狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

【安倍さん辞めないで】安倍内閣支持率20%以上上昇するwww【ア、アベ辞めるな・・・】

2020-08-31 11:59:39 | 未分類

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

歴代最高の総理大臣

本当に必要な人は居なくなって初めてその必要性を感じる。

安倍の偉大さを在任中に感じて置くべきべきだった。

テレビワイドショーの坂上、小倉、青木。玉川、関口などの安倍叩き報道に乗せられて安倍叩きに走った輩はどうしようもない残念な人間。

ヒダリ系の発言は信じないことが肝要。

彼等は日本嫌い、安倍大嫌い、中韓国益第一主義。

【安倍さん辞めないで】安倍内閣支持率20%以上上昇するwww【ア、アベ辞めるな・・・】

  •  
5: スピロケータ(コロン諸島) [US] 2020/08/30(日) 22:30:38.32 ID:Qamp5xEqO
野党にもアベロスが効いてくる

7: イグナヴィバクテリウム(東京都) [JP] 2020/08/30(日) 22:33:39.23 ID:f+1SIx/A0
確かに安倍首相の印象が強烈に有るから 
今回の候補者達もどうしても小粒に見えてしまう 
安倍首相程の大宰相はしばらく現れないだろう 
今言うのは酷だけど、健康になったらもう一度を期待してしまうよ

9: エルシミクロビウム(帝国中央都市) [US] 2020/08/30(日) 22:35:57.28 ID:cAIQ+/4V0
アベ辞任を許さない

10: コリネバクテリウム(大阪府) [ニダ] 2020/08/30(日) 22:35:58.04 ID:zBwJDMBl0
どういうことなの…

11: パスツーレラ(大阪府) [US] 2020/08/30(日) 22:38:05.10 ID:KAScP1ln0
やめろー 
↓ 
やめるなー 

なんだよこれ。 
やめろやめるなどっちの意見が良い悪いとか言わんけど貫けよな。

12: ラクトバチルス(家) [US] 2020/08/30(日) 22:38:13.70 ID:2b+6d2ew0
>>9 
これ誰か作って欲しいw

13: バークホルデリア(茸) [GB] 2020/08/30(日) 22:38:24.71 ID:XjZxzOz30
長いこと同棲しててマンネリ化したせいで関係解消されそうになったら慌てふためく恋人みたいだな

15: テルモゲマティスポラ(神奈川県) [KR] 2020/08/30(日) 22:38:55.63 ID:iPBu3JnW0
政治家は芸能人ではない 
先進国になりましょう

16: フソバクテリウム(ジパング) [US] 2020/08/30(日) 22:39:26.48 ID:uzKVpYvX0
外交は安倍ちゃん以外マトモな奴いないだろ 
と思いつつもトランプ落選を睨んでの対中融和路線に舵を切る政策にでての退陣なのか 
何かイヤな予感がするんだよな

20: ビフィドバクテリウム(東京都) [MK] 2020/08/30(日) 22:42:31.44 ID:/qqtEhFs0
治ったらまた10年ヤルゾー

21: クテドノバクター(東京都) [JP] 2020/08/30(日) 22:44:13.22 ID:U+C1oPhg0
>>9 
どうすりゃええんじゃwww

23: テルモミクロビウム(四国地方) [FR] 2020/08/30(日) 22:44:47.94 ID:ojBs5LQR0
>>20 
治んねーよ。 
分かるもん。

24: クロストリジウム(神奈川県) [US] 2020/08/30(日) 22:45:25.98 ID:wt6WpPhn0
病気はしゃーない 
アベちゃんお疲れ
 
25: デスルフォビブリオ(東京都) [CN] 2020/08/30(日) 22:45:43.73 ID:vVS1K4220
安倍辞めろのゴミ共も最後は支持したんじゃねえの。2割UPって

27: オピツツス(福岡県) [CN] 2020/08/30(日) 22:46:25.30 ID:rrA+0RUI0
パヨクの生きがいがなくなるんだから必死になるわなww

28: キサントモナス(四国地方) [ニダ] 2020/08/30(日) 22:47:46.08 ID:3GifyHsQ0
民主党政権時は悪夢だったし創価とか共産党は勘弁してくれと思うけど 
安倍はある意味史上最低の総理大臣

29: カテヌリスポラ(SB-iPhone) [US] 2020/08/30(日) 22:49:03.69 ID:PDsdr9+80
単に今までは、どうせ辞めへんやろ的な立ち位置の人が支持に回っただけだろ。

30: クテドノバクター(東京都) [JP] 2020/08/30(日) 22:49:32.19 ID:U+C1oPhg0
病気なんだから支持率がどうあれ辞めるしかないな 
要するに安倍首相が築いた日米関係その他いろんなものを上手く引き継いでいけばいいんだろ?

31: アルマティモナス(長野県) [JP] 2020/08/30(日) 22:49:39.88 ID:VJ+UvZc80
最高の総理大臣だったな 
それももう過去の話だが

32: ゲマティモナス(千葉県) [US] 2020/08/30(日) 22:52:59.58 ID:LbT7ddw20
パヨクからすればサンドバッグがこわれるんじゃねーってところか。

34: パルヴルアーキュラ(ジパング) [ID] 2020/08/30(日) 22:54:23.46 ID:7aw19CfW0
安倍やめろ音頭「安倍やめろ~(やめないで)」

35: カルディセリクム(茸) [CN] 2020/08/30(日) 22:55:15.11 ID:F4L0fJuM0
総理と言えば安倍

36: フィンブリイモナス(ジパング) [US] 2020/08/30(日) 22:56:18.79 ID:cDbYqiXI0
前「安倍辞めろー」 
後「あれは冗談だ辞めないでー」

42: フランキア(神奈川県) [US] 2020/08/30(日) 23:05:09.83 ID:BiOyt/sw0
1年後、再登板は無理か?…

43: バークホルデリア(光) [FR] 2020/08/30(日) 23:07:30.74 ID:0uLlE0tM0
治療してもう一度、っていう気持ちは分かるし俺もそう思うけど難しいかもなぁ 
同じ病気で二度辞めてるとなると本人も断りそうだし

46: シュードノカルディア(愛知県) [ニダ] 2020/08/30(日) 23:11:04.78 ID:kg1L9+WX0
体調不良ならどうしようもない 
安倍首相自身もこんなタイミングでやめたくはなかったろう

48: スネアチエラ(愛知県) [US] 2020/08/30(日) 23:13:13.84 ID:x8oRjYyf0
辞めるのに上がるとか意味わからんわ

51: エアロモナス(広島県) [BR] 2020/08/30(日) 23:18:24.66 ID:p8WBfB900
要するに、支持率低下してたのは「コロナ対策ぐだぐだしてて評価しない」けど「辞めろとまでは思ってなかった」なんでしょ 
だって野党の支持率も上がってなかった

52: メチロフィルス(茨城県) [KR] 2020/08/30(日) 23:19:21.20 ID:yzpfWH6l0
パヨクの本音が笑えるwwwwww

53: クトニオバクター(東京都) [ニダ] 2020/08/30(日) 23:20:18.95 ID:nYGg3D2j0
支持しないが辞めてくれと言う程ではなかったということでは

56: ニトロソモナス(庭) [GB] 2020/08/30(日) 23:23:05.06 ID:w4gY/fw+0
マジで誰がやんだよ次期総理

コメント

 
    1. 1 名無しさん 2020年08月31日 04:11 id:tNrA.NSh0
      安倍の偉大さを在任中に感じて置くべきべきだった。
      坂上、小倉、青木。玉川、関口などの安倍叩き報道に乗せられて安倍叩きに走った輩はどうしようもない残念な人間。ヒダリ系の発言は信じないことが肝要。彼等は日本嫌い、中韓国益第一主義。
 
    1. 2 名無しさん 2020年08月31日 04:51 id:GUQOTIgd0
      俺実はアベって名前なんだけど立候補したらいいかな
 
    1. 3 気になった名無しさん 2020年08月31日 05:01 id:KVp.onSW0
      なんだかんだで、安倍以外の他の選択肢なかったしな
      長期政権続けられたのは伊達じゃない
 
    1. 4 名無しさん 2020年08月31日 06:10 id:oahS6BAp0
      これが本来の支持率で、辞任が決まったからマスゴミ(共同通信)も偽装支持率を出す必要が無くなったんだろうな。
 
    1. 5 名無しさん 2020年08月31日 06:11 id:oahS6BAp0
      これが本来の支持率で、辞任が決まったからマスゴミ(共同通信)も偽装支持率を出す必要が無くなったんだろうな。
 
    1. 6 名無しさん 2020年08月31日 06:30 id:T3Deescl0
      病気早く治して下さい。再々登板するのを期待してまってます。
 
  1. 7 名無しさん 2020年08月31日 07:54 id:sqF7fKQ30
    まぁあんだけメディアに叩けれまくってたのに支持率キープしてたからな

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント (6)

台風直撃!県経済、泣きっ面に蜂!緊急事態宣言は県経済を破壊する

2020-08-31 07:42:35 | 経済

 

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

 

きょうの沖縄タイムス一面トップ

本島・宮古昼過ぎ暴風

台風9号 瞬間70㍍予想

コロナも打撃

市場まばら

きょうウンケー

コロナ禍に加え、泣きっ面の蜂の台風直撃

緊急事態宣言の延長による観光経済の破壊

デニー知事の愚策により、沖縄ではコロナの死亡者より経済破綻による一家心中が怖い。

観光に頼る県経済はどうなっているのか。

那覇のシャッター通り

 

閑古鳥の観光地

 

沖縄県 独自の緊急事態宣言 再延長を決定 来月5日まで

沖縄県の玉城知事は、29日が期限となる新型コロナウイルスの感染拡大に対する、県独自の緊急事態宣言について、来週、旧盆を迎えて親族が集まる機会が多くなり、高齢者の感染リスクが高まるおそれがあるとして、期間を来月5日までの1週間、再び延長することを決定したと明らかにしました。

沖縄県の玉城知事は県庁で対策本部会議を開いたあと、28日午後6時前から記者会見を行いました。

この中で、玉城知事は今月31日から旧盆を迎えて、親族が集まる機会が多くなり、世代間の交流で感染リスクが高まるおそれがあるとして、29日が期限となる県独自の緊急事態宣言の期間を、来月5日までの1週間、再び延長することを決定したと明らかにしました。

延長する1週間は警戒を続けながら、感染の収まりを見極める「警戒監視期間」と位置づけるということです。

県独自の緊急事態宣言は今月1日から始まり、感染拡大に歯止めがかからないことから、今月16日から2週間、延長されていました。

また、玉城知事は延長に伴って実施する施策を公表しました。

それによりますと引き続き県民に対し、県内全域での不要不急の外出自粛を求めるほか、集団感染が発生している繁華街への外出、夜10時以降の外出は極力控えるよう求めています。

また、県をまたぐ往来については県外からの来訪者も含め、十分な健康観察と感染予防対策を徹底の上、慎重な対応を求めています。

 

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント (4)

沖縄タイムスは中国のスパイか、県民投票の結果を中国語で発信、「中国と通じている」とのレッテル貼られる

2020-08-31 06:39:26 | マスコミ批判

 

 

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

本性現した琉球新報、琉球独立を独立を煽る2020-08-28 

               ★

沖縄タイムスが県民投票の結果を中国語で発信、「中国と通じている」とのレッテル貼られる―中国メディア

沖縄タイムスが県民投票の結果を中国語で発信、「中国と通じている」とのレッテル貼られる―中国メディア
26日、中国メディアの観察者網は、沖縄タイムスのサイトが25日、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設をめぐる県民投票結果を中国語で発信し、「中国と通じている」とのレッテルを貼られたと報じた。写真は沖縄の米軍基地。(Record China)
       
2019年2月26日、中国メディアの観察者網は、沖縄タイムスのサイトが25日、沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設をめぐる県民投票結果を中国語で発信し、「中国と通じている」とのレッテルを貼られたと報じた。

沖縄タイムスのサイトは25日未明、24日投開票の県民投票の結果を日本語のほか中国語の簡体字と繁体字、英語でも発信した。
記事は「一部の日本のネットユーザーにとって、同紙が英語を使ったことは大した問題ではないようだが、中国語でニュースを伝えるという行為が彼らの敏感な神経に触れたようだ」とした上で、日本のネット上で「中国共産党の特務」「あれ?なんで中国語で書いているんですか?沖縄の新聞なのになんでですか?もしかして中国とつながっているからですか?」「この問題は中国とは全く関係ないことでしょう。日本の領土を虎視眈々と狙う中国のスパイですか?」などの声が上がっていることを紹介した。(翻訳・編集/柳川)
 

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント (2)

習近平真っ青!チェコ上院議長率いる代表団が訪台、 中国政府は批判

2020-08-31 00:33:38 | 未分類

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

チェコ上院議長率いる代表団が訪台、 中国政府は批判

配信

AFP=時事
 
 

台湾・桃園の空港に到着した、チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長(2020年8月30日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】チェコのミロシュ・ビストルチル(Milos Vystrcil)上院議長率いる代表団が30日、台湾・台北に到着した。今月に入って、外国の高官が台湾を訪問するのは2度目。民主制の台湾を世界から孤立させ続けようとする中国にとっては痛手となる。 【写真】ナウル大統領、中国特使と緊迫したやりとり 「横柄」な振る舞い非難  

約90人から成る代表団の訪問の2週間前には、米国のアレックス・アザー(Alex Azar)厚生長官が訪台。台湾を訪問した米閣僚としては、1979年に米国が台湾と断交し中国と国交を樹立して以来、最高位となった。

 台湾に5日間の日程で滞在するビストルチル氏は、立法院(議会)で演説し、蔡英文(Tsai Ing-wen)総統と会談する予定。台湾政府は同氏の訪台を「独裁体制の中国の脅し」に立ち向かうものと評している。

 一方で中国政府は、ビストルチル氏の訪台について「見下げ果てた行為」だと批判。外務省の趙立堅(Zhao Lijian)報道官は27日、「いわゆる『訪問』を実行するために、彼が台湾行きにこだわることで、中国とチェコの関係の政治的基盤を意図的に台なしにしている」と述べた。

 チェコの首都プラハ市は今年初め、台北と姉妹都市関係を締結し、中国政府の怒りを買った。これを受け、中国・上海はプラハ市との姉妹都市関係を解消した。  姉妹都市締結の合意書に署名したプラハのズデニェク・フジブ(Zdenek Hrib)市長も、訪台の代表団に加わっている。【翻訳編集】 AFPBB News

 

【関連記事】

 

  • jpg*****

     | 

    このチェコ上院議長を始めとするの訪台団は「いわくつき」の訪台である。

    通常であれば、記事にあるビストルチル上院議長の前任のクラベ議長が訪台する予定だった。しかし、クラベ議長は急死したためビストルチル上院議長が訪台することになった。

    急死したクラベ議長は、中国共産党から、もし訪台したらチェコ製の自動車の輸入を制限するなど、あからさまな脅迫を受けていたという。

    さらに恐るべきことは、駐チェコ中国大使が、クラベ議長夫妻を夕食会に招待した3日後、クラベ議長は心臓発作で急死している。

    こうした、中国共産党の悪辣な干渉をはねのけての訪台は称賛すべきことだ。プラハ-北京の姉妹都市解消も見上げた判断である。

  • ber*****

     | 

    チェコは小国ながら中国に忖度してない所が偉いですね。

    チェコは「プラハの春」を覚えているせいか反体制=反中国で、台湾の鴻海が進出し約2万人を雇用しているので当然と言える行動でしょう。
    チェコ、スウェーデン、オーストラリア、台湾などの小国でも超大国の中国と対峙し独立国の気概を示しているのですから日本も毅然とした対応をして欲しいと思います。

  • p3q

     | 

    米を筆頭に着々と台湾への応援が増えてきた。相変わらず中国は高圧的威圧をかけてきたが、民主国家が相次いで政府高官を台湾に表敬させれば、さすがに台湾制圧に二の足を踏むだろうな。

  • pxp*****

     | 

    徐々に中国離れが増えそうですね。日本もこの波に乗り遅れないようにしておく必要はありそうだと思います。中国は日本とアメリカを引き離そうとしてくるでしょうね。その前に親中議員などの排除をしておいた方がいいと思います。

  • 鉄拳おやじ

     | 

    安倍さんの体調が回復したあかつきには、ぜひぜひ訪台してほしい。立場的にも絶妙で、中々面白いのでは。いずれにせよ、台湾の自由を守る事は世界の共通課題です!

