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沖縄戦「集団自決」の謎と真実
秦 郁彦
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琉球舞踊が、組踊りに次いで重要文化財に認定され、沖縄文化は今や真っ盛りの感がある。 

地元の各大学には「沖縄語講座」が設けられているし、これから8月に入ると各地でエイサー大会が催される。 エイサーは県内に留まらず、本土各県に飛び出して東京の繁華街新宿でもエイサーを踊りまくっていると聞く。

しつこいようだが、差別・弾圧により沖縄文化消えかかっていると叫ぶ方々、そして先住民認定をして沖縄文化を保護せよとトンチンカンな主張をしている方々よ、

早くどこかへ消えて欲しい。

最近沖縄紙でも沖縄語の解説記事が多いので、当日記の「沖縄語講座」の出る幕がなく、ここのところ開店休業の有様だった。

何とか開店の機会を伺っていたら、やっとその機会を見つけた。

琉球新報 金口木舌      2009年6月6日
 50代後半から物忘れがひどくなった。模合などでそのことが話題に上ることも珍しくない。沖縄では「カニ ハンリル」という
カニとは番匠矩(ばんじょうがね)(大工道具のL字型の物差し)で、尺を誤る(ハンリル)と建物に歪(ひず)みが生じ住居として用を成さないこととなる。人間もしかり―と指摘したのは南部地区の介護施設で認知症に取り組んだ照屋善助さん
▼その施設を訪れた折のことだが、一人の女性がロの字型の廊下をひたすら歩いている光景に出合った。女性の傍らを職員がメモ帳を手に付いている。時折、他人の部屋に入っては小物を袋に詰めて出てくる
▼「徘徊癖(はいかいへき)があるんですよ」と照屋さん。「ただ歩いているようですが、彼女にはちゃんと目的があるのです」と説明を加えた。女性と歩きだした照屋さんが声を掛けると煩わしそうに口を利いた
▼外出先からの帰りで雨が降りだしそうな上に、じき夫が帰宅するので急いでいるのだ、と話した。他人の部屋からタオルや目覚まし時計などを持ち出すのは、洗濯物を取り込み、買い物をしていると解説する
▼「認知症は放っておくと悪化する。何をしたいのか常に問い掛け、会話を絶やさないこと、やりたいことを抑えつけないことが改善につながる。人間って変わるんだよね。現場で学んだよ」と語った照屋さんの笑顔が忘れられない。

                                             ◇

最初に断っておくが当日記の沖縄語講座は、前にも謳ってあるように「独断と偏見による」狼魔人流・沖縄語講座であり、いうまでもなく沖縄語専門家の論文の類とは趣を異にするものである。

従って、その独断が正当かどうかについては責任を負いかねるので念のため申し添えておきたい。

さて、歳を取ってモウロクし認知症気味になることを、沖縄語ではカニハンリルという。

沖縄選出の革新系某国会議員が、かつてNHKの中継放送中の首相質問時にカニハンリてしまった。

同じ質問(印刷物を読んだ)を繰り返し長々と読み上げ、異常にに気が付いた同僚議員が飛んできて注意したが、くだんの議員、状況が良く飲み込めず、更に意味不明の別ページを読み続けたため首相は困惑し、ただ笑顔でごまかす以外になす術を知らなかった。

結局、その議員はそのまま引退したが、全国に生放送されたその議員のカニハンリた状況を地元紙は「惻隠の情」とでも思ったのか一切報じなかった。

既に物故された同議員の名誉の為名前は敢えて伏せるが、地元選出議員が質問すると言うことで、NHK国会中継を見ていた筆者は、冷や汗をかきながらそのシーンを見た事を昨日のことのように想い出す。

さて、引用の新報の「カニハンリル」の解説は、一読して当を得ているように思われるが、方言専門家の意見はともかく、狼魔人の腑にはストンと落ちかねる説明である。

先ず記事では「ハンリル」を「誤る」と解しているが、確かに広い意味では「誤る」ともいえる。 だが、元の意味からいえば「外れる」が正しい。

つまり「カニハンリル」とは何かが外れてしまい、これまで正常だったモノがバラバラになって統合不能・制御不能になる状態をいう。

要(かなめ)という言葉は、元々扇の要が、蟹の目に似ていることから、「カニメ⇒カナメ」と呼ばれるようになるが、重要を意味する漢字の「要」にこれを当てた。

昔の扇子は力点が加わるカナメの部分を丈夫にするため、その部分に金具を使った。

つまり沖縄語のカニハンリルは扇の要の部分の金具(カニ)が外れて(ハンリて)バラバラになり、本来の用途をなさない状態に由来する、というのが狼魔人流の解釈。

画像

 写真では要部分はプラスチックのようだが、昔は金具でカニの目のように出ていたという。⇒

 

 

 

 

言葉の語源を辿るには音便から辿る場合と意味から辿る場合がある。 扇の要は意味、音便の両方からいっても説明がつくが、意味を先行して考えると「箍(たが)が外れる」という説も有力である。

「たが」とは、桶の周囲にはめ、その胴が分解しないように押さえつけてある、金や竹で作った輪のことである。

で、「たがが外れる」の意味には、組織などの規律が緩むという意味のほかに、

年をとったりして、気力・能力が鈍くなる。」という意味がある。

最近では見かけなくなった桶だが、金具の「たが」外れたら使い物にならなくなるのは人間も同じ。(寂しい!)

 

 

さて、カニハンリルの「ハンリル」の語感から新報の「尺を誤る」説に異論を唱え、扇の要(金具)説を独断で主張する狼魔人流だが、読者の皆様、どちらに説得力がありますか?

それよりも、自分のカニハンリに気をつけなさいって?

はい、スミマセン、気をつけます。

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続・綾小路きみまろも驚く沖縄語  老人尊敬の沖縄語!

2009-01-18 07:09:13 | 沖縄語講座

 

 

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沖縄語は候文

尊敬の為の接頭語と接尾語

「候文」という言葉があるが、現代ではほぼ死語になりかけており、筆者自身候文を書いたこともなければ受け取った事も無い。

「候文」とは、辞書の引用によると

≪文末に丁寧語の「候」を使う文語体の文章。書簡や公用文に用いられた。鎌倉時代に始まり、江戸時代にその書き方が定まった。≫ということになる。

ところが我が沖縄語では「候文」が鎌倉や江戸の時を超えて、現代でもごく普通に使われている。

「いらっしゃい」や「歓迎」を意味する言葉に「メンソーレー」という沖縄語は沖縄ブームに乗って今ではかなり認知度が高まっている。

だがその一方、「メンソーレー、メンソレータム」と言ったギャグに使われるように、沖縄語は日本語とは異質な方言として捉えられている。

この「メンソーレ」こそ、鎌倉時代に始まり江戸時代に完成した、古雅の趣溢れる「候文」そのものであり、

「メンソレータム」などの「イフー(異風)な」単語とは出自が全く異なるのだ。(イフーナとは沖縄方言で「奇妙な」の意)

その前に先ほどから「老人ハラスメント」の「たんめー、はーめー」はどうなった、と言う声が気になってしょうがない。

けして忘れ去ったわけではないので暫くこのまま我慢してお付き合いを願いたい。

 

相手に敬意を表す「接尾語・接頭語」に次のようなものがある。

前、御、主、・・・これらを全部まとめて使いオマケに「様」までサービスしたのが、午前さま、・・じゃない、御前様。

「ゴゼンサマ」の響きが懐かしいが、最近は専ら早寝早起きの「お前さん」になってしまった。

尊敬語も使い慣れると、御前様→おまえさん、と変化してグッと庶民的にもなる。 

で、メンソーレは?

ハイ、・・・尊敬語の「前」に「候」を付けて「前に候」→前にそうらえ→めーにそおらえ→めーにそーれー→メンソーレー

・・と、目出度く「候文」メンソーレの誕生となる。

■「老人ハラスメント語・その1・・・・ウスメーは薄命?」、おじいさん(平民)」

主(しゅ)という尊敬語の前後に御(お)と前(まえ)を付けて「御主前」これがおじいさんの尊敬語。

御主前が訛って行く過程: おしゅまえ→おすめー(→O→U)→うすめー

「うすめー」は決して「薄命」では無く老人を尊敬する「御主前」の沖縄訛りであった。

「うすめー」はやはり老人を尊敬する言葉を三つも重ねた老人尊敬語であった。

 

■「老人ハラスメント語・その2・・・・タンメー(短命?)」、おじいさん(士族)」

士族のおじいさんはプライドが高いので、おだてて「殿」と祭り上げよう。

そして尊敬の接尾語「前」を付けると「殿前」。

例によってこれが訛って行く過程は簡単だ。

殿前: とのまえ→とのめー→とんめー→たんめー

やはり「たんめー」も「短命」では無く「殿前」と言う尊敬語で一件落着。

 

■「老人ハラスメント語・その3
①「はーめー」→おばあさん、祖母(平民の) 
②「うんめー」→おばあさん、祖母(士族の)
③「はんしー」→おばあさん。那覇で士族の」→おばあさん、那覇で士族の祖母・老婆

残りは女性に対する「ハラスメント」なので特に慎重を期すべきだが、沖縄ではテーゲー(大概)・大雑把を尊ぶのでマトメテ説明しよう。

女性の場合は全て「」という言葉がキーワードになる。

以下の各々の「日本語由来」は、今までの類推で理解できるであろう。

◆「はーめー」→「母前」(ははまえ)→「はーめー」

◆「うんめー」→「母前」(おもまえ)ここでの母は「はは」とは発音せず、母屋(おもや)の母で「おも」と発音する。

「おも」→「うも」→「んも」→「んめー」→「うんめー」

◆「はんしー」→「母主」(ははぬし)→「ははんし」→「はんしー」

かくして老人苛めの沖縄語と思われ、綾小路きみまろを喜ばせたた沖縄語の老人を表す語は、

男性は「主」や「殿」と祭り上げ、

女性は「母」と尊敬するいかにも沖縄らしい老人思いの言葉であることがお判り頂けただろうか。

その昔(明治時代?)八重山に「風のウスメー(御主前)」と異名を持つ測候所の学者がいて島の人達に親しまれていた。

これをテレビドラマ化して高橋幸治主演で「風の御主前」と出して放映されたことがある。

最後に沖縄方言の事を方言では「島言葉・シマ・クトゥバ」とも「沖縄言葉・ウチナー・クトゥバ」とも言う。  

シマクトゥバはもはや説明不要だろうが、ウチナー・クトゥバは少し説明を要する。

おきなわ→OKINAWA→UCHINAWA→UCHINAA→「うちなー」

OがUに変わるの判るとしてK→CHと変わるのが子音の法則。

沖縄料理で「いなむどぅち」と言う豚肉を白味噌仕立ての豚汁のような料理がある。

この料理は元々猪の肉だったの豚肉で代用されるようになった。

豚肉は猪肉ではない。 そこで「猪もどき」となる。

「猪もどき」INAMODOKI→INAMUDUCHI→いなむどぅち

空手などの「手さばき」は勿論「ティサバチ」と言う。 ここまで来たらもう説明は不要だろう。

もう一つオマケに子音の法則: R→消音

例: 森→MORI→MU×I→「むい」は森の立派な方言

さー、貴方も今日から片言なら沖縄語がしゃべれる筈。

こうして見ると音声として耳に聞こえる沖縄語は県外の人達にとってはイフーナムン(異風な物→方言で奇妙な物)に思えても、ルーツを辿れば日本語の優雅な古語にたどり着く事が判る。

これを契機に沖縄語の世界へ「前に候」、・・・じゃない、「メンソーレー」。

狼魔人流解説でも納得できると思う方

クリックお願いします。↓

 

【追記】

「メンソーレー」は「前に候」ではなく、「参り候」から来たという説がある。

一方、沖縄語はあくまでも中国語由来であり、候文から来たのではないという説もある。

コメント欄でpakaさんが「味クーター」は中国語の「~過多」かた来ていると説明されているがこれは説得力がある。

だが、沖縄語が中国由来の単語を多く含むことは、日本語も同じであると書いた。

「胃酸過多」「水分過多」「人口過多」など、日本語にも例は多い。

沖縄語は「日本語由来か中国語由来か、それとも独立語」については稿を改めて書いてて見たい。


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綾小路きみまろも驚く沖縄語!狼魔人流沖縄語講座。

2009-01-17 07:48:49 | 沖縄語講座

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(狼魔人流沖縄語講座を一部加筆したものです)

先ず初めて沖縄を訪問した観光客からよく聞く話から。

「テレビなどで沖縄出身タレントが話す沖縄訛りは判り易が、・・・沖縄で聞く生の沖縄方言はさっぱり判らない。 まるでチンプンカンだ。」

そして本音では止めの一発が入る。

「やっぱり沖縄語は日本語の方言ではない。 これはやっぱり外国語だ」

大体これで言葉に関しては納得してしまう。

那覇空港には観光客向けの歓迎の意を表す、各国の言葉が標示されているが、英語、スペイン語などに混じって「メンソーレ」と沖縄語で書かれている。

これを見た瞬間「沖縄語は外国語」の印象を植え付けられる人も多いだろう。

もっとも最近の沖縄ブームのおかげでゴーヤーが普通名詞化したようにメンソーレの意味の分かる人も増えている。

それにしても、やはり「メンソーレ」は「メンソレータム」の連想がありカタカナ外国語の印象を否めない。

やはり沖縄語は外国語なのか。

ブー! それは間違い。 

沖縄語はまぎれもなく日本語から分派した方言の一種だ。

ではメンソーレはどのように説明するのか。

メンソーレの解明は追々するとして、沖縄ブームに乗って沖縄方言の独自性を殊更強調する人々がいる。

そして中国語の影響を強調する。

先日も琉球新報コラムで「沖縄方言と中国語」と題して中国語に語源を持つ沖縄方言を解説している地元の弁護士の先生がいた。

その弁護士先生の博識の一つを紹介すると、沖縄方言の「チファーラ」は「いっぱい食べたこと」の意味だが、これは中国語の「喫飯了」から来ているという。

なるほど、同じ漢字の国の言葉は漢字を見ただけで説得力がある。

他にも種種の例を挙げて「沖縄方言・中国起源説」を書いていたが、闘鶏(沖縄方言・タウチー)や獅子(シーサー)、西瓜(シークヮー)を中国由来の言葉だという。

だが、日本語そのものが中国語の影響を受けた例は多く、タウチー、シーサー、シークヮーなどは中国語と言うより、むしろ日本語語源で説明できる。

日本語も「漢字伝来」を通じて中国語の影響は大いに受けていることは論を待たない。

そのコラムは最後をこう結んでいる。

≪さて、「沖縄方言話さずして、沖縄文化を知ったふりするなかれ」。方言に誇りをもって接すれば、中国語も堪能となること請け合いである。≫

成るほど判ったような気もするが、文の前段はともかく、後段の部分は筆者の弁護士先生、一寸筆のお遊びが過ぎたようだ。

沖縄方言にいくら誇りを持って接することには同意しても、それだけで中国語に堪能になる事は当ブログでは請合いかねる。

沖縄語がその地理的、歴史的特異性から中国の影響を受けたのは紛れも無い事実だろう。

だが、沖縄語はその語法・文法に於いては中国語とは全く別の言語であり、その起源は日本語に由来する日本語方言の一種である。

沖縄語を習得するには沖縄独特の単語を習得し、音声が訛っていく法則を知れば容易に習得できる。

文法的には沖縄独自の単語を日本語の話法で話せば、それで沖縄語は卒業だ。

例えば英語や中国語の基本的文は「主語+動詞+目的語」だが、日本語では「主語+目的語+動詞」であり、沖縄語も同じである。

沖縄独自の単語は

①日本語の訛り、

②日本語の古語由来

③中国語由来、

④その他に分類される。

そのうち①日本語訛りを覚えれば大半は覚えた事になる。

幸いな事に、訛りには覚えやすい法則がある。

それを覚えれば沖縄語の日常会話程度は簡単にマスターできる。

■①日本語訛り 「母音の法則」

先ず単語をローマ字で書いて見る。

(例)
 手→TE   目→ME  毛→KE

ここで E→I と変化する法則を覚えると「手」は沖縄語では「てぃ」、「目」は「み」、
「毛」は「き」と沖縄訛りが三つ習得できる。

これを応用すると泡盛を入れる「甕(かめ)」は?

はい、沖縄語では「かみ」でも通じるが、更に訛って「かーみー」となれば完璧。

更に「O→U」の変化を覚えたら母音の法則は卒業。

(例)
 タバコ→TABAKO→「たばく」が沖縄訛り。

※「E→I O→U」変化の応用例   米→KOME→「くみ」が沖縄訛り。

卒業問題
 「そば」そしてそばに付き物の「かまぼこ」は?

それを沖縄方言では「すば」、「かまぶく」と言う。

退屈な話が続いたがたった二つの母音変化「E→I」と「O→U」を覚えるだけで沖縄訛りの語彙が無限に広がる。

■②日本語の古語由来
沖縄でよく使われる「おじー」、「おばー」は説明の必要も無いだろうが、これが

「たんめー」→おじいさん、祖父(士族の)
「うすめー」→おじいさん、祖父(平民の)
「はーめー」→おばあさん、祖母(平民の) 
「うんめー」→おばあさん、祖母(士族の)
「はんしー」→おばあさん、那覇で士族の祖母・老婆

・・・と、なると考え込んでしまうだろう。

■綾小路きみまろもビックリの老人イジメ■

何れもお年寄りを意味する言葉のようだが随分年寄りに対して冷たい表現ではないか。

「たんめー」は「短命?」、

「うすめー」は「薄命?」、

「はーめー」は「早命?」、

「うんめー」は「運命?」、

そして言うに事欠いて、「はんしー」を「半死」呼ばわりでは余りにも年寄りイジメが酷すぎるではないか。

老人をボロクソにいってボロ儲けしているいる綾小路きみまろだってここまで毒を吐かないだろう。

きみまろの次のネタは沖縄の老人だっていう噂は全然聞かないが・・・、取材したら面白いと思うよ。

沖縄方言とはこのように老人イジメの言葉だったのか。

沖縄ではお年寄りを大事にすると聞いたが、あれはウソだったのか。

この年寄りハラスメントは一体どう言うことだ!