  • qud*****

     | 

    これだけでチェコ政府支持するわけじゃないが国際情勢を鑑みるにかなり凄い行動だと思う、なんせ中国と言ったら自分たちの侵略政策に少しでも都合が悪いと経済面で内政干渉してくるとんでも国家だし

  • vwi*****

     | 

    着々と中国包囲が進んでいるね、そんな中で中国との関係を重視すると、諸外国にどう見られるのか、親中媚中の人達は深く考えてほしい。

  • ID非公開

     | 

    中国は安倍政権が変わることをいいことに、日本を味方につけようとしている。
    中国包囲網は作られつつある。乗り遅れてしまっては、不利益を被りかねない。
    チェコの働きは大変素晴らしいと思う。

  • vsv*****

     | 

    自由、人権、民主主義を標榜する国は台湾と国交を結ぶべきだ。価値観を同じくする国と国交がなく価値観の異なる国と国交があることはおかしくないか。価値観を共有する台湾を支持します!

  • Xccp

     | 

    中共独裁政権の“政治正確”は自分の独裁理屈の延長です。民主国家はそれを守る必要がない、むしろそれを反する行動と政策が正しい。中共独裁政権の“政治正確”に従えると民主主義・普遍の価値に対する裏切るとなります。日本も政府議会代表団を台湾へ派遣したほうが正しい。さらに国交回復へと進みましょう。

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント (3)

由美子ちゃん事件、沖縄が「米兵蛮行」にスイッチした事件、蛮行の象徴 「ボンベの鐘」 

2020-08-30 12:21:42 | ★改定版集団自決

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

米兵蛮行の象徴 「ボンベの鐘」 

2007-07-25 09:31:30 | 未分類

沖縄の歴史を語るとき、必ず誇らしげに語られる「鐘」がある。

琉球王国時代、
琉球が世界に雄飛した象徴としての「万国津梁の鐘」、・・・その鐘に刻まれた文言は太田元沖縄県知事が会見するときの、背景の屏風に書かれていたので記憶にある人も多いだろう。
http://www.hot-okinawa.com/bankokunokane.html

「鐘」について北國新聞のコラム「時鐘」に次のような文言があった。

<日本の梵鐘(ぼんしょう)は外からつく。西洋はベル型で内側の「舌」で音を出す。高岡の銅器メーカーがスペインの世界遺産にある鐘を修復するという。北陸の技が欧州にまで鳴り響いた結果で、貴重な東西交流となろう >

<当欄「時鐘」の名は「時を告げる鐘」から来ている。かつて時計は見るものではなくて耳で聞くものだった。>

<時鐘は時計の代わりだけでなく、時代の相を写す鏡でもあった> 

<半鐘とは江戸時代、火の見櫓の上部などに取り付け、火災・洪水発生時などに鳴らし、地域の消防団を招集するとともに、近隣住民に危険を知らせた。> (北國新聞コラム「時鐘」 2007年7月21日 )

                      ◇

■米軍蛮行のシンボル「ボンベの鐘」■

<時鐘は時計の代わりだけでなく、時代の相を写す鏡でもあった

米軍占領下の沖縄の歴史を知る上でどうしても語らねばならぬ、もう一つの「鐘」がある

不発弾を利用した「ボンベの鐘」である。

形はボンベだが、実際は不発弾の爆薬を抜き取った「不発弾の鐘」と言ったほうが正確だろう。

 

 

←「ボンベの鐘」

 

「鬼畜米英」と信じ込んでいた米軍は“思ったより”親切だった。

年寄りの傷の手当てをしたり、赤ん坊にミルクを与えたり・・・。

だが米軍はヒューマニズムに溢れていたというのは神話に過ぎなかった。

米軍の沖縄占領から数年間の米軍の蛮行はマスコミには封印されたままである。

当時の沖縄住民は米兵の蛮行には目をつぶって耐える以外にはなかった。

現在70歳以上の女性なら、1945年の占領当時から数年間、各集落の入り口にぶら下っていた米兵監視用の「鐘」のことを覚えているはずである。

米兵の蛮行から身を護るために沖縄住民が考えただした「ボンベの鐘」のことを。

<この鐘は部隊に近いところの集落にかけられているものです。収容所のところです。これは夜な夜な集団で米軍の兵隊が集落内に襲ってくるときに、危険を知らしめる鐘だったんです。このボンベを打ち鳴らされる数は、あるいはそれ以上の数が女性たちに性的暴力を奪っていったという、一つのシンボルといいますか、今でもこれは砂辺地区に残っているボンベです。このことを島マスさんは女性は安心して当時は外出もできなかった。家の中にいても、いつ米兵が入ってくるか分からない。人々は自衛手段としてボンベの鐘を打ち鳴らしました。占領地の沖縄は無法地帯でした」という表現があります。>(沖縄県収用委員 第8回会審理記録」の一部抜粋)http://www.jca.apc.org/HHK/Kokaishinri/8th/Matayoshi8.html

 

沖縄には「物(ムヌ)食ィーシドゥ、我ガ御主(ウスー)」(物食わし得る者こそ、我が主人)という有名な人生観がある。

戦前から戦時中にかけて、食料不足に悩まされた沖縄住民は、占領軍が放出する豊富な食べ物に上記の人生観を再確認した。

「日本世」から「アメリカ世」を生き抜いた、明治12年(1879年)の「琉球処分」の年に生まれた93歳になる祖母に、どちらの時代がよかったかを聞いたところ、〈「日本世」は食べる物も着ける物もなかったが、いまはおいしい物が食べられるし、着ける物だってたくさんあるから「アメリカ世」の方がよかったと真剣に話した〉というエピソードを紹介していた。生活者のリアリズムからみれば「アメリカ世」とは、何よりも圧倒的な物量として体験されたということだろう。>(読売新聞「沖縄企画特集」よりhttp://www.yomiuri.co.jp/e-japan/okinawa/kikaku/022/28.htm

上記の「日本世」は戦前で、「アメリカ世」は戦後の占領時代のこと。

「米軍の蛮行」は封印したまま、占領軍は沖縄の永久占拠を企み、沖縄と日本の精神的分断を考えた。

そのために実施されたのが数々の宣撫工作である。http://www.qab.co.jp/01nw/07-05-11/index7.html

米軍政は五〇年、ペリー来航を記念した「琉米親善の日」を制定、五三年には「百年祭」が盛大に行われた。

琉米親善は占領下の沖縄で行われた殆どの行事に冠詞として付けられ、「琉米親善センター」「「琉米親善・高校バスケット大会」 「琉米親善野球大会」と宣撫工作の一役をかった。

(復帰前の沖縄タイムスの社説について)
<社説は「琉米親善」を祝い、戦前の悪い統治制度からの脱却という表現で日本の軍国時代を批判し、米軍の民主主義に基づく統治を評価する。その論調には解放感さえ漂う。>(沖縄タイムス社説)http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20041020.html

 

米軍の沖縄住民に対する残虐行為を封印したままの「琉米親善」がくずれ出すのは、戦後10年も経った頃米兵による幼女殺人暴行事件「由美子ちゃん事件」以後である。

 【由美子ちゃん事件】 1955年9月3日石川市に住む永山由美子ちゃん(6歳)が米兵に暴行・殺害され、嘉手納海岸で死体となって発見された。米軍軍属の犯罪が大きく取り上げられた最初の事件であった。島ぐるみの土地闘争が高まっている時期に発生したこの事件に住民の怒りは頂点に達した。立法院でも「鬼畜にも劣る残虐な行為」と抗議決議をし、米軍は厳罰に処罰するとの声明を発表、沖縄での軍法会議では死刑判決がでたが、犯人は本国送還となりうやむやにされた。

「由美子ちゃん事件」以後、沖縄のマスコミは米兵の残虐行為を大々的に報じるようになった。

「由美子ちゃん事件」とその数年前から行われた米軍による「強制土地収用」により、

沖縄のマスコミは

<米軍はヒューマニズムに溢れている>、

<米軍は戦前の日本の軍国時代の悪い統治制度から沖縄を解放した>

<米軍の民主主義に基づく統治を評価する>

と言った親米論調は一気に反米へと路線変更していく。

皮肉なことにマスコミの卑屈な路線変更とは関係なく、一般の住民は敗戦直後から「米兵の蛮行」は身をもって知っており、

「ボンベの鐘」で自ら家族を護り続けていた。

写真の「ボンベの鐘」は北谷町砂辺に在るというが、沖縄戦の象徴として、

沖縄県平和祈念資料館の「残虐な日本兵の人形」の隣にでも、

「残虐非道な米兵のシンボル」として展示して欲しいものである。

◆沖縄県平和祈念資料館http://www.peace-museum.pref.okinawa.jp/

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント (3)

「うつろな目の少女」の秘密!

2020-08-30 08:12:33 | ★改定版集団自決

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

沖縄戦再検証のため過去ブログ「うつろな目の少女」の秘密!2007-09-16を編集・再掲します。

                 ★

 


琉球新報口木舌2007年9月7日掲載  

 雨が降るさまを表す言葉はいろいろあるが「遣(や)らずの雨」は情趣を感じさせる。別れが惜しい訪問客を引き留めるかのように、急に降りだした雨を言う
▼「馬の背をわける」も乙だ。馬の毛並みが雨模様を連想させるのだろう。左右を分けるように、一方は晴れて片方は雨が降る状況。ウチナーグチだとカタブイ(片時雨=国立国語研究所沖縄語辞典)だが、残暑が続く中、このところカタブイが目立つという(略

                   ◇

琉球新報のコラムの「遣らずの雨」の文言で同じ新報の2週間前の「うつろな目をした少女」という衝撃的記事を思い出した。

沖縄戦を伝えるため伊丹市からわざわざ琉球新報を訪れて証言した大城盛俊氏の驚愕の記事のことだ。

教科書の嘘許さず 大城さん、憤りで声震わせる

2007年8月25日琉球新報

「沖縄がいつまでもバカにされたままでいいのか。沖縄県民はもっと怒って立ち上がらなければ」と訴える大城盛俊さん=那覇市天久の琉球新報社

 「うつろな目の少女」と題し、大田昌秀著「これが沖縄戦だ」(1977年出版)の表紙写真で紹介された兵庫県伊丹市の大城盛俊さん(75)=旧玉城村出身=が来県、高校歴史教科書検定で沖縄戦の「集団自決」に関する記述から日本軍の強制が修正・削除された問題で、「沖縄県民はもっと怒って立ち上がらなければ」と訴えている。24日、琉球新報社を訪れた大城さんは、史実を歪める教科書検定の動きに「教科書が嘘(うそ)をついて、その嘘を教えられた子どもたちが大きくなったらどうなるのか」と懸念し、憤りで声を震わせた。
 表紙の“少女”の正体が大城さん。当時12歳で、育ての父に「男の子は兵隊にやられるから女の子になりすましなさい」と言われ髪を伸ばした。
 大城さんは、1945年4月1日の米軍の沖縄本島上陸後に家族と玉城村のガマ(壕)に避難したときのことを鮮明に記憶している。そこには200―300人の住民がいた。5月下旬、日本兵が入り込んできて「食料をよこせ」と銃を向けた。彼らは黒砂糖が入った大城さんのリュックサックを取り上げようとした。大城さんが「取らないで」とお願いすると、「生意気なやつだ」と壕の外に引きずりだし、激しく暴行。硬い革靴でけり飛ばされた大城さんは気を失った。殴られた右目は失明した。
 数日後、大城さんは米兵に助けられた。同写真は診療所の前で撮影された。(略)
 (深沢友紀)

                     ◇

                                              

連日地元紙に登場する沖縄戦の証言者の話には一応目を通しているはずだったが、上記記事は不覚にも見落としていた。

後日、「12歳の少年が何故女装していたの」と知人に聞かれ、記事を改めて読み返してみたが、記事の意味が良く飲み込めなかった。

「男装の少女」は米兵の毒牙を逃れるため米軍占領後しばらくの間、沖縄のいたるところでよく聞いた話。

だが、逆におかっぱ頭の「女装の少年」の話は今回初めてこの記事で知った。

「男装の女性」が米兵の目をごまかす目的だったという先入観で、男の子が女装をした理由は記事によると次の通りだった。

「男の子は兵隊にやられるから女の子になりすましなさい」

という義父の言葉だ。

この文言を見ると容易にミスリードされてしまう。

「やられる」を「兵隊に遣(や)られる」では無く「兵隊にヤラれる」と誤読してしまったのだ。

言うまでなく、ここで言う「ヤラれる」とは「強姦される」を意味する。

「遣らず雨」の粋な意味は消え去り「ヤラれる」という露骨な表現だ。

連日沖縄2紙が報じる「日本兵は残虐だ」とのキャンペーン記事を見ていると、日本兵は「少年をヤル」までに鬼畜に陥っていたのかと一瞬目を疑ったくらいだ。

だが、ここで疑問が残る。

それでは、少年はヤルが少女ならヤラない鬼畜兵が沖縄に集中していたのか。

換言すれば沖縄に集結した日本兵はホモ集団だったのか。

まさかね。

■「うつろな目をした少女」■

問題のおかっぱ頭の少女の写真は新報のウェブサイト記事には掲載されていないが、沖縄戦史では「うつろな目をした少女」として有名な写真である。

だが、地元でこの「少女」が男の子であること知っている人は少い。

この写真が掲載されている「写真で見る沖縄戦-住民篇」では「ヤラれる」を「殺される」と説明している。
http://www.okinawa-sen.or.jp/060214/index.html

うつろな目をした”少女”
実は日本兵に殺されないようにおかっぱ姿にしていた少年
1945.6.21具志頭 
   
     

 >日本兵が入り込んできて「食料をよこせ」と銃を向けた。彼らは黒砂糖が入った大城さんのリュックサックを取り上げようとした。大城さんが「取らないで」とお願いすると、「生意気なやつだ」と壕の外に引きずりだし、激しく暴行。硬い革靴でけり飛ばされた大城さんは気を失った。
  特集 「写真で見る沖縄戦-住民

戦争末期になると、戦況悪化、長期化により兵士が不足し、兵役対象者が大学生にまで及んだ(学徒動員)。

そこで、沖縄においても、1945年3月に“鉄血勤皇隊”として沖縄の学徒が召集された。

日本陸軍第32軍の「鉄血勤皇隊ならびに活用に関する覚書」によると、

「各学校ごとに鉄血勤皇隊を編成し、軍の緊密な協力の下で軍事訓練を施し、非常事態ともなれば直接軍組織に編入し戦闘に参加させる」
 
と記されており、当初から軍の援助・指導を前提に、県立学校が積極的に軍事訓練・戦闘へ取り組んでいたことが伺える。
さらに、その添付文章などによると、召集対象年齢を下回る14~16歳の学徒についても召集に備えた書類を作ることが定められた
 
そうした覚書・協定に基づいて、当時の沖縄県庁は、各学校で集めた学徒名簿を軍に提出し、沖縄の14~16歳の少年を動員した。(ウィキペディア)
 
戦争が長引けばそのうちこの少年も正式に招集される。
 
結局、この話は12歳の少年が兵役の手伝いを逃れるためにおかっぱ頭の少女に変装していたのではないか。
 
 
一方、これとは逆に米兵の獣欲から逃れるため長い髪を坊主頭にして顔に泥を塗って薄汚い少年に化けた話は、沖縄では密かに語られる実話である。

米兵蛮行の象徴 「ボンベの鐘」 

<時鐘は時計の代わりだけでなく、時代の相を写す鏡でもあった

米軍占領下の沖縄の歴史を知る上でどうしても語らねばならぬ、もう一つの「鐘」がある

不発弾を利用した「ボンベの鐘」のことだ。

形はガス・ボンベだが、実際は不発弾の爆薬を抜き取った「不発弾の鐘」と言ったほうが正確だろう。

 

 

←「ボンベの鐘」

 