ハイ、この「沖縄語の老人虐待の謎」は次回に解き明かしてみよう。(続く)

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続・異説沖縄語講座

2009-01-11 10:38:54 | 沖縄語講座

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昨日のエントリー「異説・沖縄語講座」の続編です。

午後に、「民主党のいかがわしさ」について、もう一本エントリーの予定です。

                  ◆

「花風」(はなふう)といえば沖縄に在住する人なら一度は目にしたことのある琉球舞踊だろう。

沖縄の色んな催しで披露されるし、県下に多数ある琉球舞踊研究所(舞踊教室)でも必修科目だという。

琉球舞踊には縁の薄い筆者も、遠い昔、高校の学園祭で同級生の女子生徒が踊るのを見た記憶がある。

「花風」は、琉球士族が親しんだ王朝舞踊に対し、雑踊りといわれ庶民の心情を表現した琉球舞踊の準古典と言われている。

とりあえず、踊りに合わせて唄う地歌の歌詞を紹介しよう。 (興味のない人はこの部分はスルーを)

 三重城に登て 手巾持ち上げれば  速船のならいや  一目ど見ゆる (花風節)

朝さも御側 拝み馴れ染めの  里が旅せめて 如何す待ちゆが (下出し述懐節)

(訳) 三重城に登って、別れの手巾をうち振っていたら、船足が速く一瞬しか見えないです。(花風節)

朝夕いつもお側に寄り添っていた方を旅立たせて、私はどのようにしてお待ちすればいいのでしょう。(下出し述懐節)

前段は花風節で、1人の遊女が愛する人を那覇港の先にある三重城(みいぐいく)で船送りをする様子を美しい所作で表現している。

紺地(くんじ)のかすりの着物をウシンチーという着け方をし、沖縄髪(うちなーからじ)を粋な形に結い、左肩に花染手巾(はなずみてぃさじ)、右手に藍紙の日傘を持って、別れのつらさを強調。

歌詞の「手巾持上げれば」で、左手で振る花染手巾の所作、「早舟の慣れや」で左手の花染手巾と、右手の藍紙の日傘の所作は、この踊りの見どころ。

後段は、「下出述懐節」(さぎんじゃししゅつくえーぶし)で、船送りした後の遊女の心境と家路につくやるせなさを、右手の日傘を使って、叙情的に見せる。

 歌詞の「里や旅しめて」で、日傘を開いて見せる所作と座って上手先への悲痛な目付(みじち)は、一幅の絵を見る所作といえる。

 

当日記は琉球舞踊の解説を目的としていないし、解説する素養も持ち合わせていない。

上記はすべて聞きかじりである。

では、一体ここで筆者は何が云いたいのか。

沖縄で現在日常の生活に慣れ親しまれている琉球舞踊にも、元を辿れば遊女、尾類にまつわる出自が沢山ある、・・・と云いたいだけ。 ただその導入部分が一寸長すぎただけ。

話が随分脱線したが、昨日のエントリーで触れた尾類馬行列に話を戻そう。

尾類馬行列に反対する女性団体の理由は、

尾類という「職業」に対する嫌悪感だけでなく、

「尾類」という単語の文字そのものにあるような気がしてならない。

少年時代に読んだ冒険小説に「魔境の有尾人と言ったようなタイトルがあったような気がする。 

≪天外魔境に棲息する奇怪な有尾人を探索する波乱万丈の怪奇大冒険小説・・・・≫ と言ったオドロオドロしたイメージが記憶の隅にある。

そう、「尾類」という文字をを見たときの連想は、まさにこの奇怪な「有尾人」のイメージであった。

これは差別のイメージだ。

沖縄の方言で尻尾(しっぽ)のことを「ジュ」という。

それで「ジュリ」をそのまま「尾類」という漢字を当てた。

女郎の訛りが「ジュリ」という説もあるが、これは正確ではない。

話が突然変わるが、スペイン料理で「パエーリャ」と言う炊き込み御飯がある。

 ところが地域によっては「パエーヤ」、とも「パエージャ」とも言うらしい。

ここで音声言語学のウンチクを、・・・というつもりはないが「リャ・リ・リュ・レ・リョ」は「ヤ・イ・ユ・エ・ヨ」又は「ジャ・ジ・ジュ・ジェ・ジョ」に変化する事はよく知られている。

 「パエーリャ」はその例のひとつだ。 

これはスペイン語だけではなく、発音がスペイン語のローマ字発音によく似ている日本語にも例は多い。

西郷隆盛の弟西郷従道の本名が、隆道と云うことはあまり知られていない。 

それが従道に変わった経緯もこの音韻の訛りにあった。

隆道が明治新政府の役人に名前を名乗った時「サイゴウ・リュウドウ」と言ったのが、薩摩訛りが出て「ジュウドウ」に聞こえ、そのまま名簿に「西郷従道」と記録されたと言う。

本人も特に気にせず結局「従道」のままであったというから昔の人はのどかだった。

 「リュ」が「ジュ」に訛った例である。

 沖縄は慶長の「薩摩入り」以来薩摩の役人が多数沖縄に駐在した。

そのため沖縄方言は薩摩訛りの影響を受けた。 

特に「らりるれろ」の付く発音にそれが著しく見られる。 

標準語が昨今のように普及する前、家庭では方言しか話さない学童達は国語の朗読で苦労をした。

そのとき、今では見られなくなったが、道路の事を「ローロ」と発音する子供達が多くいた。

 ちなみに鹿児島市内に石灯篭通りと言う地名があり「イシズロ通り」と発音するらしい。(ローロが更にズロに訛った)

                  

 再び話を「尾類」に戻して結論を急ぐと

「ジュリ」は「料理」と書くのが正しい。

「リョウ」が「ジュウ」に訛った例だ。

 従って「ジュリ」が居る所「ジュリヌヤー」は「料理の家」つまり「料理屋」であり、言葉を変えれば「料亭」になる。

料亭だってその出自を問われれば現代では存在できなくなる。 

 「ジュリヌヤー」に勤める女たちの事を「ジュリ」というようになったのである。

だから「尾類」ではなく「料理女(おなご)」(ジュリ・イナグ)が正しい。

「ジュリの家」は単なる売春宿ではなかった。 

「料理屋」或いは「料亭」は元々料理を提供しそれを食しながら歌舞音曲を楽しむところであった。  

 そこで働く「ジュリ」と薩摩からの単身赴任の役人や士族の師弟とが恋に落ちるといった話も良くあった。

これが冒頭に挙げた「花風」や「述懐節」で唄い、踊られた風景である。

 因みに料亭という言葉は、元々沖縄方言には無い。

これに相当する料理屋をサカナヤー (魚屋)といった。

薩摩の影響でサカナヤーが料理屋になり、明治以降更に料亭となった。

≪サカナヤーは男の遊び所≫と言った言い回しがあるくらいだ。

 現在の常識で過去を断罪する事は人間の傲慢であり、大愚である。

「ジュリ」は尾類ではない。 料理のジュリからの転用である。

     ◇         ◇         ◇

★蛇足1:本稿は想像力で書いた随筆の類であり、学術論文でないことは云うまでもない。

★蛇足2:「尾類行列の中止」については塩月亮子(日本橋学館大学人文経営学部助教授 )がマジメな論文を書いている。

http://homepage2.nifty.com/RYOKO/jyuriuma%20ronnbunn.htm

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異説・沖縄語講座

2009-01-10 07:01:13 | 沖縄語講座

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当ブログを開設当初、沖縄語講座なる連載を続けていたが、政治ネタを書くようになって以来絶えて久しい。

講座なんて名乗ってはいても筆者は学者でもなければ、沖縄語の専門家でもない。

異説が多いゆえんである。

 

初期のエントリーに加筆して再エントリーです。

                 ◇

テレビのクイズ番組で「京都の三大祭は何か」という問いに、はたと考え込んだ。

答えは「葵祭」、「祇園祭」それに「時代祭」。

云われてみると、どれも聞き覚えはある。

が、改まって問われると、なかなか出てこない。

地元沖縄の祭りではないせいなのか。

いや、そうでもない。

沖縄にも三大祭りがあると云うが、これを聞かれると、何人のウチナンチュが正解できるやら。

沖縄の三大祭りとは、5月のハーリー(舟漕ぎ競争)、10月の大綱引き(那覇祭り)、そして2月の「尾類馬行列(尾類馬祭り)」を指すという。

ハーリーと大綱引きは、テレビでも放映され、沖縄観光の目玉として観光客にも知られている。

だが、尾類馬行列についてはあまり語られる事はない。

それどころか現在中止されているという。

中止の理由はその「尾類(ジュリ)」という言葉にある。



沖縄の解説本によるとジュリは尾類と書いて、女郎のこととあり、ジョロウがジュリに訛ったといえば一応の説得力はある。

だが、当日記ではこれに異を唱える。

女郎とは今では既にに死語になりかけているが、遊女、おいらん、娼妓のこと。 要するにかつての遊郭で、遊客と枕を共にした女のこと。

尾類馬行列が中止になった理由は、戦前は主に経済的理由であったらしい。

景気が良くなれば行列をケイキよく繰り出し、不景気になればフケイキ面して中止する。

話は明快だった。

ところが沖縄の施政権が返還され、沖縄県になってからの中止理由は簡単明瞭にはいかなくなった。

婦人団体が「尾類行列祭りの存続は公娼制度の復活につながる」と、尾類行列に反対運動を起こしたのだ。

勿論、その一方、尾類行列存続を訴える意見もある。

自治会や市の観光課が、「観光振興・地域活性化」と言う理由で尾類馬行列の復活を訴えているらしい。

だが現在中止されているところを見ると、反対派の意見が勝ったようだ。

観光振興だけでなく、伝統保存の立場からも復活を望む声もある。

こういうとき検索が威力を発揮する。

2003年3月23日の沖縄タイムスのオピニオン面に「ジュリ馬行列は立派な芸能」と題する屋部邦秀(65歳)さんという方の投稿があった。(★文末に転載)

その中で尾類馬行列を「売春云々」の面だけを捉え、伝統芸の面を無視してはいけないと主張しているが頷けるいけんである。

この手の問題で、反対派の婦人団体に対抗するのは容易な事ではない。

議論が熱すると、話が一気に飛躍する。

「では、貴方は売春制度を支持するのか」

「貴方は女性差別主義者か」

更に論理を超えて感情的になると、もうお手上げだ。

「貴方の趣味は買春か」に始まり、挙句の果ては

「エロオヤジ」、

「女性の敵」

と罵声を浴び、自宅を婦人団体の糾弾の声で包囲されかねない。

話は多少大袈裟だが、ご婦人方を敵に回すのことは、かくも恐ろしい事だという覚悟は必要だ。

戦後、学校で剣道の部活に反対する婦人団体があった。

いわく「剣道は人殺しを練習する術だから反対」ということだった。

これに異論を唱えると、さー大変。

「人殺しを認めるのか!」

「戦争を賛美するのか!」

「軍国主義者!」

といった感情論で大変だったようだ。

東京都の「はとバス・おいらん道中ツアー」の例を待つまでも無いが、

現代の常識で過去の伝統行事の是非を判断するのは愚だ。

伝統歌舞伎だって元を辿れば、遊女歌舞伎から始まったという。

第一、「歌舞伎者(カブキモノ)」という悪いイメージの言葉さえあるくらいだ。

お座敷遊びについては、ウンチクを傾けるほどの知識は無いので、映画などの受け売りだが、

今では京都観光のシンボルともなっている花柳界でも、旦那とか身請け、借金による身売り(人身売買)など、今の常識では許せない言葉が飛び交う。

いうまでもないが、それらを根拠に現在の舞妓さんや芸子さんの出自を問うのは愚かなこと。

唐突に結論を急ぐ。

尾類馬行列に反対する女性団体の理由は尾類という「職業」に対する嫌悪感だけでない。

「尾類」という漢字の当て字にある。

「尾類・・・有尾人・・・」と言った奇異なイメージが許せないのだ。

では、ジュリの正しい漢字は?

料理(リョウリ)と書く。

語源的には、料理と書くのが正しい。

その解明は次回に譲る。

(続く)


                  ◇


★≪[わたしの主張あなたの意見]/「立派な芸能」ジュリ馬行列/屋部邦秀=65歳

 二月十一日の辻自治会の紹介に、三百年以上の伝統を誇り、那覇の三大祭りの一つであった「ジュリ馬行列」が「売春肯定になる」との批判から市の補助も絶たれ、その伝承に苦労している、とある。

 「売春云々(うんぬん)」の考え方を否定はしませんが「ぜひ伝承していきたい」と懸命に努力なされている人がいることも考えてほしい。


 なぜ「売春云々」になるのか。もし、ジュリの踊りだから、というのであれば、金細工や花風の歌や踊りもジュリの歌、踊りだが「売春云々」の話は聞きません。むしろ、立派な芸能として、歌い、踊られているのでは。ジュリ馬行列も立派な芸能と考えます。


 異なる考え方を受け入れる寛容さが社会をつくるための大切なことでは。私の考えが正しい、ほかはだめ、否定、抹殺すべきである、ではいびつな社会にしかならない。


 私たちの時代で途絶えさせることなく、次の時代にも確実に伝承させなければならない「立派な芸能」と考えます。(那覇市) ≫

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新・沖縄語講座

2008-04-24 08:45:00 | 沖縄語講座

 

石川啄木の作品に「ローマ字日記」という作品がある。

日本語ではとても恥ずかしくて書けないような啄木自身の放蕩三昧をローマ字で赤裸々に書き綴ってあるが、啄木の生きた明治期には未だ普及していなかったローマ字の日記だと人に見られても分からないと思ったのだろう。

作家に良くあるように自分の日記を後世他人に読まれるのを意識して書いたとは思えない啄木の「ローマ字日記」が、作品として発表されるのは啄木自身は不本意だっただろう。

ローマ字つながりで無理にこじつけると、映画「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンとローマ字を日本に普及させたヘボン式のヘボン先生が同じ発音だったとは恥ずかしながらつい最近まで知らなかった。

ヘプバーンとヘボン先生

ところで「狼魔人日記」を書き始めた二年前は、「狼魔人流・沖縄語講座」と題してローマ字表記による沖縄語の解説を当日記の柱の一つにしていた。

沖縄語の専門家でもない素人の独断による「絶滅危惧語」としての沖縄語への無謀な挑戦であった。

だが、その間「集団自決」に関わる教科書検定問題や、訴訟問題による地元マスコミの暴走にムキになってしまい、「沖縄語講座」はついおろそかになってしまった。

そこで初心に返って時々は「ウチナーグチ」についても触れて見たいと思う。

ちなみにウチナーグチとは「沖縄愚痴」、・・・じゃない、「沖縄口」と書く沖縄語のこと。(日本語は大和口ーヤマトゥグチ)

で、「ローマ字日記」と「狼魔人日記」との関係はって、問われても何の関係もない。

ただ、「狼魔人日記」もローマ字で書いたものを変換しただけなので,

その点で言えば関係あるのかも知れない。

さて、今日のエントリーは政治ブログには関係ないので、

ランキングの急降下が予想される。

だが、そこのところはよろしく応援下さい。

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以下は二年前のエントリー「狼魔人流・沖縄語講座」を一部加筆したものです。

先ず巷でよく聞く話から。

「テレビから聞く沖縄出身タレントの沖縄訛りは判り易い」。

なるほど、時折沖縄語をちりばめて話すガレージセール・ゴリのトークに違和感は無いだろう。

うちなんちゅ(沖縄人)や、ちゅらさん(美しい)等の沖縄語は全国区にになりつつある。

その一方、「沖縄で聞く生の沖縄方言はさっぱり判らない。 まるでチンプンカンだ」という本音も聞こえる。

そして留めの一発が入る。

「やっぱり沖縄語は日本語の方言ではない。 外国語だ」

ブー! それは間違い。 

沖縄語は紛れもなく日本語から分派した方言の一種だ。

沖縄ブームに乗って沖縄方言の独自性を殊更強調する人々がいる。

そして中国語の影響を強調する。

先日も琉球新報コラムで「沖縄方言と中国語」と題して中国語に語源を持つ沖縄方言を解説している地元の弁護士の先生がいた。

その弁護士先生の博識の一つを紹介すると、

沖縄方言の「チファーラ」は「いっぱい食べたこと」の意味だが、

これは中国語の「喫飯了」(チーファンラ)から来ているという。

なるほど、説得力がある。

他にも種種の例を挙げて「沖縄方言・中国由来説」を書いている。

闘鶏(沖縄方言・タウチー)や獅子(シーサー)、西瓜(シークヮー)等。

だがこれらはむしろ中国語と言うより日本語語源で説明できる。

日本語も漢字を通じて中国語の影響は大いに受けているから。

そのコラムは最後をこう結んでいる。

≪さて、「沖縄方言話さずして、沖縄文化を知ったふりするなかれ」。方言に誇りをもって接すれば、中国語も堪能となること請け合いである。≫

一瞬判ったような気もするが、文の前段はともかく、後段の部分は弁護士先生一寸筆のお遊びが過ぎたようだ。

当ブログでは、沖縄方言にいくら誇りを持って接しても中国語に堪能になる事は請合いかねる。

沖縄語がその地理的、歴史的特異性から中国の影響を受けたのは紛れも無い事実だろう。

だが、沖縄語はその語法・文法に於いては中国語とは全く別の言語であり、起源は日本語と同じ語法を持つ。

沖縄語を習得するには沖縄独特の単語を習得すれば足りる。

沖縄独自の単語を日本語の話法で話せば、それで沖縄語は卒業だ。

沖縄独自の単語は、A・日本語の訛り、B・日本語の古語由来、
C・中国語由来、D・その他に分類される。

そのうちA・日本語の訛りを覚えれば沖縄語の大半は覚えた事になる。

幸いな事に、訛りには覚えやすい法則がある。

それを覚えれば沖縄語の日常会話は簡単にマスターできる。

■A・日本語の訛り 

「母音の法則」

先ず単語をローマ字で書いて見る。

(例)
 手→TE   目→ME  毛→KE

ここで E→I と変化する法則を覚えると

「手」は沖縄語では「てぃ」、

「目」は「み」、

「毛」は「き」と沖縄訛りが三つ習得できる。

これを応用すると泡盛を入れる「甕(かめ)」は?