「鬼畜米英」と信じ込んでいた米軍は“思ったより”親切だった。

年寄りの傷の手当てをしたり、赤ん坊にミルクを与えたり・・・。

だが米軍はヒューマニズムに溢れていたというのは神話に過ぎなかった。

米軍の沖縄占領から数年間の米軍の蛮行はマスコミには封印されたままである。

当時の沖縄住民は米兵の蛮行には目をつぶって耐える以外にはなかった。

現在70歳以上の女性なら、1945年の占領当時から数年間、各集落の入り口にぶら下っていた米兵監視用の「鐘」のことを覚えているはずである。

米兵の蛮行から身を護るために沖縄住民が考えただした「ボンベの鐘」のことを。

<この鐘は部隊に近いところの集落にかけられているものです。収容所のところです。これは夜な夜な集団で米軍の兵隊が集落内に襲ってくるときに、危険を知らしめる鐘だったんです。このボンベを打ち鳴らされる数は、あるいはそれ以上の数が女性たちに性的暴力を奪っていったという、一つのシンボルといいますか、今でもこれは砂辺地区に残っているボンベです。このことを島マスさんは女性は安心して当時は外出もできなかった。家の中にいても、いつ米兵が入ってくるか分からない。人々は自衛手段としてボンベの鐘を打ち鳴らしました。占領地の沖縄は無法地帯でした」という表現があります。>(「沖縄県収用委員 第8回会審理記録」の一部抜粋)http://www.jca.apc.org/HHK/Kokaishinri/8th/Matayosh
i8.html

 

現在の判断基準で考えれば、12歳の少年を将来兵役に取られるのが忍びがたく我が子をおかっぱ頭の女の子に変装させて兵役を逃れさせる親心はよく理解できる。
 
だが、時代は62年前の戦時中のこと。
 
当時の基準で言えば兵役拒否であり「非国民」といわれても仕方のない行為だ。
 
食料を要求する日本兵を「取らないで」と拒否した“少女”がもみ合ううちに男であることがばれてもおかしくはない。
 
記事では書かれていないが「生意気だ」という一言より
 
「女の癖に生意気だ。 おや、貴様男だな。 兵役拒否したな!」といって殴られたと言う方が自然だろう。
 
さらに冒頭の琉球新報記事にはもう一つ疑問が残る。
 
>1983年、喉頭(こうとう)がんで声帯を失ったが、人工声帯で沖縄戦の実相を全国各地で語り続ける。講演は23年で1120回を数えた。

 
23年間に1120回の講演会をこなすとは、単純計算をしても1週間に1~2回の講演会を23年も続けたことになり、ある意味で講演会のプロともいえる。
 
その講演会のプロが「うつろな瞳をした少女」の本人なら、わざわざ伊丹市からインタビューのためだけに琉球新報を訪れて一回の講演会も無く帰るのが不可解だというのだ。
 
地元紙は今まさに沖縄戦の証言者で大キャンペーンを張っている真っ最中ではないか。
 
日本軍の残虐性を訴えるのに「うつろな瞳をした少女」ほどおいしい演題はないはずだ。
 
講演会のプロが一回も講演会をせずに尼崎に帰ったのには訳があったのだろう。
 
沖縄では米兵を逃れるための「男装の女性」の話は数多いが日本兵から逃れるための「女装の男性」の話は大城俊盛氏以外には聞いた事が無いのだ。
 
本土各地では「うつろな瞳をした少女」として講演を続けられても現地の沖縄では実質上の「徴兵拒否」がばれてしまうのを恐れて琉球新報も講演を避けたのではないか。
 
さらにもう一つ、「釣りキチおやじの言いたい放題」が同じ記事に次のような疑問を投げかけている。
 
≪マスコミの世論操作、『「兵」と「軍」との巧妙なすり替え』
「教科書の嘘許さず 大城さん、憤りで声震わせる」との記事が、8月25日16時4分付で琉球新報から発せられた。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-26594-storytopic-
1.html

この中に、
日本兵が入り込んできて「食料をよこせ」と銃を向けた。(略)「日本兵は本当に恐ろしかった。住民を『スパイだ』と決め付けて虐殺したところも見た。捕虜になれば男は戦車でひき殺され、女は暴行され殺されると言い聞かせ、住民を死(集団自決)に追い込んだのは日本兵だ」と厳しい口調で語る。
との記述がある。
(略)
しかしながら、此処には巧妙な論理のすり替えがある。
事実は日本『兵』なのに、結論は日本『軍』となっていること。
『個としての組織の構成員』が、何時の間にか『全体としての組織それ自体』にすり替えられてしまっている事である。
生きるか死ぬかの極限状態を潜り抜けた、当時は12歳の少年、しかもそのときの苦しみを今も引き摺らざるを得ない運命に置かれている方の言については云々する立場にはないが、この方の言を奇貨として、しかも論理をすり替えてまで世論操作を行おうとは、言語道断と言わざるを得ない。 ≫
 
 

沖縄戦の語り部「うつろな目の少女」

昨日の朝日新聞大阪本社版夕刊の1面に、沖縄戦の語り部として1200
回以上も語ってきた大城盛俊さん(75)が引退を決意したという記事
が掲載されています。

大城さんは沖縄戦当時12歳でしたが、家族の食べ物を持っていこうと
した日本兵に殴られて右目失明などの大けがを負いました。またお母
さんもスパイと疑われて日本軍に殺されました。

沖縄戦語り部、大城盛俊さん引退へ 『残酷なのは戦争』」

大城さんは当時、「男の子は日本軍に何をされるか」と案じた父に少
女の格好をさせられていましたが、米軍に傷の手当てを受けている時
に写された写真が、大田昌秀・元沖縄県知事の著書の表紙に「うつろ
な目の少女」と名付けて使われました。

その大城さんと太田さんの出会いのエピソードが、去る2月1日の朝日
新聞沖縄版に掲載されています。

ニッポン人脈記/沖縄の『少女』 これは僕

 ⇒最初にクリックお願いしま

 
コメント (1)

ユーミンが泣いた、安倍辞任、日台・韓国「転換に期待」日台断交以来「最も友好的だった」 謝駐日代表、安倍首相の辞任惜しむ

2020-08-30 05:06:00 | 普天間移設

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

■安仁屋正昭さんのコメント

デニー知事と安倍首相は人間の質が違う

有本 香Twitter
深夜2時だから一つ明かす。1月末、昭恵さんの強い希望で、在日ウイグル人の方々との会食をセットした。昭恵さんは以前からウイグル問題に関心を寄せていて、話がしたいと言っていた。雪の予報が出ていた夜、9時を回った頃に昭恵さんの電話が鳴った。少し話すと、彼女は黙って私にスマホを渡した。

総理からだった。在日ウイグル人の皆さんを気遣う言葉の後、私に「有本さんもご苦労様」と仰った。私が「先週、武漢肺炎での水際対策で政府を批判する記事を書きました。言いたいこと言わせてもらってます」と言うと「それは構わない。今夜は雪になるみたいだから皆さん、ほどほどにね」とさらに気遣いの言葉をかけられ、電話は一旦切れた。その後、もう一度、昭恵さんの電話が鳴り、また少し話した後、今度は、その場に居たウイグル人お一人お一人に電話をかわって、直接言葉をかけていた。皆、「総理に励ましていただいた。最近落ち込むことが多かったが、これでまた頑張れる」ととても喜んでいた。


私も、この夜のことは生涯忘れないと思った。しかし、こういう話は現役でおられる間、メディアでは明かせない。おかしなことだと思うが、それが今の日本だ。もちろん、ご夫妻もこういう出来事を見せびらかすようなことを一切望んでいない。それほど誠実で暖かいお二人だ。


長い間、本当にお疲れさまでした。そして、日本のために、ありがとうございました。ゆっくり養生なさってください、と今は申し上げたい。でも、健康を回復したら必ず、安倍晋三氏はまた闘い始めるだろう。

■ブン太さんのコメント

今朝の沖縄タイムスを見て驚いた。安倍バッシングで埋めた紙面だったからだ。潰瘍性大腸炎と言う苦痛を伴う病気と戦ってきた総理への、ただただ罵詈雑言で編集した、悪意を感じる紙面だった。これだけ長く総理を務める事が出きたのは、安倍総理の政治力と多くの国民の支持があったからだ。

沖縄県民にも安倍さん支持の良識ある県民は沢山いる。ただ左翼支配の県民世論の中で無言でいるだけだ。タイムス・新報を已む無くとっているが、政治面は、不愉快だから読まないと言う人は沢山いる。勿論止めた人もいる。本日のタイムス紙面はそうした安倍総理支持と残念な思いんを持つ県民の声を取り上げていない。左翼偏向の共同通信配信記事では、まだ体調を心配する国民の声があったが、タイムスの記事は安倍憎悪で編集された、世論操作の記事だといえる。

保守ネットの一部でマスコミの事をマスゴミと表現しているが、私も確かにタイムスはマスゴミと思った。なお、琉球新報は琉球独立派に肩入れし、中国に近いタイムス以上の反日種族新聞だ。沖縄マスコミは正さなければならない。

 

 トランプ「最大の敬意!とても残念」!ボルトン「日米両国にとって大きな損失」…

 

日台断交以来「最も友好的だった」 謝駐日代表、安倍首相の辞任惜しむ

配信

中央社フォーカス台湾
 

謝駐日代表

(東京中央社)台北駐日経済文化代表処の謝長廷(しゃちょうてい)代表(大使に相当)は28日、自身のフェイスブックを更新し、同日辞意を正式表明した日本の安倍晋三首相について、1972年に中華民国(台湾)と日本が断交して以来、台湾に最も友好的な首相だったといえるとつづり、志半ば辞任を余儀なくされたことに「深い遺憾の意」を表明した。

謝氏は、安倍氏がこれまで、世界保健機関(WHO)など国際機関への台湾の参加を支持する立場を繰り返し示してきたほか、ツイッターなどを通して蔡英文(さいえいぶん)総統と交流したり、台湾で自然災害が発生した際、励ましのメッセージを寄せたりしてくれたとして「最も真摯な感謝」を伝え、早期回復を願った。 (楊明珠/編集:塚越西穂)

                                                           ★

 

  • ser*****

     | 

    次の総理にもアジアで、最も信頼のおける台湾重視の外交を望む。
    台湾を中国から守る為に、アメリカと力を合わせて欲しい!

  • sin*****

     | 

    安倍元首相は、台湾がWHOに加盟できるよう働きかけましたが、中共の反対により実現できなかった。

    二階、石破らであれば、台湾を国際舞台に復権させようとするどころか、中共の意を重んじて、台湾と国交を結んでいる国々に圧力をかけるようになりそうだ。

  • *****

     | 

    そっか、今も台湾とは「断交状態」が続いているのでした。

    考えてみれば、日本に何かあったら真っ先に駆けつけてくれる国と
    今も断交状態が続いているのは、おかしいと思います。

    でも、国交はあってもただただ比例を日本に押しつけてくる周辺国があるのに
    そういう国々と断交しないのも、やはりおかしいと思います。

  • mi_*****

     | 

    安倍総理は李氏弔問団、靖国参拝を実弟岸さんに託してますし
    「日本の国会議員は李登輝元総統を尊敬してる」と伝えてます。
    韓国と断交、日米台重視の総理が必要ですね。

  • jai*****

     | 

    >志半ばで辞任を余儀なくされたことに「深い遺憾の意」を表明した。

    こういう場合にこそ、
    「遺憾の意」」という言葉を使うのです。

    近年、日本の政治家が この言葉を多用(乱用)し過ぎて
    この言葉の持つ、本来の意味から外れているように思っていました。

  • くにさん

     | 

    ご安心ください、今後も変わらず日本国民は台湾を支持します。
    貴国の歴史も多くの日本人が理解しています。
    善良な日本人がサポートし続けます。

  • osa*****

    目先の金儲けでなく、進の友人を大切にすることが、いかに大切かがわかる。日本は早く中国から撤退すべきだ。

    返信0

    • 台湾はアメリカにも同じく断交以来最も友好的って言っている。
      アメリカにも日本に対して相当に期待しているでしょうね。
      日本は台湾の期待応えられるのか。

  • スティーブンスクリーク

    半世紀前台湾を国連から追い出し一つの中国を認めたのは米国、それに大反対して最後まで台湾の立場を守ったのは日本であり安倍首相の大叔父佐藤栄作首相でした。今回のWHOと同じで願いはかないませんでしたがそういった経緯があります。米国も涙を呑んで台湾を切ったのは敵(ソ連)の敵(中国)は味方でソ連を崩壊させるためでした。

     

     

【おまけ】

安倍首相辞任に、松任谷由実「会見を見ていて泣いちゃった」 パ「もうユーミン聴かない」

      1: Felis silvestris catus ★ 2020/08/29(土) 14:41:53.85 ID:CAP_USER9
https://anonymous-post.mobi/archives/2777
芸能界にもアベノショック…松任谷由実、会見見て「泣いちゃった。切なくて」

 安倍晋三首相が辞任を表明した28日、芸能界から驚きの声が上がった。

 安倍夫妻と親交が深いシンガー・ソングライター、松任谷由実(66)はニッポン放送「松任谷由実のオールナイトニッポンGOLD」で、「テレビでちょうど(会見を)見ていて泣いちゃった。切なくて」と思いを吐露。
安倍氏とは「私の中ではプライベートでは同じ価値観を共有できる、同い年だし、ロマンの在り方が同じ」と明かし、「辞任されたから言えるけど、ご夫妻は仲良しです。もっと自由にご飯に行ったりできるかな」などとねぎらった。
 


 2017年に安倍氏がベトナムを訪問した際、日本ベトナム特別大使として随行するなど親交が深い歌手で俳優、杉良太郎(76)は「高齢化問題、原発後処理、災害、ウイルス対策と長期間にわたり、指導者として、きょうまで職責を果たしてこられたことは奇跡的なことであったと思います。立派な指導者です」とたたえた。

https://www.sanspo.com/smp/geino/news/20200829/geo20082905030016-s.html



samoyed @samoyed_2011
2020/08/29 09:33:37
。政権にすりよりさんざん儲けて最低。反吐がでる。失せろ❗もうCD捨てます。さようなら。もうでてくるな。

こまり @4sC3Dh0LWdD6nhS
2020/08/29 09:14:23
ユーミンもそう言ってるのを聞いて、彼女の楽曲を聴く気が失せました。
杉良は見なくて済むけど、ユーミンは耳に入ってくるだろなぁ、その都度、この砂を噛むような感覚が蘇るのはイ

(略)


no title

引用元:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/seijinewsplus/1598679713/

13: あなたの1票は無駄になりました 2020/08/29(土) 14:59:29.03 ID:/vXxwlcG0
>>1
こんな心温まる言葉に敵意むき出しにするパヨちんて、やっぱ不寛容過ぎるよな

4: あなたの1票は無駄になりました 2020/08/29(土) 14:45:46.75 ID:sBkawc3L0
政治とか抜きに親交があったんだろ
知らんけど

10: あなたの1票は無駄になりました 2020/08/29(土) 14:53:01.93 ID:3BdTeA0F0
頭痛え~w
なんなのこいつら!?
別に聴いて欲しくもねえだろ
何が言いたいのか分からないww
うっとおしい世の中に成ったもんだなあ
12: あなたの1票は無駄になりました 2020/08/29(土) 14:58:02.40 ID:4bO+Sqmr0
基本的に好き嫌いって感情でしか考えられないんだよあいつらは
理屈が通用しないの見てりゃわかるだろ?

 

29: あなたの1票は無駄になりました 2020/08/29(土) 15:21:58.88 ID:suwBqi650
ユーミンとキョンキョンならセンスいいのはユーミンだわな

38: あなたの1票は無駄になりました 2020/08/29(土) 15:44:14.07 ID:xmovTIb20
こういう連中って自分の近くにいる人全員に思想信条を聞いて自分と違う考えの人間とは
一切付き合わないのかね?