はい、沖縄語では「かみ」でも通じるが、更に訛って「かーみー」となれば完璧。

更に「O→U」の変化を覚えたら母音の法則は卒業。

(例)
 タバコ→TABAKO→「たばく」が沖縄訛り。

※「E→I O→U」変化の応用例   

米→KOME→「くみ」が沖縄訛り。

卒業問題
 「そば」、そしてそばに付き物の「かまぼこ」は?

それを沖縄方言では「すば」、「かまぶく」と言う。

退屈な話が続いたが、たった二つの母音変化「E→I」と「O→U」を覚えるだけで沖縄訛りの語彙が無限に広がる。

 

以上をローマ字でなく日本語でまとめると

①【沖縄語には「三母音の原則」がある】

 1)日本語のエは沖縄語ではイに変わる

 2)日本語のオは沖縄語のウに変わる

この二つを理解すれば沖縄語を半分は理解したことになる。(オーバーでなく、これ本当)

で、日本語の「アイウエオ」は「アイウイウ」となる。

では沖縄語にエやオは無いのか。

ところエもオもあるのです。

 ②【aeとaiをエーと訛るのは関東訛りと同じ】

ダイ(大)dai ⇒デー dee

マエ(前)mae ⇒メー mee

 

「てめー、このやろう ae⇒エー

ビートたけしが良く使うこのフレーズの前半部分の「手前・てまえ」をローマ字表記すると、

temaeで、  aeはそのまま発音するとアエだが関東訛りだと

エーとなりtemaeは、「てめー」となる。

  ae⇒エー(ee)

  ai⇒エー(ee)

殿様! 一大事だ!

江戸っ子の一心太助はこの場合「イチダイジ」とは言わずに「イチデージ」というだろう。 

ところが沖縄語でも「イチデージ」と発音する。 

沖縄人気質の特徴に、よく言えば「細かいことにこだわらない」、悪く言えば「いい加減」というのがある。

沖縄人の大雑把でいい加減な性格を、「テーゲー主義」だという。

漢字を当てると大概主義と書く。

大概taigaiのai ⇒eeに変化して  テーゲーteegeeになる。

他にも大事がデージに変わるが、大事は何事か「大事なこと」という意味から、転じて「非常に」という強調の副詞に使われる。

デージ・大事⇒ 非常に

 一大事⇒イチデージ⇒大事件

③【アウauとアオaoはオーooと変化】

カウ(買う)kau ⇒ コーユン kooyun

サオ(竿)sao  ⇒ ソー soo

これで調子こいて、顔kao をクーkooと発音しても通用しない。

顔はチラ。

面turaが変化して チラtira  ⇒uがi に変わる例外。

 

【まとめ】 日本語と沖縄語の音節による違い。

日本語は短母音の短い単語(1音節⇒1拍) は沖縄語では長音、つまり2泊に変化する。

・・・と書くと何か小難しく感じるだろうが例を見ると一目了解。

日本語の「血」chi ⇒沖縄語:チーchii

つまり沖縄語には目とか手という短母音(1拍)の単語はなく、全て長音の2拍に変化するということ。

例) 

手⇒ティー、 毛⇒キー、 目⇒ミー

麩⇒フー(フチャンプルーとは言わずフーチャンプルーが正しい)、 

酢⇒シー(uが iに変化する例外)

 

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続・狼魔人流沖縄語講座  年寄は尊敬の的!

2007-11-23 06:26:08 | 沖縄語講座

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沖縄語は候文

尊敬の為の接頭語と接尾

「候文」という言葉があるが、現代ではほぼ死語になりかけており、筆者自身候文を書いたことも受け取った事も無い。

「候文」とは、辞書の引用によると

≪文末に丁寧語の「候」を使う文語体の文章。書簡や公用文に用いられた。鎌倉時代に始まり、江戸時代にその書き方が定まった。≫ということになる。

ところが我が沖縄語では「候文」が鎌倉や江戸の時を超えて、現代でもごく普通に使われている。

「いらっしゃい」や「歓迎」を意味する言葉に「メンソーレー」という沖縄方言は沖縄ブームに乗って今ではかなり認知度が高まっている。

・・が、「メンソーレー、メンソレータム」と言ったギャグに使われるように、日本語とは異質な方言として捉えられている。

この「メンソーレ」こそ、鎌倉時代に始まり江戸時代に完成した、古雅の趣溢れる「候文」そのものであり、

「メンソレータム」などの「イフー(異風)な」単語とは出自が全く異なるのだ。(イフーナとは沖縄方言で「奇妙な」の意)

その前に先ほどから「老人ハラスメント」の「たんめー、はーめー」はどうなった、と言う声が気になってしょうがない。

けして忘れ去ったわけではないので暫くの我慢でお付き合いを願いたい。

相手に尊敬を表す「接尾語・接頭語」に次のようなものがある。

前、御、主、・・・これらを全部まとめて使いオマケに「様」までサービスしたのが、午前さま、・・じゃない、御前様。

午前様の響きが懐かしいが、最近は専ら早寝早起きの「お前さん」になってしまった。

尊敬語も使い慣れると、御前様→おまえさん、と変化してグッと庶民的にもなる。 

で、メンソーレは?

ハイ、・・・「前に候」→前にそうらえ→めーにそおらえ→めーにそーれー→メンソーレー

・・と、目出度く「候文」メンソーレの誕生となる。

■「老人ハラスメント語・その1・・・・ウスメー(薄命?)」、おじいさん(平民)」

主(しゅ)という尊敬語の前後に御(お)と前(まえ)を付けて「御主前」これがおじいさんの尊敬語。

御主前が訛って行く過程: おしゅまえ→おすめー(→O→U)→うすめー

「うすめー」は決して「薄命」では無く老人を尊敬する「御主前」の沖縄訛りであった。

■「老人ハラスメント語・その2・・・・タンメー(短命?)」、おじいさん(士族)」

士族のおじいさんはおだてて「殿」と祭り上げよう。

そして尊敬の接尾語「前」を付けると「殿前」。

例によってこれが訛って行く過程は簡単だ。

殿前: とのまえ→とのめー→とんめー→たんめー

やはり「たんめー」も「短命」では無く「殿前」と言う尊敬語で一件落着。

■「老人ハラスメント語・その3
①「はーめー」→おばあさん、祖母(平民の) 
②「うんめー」→おばあさん、祖母(士族の)
③「はんしー」→おばあさん。那覇で士族の」→おばあさん、那覇で士族の祖母・老婆

残りは女性に対する「ハラスメント」なので特に慎重を期すべきだが、沖縄ではテーゲー(大概)・大雑把を尊ぶのでマトメテ説明しよう。

女性の場合は全て「」というキーワードが入る。

各々の「日本語由来」の言葉を書きおくので今までの類推で理解できるであろう。

「はーめー」→「母前」(ははまえ)→「はーめー」
うんめー」→「母前」(おもまえ)ここでの母は母屋(おもや)の母で「おも」→「うも」→「んも」→「んめー」→「うんめー」
「はんしー」→「母主」(ははぬし)→「ははんし」→「はんしー」

かくして老人苛めの沖縄語と思われた年寄りを表す沖縄方言は、男性は「主」や「殿」と祭り上げ、女性は「母」と尊敬するいかにも沖縄らしい老人思いの言葉であることがお判り頂けただろうか。