45: あなたの1票は無駄になりました 2020/08/29(土) 16:12:01.18 ID:8hfZxcDU0
芸能人が保守だったら叩くダブスタのパヨクw
 
                ★

毎日記者が安倍首相に宛てた手紙が想像を絶する気色の悪さで吐き気をもよおす読者が続出

1:フソバクテリウム(茸) [SA]:2020/08/30(日) 00:26:12.12 ID:XVsM61Sd0 BE:271912485-2BP(2000)


「あなたが残した分断と政策行き詰まりに苦しむのは私たちです」 安倍首相への手紙

 拝啓 安倍晋三さま。昨日の記者会見、拝見しました。失礼ながら7年あまり、あなたの政権について長文記事を書き続けてきた私は、今も悩んでいます。「ご苦労様」と申し上げたい気持ちはやまやまなのですが、本当に苦労をしてきた、あるいはこれから塗炭の苦しみをなめるのは、私たち国民ではないか、という思いを深くしているからです。何のはなむけにもなりませんが、お手紙したためました。【吉井理記/統合デジタル取材センター】

 あれは2013年7月4日のこと。政権復帰して、最初の国政選挙になった参院選の初日、JR池袋駅での演説の一節を、今も覚えています。

 「……景気も良くなって、給料も上がって、ビアガーデンでお父さんが飲むビールのジョッキも1杯にするところを、もう1杯飲もうと。お店も喜ぶ。そうやって好循環が生まれていくんです!」

 金看板の「アベノミクス」を誇る文脈で語られた何の変哲もない一節です。
 アベノミクスが本当に国民生活を潤したのかは後述するとして、持病もあってお酒をあまりたしなまないのに、縁が薄いはずの「ビアガーデン」とか「ビールのジョッキ」などという言葉で、それこそビアガーデンが集まる池袋の聴衆の心をつかもうとする姿に、ある種の「痛ましさ」を感じたのです。
 この時期、…

https://mainichi.jp/articles/20200829/k00/00m/010/164000c

 

5:クロオコックス(東京都) [CN]:2020/08/30(日) 00:27:23.85 ID:3eVzpSfH0


書いててアホくさいと思わんのかよ…
気色わるっ

 

8:カンピロバクター(大阪府) [ニダ]:2020/08/30(日) 00:27:43.11 ID:3eVzpSfH0


だれもお疲れ様もお大事にもいわなかったって関西ローカルの解説者が記者にぶちぎれてたぞ
人間としての常識すらないんかと

 

17:キサントモナス(千葉県) [DE]:2020/08/30(日) 00:28:44.24 ID:owncddxx0


分断を作ってるのはマスゴミなんだよー

 

21:オセアノスピリルム(茸) [CN]:2020/08/30(日) 00:28:59.80 ID:Xd+dQKsZ0


永久保存版電波記事

27:プロピオニバクテリウム(大阪府) [US]:2020/08/30(日) 00:29:51.90 ID:1UE2enN+0


異論反論を許さない社会も生きづらいし、反安部を堂々と主張できるし、それに対して自由に批判もできる。今の社会ってそう悪くないと思うけどな。

 

36:クロマチウム(大阪府) [ニダ]:2020/08/30(日) 00:30:34.86 ID:qfp+mfns0


>「あなたが残した分断と政策行き詰まりに苦しむのは私たちです」

私たち=パヨク

 

44:エントモプラズマ(家) [US]:2020/08/30(日) 00:31:30.14 ID:GPJsteft0


朝日もおかしいけど毎日TBSはちょっと病的だわね

 

45:キサントモナス(神奈川県) [US]:2020/08/30(日) 00:31:33.61 ID:NX2Pi1Bk0


>>1
>「あなたが残した分断と政策行き詰まりに苦しむのは私たちです」 安倍首相への手紙
責任転嫁の手紙

 

55:ゲマティモナス(東京都) [US]:2020/08/30(日) 00:33:07.36 ID:va69tH9w0


こういう時にちょっと感謝の言葉を述べて、別途特殊記事で批判ってすれば簡単に好感度上がるって何で分からんかね

 

70:フラボバクテリウム(北海道) [CO]:2020/08/30(日) 00:35:31.86 ID:YKSZnqJl0


30年前は変態といえどもう少し格調高い作文書けてたんだが近年の記者の質低下

 

98:デスルフォビブリオ(東京都) [KR]:2020/08/30(日) 00:39:10.77 ID:cDB1S4jc0


>>1
>「あなたが残した分断と政策行き詰まりに苦しむのは私たちです」

安倍の政策で何か分断したか?

 

コメント (2)

白旗の少女、沖タイ新川明の捏造絵本、 捏造された一フィート運動

2020-08-29 16:50:16 | ★改定版集団自決

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

 

沖縄戦の再検証のため過去ブログ新川明と白旗の少女 捏造された一フィート運動2009-08-12 を編集・再掲します。

                ★

『うらそえ文藝』の集団自決特集の対談で、「一フィート運動」の創始者である上原正稔氏が「沖縄タイムス恐喝事件」を暴露したことが話題になっている。

当時富村氏の恐喝に対応したといわれる沖縄タイムス編集局長新川明氏(後に社長)は、定年退社後も極左評論家として健筆を振るっているが、これまでも当日記には少なくとも二度ほど登場したおなじみのタイムスOBである。

一度は、一人の論者を集団で袋叩きにする「沖縄イニシアティブ方式」という言論封殺方式の主導者として。

実は小林よしのり氏もこの言論封殺の犠牲者である。
 
沖縄の作家目取真氏が琉球新報で小林氏を批判というより、罵倒したのが、それに反論した小林氏が犠牲になったのである。
 
目取真氏が「沖縄版・言論封殺魔」といわれる由縁である。
 
ことの詳細は雑誌『WILL』増刊号に「これが沖縄の言論封殺だ」というタイトルで、筆者(狼魔人)が寄稿してあるので読んで欲しい。 『WILL』の記事は、ここで読める。⇒罠にかかった小林よしのり 護送船団方式の沖縄論壇
 
そして、新川明氏の当日記へのもう一度の登場は「一フィート運動」の記録フィルムを歪曲する卑劣な絵本作家としてである。

新川明氏は、米軍が写したフィルムの中に、偶々写っていた白旗を持つ少女の映像を発見し、絵本という形で子供たちに「悪逆非道な日本兵」を教え込む平和教育教材を作った。

これに関しては当日記で過去に再三エントリーしたが、今でも一日に100件近くアクセスのある人気エントリーである。

ちなみに「1フィート運動」は左翼集団に乗っ取られイデオロギー化したため、創始者の上原正稔氏は現在これに関わってはいない。

以下は白旗の少女の神話ー改定版を編集した再掲です。

                   ◇

沖縄戦で、圧倒的物量をほこる米軍は、その戦力の余裕から、数多くの報道班を配備した。

彼らが撮影した多くのフィルムは冷徹に戦争の実像を記録をした。

だが、後世これらを見た沖縄の「識者」たちはそれを基に数多くの神話を捏造した。

イデオロギーまみれの「平和教育」のために。

白旗の少女の写真を知る者は多いが、「平和教育」のために作られた少女にまつわる神話の背景を知る者は少ない。

                   ◇

 

「白旗の少女」や長寿の秘密 高校英語教科書に“沖縄” 

 

米軍によって撮影された記録フィルムの中で、戦争に翻弄される子どもたちの姿は見るもの胸を打つ。

中でも特に有名な二枚の少女の写真は、戦争の残酷さを伝えて圧倒的迫力で見る者の心を大きく揺さぶる。

その写真の一枚が白旗の少女として知られ、もう一枚は「うつろな目の少女」として後に有名になる写真である。

うつろな目の少女が、実は女装した男の子であったということを知る人は少ない。⇒「うつろな目の少女」の秘密!

  

白旗の少女とは、沖縄戦で白旗を掲げ投降した少女のことで、大田昌秀編著『これが沖縄戦だ』に写真が初めて登場。

「1一フィート運動」の成果である1986年公開の米軍撮影記録フィルムの中の少女の笑顔が県民の印象に残った。少女は当時7歳の比嘉富子さんであった。

手製の白旗を掲げ投降する少女の姿は、男服を作り変えたと思われるボロボロのもんぺに裸足のみすぼらしい姿で、健気にも白旗を右手に、左手でカメラのレンズから顔を隠しているように見え、見る者の心を打った。(映画版を見るとカメラに手を振っている様子)

後の調査によると、少女を写したカメラマンは二人いて、一人が記録映画、もう一人がスチル写真を撮影したという。

以後白旗の少女の写真は多くの沖縄戦記出版物に転載され見るもの全てを圧倒的感動の渦に巻き込んでいく。

白旗の少女の発掘は、『写真記録「これが沖縄だ」』(1977年)の初版発行の7年後になるので、同書掲載の写真は1987年の改訂版で新たに掲載したのだろう。

白旗の少女が公開されたその翌年の6月には、左翼ジャーナリスト新川明氏(元沖縄タイムス社長)と画家・儀間比呂志氏がコンビを組んで『沖縄いくさものがたり りゅう子の白い旗』という絵本が出版され、同書を原作にしたアニメ映画まで製作されている。

 白旗の少女が教科書に載ったり、修学旅行生に紹介され、写真やフィルムを見た多くの人々がその場面に衝撃を受けるのは、白旗を手に投降する少女のけなげな姿にあったのではない。

「平和教育」のため、沖縄の「識者」の予断により歪曲され、捏造された醜悪な日本兵の姿に衝撃を受けたのである。

米軍が提供する沖縄戦の写真を歴史教育に使用するのは結構なことだが、それを扱う「識者」の色メガネを通して、歴史が捏造される例は多い。

例えば新川明著『りゅう子の白い旗 沖縄いくさものがたり』には、少女(りゅう子)が白旗を掲げて銃剣を構える米兵に投降する場面(先頭のりゅう子の後ろには両手を上げた多くの日本兵が追随している版画絵)で、少女は日本兵と住民が雑居する壕にもぐりこむが、壕を取り囲む米軍に投降勧告をされ、誰が最初に壕をでるかで日本兵達が醜く言い争うクライマックス・シーンで次のようなくだりがある。

<兵隊たちがいいあらそいをはじめました。

「おとなしく出れば殺さないはずだよ」

「では、だれがさいしょに出るのか」

「こういうときは、兵隊さんがさきだよ」

ほかの人たちもいいあらそっています。

「あなたたちは、そんなに死ぬのがこわいのか!」

りゅう子をガマに入れまいとした女の人が叫び出すと

隊長はあわてて雑のう(ものをいれるもの)から白い布をとりだしていいました。

「ためしに子どもをさきに出してみよう!」

ゆっくりと目をあけると

すきとおるひかりのむこうに

アメリカ兵のすがたがみえました。

戦車のかげで鉄砲をかまえたまま

白い歯をみせてわらっています。

 

ふりかえると、日本兵たちが

両手をあげてついてきました。

おじいさんや女の人も

よろよろとつづいていました。

そのむこうに、ガマが黒い口をあけていました。

 

同書の「あとがき」には次のようなことが書かれている。

 
  <さる太平洋戦争では中国をはじめたくさんの国の人たちが犠牲になりました。日本の国民もヒロシマやナガサキに代表される大きな被害をうけました。しかし、沖縄戦は、ほかにみられない軍隊の姿をさらけ出しました
 本来、軍隊は国土と国民を守ることをタテマエにしていますが、究極的には自国の国土の中でさえ、自国の国民に銃口を向けて食糧を奪い、無闇に住民を殺す存在でしかないことを明らかにしたのです。それが、戦争であることを沖縄戦は教えました
 >
 
私たちはこの絵本作りで、沖縄戦世を追体験しました。
 はじめに、沖縄一フィート運動の会が入手した米軍の沖縄戦記録フィルムに、爆砕された山の石ころ道を、白旗をかかげて米軍に近づいてくる少女がありました。おかっぱ頭で、もんぺはずたずたに裂け、焦土を踏む素足が痛々しい。
 
さらに映像は、ロングになり、少女の約十メートル後から、両手をあげて、ついてくる日本兵たちの醜い姿まで写していました。それは、わずか数秒のカットでしたが、見ている私たちにあたえた衝撃は小さくありませんでした。 >
 

日本軍への憎悪を掻き立てるような文章を書いた新川明氏は元沖縄タイムス社長で、沖縄紙の論壇からから保守論客を放逐した左翼ジャーナリスト。

また、版画絵を担当した儀間比呂志氏は沖縄ではよく知られた文化人で、このコンビで作られた絵本は大きなインパクトを与えた。

絵本が糾弾するのは、白旗を持った少女を盾にその後ろから、米兵に命乞いする日本兵の卑劣な姿であった。

で、実際はどうであったのか。

記録映画版の映像で動画を見ると、虚脱したようにゾロゾロ歩く避難民の列の中に少女を見たカメラマンが、その姿に興味を持ってカメラの焦点を合わせ、気が付いた少女がカメラに手を振ったという印象である。

それを示す他の角度の写真には少女の背景に反対方向に向かって歩く日本兵らしき人のリュックを背負った姿も映っており、「識者」たちが主張する少女を盾にした卑劣な日本兵という雰囲気は画面からは読み取れない。

 


1985年、沖縄の「識者」たちによる『沖縄いくさものがたり りゅう子の白い旗』の発刊で、「卑劣な日本兵」という神話が一人歩きを始めた。

それを見たご本人の比嘉富子さんが、1987年「白旗の少女は私です」と名乗り出て話題を呼んだ。

そして1989年、今度は比嘉さん自著による『白旗の少女』(講談社)が刊行される。

その本の後書きには、当初名乗り出ることも、自著を出版することも躊躇していた比嘉が、あえて自筆による出版に踏み切った動機を次のように書いている。

・・・ところで、沖縄戦の記録映画が公開されて以来、あの映画のなかで、白旗をもって投降するわたしのうしろから歩いてくる兵隊さんたちが、わたしを盾にしてついてきたかのようにごかいされてているのは、大変残念なことです。
この兵隊さんたちは、わたしの歩いてきた道とは別の道を歩いてきて、偶然、一本道でわたしと合流した人たちです。 そして、私のほうが先に一本道には入ったため、あたかも白旗をもった私を弾よけにして、あとからついてきたかのように見えるのです。
したがって、わたしと、背後から歩いてくる兵隊さんとは、いっさい関係がなかったのです。 このことは、事実として書き加えておかなければなりません
。(204、205頁)>

比嘉富子さん、よくぞ生きておられて、よくぞ真実を告白してくださいました。

不幸にして比嘉さんが生きてはおられず、また生きてはいても何かの都合で名乗り出ることなく沈黙を守っていたら、「少女を盾にした卑劣な日本兵」は歴史として永久に語られたであろう。

ここで登場する日本兵は名も顔も知られぬ無名兵士ゆえ、梅澤、赤松両隊長のように名前を特定されることはないが、日本軍の代表として「醜悪な日本兵」の印象が定着していたであろう。

記録映画を見た観客は、真実をそのまま写すカメラの目を通して事実を見る。

だが、新川明氏や儀間比呂志氏のような「識者」の文や絵を通して伝えられるものは真実とは遠くかけ離れたものである。

では、「白旗の少女」のご本人である比嘉富子さんが、名乗り出て真実を告白したため「白旗の少女」の神話は崩れ去ったのか。

否、相も変わらず「卑劣な日本兵」を断罪する『りゅう子の白い旗 沖縄いくさものがたり』は一行の訂正もされず発売されているし、子どもたちへの「平和教育」では「悪逆非道」のイデオロギーで日本軍を貶め続けている。

これはデタラメな記事を満載しながら、今でも発売し続ける『鉄の暴風』と同じ構図である。

「りゅう子の白い旗」の書評

●沖縄タイムスの書評(1988年6月22日)=「琉子」は沖縄戦を描いた絵本「りゅう子の白い旗」を映画化したもの。主人公・琉子の体験を通して、日本軍の住民に対する残虐な行為など戦争の悲惨な実態を描いたもの。対照的に沖縄の自然や情景を織り交ぜた美しい映像で、命の尊さを訴えている。

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント

茶番劇!靖国合祀訴訟 戦争加害者と同列視するなだって

2020-08-29 07:32:04 | ★改定版集団自決

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

沖縄戦の再検証のため過去ブログを編集して再掲しています。

今回はこれ。⇒茶番劇の靖国合祀訴訟 戦争加害者と同列視するなだって2010-10-31

古い記事の引用なので、新しい読者にとっては理解しにくい部分が予測できる。

例えば証言者としての石原昌家沖国大教授や玉井渡嘉敷村村長など。そして関連する裁判も大江・岩波・集団自決訴訟の他に靖国合祀取消訴訟など。

沖縄戦については再検証の上、いずれ資料集として発刊の予定だが、その前に現在の読者の理解のため関連記事を再掲しよう。

今回は石原教授の致命的証言!援護法申請で2020-08-28に関連する記事。

               ★

 

那覇地裁で沖縄靖国合祀訴訟の判決が出た。

結果は、もちろん原告の敗訴。

だが、常識ある人なら誰でも原告敗訴を予想できた。

さらにこの真っ当な判決に「不当判決」といきり立つ「識者」がいるのも想定できる。

世の中は面白い。(笑)⇒靖国合祀取り消し訴訟不当判決

この裁判は根っこで「集団自決」「援護法」そして「教科書記述」と複雑に絡み合う。 

だが、当日記がブログで取り上げるのは今回が初めてである。

集団自決に関しては、しつこいほど書いている当日記がこれまで避けてきた理由は、きわめて単純。

馬鹿馬鹿しくて論評に値しないからだ。

だが、その馬鹿馬鹿しい裁判も新聞が一面や社会面のトップで曲曲しく報道すると、多くの読者が誤解する。

当然、当日記としては誤解を解かねばならぬ。

それにしても「集団自決訴訟」の当事者ともいえる沖縄タイムスが、この靖国合祀取り取消訴訟について社説を書いていないのは不可解だ。

沖縄タイムスは、この訴訟が「死者の尊厳」の問題にみせながら、実際はイデオロギーのみの茶番劇であることを一番分かっているからではないか。

まあ、社説はしばらく待つとして、この問題で張りきっている琉球新報の社説を引用する。

靖国合祀訴訟 戦争加害者と同列視するな

琉球新報社説 l2010年10月28日               

 沖縄戦で肉親を亡くした上、無断で靖国神社に「英霊」として合祀(ごうし)され、精神的苦痛を被ったとして、県内の遺族5人が起こした合祀取り消し訴訟で、那覇地裁は国、靖国神社双方への請求を退け、損害賠償も棄却した。
 今回、原告が問題視したのは、戦争の被害者である肉親が、加害者側に立つ軍人・軍属と同列視されているからだ。判決は、尊い肉親の御霊(みたま)を無関係な宗教団体が勝手に祭ることで当然生じる精神的苦痛に背を向け、非戦に向けて沖縄戦の歴史を正確に刻む営みに対する理解が欠けている。
 
沖縄戦で犠牲になった人たちの意思確認がない無断合祀を追認した上で、神社側の「信教の自由」を認める形の筋違いの司法判断が及ぼす影響は大きい。先例となる大阪地裁判決をほぼ踏襲し、激しい地上戦があった沖縄戦の特殊事情を深く考察した形跡もない。
 判決理由で、平田直人裁判長は、英霊として祭られたことへの原告の嫌悪感も理解できないわけではないとしながら、「合祀によって社会的評価が低下するとは想定できず、遺族の信教の自由の妨害とは認められない」と指摘した
 
国が神社に情報提供したことが合祀につながった点についても、「宗教的な色彩はなく、合祀の一部を構成しているとまでは言えない」と国の責任を否定している。
 判決によると、
靖国神社は援護法と絡んだ国による情報提供に基づき、遺族の同意なしに10人を合祀した。うち6人は避難壕から追い出され、砲弾の雨の中で死を迎えた主婦や2歳の幼児ら一般住民だが、「準軍属」として合祀された。判決はこうした矛盾と非人間性を正当化、追認した。
 遺族の苦痛が法的保護の対象か、権利侵害になるか否かという狭い解釈論にとらわれ、大局を見失ったという印象を抱かざるを得ない。
 
法廷でも証言した石原昌家沖縄国際大名誉教授は「壕から追い出され死亡した住民が壕を提供したとされるなど、沖縄戦の真実を捏造(ねつぞう)した」と強調し、合祀取り消しが沖縄戦の真実を正す手段と指摘してきた。
 事実と違う合祀に伴う遺族の二重の苦しみは救済されず、原告は控訴をすぐ決断した。控訴審は沖縄戦の本質に迫りつつ、被害者を戦争に馳せ参じた英霊として祭る無神経さを常識で問う曇りのない裁きにしてもらいたい。

                       ◇

突っ込みどころ満載だが、既に縁側さんが手厳しく批判されているのでこれ以上は蛇足になる。 そこで「集団自決訴訟」と「靖国訴訟」では真逆のことを平気で主張する石原昌家沖国大名誉教授と「援護金」について2、3述べてみたい。

縁側さんの批判はこれ⇒本日の琉球新報10・28

■政府主導の「公金横領」■

原告は、肉親が英霊として靖国に祭られているのは精神的苦痛だというが、戦死した親の墓を暴いて遺骨を靖国神社に持ち込んだわけでもなければ、また合祀して皆で英霊を侮辱し貶めているわけでもない。

それどころか毎日多くの参拝者が手を合わせて戦死者の鎮魂を祈っているのではないか。

それが精神的に我慢できないというのなら、せめて金銭面では身辺をきれいにしてから言うべきではないか。

まず靖国に合祀された根拠となる「援護金の受け取り」を拒否し、過去に受け取った総額を国に叩き返してから、大口を叩くべきではないか。

英霊としての援護金はしっかりもらっていながら、その一方で精神的苦痛クソもないだろうが。

軍人でもない一般住民が、沖縄に限って靖国に合祀さたれた経緯は、戦後沖縄の市町村が援護法の一般人への適用を熱心に国に働きかけ、それに同情した国側が「拡大解釈」で支給するために軍人扱いしたことが原因である。 その過程で2歳の子供も軍人あるいは軍属として靖国神社に連絡が行き、それが合祀に繋がった。

従って何とか「援護法」を沖縄の民間人に適用したいという国側の善意が、「軍への協力」や「軍の命令」を考え出させたのだ。

現在の弛みきった厚生省官僚達と違って、当時の厚生省援護課には、担当窓口職員にわざわざ沖縄出身者を配属し、沖縄の声を出来るだけ聞くという心優しき官僚がいた。 これは後述のタイムス記事から窺い知ることが出来る。

石原教授は、援護法について「靖国訴訟」では、「戦闘行為が不可能な2歳児が軍属扱いで合祀されるのは、国家による歴史捏造だ」と主張している。 つまり国が援護金を沖縄の民間人に支給するため民間人が「壕提供」や「食料提供」等を軍の命令・強制で行ったと申請書の作成を指導したというのだ。これらは自らの意思で行ったのでははなく、国が指導した書類上の方便であるための事実ではない。 従ってで歴史捏造という論法だ。

ところがこの人物、「集団自決訴訟」では「集団自決」は軍の命令だと主張している。

一方では国が援護金支給の口実にするため「軍の命令」を捏造したと言いながら、その同じ口で「軍の命令」で集団自決をしたと主張する。

こんないい加減な人物が沖縄の新聞では「識者」として意見を吐くので事情を知らない読者は皆騙されてしまう。

「軍への協力」「軍命による行為」が書類上に記載されなければ、遺族は「擁護法」で救済されなかったのだ。

そこに国側の「善意」の思惑が働き、「援護法」が適用されるに文章を改ざんしてまで救済の道を開いた。 これがが事実である。

ところが石原教授は、この事情を一番良く知る人物でありながら、「靖国訴訟」では「国が歴史を捏造した」と原告側の応援団になり、その一方で「集団自決訴訟」では、国側が自決命令と方便を使った事実には目を閉ざし「集団自決は軍の命令だ」と被告側の応援団にまわるような二枚舌の人物である。

そこに教科書問題が絡むと石原教授はさらに、教科書にも「残虐非道な日本軍」と記述しなければならないと主張する。 

当時の厚生省は「援護法」申請者に可能な限り許可を与えるため、政令を連発して軍命を暗示、誘導して申請書を書き換えさせた。

拡大解釈してでも何とか「援護法」申請を受理しようとした当時の厚生省は、「軍命があれば受理出来る」と何度も誘導の文書を村役所の担当者に送っているという。

言葉を変えれば当時の厚生省の措置は、村役場と遺族を含む三者が口裏を合わせて公金を横領したと言われても仕方のない強引な処理であった。

従って靖国に合祀された戦死者の遺族が「合祀取り消し」を訴える裁判なsど馬鹿馬鹿しくて付き合ってはおれないのである。

ただ、実際には存在しない軍の命令を政府指導で捏造し、「援護金」と言う形の公金を横領したことも現在の価値観や法律で断罪できない。

原告は、控訴をするというが、援護金の受け取りを拒否してからの控訴でなければ、恥の上塗りになるだけだ。

 

【おまけ】

■厚生省の担当者に沖縄出身者を配属■

当時東京側の厚生省担当に配属された沖縄出身者の証言が沖縄タイムスの2005年3月5日付朝刊に掲載されている。

 沖縄戦の住民犠牲者が、援護法の対象となる「戦闘参加者」として、「該当」するか否か。最終的に決定したのは厚生省だ。その決定に携わっていたのが、沖縄県出身の祝嶺和子さん(77)=静岡県=だ。

 一九八九年に厚生省を退職するまで、中国残留孤児問題を含めて、援護畑一筋に働いた。

 沖縄戦当時、女子師範本科に在学していた。四五年三月、女師、一高女の学生が、看護隊として出陣する集合に、空襲に遭い、祝嶺さんは間に合わなかった。

 大勢の同級生や後輩が「ひめゆり学徒」として、亡くなった。戦後、そのことは「ずっと、頭を離れることはなかった」という。

 多くの友人を亡くし、生き残った元特攻隊員の祝嶺正献さん(故人)と結婚。沖縄から密航で日本本土へ渡った後、五四年、厚生省に入省した。

 沖縄出身ということで「『沖縄のことをこれからやるからね、援護局につくられた沖縄班に来なさい』と上司に言われ、決まっていた配属先から異動させられた」。

 前年から、米軍統治下の沖縄でも、軍人軍属に対して、日本の援護法適用が始まっていた。祝嶺さんの異動は、援護法の適用拡大に向けた動きだったようだ。

 「援護では最初に、軍人軍属の、その次に沖縄では学徒たちも戦ったらしいな、ということで、私が引っ張られたのだと思う」

 当時、沖縄班の人員は七、八人。祝嶺さん以外に、もう一人県出身で、後に国民年金課長を務めた比嘉新英さん(故人)がいた。

 沖縄の市町村が受け付け、琉球政府を経由して、厚生省に送られる援護の申請資料。防衛隊など軍人軍属への申請書類に目を通していた同僚が、祝嶺さんに、尋ねた。

 「普通のおじさんやおばさんも、軍のために働いたのか」

 沖縄戦では、一般住民が、武器らしい武器もなく、米軍への切り込みを命じられ、日本軍のために弾薬を運び、「集団自決」を強いられた。・・・ (社会部・謝花直美) >

                    ◇

【おまけ2】

政府が援護法認定のために、実際は存在してない「軍命令」を、「軍命令があった」と申請するように示唆した。

その「政府の書き換え指導」を調査した石原昌家沖国大教授の論文はこれ。

政府が書き換え指導  援護法認定、「軍命」基準に

語るに落ちたとはこのことだが、石原教授は「集団自決」という言葉さえ「強制集団死」とすべきだと主張している。

 

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (縁側)
2010-10-31 08:38:19
狼魔人さま おはようございます。

 靖国合祀取り消し訴訟の原告は5人。多くの遺族連合会の方々のコメントを載せるのが常識的な新聞社のすることでしょうが、そこを突っ込むと怒りましてねー、アホ揃いです。それと、原告の記者会見での写真を見ると、金城実というボケ彫刻家と崎原という元左翼教師が雁首並べておりますね。彼等は親の世代で援護金の申請をして、彼らの親はきっとその金で生活したはずですね。つまり親の生活費まで心配する必要はなかったわけです。県内には私の親戚にもいますが、自分は学問をしたくても進学できずに、小学校もいかずに、もちろん中学など籍だけ置いて働いていた人が多かったわけですね。ウチの親もそうです。この金城実や崎原らは、テメーの学業の心配をしてれば良かった極めて恵まれた環境にいた人たちだったのでしょう。「学狂り」とはよく言ったものです。こいつらに当てはまる言葉でしょう。
 
Unknown (alpha)
2010-10-31 09:44:01
先月、沖縄を訪問し、戦跡を巡り普天間基地及び嘉手納基地を望見して参りました。

このブログを読んでいたせいでしょうか、ガイドさんの説明に度々それは違うだろうと思いつつも、説明は説明として聴きながら、周りの人にガイドさんの説明では省略されている事実を話しました。

本日の記事も、沖縄における反日の原点を見る思いがしますが、沖縄を守るため本土の各県から多くの方が動員され非業の最期を遂げておられることは、沖縄の方たちこそが最も良く知るところではないでしょうか?

また同時に多くの沖縄の方も亡くなられましたが、戦争という状況の中で避けられない運命であったことも受け入れざるを得ないのではないでしょうか?

そのことに対する国としての心の現れが靖国神社への合祀だと私は考えます。

沖縄の戦死者が、幼児も含めて軍命に基づく戦死者として靖国神社に合祀されていることは、本裁判の件で初めて知りましたが、本土では軍人・軍属で無かったものは合祀・補償の対象とはなっていないことを思う時、肉親を亡くされ、生き残った方への配慮には手厚いものであったことが理解できます。

沖縄の方の中にも、直接戦争に関わらず補償の実態等も知らない世代が多いのかと思いますが、知っておくべきことは知っておかないと本土の人たちとの乖離が大きくなってしまうのではないかと危惧します。

 
無理を通せば道理が。 (涼太)
2010-10-31 10:49:33
狼魔人様

集団自決裁判などもそうですが、理論が完全に破綻しているにも関わらず、沖縄の極左団体は無理を通しています。だいぶ前の話ですが、国会で高市早苗沖縄、北方担当相が、沖縄関連の補助金が年々減少していると、グダグダ質問する沖縄の国会議員(名前は覚えていません。)に、「国民の理解の下、特別に配慮している。」と答弁していました。
日本人は、義理人情を大事にする民族です。
終戦直後、悪事の限りを働いた在日が日本で生きていけるのも、日本人の温情です。
同様に、沖縄に対する援護法、経済振興も思いやりです。
でも、普天間移設問題もそうですが、金だけ貰って移設反対では、国民の理解も得られません。
今まで、我儘がまかり通ってきたので、沖縄の極左団体は、世論を甘く見ていますが、その論法はもう通用しません。
靖国問題もそうですが、控訴しても石原教授の様に、自己矛盾を曝け出すだけです。
先日の照屋議員、伊波某にしてもそうですが、日本国の世論と乖離した、ローカルの中のロカールを感じます。
日本には他にも多くのローカルールが有ります。
在日特権や人権団体への特権です。
何処の国に、外国の銀行の赤字補填する国がありましょうか。日本だけです。
結果残ったのは、国地方合わせて1000兆円の借金です。事業仕分けなんて、元水着姿だけが売り物のタレントが訳の分からん事言っていますが、本当の無駄は見えていないですね。
 
載りました (縁側)
2010-10-31 11:14:25
狼魔人さま こんにちは

 今朝の県内二紙に照屋の問題発言が載りました。抗議はするもんですね。
 沖縄タイムスは総合面、琉球新報は社会面にそれぞれ掲載されております。
 
民間人が靖国に祀られていることに怒っているんじゃなかったの? (石原昌光)
2010-10-31 13:43:38
狼魔人さま、こんにちは
例の沖縄靖国訴訟の原告の五名は、軍人でもない民間人が英霊として靖国に合祀されるのはおかしいとか何とかを訴因の一つにしていたと思いますが、原告の一人、金城実氏の戦死された父上は陸軍兵と沖縄タイムスには表記されていました。
陸軍兵なら軍属どころか正真正銘の軍人では?
他にも、「判決は耳が遠くてよく聞こえなかった」と感想を述べる原告がいたり、(この人、裁判自体を理解しているかさえ怪しい、、、)
たった五人の原告さえまともに集められていないような感じがします。
追伸、縁側さまGJです。貴ブログで容赦のない電凸を拝見しております。
沖縄極左二紙にとっては恐怖の存在でしょう。
それもこれも縁側さまの沖縄への愛情が元になっているのが文面からも読み取れますが、極左二紙の編集員が理解しているかどうか、、、
 
Unknown (縁側)
2010-10-31 14:35:52
狼魔人さま こんにちは

 石原昌光さまへ

 いえいえ、成り行きでといいますか、嫌われることに多少慣れているという程度です(ーー;)
 本日の二紙の掲載は、自民党県連が新聞社に事実確認したことで、ビビッた二紙が掲載を決めたというのが真相のようですね。照屋を謝罪会見まで追い込むことを自民党県連には要望しておいたのですが、感触はイマイチでしたね。奴らの出鼻をくじくチャンスだと思うのですがねー。
 
尖閣デモin名古屋 (タケ坊)
2010-10-31 20:57:14
狼魔人様お久しぶりです。

いえいえ、バカバカしくなどありません。
事実を捻じ曲げるのは沖縄二紙だけではないのですから大変勉強になりました。
これからも良質のエントリーよろしくお願い申し上げます。

名護市のデモはどうだったでしょうか?
本日は名護・高松そして以下の動画の名古屋でも多くの愛国者の方々が沖縄の為、尖閣の為にに立ち上がっていただいたようです。(動画の1/8より)
みどころは親日中国人の方の力強い演説、水島社長の尖閣上陸宣言、逮捕覚悟で上陸するという中山市長の決意です。
元気が出ます、どうぞご覧になって下さいませ。
http://www.youtube.com/watch?v=iw1L4K5adBQ
http://www.youtube.com/watch?v=9lyIQ9TIWLo
http://www.youtube.com/watch?v=DRD6-E-BKZY
http://www.youtube.com/watch?v=zYwOXbH852Q
http://www.youtube.com/watch?v=m4gRhNixBI8
http://www.youtube.com/watch?v=jxs9DvamOMM
http://www.youtube.com/watch?v=rvN-ugWp2hY
http://www.youtube.com/watch?v=64mSkMiXRLc
 