その昔(明治時代?)八重山に「風のウスメー(御主前)」と異名を持つ測候所の学者がいて島の人達に親しまれていた。

これをテレビドラマ化して高橋幸治主演で「風の御主前」と出して放映されたことがある。

最後に沖縄方言の事を方言では「島言葉・シマ・クトゥバ」とも「沖縄言葉・ウチナー・クトゥバ」とも言う。  

シマクトゥバはもはや説明不要だろうが、ウチナー・クトゥバは少し説明を要する。

おきなわ→OKINAWA→UCHINAWA→UCHINAA→「うちなー」

OがUに変わるの判るとしてK→CHと変わるのが子音の法則。

沖縄料理で「いなむどぅち」と言う豚肉を白味噌仕立ての豚汁のような料理がある。

この料理は元々猪の肉だったの豚肉で代用されるようになった。

豚肉は猪肉ではない。 そこで「猪もどき」となる。

「猪もどき」INAMODOKI→INAMUDUCHI→いなむどぅち

空手などの「手さばき」は勿論「ティサバチ」と言う。 ここまで来たらもう説明は不要だろう。

もう一つオマケに子音の法則: R→消音

例: 森→MORI→MU×I→「むい」は森の立派な方言

さー、貴方も今日から片言なら沖縄語がしゃべれる筈。

こうして見ると音声として耳に聞こえる沖縄語は県外の人達にとってはイフーナムン(異風な物→方言で奇妙な物)に思えても、ルーツを辿れば日本語の優雅な古語にたどり着く事が判る。

これを契機に沖縄語の世界へ「前に候」、・・・じゃない、「メンソーレー」。

狼魔人流解説でも納得できると思う方

クリックお願いします。↓

【追記】

「メンソーレー」は「参り候」から来たという説がある一方、候文から来たのではないという説もある。

これについては別稿で触れて見たい。


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狼魔人流沖縄語講座 沖縄語は老人虐待語?

2007-11-22 18:49:53 | 沖縄語講座

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狼魔人流沖縄語講座

先ず巷でよく聞く話から。

「テレビから聞く沖縄出身タレントの沖縄訛りは判り易いが、・・・沖縄で聞く生の沖縄方言はさっぱり判らない。 まるでチンプンカンだ。」

そして本音では止めの一発が入る。

「やっぱり沖縄語は日本語の方言ではない。 これは外国語だ!」

ブー! それは間違い。 

沖縄語は紛れもなく日本語から分派した方言の一種である。

沖縄ブームに乗って沖縄方言の独自性を殊更強調する人々がいる。

そして中国語の影響を強調する人もいる。

先日も琉球新報コラムで「沖縄方言と中国語」と題して中国語に語源を持つ沖縄方言を解説している地元の弁護士の先生がいた。

その弁護士先生の博識の一つを紹介すると、沖縄方言の「チファーラ」は「いっぱい食べたこと」の意味だが、これは中国語の「喫飯了」から来ているという。

なるほど、説得力がある。

外にも種種の例を挙げて「沖縄方言・中国説」を書いていたが、闘鶏(沖縄方言・タウチー)や獅子(シーサー)、西瓜(シークヮー)はむしろ中国語と言うより日本語語源で説明できる。

日本語も漢字を通じて中国語の影響は大いに受けている。

そのコラムは最後をこう結んでいる。

≪さて、「沖縄方言話さずして、沖縄文化を知ったふりするなかれ」。方言に誇りをもって接すれば、中国語も堪能となること請け合いである。≫

判ったような気もするが、文の前段はともかく、後段の部分は件の弁護士先生一寸筆のお遊びが過ぎたようだ。

当ブログでは、沖縄方言にいくら誇りを持って接しても中国語に堪能になる事は請合いかねる。

沖縄語がその地理的、歴史的特異性から中国の影響を受けたのは紛れも無い事実だろう。

だが、沖縄語はその語法・文法に於いては中国語とは全く別の言語であり、起源は日本語と同じ語法を持つ。

沖縄語を習得するには沖縄独特の単語を習得すれば足りる。

沖縄独自の単語を日本語の話法で話せば、それで沖縄語は卒業だ。

沖縄独自の単語は、①日本語の訛り、②日本語の古語由来③中国語由来、④その他に分類される。

そのうち①日本語訛りを覚えれば大半は覚えた事になる。

幸いな事に、訛りには覚えやすい法則がある。

それを覚えれば沖縄語の日常会話は簡単にマスターできる。

■①日本語訛り 「母音の法則」

先ず単語をローマ字で書いて見る。

(例)
 手→TE   目→ME  毛→KE

ここで E→I と変化する法則を覚えると「手」は沖縄語では「てぃ」、「目」は「み」、
「毛」は「き」と沖縄訛りが三つ習得できる。

これを応用すると泡盛を入れる「甕(かめ)」は?

はい、沖縄語では「かみ」でも通じるが、更に訛って「かーみー」となれば完璧。

更に「O→U」の変化を覚えたら母音の法則は卒業。

(例)
 タバコ→TABAKO→「たばく」が沖縄訛り。

※「E→I O→U」変化の応用例   米→KOME→「くみ」が沖縄訛り。

卒業問題
 「そば」そしてそばに付き物の「かまぼこ」は?

それを沖縄方言では「すば」、「かまぶく」と言う。

退屈な話が続いたがたった二つの母音変化「E→I」と「O→U」を覚えるだけで沖縄訛りの語彙が無限に広がる。

■②日本語の古語由来
沖縄でよく使われる「おじー」、「おばー」は説明の必要も無いだろうが、これが

「たんめー」→おじいさん、祖父(士族の)
「うすめー」→おじいさん、祖父(平民の)
「はーめー」→おばあさん、祖母(平民の) 
「うんめー」→おばあさん、祖母(士族の)
「はんしー」→おばあさん、那覇で士族の祖母・老婆

・・・と、なると考え込んでしまうだろう。

何れもお年寄りを意味する言葉のようだが随分年寄りに対して冷たい表現ではないか。

「たんめー」は「短命?」、「うすめー」は「薄命?」、「はーめー」は「早命?」、
「うんめー」は「運命?」、

そして言うに事欠いて、「はんしー」を「半死」呼ばわりでは余りにも年寄り虐待が酷すぎる。

沖縄方言とはこのように老人に冷たい言葉だったのか。

「沖縄ではお年寄りを大事にすると聞いたが、この年寄りハラスメントは一体どう言うことだ!」

ハイ、この謎は次回に解き明かしてみよう。

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沖縄語講座:「佐賀のがばいばあちゃん」と「沖縄のなんくるオッカー」

2007-08-12 07:09:06 | 沖縄語講座

ダチョウ肥後 僕とオッカーと時々沖縄(2007年7月11日)

 お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」のリーダー肥後克広(44)が、故郷・沖縄と母への思いをつづった著書「なんくるないサー!~オッカーと僕とアメリカだった沖縄と~」(晋遊舎)が評判を呼んでいる。(略・・全文読むなら上記クリック)                  

                   ◇

漫才師の島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」に対抗したのか、

お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の肥後克広が「沖縄のなんくるオッカー」という本を出版した。

「がばいばあちゃん」はベストセラーになり、テレビドラマや映画化もされた。

柳の下のどじょうを狙ったのだろうが、

「がばいばあちゃん」は今や全国区になってしまった。

おかげで正確な意味は知らなくとも「がばい」と言う佐賀方言も全国区になりつつある。

佐賀のがばいばあちゃん

ちなみに「がばい」は宮崎方言で「すごい」と言う意味。http://dic.yahoo.co.jp/newword?ref=1&index=2005000568

 

ところで我らが「なんくる」は「がばいばあちゃん」の登場まではテレビ露出度は「がばい」に勝っていた。(と信じている)

好きな沖縄語のランキングで 「なんくる」が第一だと聞いた。

なるほど検索しても次のようにナンにでも「なんくる」がついてくる。 

なんくるショップ    なんくるカード    なんくるダイバーズ    琉球居酒屋なんくる   
なんくるDiver's    なんくるダイバー    なんくるナイチャー新館    なんくる 沖縄料理   

「なんくる」は「ひとりでに、自然に」、といった意味だが、「なんくるないさ」として、

「自然に出来るさ」、「何とかなるさ」といった意味でよく使われている。 ラテン的な「ケセラセラ」にも通じる言葉だ。

いかにものんびりした語感と「何とかなるさ」の楽天的語感もすんなり受け入れられる理由だろう。

だが、語源の解明となると「なんくるないさ」と、簡単にはいかない。

 

なんくる(NANNKURU) + なる(NARU) + さ(SA)

ここで「なる」はそのままの「成る」、「さ」は接尾語。

「なるのNARU が NARIに変化してNARISA。

そしてRが消えて NAISA。

そして目出度く、

NANNKURUNAISA・なんくるないさの誕生となる。

 

だが、これで終わりではない。

肝心の「なんくる」が未解決。

ナンクルを解明することは一筋縄ではいかないのだ。

先ず沖縄語で「私」のことを「わん」と言うが、これは我・吾(われ)から来ている。

◆われ 【我/吾】が「わん」に変化する過程。

吾れの(WARENO)⇒ 吾れん( WAREN)⇒吾ん(WAN)⇒わん

同じような変化で

◆ナレ(汝)はナンに変化する

日本語には、「吾(われ)」と「汝(なれ」」の入れ替わりが行われる場合がある。(★注)