新報は (タケ坊)
2010-10-31 21:21:44
ウェブでも2日遅れでようやく照屋の暴言載せましたね。
速報性まったくナシのベッタベタのベタ記事で(笑)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-169480-storytopic-3.html

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント (2)

沖縄・玉城知事が安倍総理に苦言「言葉だけの印象」

2020-08-29 06:04:14 | 未分類

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

今日の沖縄タイムスは、安倍首相辞意を受け、合計10数頁を使って安倍首相に対する恨みつらみ・罵詈雑言で埋め尽くしている。

長年難病と闘いながら長期政権を打ち立てた一国の首相の無念の辞意に「ご苦労様」の一言もない。

沖縄タイムスが県民の敵、いや国民の敵と言われる所以だ。

【追記】

ブン太さんのコメント

今朝の沖縄タイムスを見て驚いた。安倍バッシングで埋めた紙面だったからだ。潰瘍性大腸炎と言う苦痛を伴う病気と戦ってきた総理への、ただただ罵詈雑言で編集した、悪意を感じる紙面だった。これだけ長く総理を務める事が出きたのは、安倍総理の政治力と多くの国民の支持があったからだ。沖縄県民にも安倍さん支持の良識ある県民は沢山いる。ただ左翼支配の県民世論の中で無言でいるだけだ。タイムス・新報を已む無くとっているが、政治面は、不愉快だから読まないと言う人は沢山いる。勿論止めた人もいる。本日のタイムス紙面はそうした安倍総理支持と残念な思いんを持つ県民の声を取り上げていない。左翼偏向の共同通信配信記事では、まだ体調を心配する国民の声があったが、タイムスの記事は安倍憎悪で編集された、世論操作の記事だといえる。保守ネットの一部でマスコミの事をマスゴミと表現しているが、私も確かにタイムスはマスゴミと思った。なお、琉球新報は琉球独立派に肩入れし、中国に近いタイムス以上の反日種族新聞だ。沖縄マスコミは正さなければならない。

■二面トップ

沖縄に強権 力で対峙

沖縄戦の実相を否定

教科書検定に介入

■社会面トップ

「ついに辞めるのか」

コロナ対策置き去り

県民、批判と驚き

 

沖縄・玉城知事が安倍総理に苦言「言葉だけの印象」

  •  
      1: 首都圏の虎 ★ 2020/08/28(金) 12:49:30.56 ID:TLkw44/f9
 沖縄県の玉城デニー知事は28日、県庁で定例会見を開いた。憲政史上、連続在任日数が過去最長となった安倍晋三首相について、「総理はこれまで『県民に寄り添う』『県民投票の結果を真摯に受け止める』と発言しているが、残念ながら言葉だけなのかという印象をぬぐえない」と述べた。これまでの知事選や国政選挙、県民投票で辺野古新基地建設に反対する民意が示されたのにもかかわらず、一顧だにしない姿勢を批判した形だ

全文はソース元で
https://news.yahoo.co.jp/articles/83a72ef353fce60bd359c6e507f0eaaa4efee8c8
no title

引用元:https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1598586570/

12: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 12:52:01.36 ID:v/Zun0690
>>1
中共に寄り添ってる奴が言うな

54: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 12:56:52.31 ID:58/oALcH0
>>1
基地移設の妨害し政策批判ばかりするくせに、
ちゃっかり振興予算だけは頂きます、ってか。
見下げた根性だな100: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 13:02:49.96 ID:zENjpm950
>>1
ブーメラン刺さってますよ

4: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 12:50:34.01 ID:y5ZOrT2t0
警察に助けを求める不良みたいだ

5: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 12:50:39.94 ID:6vuOtcQu0
お前がまず寄り添ってない

14: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 12:52:26.99 ID:8tRZIqDl0
自己紹介すぎるwwwwwwwwwww

23: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 12:53:10.38 ID:tkRL6s9t0
お前らが一体どうして欲しいんだよ

71: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 12:59:12.25 ID:OAJqpY1k0
3000億も国の税金からもらってて?

97: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 13:02:15.50 ID:ShbG6wva0
あなたは左派に寄り添ってるに過ぎない
逃げてきたよそ者の意見だ

115: 不要不急の名無しさん 2020/08/28(金) 13:05:46.36 ID:G3di2FPc0
流石にこれはおまいう過ぎwww
県知事としての仕事をろくにしないでこれ言うかなwww「沖縄基地問題」カテゴリの最新記事
コメント (4)

石原教授の致命的証言!援護法申請で

2020-08-28 17:49:38 | ★改定版集団自決

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

沖縄戦の再検証のため過去ブログ石原教授の致命的証言!援護法申請で2012-01-29を編集・再掲します。

                ★

本記事は「石原昌家教授のオウンゴール!政府が「軍命に書き換え」指導 、2020-08-24 に関連しているのでご参照ください。

            ★

 昨日述べた「援護法」に絡む「沖縄靖国訴訟」で、原告住民側の証人として証言台に立った石原昌家沖国大名誉教授の「致命的証言」(オウンゴール)について、報告する。

先ず援護法の概略を知る参考に、古い沖縄タイムスの記事を引用する。

<沖縄タイムス 2005年3月4日 朝刊30面>

[戦闘参加者とは誰か](6)
申請
「救えるものは救おう」
役場職員も事務研究

 一九五七年、厚生省は、沖縄戦で亡くなった一般住民のどのような行動が「戦闘協力者」として、該当するかを調査した。その後、実際の受け付け業務は、琉球政府から委託され、各市町村役所が担当した。

 申請の過程でも、援護法が「軍への協力」を前提としていたため、そのことが、強調されていくこととなった。

 長嶺秋子さん(70)=糸満市=は五三年、兼城村役場(当時)の初代の援護係に着任し、その後八年間担当した。

 援護法の申請手続きは、兵隊や現地召集の防衛隊など軍人軍属が先だった。

 「軍人の場合は、政府から一次名簿というのが届いていた。しかし、戸籍がなく、仮戸籍で受け付けた。防衛隊の場合は名簿もないので、各字を回って、誰が隊員なのかを申告してもらった」

 地域の公民館に机を置き、住民が申請に来るのを待った。「援護金の支給があると言っても、なかなか信用してもらえなかった。『戦争のことは思い出したくない。辛いことを思い出すからやりたくない』。そんな声が聞こえてきた」と振り返る。

 その後に、一般住民が対象となる「戦闘参加者」の申請が続いた。

 申請には、戦没者氏名、生年月日、死亡月日、死亡場所に加え、どのようにして亡くなったかを記した「戦闘参加概況書」を添付する必要があった。

 職員は、概況書を基に、「戦闘参加者」の基準となる二十項目、「義勇隊」「直接戦闘」「弾薬運搬」「戦闘協力者」などの、どれに当たるのかを判断した。

 申請は、琉球政府を通して、厚生省援護局未帰還調査部に送付。厚生省は、添付資料を基に、「戦闘参加者」に「該当」するのか、否かの審査をした。その結果を「戦闘参加該当予定者名簿」として、市町村に送り返され、該当遺族に通知が送られた。

 厚生省へ送付される「戦闘参加概況書」では、住民が協力した、軍隊の部隊名も特定する必要があった。住民の立場からすると、混乱した戦場での正確な記憶が求められるのは、土台無理な話だった。しかし、書類はそれを要求していた。

 結局、申請を受け付けた役場職員が、日本軍の作戦状況を把握して、日時場所から、部隊名を記入することもあった。

 市町村の援護課職員は事務研究の連絡会をつくり「戦闘概況」について、どう記せばいいのかを検討し、連携したという。長嶺さんは「琉球政府の方針も、沖縄は復帰できるかも分からない、援助できるものは援助しようということでした」と振り返る。

 同村役場三代目の援護課担当だった大城美根子さん(62)は六五年に着任。当時の業務は、「戦闘参加該当予定者名簿」の中から、「『非該当』の人を『該当』となるように救うことだった」と振り返る。「沖縄戦で亡くなった人たちが、救えないのはおかしい。亡くなった人たちは、皆『戦闘協力者』だと思っています」と語る。(社会部・謝花直美

                          ☆

裁判所に提出した上原さんの陳述書見れば自明だが、琉球新報の「言論封殺」は慶良間島の集団自決の真相にターゲット絞っており、集団自決は「援護法」に大きく絡んでいる。

簡単に言えば本来軍属にのみ適用されるはずの「援護法」を政府主導で強引に沖縄住民に適用するように政令を発して特例を設け、住民の中の「戦闘参加者」を適用対象としたのである。

「援護法」の申請の流れはこうだ。

住民(遺族)⇒各市町村の援護課⇒琉球政府⇒厚生省援護局

そして各担当部門で出来るだけ「『非該当者』を『該当者』となるように救う」という思惑が働いた。 昨日紹介したように厚生省側でも祝嶺さんのような沖縄出身者を担当職員に配置転換し出来るだけ「援護法』の適用させるように指導した。

当初は市町村の窓口でも申請書の記入などに不慣れな職員が多く、多くの申請書が厚生省側から突きき返されたという。 だがそれには厚生省側の「受理されるノウハウ」の指導が付いており、結局要領を掴めば簡単に「戦闘参加者」として受理れ援護金支給の対象となった。

政府(厚生省)、琉球政府、各市町村の三者が「出来るだけ受理する」という思惑で動けば、その申請手続きの過程で、どうしても該当しない申請者に虚偽の申請をするものが出てきても、見て見ぬふりをするどころ積極的に「偽造申請書」に加担する者も多かった。 組織ぐるみで加担した場合も多かったと聞く。

「援護法」の研究者を自認する石原昌家沖国大名誉教授は、申請書を書けない住民に代わって申請書を書く手伝いをしたと語っている。 この石原氏、援護法の研究だけやっておればそれなりの評価をされたのだろう。

だが、沖縄で名声を得るには反日左翼複合体に迎合する必要を感じたのか、イデオロギー丸出しの論調で新聞紙上を賑わし「集団自決」訴訟では被告の大江・岩波側の弁護に回り、「軍命派」の論陣を張った。

その一方で「沖縄靖国訴訟」では原告(遺族)側の証人となって法廷で証言をした際、イデオロギーと研究の狭間でついうっかり自分の現在の立ち位置を見失ってしまい致命的発言をしてしまった。

石原氏は、沖縄戦で犠牲になった住民を靖国に合祀するため政府主導で「軍命による自決」などの「戦闘参加者」を作って援護金を与え口封じした、という趣旨の意見書を提出し、証言台では次のような趣旨の証言を行った。

被告側弁護士:「石原先生の説明ですと、沖縄の遺族の中で援護金を貰っている人の中には本来、もらう資格が無い方々が多く含まれているということですか?」 

石原証人:   「いえいえそうではありません。ほとんどです」

被告側弁護士と石原証人との尋問で、石原証人は次のことを証言したことになる。

■石原証言のポイント

1)戦闘参加者という受理条件を与えるために、日本政府がその基準に合うように暗に指導していた。

2)日本軍が住民に命令や要請を受けた時点で国と住民に雇用関係が発生すると考えで、積極的な戦闘協力をした、と指導した。

3)壕の提供は、軍事行動であり、現認承認があれば軍属と認める。

4)厚生省から付き返されることは、結果的に書き換えて受理となった。

5)援護法の実態を解明することは、沖縄戦の事実を引き出すことになる。

               ☆

この証人尋問が、反日左翼複合体にとって何ゆえ致命的なのか。

石原氏は別の裁判である「集団自決訴訟」では大江・岩波側を支援し「軍命あり派」の論陣を張ったが、「沖縄靖国訴訟」では、「軍命は『戦闘参加者』を作るための虚偽記入」であり、国がそれを指導したと主張した。 ということは法廷で軍命は虚偽だったと証言したことになる。

石原氏の証言に関しては反日左翼複合体の側からも批判の矢が飛んでいると聞くが、結局、皮肉にも石原氏法廷での宣誓の通り、真実を語ったことになる。

真実を語ったため「集団自決」は軍命であるという持論を結果的に否定してしまったのだ。

もっともこの石原氏の致命的証言は、「不都合な真実」は徹底的に隠蔽する琉球新報、沖縄タイムスが報道するはずもなく、法廷記録として残っているだけである。

結局、石原氏の証言を要約すると、援護法と靖国合祀は、住民を死に追いやった戦争責任を回避するための口封じという「恨み辛みの歴史観」になる。

【おまけ】

沖縄タイムス 2005年3月6日 朝刊26面>

[戦闘参加者とは誰か](8)
東京の目
援護法での救済に腐心
「生かされた」責任感じ

 沖縄戦で看護隊として亡くなった女子学徒は、援護法で「準軍属」にあたる。一九五五年、女子師範学徒八十八人に、死亡公報が発せられた。それに基づき、援護法申請の手続きが取られていった。

 申請書類をめくると、女子師範、一高女、寮で一緒だった同級生や下級生の名前が記されていた。審査にあたった厚生省職員の祝嶺和子さん(77)=静岡県=は「寮で枕を並べた友達が、死んでいるんだから。絶対救わなくちゃいけない。そんな気持ちがありました」。当時の悲しみが再び込み上げて、言葉を詰まらせた。

 「でも、それだけやったから、私はね、自分が生きてもね、みんなには『お前は来なかったな』と言われないで済むと思っていました」

 夫、正献さんの生前の口癖は「特攻隊で自分の友達も皆、死んだ。自分らは生き残ったから、国のために何かやれということなんだ」。名護にいた幼少時から空手を学んでいた正献さんは、六三年に空手を基にした武術「躰道」を本土で広めることに努めた。

 「自分は生き残った」という思いを持ち続けた祝嶺さんは、沖縄戦で犠牲になった人々を援護法の対象として救うことに、心を傾けていった。

 一般の住民は逃げ回っていたのではないか。軍人が住民にも一緒に戦えと命令したのか。軍人が「自分たちが使うから、おまえたちは出て行け」と言って、住民を壕から追い出した―。

 「戦闘参加者」として、一般住民の申請書類が上がってきた時に、厚生省で批判的にみる人もいた。

 祝嶺さんは振り返る。「逃げ回っていた人もいたと思う。でも、そういうと沖縄の人が救われない。『戦闘参加者』として参加したんだと、はっきり言った」

 沖縄戦では、住民と軍隊が混在した。三カ月にも及ぶ戦闘の中で、一人の人間の死に至る過酷な体験は問題にされることはない。援護法の適用で、注目されるのは「軍への協力」、その一点だ。

 書類の審査で難しいケースについては、最終的には沖縄戦体験者の祝嶺さんのところに、回ってくるようになった。

 「軍への協力」が必要と、入り口を絞られた書類の上の沖縄戦。戦場で同じような行動をしていても、書き方一つで住民は「戦闘参加者」か、そうでないかに分けられる。

 「事実を書いてあるのだが、書類では通すことが難しい事例がある。だから、ほかはこのようにして通っているのだから、これと同じような書き方でと、そうちらっと教えた覚えはあります」

 「今からいうとおかしいかもしれないが、自分は生かされた。死んだ人はどうしても救わないといけないという、責任みたいなもんがあった。私はただ、沖縄の人を救えばいいという気持ちだった」(社会部・謝花直美)(毎週木―日曜日に掲載)

 

 

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
これで全ての辻つまが合わさった (安仁屋正昭)
2012-01-29 18:40:15
狼魔人様
石原証言、かなり詳しく把握されていますね
私が聞いていたのは(傍聴者から)
弁護士が「石原先生の説明ですと、沖縄の遺族の中で援護金を貰っている人の中には本来、もらう資格が無い方々が多く含まれているということですか?」と問うと
石原証人は「いえいえそうではありません。ほとんどです」と答えたと聞いておりました。

本日の日記によると、政府(厚生省援護援護局)が積極的戦闘参加者とは、すべから「軍の命令」によって行動し戦死した者のことと定めていて、申請書に「軍命」と記されていなければ、突き返す。
突き返す時には、「軍命」の記載を暗に要求ような書類を添付した
琉球政府及び市町村の援護課職員は、試行錯誤している内に「軍の命令」によってと「戦闘概況書」に記載すれば、審査が通る事を共有し、以降(昭和31から32年ころ)は、簡単に審査をクリアーするようになったということですね

これで、これまでベールに包まれていた様々な証言の関連性、連続性がこれによってはっきりとしてくる筈です。
以前、「血戦沖縄」沖縄県民斯ク戦えり の証言の中で、元琉球政府社会局長の山川泰邦氏が、沖縄戦で戦死した学徒(鉄血勤皇隊)を軍人として認めさせる為に、何度も上京し、生き残った同隊員から戦闘証言を集め、厚生省の係官に叩きつけるように見せた時、「済まなかった」と認めたという苦労話がありましたが、
本日、改めれ2005年のタイムス記事を読んでみると、当時の携わった方々の様々な心境が伝わってくるようで、涙がちょちょぴれてしまいました。

石原昌家先生には、有難う!場合によっては加勢しますと言っておきます。
 
Unknown (涼太)
2012-01-30 01:26:48
狼魔人様

当事しつこく(10回くらい)狼魔人日記が「琉球新報の言論封殺に抗議する」と題してエントリされていたと記憶しています。
祝嶺さんの証言は、元琉球政府の照屋さんの証言ともピタと一致します。当事援護事務に関わった人の証言ですから矛盾は無いですね。
何度も書きますが、済んだことをとやかく言う人は少数です。いま沖縄に問われているのは県ぐるみ詐欺を、国も認めたんだ何が悪いと強弁する態度であり、そのために日本軍に責任転嫁する人間としての浅ましさ、おぞましさです。
集団自決裁判で軍の命令は証明出来なかったにも関わらず、発行を続けれる「鉄の暴風」「沖縄ノト」はその最たるものです。
裁判の過程で、元琉球政府社会局長の山川泰邦氏の著書「秘録沖縄戦史」からも30年ぶりに、ご子息により集団自決の軍命説は削除しています。
いい加減に沖縄の左翼団体も、嘘を撒き散らすのは止めて貰いたいと思うのです。
 
Unknown (涼太)
2012-01-30 02:16:56
狼魔人様


いま沖縄に問われているのは県ぐるみ詐欺を、国も認めたんだ何が悪いと強弁する態度であり、そのために日本軍に責任転嫁する人間としての浅ましさ、おぞましさです。

と書きました。私は今の普天間基地移設に伴うゆすりたかりも、その延長線にあると思うのです。
ひいては、沖縄が国をコントロールできると言う驕りに繋がっています。でもその様な行いに嫌悪する国民も多いですよ。東北にしろ沖縄にしろ税金を投入するには国民の理解が必要です。
沖縄に税金投入することに反発する国民もまた多く居ます。同和、在日政策と同じようなものですから。


 
石原証言 (狼魔人)
2012-01-30 08:43:43
安仁屋正昭さん

石原氏の証言をメモを基にそっくり再現するのは困難ですが、貴コメントにある、次の表現がより正確なニュアンスを伝えているようです。

>弁護士が「石原先生の説明ですと、沖縄の遺族の中で援護金を貰っている人の中には本来、もらう資格が無い方々が多く含まれているということですか?」と問うと
>石原証人は「いえいえそうではありません。ほとんどです」と答えたと聞いておりました。

本文中の尋問部分に差し替え使用させて頂きます

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント (1)

天皇メッセージと沖縄

2020-08-28 06:32:51 | ★改定版集団自決

 

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

沖縄戦の再検証のため過去ブログ天皇メッセージと沖縄2016-04-30を編集・再掲します。

                ★

■「天皇メッセージ」とは何か。

 「天皇メッセージ」とは、1979年、進藤栄一・筑波大学助教授(当時)が米国の公文書館から「マッカーサー元帥のための覚書」を発掘し、雑誌『世界』で発表したもの。 

同覚書には、宮内府御用掛かり寺崎英成がGHQ政府顧問ウイリアム・シーボルトを訪れ、天皇からのメッセージを伝えたと記されている。

これがいわゆる「天皇メッセージ」とされるもので、概略こう述べられている。

「天皇の顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来に関する考えを私に伝える目的で、時日をあらかじめ約束したうえで訪ねてきた。 寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。(略)さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の諸島)に対する米国の軍事占領は、日本が主権を残したままの長期租借ー25年ないし50年、あるいはそれ以上ーの擬制(フィクション)にもとづいてなされるべきだと考えている」

 沖縄に流布する大きな誤解の一つだが、沖縄保守系の論者の中にも「天皇メッセージ」とは昭和天皇が自身の延命のため「沖縄をアメリカに売り渡す」と書いた文書が米公文書館から発見された、と誤解する人が多い。

 だが、実際は「天皇の密書」が存在するわけではない。寺崎が昭和天皇の会話の中から沖縄についての陛下の「思い」を斟酌してシーボルトに伝え、それがシーボルトの手紙という形でワシントンに伝えられたのだ。

 「天皇メッセージ」の重要ポイントは昭和天皇が、沖縄の「潜在主権」を強く望んだこと。つまり日本の主権を残したまま米国に統治を委任すること希望したことだ。

「潜在主権」を親子の場合で言えば、次のように例えることができる。

 敗戦のため破産状態の親(日本)が子(沖縄)を育てるで経済力がないため、金持ち(米国)に、戸籍はそのまま残して、一時里子に出したようなものであり、戸籍を移籍する養子縁組(米国領にすること)とは根本的に異なる。

 当時戦勝国のリーダーであり世界一の軍事力・経済力を誇る米国の統治下にあった沖縄では、食糧不足で喘ぐ祖国日本では食すること出来ない米国産の豊富な食料供給の恩恵に浴した。 その名残の一つがランチョンミート文化であり、戦前の沖縄にはなかったビーフステーキやハンバーガーなど現在も続く牛肉文化の繁栄である。

 ■「日本国への帰国を証明する」・・・パスポートに押されたゴムスタンプの意味

 米軍統治下の沖縄で1952年の講和発効の日を経験した者は、「潜在主権」という言葉を一度は耳にした経験があるだろう。だがその意味を身を以って体験した者は少ない。 沖縄出身の筆者がまだ10代の頃体験したエピソードを披露しよう。

 少年(筆者)が進学のため米軍統治下の沖縄を後にし祖国日本の「出入国・通関」に足を踏み入れたときのことだ。

携行していた「パスポート(日本旅行証明書)」を通関に差し出したとき、審査官は学生服姿の筆者を見て微笑みながら声をかけてくれた。 

 「進学のため?」

 「はい、そうです」

 審査官は高校の制服制帽姿の少年に終始優しく対応した。審査官はパスポートにゴムスタンプを押し、署名しながらこう言った。

 「しっかり勉強しなさいよ」

 「はい」

 口下手な少年は審査官の優しい対応と励ましの声に、心の中で「ありがとう」とつぶやいたが、それを口に出して言うことができなかった。後で、パスポート(日本旅行証明書)に押されたスタンプを見て、感動がこみ上げてきた。

 「そうだったのだ」。 「これが潜在主権の意味だったのだ」。

 スタンプには「日本国への帰国を証明する」と記され審査官の署名がされていた。

 「日本国への入国」ではなく「帰国」という文字に感動したのだ。 まだ復帰していない祖国は「帰国を証明する」という形で少年を迎えてくれたのだ。

 

「日本国への帰国を証明する」とスタンプが押されている。

 

「渡航証明書 沖縄」の画像検索結果
 

 日本旅行証明書の表紙 

 

 それまでの認識では米国の統治下にあるので、沖縄人は日本国民ではないという疑念さえ持っていた。ところが学校では「沖縄の潜在主権は日本にある」と聞かされていた。そのせいなのか、沖縄で戦後教育を受けた少年は、小学、中学、高校と文部省教科書で教育を受けていたが、そのことには何の矛盾も感じていなかった。少年は、「潜在主権」の意味がよく理解できないまま祖国日本に上陸し、通関手続きで「日本国への帰国を証明する」という審査官の署名つきスタンプを見て初めて「潜在主権」の意味を身を以って実感したのであった。 亡き父から常々「天皇陛下とは同じ歳だ」との自慢話を聞かされていた少年は、祖国日本が「潜在主権」の証として「帰国を証明する」というスタンプで迎えてくれたことを、昭和天皇と父の姿をダブらせ、懐かしい父祖の住む故郷へ里帰りしたような感慨に耽った。

だが、少年はその時、「潜在主権」という文言が、昭和天皇の沖縄に対する大御心から生まれた「天皇メッセージ」の成果であることを知る由もなかった。半世紀以上前の日本の税関での記憶である。

 ■大田少将の遺言

大田少将の「県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。」という沖縄県民に対する配慮は、昭和天皇の「天皇メッセージ」として当時の厚生省に直接伝わっていたのか。

 75年前の昭和20年6月6日。

大田實海軍少将は、沖縄県南部の海軍壕から長文の電文を海軍省に送った。

そして、その最後を次のように結んだ。

沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。>

 大田実少将は、沖縄戦の現場で県民と共に戦い、県民の蒙った惨状を見かねて戦後の県民の行く末までも心配して打電した後自決した。

戦後、日本軍批判の発端となった『鉄の暴風』と言う言葉の原型は大田少将の「沖縄島は形状が変わるほど砲撃され草木の一本に至るまで焦土と化した」と言う電文に窺い見ることができる。

『鉄の暴風』で沖縄島の地形を変える程の焦土作戦を行こない、無差別に住民を殺戮したのは米軍である。ところが何故か、戦後この言葉は1972年の沖縄の祖国復帰の前後から日本軍人を糾弾するキーワードと変化していく。

米軍は沖縄の永久領有を目論んで、沖縄住民を日本人から分断する占領方針を取った。 民意を得るため米軍は、沖縄住民には「優しく」対応するようにしていた。沖縄住民は、やっと命が助かり安堵した時に、年寄りや子供に手を差し伸べる優しい米兵の顔だけしか見ていない。

艦砲射撃という「鉄の暴風」で、住民を無差別殺戮した米兵のもう一つの顔を見ていないのだ。

一方、劣悪な軍装備のため自分達を守れず、食料補給もままならず、痩せこけて、圧倒的物量の米軍の前に敗退した敗残兵としての日本兵の顔を沖縄住民は現場で見ていた。 米軍は「紙爆弾」といわれる大量の謀略ビラを投下し、「日本軍は大量の食糧を隠匿している」など事実無根のデマで沖縄住民の日本軍に対する信頼感に楔を打ち込んだ。

そして、いつしか「鉄の暴風」を実行したのは米軍ではなく、そういう状況に沖縄住民を陥れた日本軍こそ敵だ、と言う印象に沖縄住民を駆り立てた。

だが、戦後になると大田少将の「遺言」は、厚生省に引き継がれ、「沖縄の特殊事情」或いは、「沖縄に特段の配慮を」と形を変えて戦後の沖縄のいろんな場面に登場する。

 

昭和天皇と沖縄

昭和天皇が皇太子時時代、沖縄を訪問され、県民でさえ好き嫌いの激しい沖縄特産の「エラブ海蛇」に興味を示され、沖縄出身の漢那艦長に食べてみたいと所望された。艦長は、「エラブ海蛇」を取り寄せて食卓に供した。

裕仁親王は「たいへんおいしかった」と漢那艦長に告げている。


県人でさえ好き嫌いの激しい
「エラブ海蛇料理」


「4・28屈辱の日」と関連し「天皇メッセージ」という文言がしばしば新聞に登場する。

4月15日付の沖縄タイムスが社説で「天皇メッセージ」を取り上げ「昭和天皇糾弾」の狼煙をあげた。

彼らの究極の目的が、「32年テーゼ」による「天皇制の廃止」であることは言うまでもない。

沖縄タイムスの「検証4・28 政府式典と天皇 政治利用の疑いが強い」と題する社説の該当部分をこうだ。

昭和天皇は戦後、全国各地を巡幸し、戦後巡幸が一段落した後も、国体や全国植樹祭などの行事に出席するため各県を訪問した。 だが激しい地上戦の舞台となり米軍政下に置かれた沖縄には、戦後一度も足を運んでいない。(略) 戦争責任の問題も、米国による沖縄の長期占領のを進言した「天皇メッセージ」の問題も、ついに本人の口から語られることはなかった。 昭和天皇の晩年の歌が残っている。
「思わざる病となりぬ 沖縄を訪ねて果たさむ つとめありきを」>

>戦争責任の問題も、米国による沖縄の長期占領のを進言した「天皇メッセージ」の問題も、

この文言に沖縄タイムスの昭和天皇糾弾の本音が垣間見えるが、同紙の昭和天皇糾弾の意図は2012年11月の記事にも既に表れていた。

屋良朝笛知事(故人)の日記が発掘されたことをを報道しているが、得体の知れぬ「識者」の意見として昭和天皇が「沖縄に犠牲を強いたという負い目」などと、強引に決め付けているのが目を引く。

「訪米前に沖縄行けぬか」 昭和天皇、側近に問う  

 屋良朝苗氏の日記=沖縄県公文書館

 昭和天皇が1975年の初訪米を前に「米国より先に沖縄県に行くことはできないか」との意向を側近に示していたことが13日、分かった。沖縄県公文書館が今年9月に公開した当時の屋良朝苗知事(故人)の日記に、宇佐美毅宮内庁長官(当時)の話として記されていた。

 昭和天皇は47年9月、連合国軍総司令部(GHQ)に米軍の沖縄占領継続を求めた「天皇メッセージ」を伝え、その後の米軍の沖縄駐留に影響を与えたとされる。識者は「沖縄に犠牲を強いたという負い目が、訪問に強い意欲を持った背景にある」と分析。当時の昭和天皇の沖縄に対する思いを伝える貴重な記録として注目されそうだ。 2012/11/13 19:55 【共同通信】

            ☆

昭和天皇の沖縄に対する思いが深く、皇太子時代を除き、生前一度も訪問できなかった沖縄に、米国訪問前に沖縄ご訪問のお気持ちがあったことは理解できるとしても、「天皇メッセージ」のため「沖縄に犠牲を強いた負い目が訪問に強い背景にある」などのコメントは、サヨク識者の勝手な妄想に過ぎない。

昭和天皇が皇太子時代、ヨーロッパ旅行の折、沖縄を訪問したことを想い出し、多感な青春時代の想い出の詰まった沖縄に天皇在位中一度もご訪問できなかったことを心残りに思ったのが真実だろう。

 ■援護法と天皇メッセージ

1946年、戦前からの「軍人恩給法」がGHQの覚書により廃止される。 

そしてサンフランシスコ講和条約が成立した1951年、「援護法」が成立する。 

これは講和条約締結が見込まれていたため、講和発効と同時に、援護法の施行を考えたからだ。

日本政府は、当時既に米軍統治下にあった沖縄を、講和条約締結時に、なんとか日本から「切り離さない」ように努力をしたのだが・・・。 

沖縄の反日サヨク勢力は、講和発効の日を、日本が沖縄を米国に売り渡した屈辱の日と呼ぶ。

今年の4月、政府が講和条約発効の日を記念する式典を挙行すると発表するや、沖縄メディアが一斉に反発し、「4・28屈辱の日」と叫んで講和条約を批判した。

同時に昭和天皇が「国体護持のため沖縄を米国に売り渡した」などと喧伝し、「天皇メッセージ」を批判する識者の主張が紙面に躍った。 

沖縄紙が「屈辱の日」として批判する講和条約発効の1952年は、実は沖縄中が祖国復帰の気運が近づいた喜びで沸きあがった年であった。

政府は主権が日本にあることを根拠に、着々と援護法の沖縄住民への適用の布石を開始する。

講和発効の1952年6月、政府は総理府内に南方連絡事務所を設置し、同時に沖縄には那覇日本政府南方連絡事務所(南連)が設置された。 

「天皇メッセージ」に示された通り、日本の主権が残ったまま米国の統治下にあった沖縄。 

沖縄に潜在主権がなければ援護法の沖縄への適用は困難を極め、現在適用されているように「拡大解釈」してまでの大甘な適用は不可能だったであろう

政府(厚生省)は、日本の主権の及ぶ沖縄に「援護法」を適用させるのは当然と考え、南連の協力の下、米国民政府(米軍政府)と「援護法」適用の交渉を開始する。 

つまり当時の沖縄に日本の主権が及んでいた(潜在主権)からこそ、援護法の沖縄住民への適用交渉が、講和発効と前後していち早く援護法関連の業務が開始されたのだ。

講和発効で日本が独立国となり沖縄の祖国復帰が間近だとの機運があった1953年から、当時の琉球遺族連合会の日本政府に対する援護法適用の折衝も活発になる。

 ■「潜在主権」と「天皇メッセージ」

なぜ援護法の沖縄への適用が大甘になったのか

「援護法」を「裏手引書」まで作成し、沖縄住民にだけ大甘な適用をした理由は、「県民に対し後世特別のご高配を」と結んだ大田実少将電文を知る世論の同情もあってのことと考えられる。