「吾から」は「汝(なれ)から」と入れ替わり、

「汝(なれ)から」が「なんくる」に変化していく。

つまり「自ずから」の意味の「吾から」が、「汝(なれ)から」、

そして「なんくる」と訛って行き意味はそのままで「自ずから」「ひとりでに」となる。

 

さて、何とか「なんくる」の出自を解明したが、

「沖縄のなんくるオッカー」は「佐賀のがばいばちゃん」に勝てるやら。

                    ◇ 

★注:日本語には、「吾(われ)」と「汝(なれ」」の入れ替わりが行われる例。

なれ 【汝】が、「おの(己)」の転用で、うぬ 【汝/▽己】 に変る。

そして二人称で相手を罵る場合、汝(なれ)が己(おのれ)に変る。

つまり「おのれ」は相手を罵倒する二人称でもあり、自分を表す一人称としても使われる。

それがを端的に表す御馴染みの言葉は「自惚れ(うぬぼれ)」。

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「汁かけ御飯」  【付録】臨時・沖縄語講座

2007-06-30 15:34:42 | 沖縄語講座
                   
 
◆「汁かけ御飯」【付録】 
 
「臨時・沖縄語講座」
 
沖縄語のジューシーhttp://cookpad.com/mykitchen/recipe/272441/は「雑炊」という漢字を当てれば説明不要だが、沖縄のジューシーは一言解説がいる。
 
雑炊は、米飯に肉類、魚介類、キノコ類や野菜を加えて、醤油や味噌などの調味料とともに再度炊き上げたもの。また、鍋物の残り汁に米飯を加えて煮たもの。
 
これから連想されるものは水分の多い味つきお粥に具が入った水っぽいもの。
 
ところが沖縄のジューシーは汁物に残り御飯を入れて煮たものではない。
 
通常は米から炊き上げる炊き込みご飯のようなものである。
 
水っぽいジューシーのことは「じょろじょろじゅーしー」というがこれはあまり一般的ではない。
 
じょろじょろには深い意味は無く水っぽい形状をを音で表している。
 
通常の炊き込みご飯風のジューシーは「くふぁじゅーしー」という。
 
「くふぁ」とは「おこわ」の「硬い飯」や「こわい髪」で自明の通り「硬い」という沖縄語。
 
だが通常は「ジューシー」といえば「硬めの雑炊」のことをさす。
 
苦いゴーヤーは沖縄料理の材料としてすっかり定着したが、同じく苦味が好まれる「フーチバー・ジューシー」は意外と知られていない。
 
「フーチバー」はヨモギの沖縄語ので沖縄料理では沖縄そばの具やヤギ肉の臭み消しとして用いられるが、特に雑炊に入れた「ふーちばーじゅーしー」が代表的な調理法である。
 
 
さて、「フーチバー」だが、これはどこにそのルーツを辿れるのか。
 
沖縄では語源の不明な言葉を中国か、東南アジアに求める傾向がある。
 
中には説得力のある例もあるが「フーチバー」のバーは日本語の葉が連想される。 
 
でもフーチは中国語なのか。
 
フーチバーは沖縄得意のチャンプルー文化の結果なのか。
 
答えは意外と簡単に見つかった。
 
「フーチバー」は長崎弁など九州方言に見られる「フツ」、「フツッパ(フツの葉の意)」と同根であると考えられる。
 
結局、ふーちばーは九州の方言のふーち葉に由来していることが分る。
 
「ふーちばーじゅーしー」にかつおだし系のさっぱり汁(沖縄そば汁)をかけて食すると旨い。
 
 
 
◆全国方言辞典
「ふつ よもぎ。蓬。九州(日葡辞書)・筑後久留米(はまおき)・薩摩(重訂本草)・九州」。

宮崎県方言辞典「ふつ・ふうつ・ふっ 」⇒「よもぎ」。

長崎方言集「フッモチ」⇒「よもぎ餅」。

壱岐島方言集「ツ 」⇒「よもぎ。艾」。

鹿児島方言辞典「フツ 」⇒「ヨモギ」

 

 
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【狼魔人流・沖縄語講座】 京都の古寺と伊江島タッチューの関係

2007-05-30 06:02:17 | 沖縄語講座

京都の街をタクシーで一回りするだけで到るところに古都らしい趣のある地名に遭遇する。

五条大橋を通過する。

思わず昔覚えた唄の一節が口をついて出る。

京の五条の橋の上

大の男の弁慶が

長いなぎなた振り回し

牛若めがけて切りかかる

(間違っていたらご指摘を)

又宿泊ホテルのすぐ隣には西本願寺があり、ちょっと南に足を延ばせば東寺がある。

子供の頃見た映画「鞍馬天狗」のラストシーンが今でも鮮明に脳裏に残っている。

嵐寛寿郎扮する鞍馬天狗と月形龍之介扮する近藤勇が一騎打ちをしたのは東寺の境内だと今でも確信している。(間違っていたら失礼)

以前から京都の南禅寺界隈で湯豆腐を食べてとみたいと思っていた。

京都と言えば寺社仏閣が売り物の古都。

精進料理、そして豆腐や湯葉の本場というのは何となく分る。

そして、湯豆腐と言えば南禅寺。

だが、何故南禅寺なのかの理由は寡聞にして知らなかった。

そもそも南禅寺の詳しい来歴も良く知らない。

南禅寺で連想するのは石川五右衛門。

そして三門の上で「絶景かなー」の大見得を切る所作。

これは加藤茶が昔良くやっていた・・・といった程度の浅い知識しか持ち合わせがない。

もっとも石川五右衛門の逸話が歌舞伎の中の創作であり、歴史的事実では無いという程度の知識はあった。

湯豆腐に限らず、京都の豆腐料理は南禅寺が元祖だという。http://www.walkerplus.com/kyoto/board/ichioshi/14/1.html

長々と豆腐と南禅寺の前振りをしたが、結局京都では湯豆腐は食しなかった。

まぁー、個人の手作り旅行の計画なんて映画の物語のようには上手くはいかないもの。

前日の大阪での夕食が「豆腐会席」であったことが後を引いて、京都の湯豆腐は軽いランチとしては胃袋にも懐具合にもちょっと重すぎたようだ。

ところで京都の寺社仏閣や湯豆腐と「沖縄語講座」はどこで結びつくのかとご心配の読者もいるでしょうが今しばらくのご辛抱を。

南禅寺もそうだが、大徳寺界隈も豆腐料理が有名なのを京都に来て知った。

主なお寺には精進料理や豆腐料理の伝統の他にその境内に複数の「塔頭寺院」を抱えている。

塔頭は「たっちゅう」と読む。

大辞泉でも検索すると次のようにあった。
 
〔専門〕 仏
〔補説〕 「ちゅう」は「頭」の唐音
[1] 禅宗寺院で開山または住持の死後、弟子が遺徳を慕ってその塔の頭(ほとり)、あるいは同じ敷地内に建てた小院。
[2] 大寺の山内にある末寺。わきでら。寺中(じちゆう)。子院。
 

◆大徳寺:(境内に21の塔頭がある)   http://www.ne.jp/asahi/yyy/yuki/daitokuji.htm

豆腐料理を求めた京都の塔頭寺から、思いは遥か南の島の「伊江島たっちゅー」に飛んだ。

「たっちゅー」とは沖縄語で尖って立っているものを意味する。

全体的に平べったい伊江島の真ん中にある城山の中央部が尖っていることを指してそのとんがり山を沖縄では「伊江島たっちゅうー」という愛称で呼んでいる。

京都の古寺にまつわる古い言葉「塔頭」を、沖縄の「たっちゅー」と切り離しては考えられない。

更に沖縄語の「たっちゅー」には 橋の欄干の柱などや、頭の形の長い人についてもいう。

長頭の人をタッチュー・チブル(頭)というが,七福神の福禄寿のこともタッチュー・チブルと敬愛を込めて呼ぶ。http://www.butsuzou.com/jiten/fukuroku.html

「たっちゅー」と同意義語の「とぅがい」については

狼魔人流・沖縄語講座  「やんばるトゥガイー」 で述べた。

それでも「タッチュー・チブル(頭) 」の頭を沖縄語で「ちぶる」というワケが謎として残る。

だが、この言葉の解明は容易だ。

【頭】には「つむり」という古い呼び名があり、「おつむ」という幼児語や「つむじ」にも変化する。

その中でも「つぶり」という古語が「つぶり(tuburi)⇒ちぶる(tiburu)」と訛っていくのは「沖縄語講座」を読んだことのある読者なら容易に推測できるであろう。

 

◆「頭(つむり)」

1 あたま。かしら。おつむ。つぶり。「―をなでる」

2 頭髪。
 

伊江島 http://sunsun2.hp.infoseek.co.jp/ScenesB-ie.htm

伊江島のシンボル城山を「たっちゅー」と読むのがツウと思ってたが、それは島外の人が呼ぶ名前で地元の人は「ぐすぃく」と呼ぶのらしい。 Img_0074-2.jpg. 城山は途中まで車で上がれるがここからは急な歩道を上ることになる。 10分~20分で上がれる。 ...

 

 

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「羊頭狗肉」? それが何か。

2007-05-11 09:43:41 | 沖縄語講座

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昭和四十年前後の約10年ほど東京で生活していた。

その頃の国電(JR)渋谷駅近くにS食堂という当時としては大きなレストランがあった。

メニューの数が多いのと何より値段が安かったので大繁盛で、勿論私も外食の時は良く利用させて貰った。

何時の頃からかS食堂の肉は犬の肉を使っていると言う噂がまことしやかに流れるようになった。

噂とは言え気持ちのよいものではなく、やがて同じく大衆食堂の新宿の三平食堂に場所を変えるようになった。

そのせいなのかどうかは不明だが、やがてS食堂は渋谷の街から姿を消してしまった。

今となっては真偽の程は確かめようがないが、S食堂が狗肉をトンカツとして売っていたとしても、都心でしかも安い価格で食事できた。

それだけで当時の若者には大変魅力的なレストランであり、特に貧乏学生にとっては強力な味方であった。

そういえばS食堂というより、「S食」という愛称を学生仲間では使っていたくらいでずい分お世話になった。

S食堂が、羊頭狗肉ならぬ豚頭狗肉を売っていたという噂は、繁盛店故の根も葉もない中傷だったと信じている。

 

沖縄ではヒージャー汁に犬の肉を混ぜて出す店があると聞いた事があるがこれも真偽の程は定かではない。

もしこれが事実ならそのものズバリ「羊頭狗肉」のことになる。

因みにヒージャーとは沖縄語で山羊のこと。(文末で語源説明)


暇に任せて羊頭狗肉を検索したら次のように出て来た。

≪羊頭狗肉とは、実質や内容が見かけと一致しないこと。見掛け倒しのこと。

羊頭狗肉の語源・由来
羊頭狗肉は、「羊頭を掲げて狗肉を売る」を略した四字熟語で、出典は中国宋時代の禅書「無関門(むかんもん)」。
店頭の看板には「羊頭(羊の頭)」を掲げ、実際には「狗肉(犬の肉)」を売る意味であった。
転じて、見せ掛けは立派だが実物は違うといった意味になり、誤魔化しの喩えとして、羊頭狗肉は使われるようになった。≫

出典は中国の古書だが、同じ漢字を使うといって「同文同文化」と思ったら大間違い。

異文化の迷路に迷い込んでしまう。

同じ漢字を使う国民でも文化が違うと意味も違ってくる。

ここでは「食文化」の違いで微妙にニュアンスが違ってくる。

日本語だと、「羊の肉のフリして、犬の肉を売りやがって許せない!」というところから、看板は立派で中身が貧しいことを意味する。

しかし犬を食べる文化を持つ中国人には、犬も上等な食べ物なのである。

羊の肉より犬の肉を好む人もいるという。(この点は韓国も同じ。沖縄でも昔は赤犬は薬になると言う話を聞いた事がある)

この熟語の本家中国では、看板と中身が違うぐらいの意味にしかならず、「ケシカラン!」という怒りの意味にはならない。

「羊頭狗肉」という言葉も中国では看板と中身が違う事くらいで、良くあることなので目くじらを立てて怒るほどの事ではないのだろう。

羊頭狗肉も所変われば、怒ったり詐欺呼ばわりするほどの事ではない。

しかし、日本では重大な問題で詐欺等の犯罪にもなりかねない。

食文化が違うと諺の意味もちがうのかと驚く。

そういえば偽物といっても中国では国営の偽ディズニーランドがあるくらいだから「羊頭狗肉」程度は驚くに足らないのだろう。↓

http://www.youtube.com/v/rlwvLrS78j8

偽ミッキーで驚いてはいけない。こんなのもあり?

シマウマもビックリ仰天、天を仰いでイナバウアー!

http://www.recordchina.co.jp/show.php?img=cfp388305915.jpg

 

いやいや、羊頭狗肉は中国の専売特許ではなかった。

アメリカはヴァージニア州の山間部に牡蠣フライと称して「山羊のタマフライ」を食する習慣があった。

これを「革新的レシピ・innovative recipe」というからイナバウアーのリプレイだ。

「タマの呪い」は革新的レシピ 揚げ玉と玉刺身

【おまけ】

沖縄料理の秘伝「ヒージャー料理」の数あるレシピの中から「革新的レシピ・innovative recipe」を伝授しよう。

 
ヒージャー刺身、そして一頭から僅か二個しか取れない希少レシピが「(ヒージャーの)クーガ刺身」。
 
先ず「沖縄語講座」から始めると、
山羊(ヤギ)のことを「ヒージャー」と言うが、
「ヤギ髭」があるくらいで、ヤギにはヒゲがつきもの。
 
沖縄語ではヒゲ(hige) はヒジ(hizi )と訛る。
 (e が i  に変化し 、g が z に変化する法則)
 
そして語尾を長音にして延ばせばその物(人)になる。
 
かくして「ヒージャー」は「ヒゲのある動物」、即ちヤギとなる。
 
では何故「ヒージャーの(ぬ)クーガ(ぬ)刺身」が「ヤギのタマの刺身」になるのか。
 
タマは睾丸⇒クーガン⇒クーガ⇒タマ。
 
お粗末でした!
 
で、・・・レシピは?
 
刺身だからタマをスライスすれば済む 。
 
残念ながらまだ食したことは無いが経験者の話によると、白子のような味だとか。
 

 

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「沖縄語講座」 マース煮

2007-05-04 15:26:13 | 沖縄語講座

沖縄の魚料理は刺身を除くと、大体次の四つに分けられる。

焼き魚、バター焼き、煮付け、そしてマース煮。

マース煮以外は全国どこでも見られるがマース煮は沖縄独特の料理。(・・と信じている)

マースとは沖縄語で塩のことなのでマース煮に匹敵する魚料理に潮煮(うしおに)が思いつく。

潮煮はあら(頭)等はぶつ切りにし塩のほかに醤油を垂らしたりする。

だが、沖縄のマース煮は原則として味付けは自然塩のみのシンプル料理で皮に包丁を入れて味がしみこむようにする他は姿煮が原則。

材料は白身の魚を原則とするが、中でも「エーグヮー」が最適。

和名は「アイゴ」。

アイがエーと訛り愛称の接尾語小(グァー)が着いて「エーグヮー」とくれば理解できる。

背びれには猛毒があり、刺さると大人でも大変らしい。

だが、スーパーとかで売られている時は背びれは切除されて売られているから安心。

調理方はシンプルそのもの。 

塩で煮るだけだが島塩(マース)を使うのがミソ。

「エーグァーのマース煮」とはマース煮の代名詞ともなっている。

おっと、沖縄語講座が沖縄料理講座に脱線しそうなので詳しくは専門のサイトにバトンタッチ。

・マース煮レシピhttp://www.ryukyu-goten.com/shop/how/egua.html

 

これから体勢を立て直して沖縄語講座です。

本論の「マース」は「塩」のこと。

まず潮(うしお)煮の「うしお」が「うす」に訛る。

沖縄語で「うすみじ(水)」は「海水」のこと、潮水の訛りといえば分かりやすい。

「うすみじ」を煮詰めると水分が蒸発して「うす」そのものが残る。

その「うす」そのものを「真(ま)うす」、即ち塩である。

「まうす」が「マース」に訛るのはごく自然の流れであろう。

潮水(うしお水)⇒うすみじ(海水)⇒真うす(塩)⇒マース

これにて塩がマースに変化する謎の解明は終了。

 

ちなみに「エーグヮー」の稚魚を「スク」と称しこれを塩漬けにした「スクガラス」は泡盛のよき友。

島豆腐の上にスクガラスを乗せた「スク豆腐」を肴に泡盛でチビリチビリ・・・嗚呼!こたえられない。

邪道ながら「マース煮」に生姜や醤油を入れる応用もあるようだ。

ミネラルたっぷりの島マースを使用すればその必要も無いと思うのだが・・・。

・スク豆腐http://www.ryukyu-goten.com/shop/how/egua.html

それにしてもエーグヮーとはよっぽどマースに塩(えん)の、もとい、縁の深い魚だ。

親はマース煮で子はマース漬けとは・・・マスマス好きになった。

 

最後に極めつけの狼魔人流応用レシピ。
(但し味の好みはあくまでも自己責任。当日記は一切その責任は負わない)

①マース煮の汁で沖縄そば汁を作る。

②スクガラスの「漬け汁」(魚醤)でチャンプルーの出汁に使うとタイ料理のトムヤムクン効果が出る。

 

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