勿論「援護法」の成立・適用に関わった多くの官民関係者の努力を見落とすわけには行かない。

厚生省の担当官・比嘉新英や琉球政府社会局長として援護業務に携わった山川泰邦氏、そして座間味村役場の援護係・宮村幸延らが「お役所仕事」の枠を乗り越えて努力したことや、遺族会幹部の方々の努力も見逃すことは出来ない。 

同時に「沖縄病」に取り付かれた茅誠司東大総長ら当時の知識人たちの沖縄への同情心も彼らの行動を後押した。

大田少将の電文を国(厚生省)が受けついで、「後世特別の配慮」をしたことは理解できるが、厚生省の独断でこれほどの事が可能なはずはない。 

大田少将と厚生省の間にその「善意のリレー」をした人物が介在した。

これに関連し援護法適用の根拠となる「潜在主権」について努力した2人の人物がいると書いた。

昭和天皇と吉田茂首相のことだ。

尊王主義者で「臣茂」と自称した吉田茂氏については後述するとして、昭和天皇と沖縄の関係について述べてみる。

■大田実中将の「電文」と昭和天皇

繰り返すが「援護法」の沖縄への適用について、忘れてはならないのが沖縄の「潜在主権」にこだわった「天皇メッセージ」の存在である。

もとより1979年に公表された「天皇メッセージ」の存在を、1950年当時の関係者が知るはずもなかった。 

ただ昭和天皇が大田少将の電文を読んだ可能性は充分考えられる。

理由は昭和天皇が20歳の皇太子時代、ヨーロッパ旅行時の船旅の第一歩を印されたのが沖縄であり、その沖縄が米軍の銃弾に蹂躙されたことを大田少将の電文で知り心を痛めたことも想像に難くないからだ。

人間誰しも多感な青春時代に訪れた土地は想い出が深く心に刻まれるもの。

ましてや長い船旅のお召し艦の艦長が沖縄出身の漢那憲和少将とあれば、皇太子時代の昭和天皇が沖縄のことを特に身近な土地と考えてもおかしくはない。

裕仁親王は沖縄訪問を大変喜ばれ、外遊の日を記念して、毎年三月三日、当時の漢那少将を始め関係者を宮中に招いて午餐会を催したという。

お召し艦「香取」が宮古列島沖を航行中、艦の甲板上に飛び魚が躍り込んできた。

それから46年後の1967(昭和42)年、宮中新年歌会始で、昭和天皇は皇太子時代沖縄で見た飛び魚を回想し和歌を詠まれただ。

「わが船にとびあがりこし飛魚をさきはひとしき海を航きつつ」(「さきはひ」は幸いの意味)

昭和天皇は青春時代に訪問された沖縄のことをしっかり心に刻んでおられたのだ。御製碑は宮古神社に建立されている。

 ここまで縷々と青春時代の昭和天皇と沖縄の関係について書いたのは、終戦直後の1947年の時点で、昭和天皇が当時既に米軍統治下にあった沖縄の将来について心を痛めていた事実を明らかにしたいからだ。 

米軍は沖縄を「信託統治」により、将来は米国の自治領にしようと目論んでいた。

 

【おまけ】

熟女の繰言より引用。

「天皇メッセージ」は「天皇の大御心(おおみごころ)」


天皇メッセージ」は、「天皇自らが延命のため沖縄をアメリカに売り渡すと書いた文書」だと誤解している人が沖縄人には多いのだそうです。

これは、全くの誤解であるということを、江崎孝氏は《「天皇メッセージ」の悪用に反駁せよ》という文章で述べています。(『正論』2013.7)

上下二段、8ページにわたる長文ですが、その中からポイントになる部分を紹介したいと思います。

まず、メッセージと言っても、「天皇の密書」が存在するわけではないのです。前回のブログでも書いたとおり、天皇の顧問寺崎英成氏が、昭和天皇の会話の中から、沖縄についての天皇の思いを斟酌してシーボルトに伝え、それがシーボルトの手紙という形でワシントンに伝えられた、というものなのです。ですから、表現はシーボルトの主観に基づくものとなっていて、天皇のご真意を反映したものとはいえないと述べられています。

では、天皇のご真意とはどのようなものだったのでしょうか。

それには、当時の日本が置かれていた危機的状況を、まず知る必要があります。
・敗戦で丸腰状態になり、経済的にも軍事的にもアメリカの支援無くしては、独立を果たすことも、国内外の共産主義勢力の脅威を防ぐこともできなかった。
・日本国民は、新憲法の謳う平和主義へのバラ色の夢にひたっていた。
・国民も、政治家たちも、食うや食わずの経済的国内事情に関心が集中しており、国際情勢にまで真剣に気を配る余裕がなかった。
江崎氏はこのように説明しています。

その上で、もう少し詳しい形で、「天皇メッセージ」の内容を確認したいと思います。

ーーーーーーー

寺崎氏は、米国が沖縄とその他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると述べた。天皇の意見では、そのような占領は、アメリカの利益にも日本を守ることにもなる。天皇はロシア(ソビエト)の脅威や、占領終了後に右翼や左翼が台頭し、ロシア(ソビエト)に日本の内政に干渉する口実を与えるような”事件”を起こすことを恐れる日本国民の広範囲な承認を得ることができると考えている。

さらに天皇は、沖縄(および要求される他の諸島)に対する米国の軍事占領は、日本に主権を残した形で長期間の租借ーー25年か50年、あるいはそれ以上ーーという擬制(フィクション)の上で行われるべきだと考えている。

天皇によれば、この占領方式は、アメリカには琉球列島に恒久的意図がないことを日本国民に納得させるだけではなく、他の国々、特にロシア(ソビエト)と、中国が同様(占領)の権利を要求すること阻むことになるだろう」(原文は英語、訳責・江崎)

ーーーーーーー

これを、前回のブログで取り上げた、孫崎享氏の引用と比較してみると、何とも明らかに、孫崎氏の意図が透けて見えてきます。すなわち、当時の世界情勢や、「日本に主権を残した上で」「アメリカには琉球列島に恒久的意図がないことを日本国民に納得させる」という部分の持つ重要性が、全く押さえられていないのです。

この点に注目するなら、昭和天皇が、いかに我が国の安全保障に深い配慮をされていたかが、よくわかります

近代史の専門家である秦郁彦氏が、著書『昭和天皇の五つの決断』(文藝春秋)で述べた次の箇所も紹介されています。

「(昭和)23年早々という早い時点で、アメリカのアジア戦略の動向を正確に察知して、適切な情勢判断を示した天皇の洞察力には、脱帽のほかない・・・」

さらに、対アメリカの情勢は、次のように書かれています。

「当時の日米両国の力関係を言えば、米国は世界一の経済力と軍事力を誇る戦勝国であり、一方の日本は、首都東京をはじめ地方の各都市も空爆により焦土と化した軍備も持たない米軍占領下の敗戦国である。両者の力の差は歴然としており、日本側がアメリカの要求を拒むことは極めて困難であった。」

では、吉田政権は、孫崎氏が言うように、ただの属米路線だったのでしょうか。いえ、そのような情勢下でも、吉田政権は、発言権の強い米国との条約締結交渉に際し、微力ながら必死に抵抗したというのです。

このことは、『日本外交文書ー平和条約の締結に関する文書』に記されています。これは平成13年(2001年)に公開され、翌年刊行されたものです。

この本によれば、吉田首相は、沖縄を「租借地」にしてもよいから、信託統治にすることは思いとどまるよう、米国側に要請したようです。しかしながら、ダレス(大統領でも国務長官でもない、公的役職のない人物が交渉相手であったことからも、日本に対する扱いの軽さが伺えるとのこと)は、すげなく受け流します。

そこで日本側は、次善の策を講じて「沖縄の完全分離」に抵抗を示し、次の条件などを米側に求めたのです。
①沖縄住民の日本国籍確保(潜在主権)
②バーミューダー方式(分離ではなく期限付き租借)
③本土と同様な教育方針の継続(文科省教科書の使用=日本語教育、無償措置法の適用)
④本土と沖縄との経済関係の維持(援護法の優先的適用など)

つまり、吉田政権には、現在の沖縄メディアが喧伝するような、沖縄を犠牲にして本土だけで主権を回復しようという意図はなかったのです。

補記すると、政府は沖縄の学生だけに限る選抜試験を行い、全国の国立大学に国負担で受け入れているのだそうです。ちなみにいろいろと物議を醸している仲井真弘多県知事は、この国費留学制度の恩恵で東京大学を卒業しているとのことです。

〈参考〉http://nippon-end.jugem.jp/?eid=3172





最後に、江崎氏の文章から、もう一節、紹介します。

ーーーーーーー
山本七平著『昭和天皇の研究』によると、昭和天皇は、マッカーサーに「(戦争の)全責任は私にある、という意味のことをいわれた」とされる。「『戦争はすべて私に責任があるから、戦犯の追及をやめ、処刑するなら私一人にして他は免訴して欲しい。そして、国民に責任はないから飢えさせないで欲しい』の意味であろう。」

ーーーーーーー


天皇は、「自身の延命」を望まれたのではなく、戦犯や国民の利益を考えた、まさに「大御心(おおみごころ)」で臨まれたという江崎氏の考えに、私も共感します。

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント (4)

マスコミが報じない「雲仙・普賢岳噴火災害の真相」

2020-08-28 04:38:05 | マスコミ批判

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

当日記は首尾一貫して傲慢不遜なマスコミの報道姿勢を批判してきたが、過去ブログマスコミが報じない「雲仙・普賢岳噴火災害の真相」2007-06-06 がその典型として、アクセスが急上昇し、何度も再掲で紹介してきた。

今朝も同記事にアクセス急上昇なので、初見の読者のため改めて再掲する。

              ★

  死者・行方不明者43人を出した長崎県の雲仙・普賢岳の大火砕流から16年を迎えた3日、被災地の島原市では火砕流発生時刻の午後4時8分に市内にサイレンが鳴り響いた。

 消防団員らが亡くなった同市北上木場町の北上木場農業研修所跡では、遺族らが「慰霊之鐘」を打ち鳴らし、犠牲者を悼んだ。

 同市平成町の雲仙岳災害記念館前では、災害を次世代に伝えようと、島原商工会議所青年部などが初めて企画した「いのりの灯(ともしび)」があり、小学生らが手作りのキャンドル約1000本に灯をともした。

 火砕流では、読売新聞大阪本社写真部員だった田井中次一さん(当時53歳)ら報道関係者や警戒に当たっていた消防団員らが犠牲になった。

(2007年6月3日20時15分  読売新聞)

                      ◇

 

◆教訓を伝える大切さを感じているのはマスコミも同じ。大火砕流で同僚三人を亡くしたテレビ長崎(KTN)報道部の槌田禎子記者(49)は、噴火災害を取材し今も被災地を見詰め続ける一人として使命感を代弁した。

 「取材競争の過熱や日々のプレッシャーからマスコミは節度を保てず行動し、被災住民らに迷惑をかけた。私たちは犠牲者のことを胸に刻み、被災地がどう再生していくか継続して取り上げていく必要がある」
2006年6月2日長崎新聞掲載

 

長年テレビの報道カメラマンを務めた友人はカメラを構えると恐怖感は薄らぐと証言している。
 
「カメラのファインダーを通してみると普段は恐ろしい暴力団にも不思議と危険を感じなくなる」。

暴力団も報道カメラを向けられると、多少は怯んでしまうのだろう。

だが、自然の猛威にとってはカメラマンもクソもない。

燃えさかる火砕流はカメラマンも消防団員も容赦無く襲った。

被害に遭った消防団員や警察官は退避勧告を無視して危険地帯に入り込んだマスコミの身を案じて警戒していた。

マスコミが伝えない「雲仙・普賢岳噴火災害の真相」がここにある。

(雲仙・普賢岳噴火災害の)報道について

被害の背景には当初発生した小規模の火砕流が衝撃的だったことから取材競争が過熱し十分な知識を持たない報道関係者が火山学者の存在を免罪符として、取材のため、「定点」と呼ばれた山と火砕流を正面から望める地点に入ったことがある。報道関係者は避難して無人となった人家に侵入するなどトラブルを起こしていたため消防団員、警察官が引きずり込まれる形で危険な地域に多く存在し犠牲となっている。犠牲者発生以降この反省も踏まえ報道関係者が警戒区域内に入ることはほとんど無かったが、その後も自衛隊の情報独占に不満があると主張する報道関係者が許可なく警戒区域内に侵入し書類送検される事例もあり、報道のあり方が問われる事件となっている。(ウィキペディア)

 

以下コピペ

64 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/06/04(月) 12:46:45 ID:er+ywW1V0
マスコミ関係者などが死んだ「定点」は、避難勧告がでていた。
危険地域であることを示すため、公的機関の観測員、消防団員も勧告地域から撤退していた。しかし、マスコミ関係者は、強制力がないことから、雇い挙げたタクシーとともに避難勧告地域内の「定点」に詰めていた。

そんな中、避難して無人の住民の家に無断で上がり込み、電気、電話を無断使用する事件が 起こった。
住民に不安が高まり、そのためもあって、いったん避難勧告区域外に撤退していた地元消防団は、ふたたび避難勧告地域内に入り、見回りを始めていた。
これらのマスコミ関係者、タクシー運転手、消防団員、許可を得て中に入っていた地元住民が火砕流に巻き込まれ死んだ。消防団員以外の地元犠牲者はたしか5名。それ以外が約35名。
避難勧告地域の境界で検問をやっていた警察官2名は、火砕流発生の連絡を聞き、中の人たちに知らせるために勧告地域内に入り、殉職した。

そしてこれが重要なんだが、火砕流の到達範囲は、まさに避難勧告地域内におさまっていた。
避難勧告をマスコミが守ってさえいれば、死者数ははるかに少なくて済んだに違いない。

名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 18:55:51 ID:J5ssSuib
当時消防団員だったからよく覚えているよ。
手柄狙いで勝手に居座ったマスコミのために、行かなくてもよい団員が行かされて焼け死んだんだよ。消防団員って素人だよ。プロの消防士じゃなくて、ほぼボランティアなのに、命令でそこに派遣されたんだよ。

で鬼畜なのはマスコミ

その後、何年もこの事件を取り上げるたびに、多くのマスコミ関係者などが犠牲となったって枕詞で始めやがる。で、死んだマスコミ関係者の話を美談として自分語りする。

あの現場には、新婚の団員や、子供が生まれたばかりの団員や、もうすぐ結婚するはずだった団員や、親の介護してた団員がいたんだぞ。
マスコミはそんなこと一つも報道しないけどな。

もう一度言うが、その団員達はそこに居たくて居たんじゃない。

 

【追記】

 

参考エントリー:

 マスコミが犯人の長崎・雲仙普賢岳噴火災害

浅間の噴火 雲仙・普賢岳の教訓を忘れるな...

 新燃岳噴火!入山規制区域に侵入相次ぐ

 

 

沖縄戦「集団自決」の謎と真実
秦 郁彦
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

 

 

あばかれた「神話」の正体
鴨野 守
祥伝社

このアイテムの詳細を見る

 ⇒最初にクリックお願いしま

コメント

本性現した琉球新報、琉球独立を独立を煽る

2020-08-28 00:35:48 | マスコミ批判

プロフィール画像

 ⇒最初にクリックお願いしま

NO!残紙キャンペーンサイト

 

【琉球新報】辺野古移設をされるなら苦難覚悟で沖縄独立を 中国ロシア北朝鮮を味方に付けよ

 
コメント (5)

言論封殺訴訟(FM21訴訟)結審

2020-08-27 06:17:01 | 翁知事国連演説訴訟

 

 

狼魔人日記

 NO!残紙キャンペーンサイト

⇒最初にクリックお願いします

 

 

昨26日(水)午前10時30分より那覇地裁で言論封殺訴訟(FM21訴訟)の結審が行われた。

コロナ禍による傍聴人数の制限にも関わらず、約20名の支援者が参集した。

皆様のご支援に感謝申し上げます。

開廷と同時に原告被告両代理人より最終準備書面の提出があり、開廷後約2~3分でで閉廷。 

次は10月23日(金)の午後1時10分の判決を待つだけ。

6月に行われた証人尋問で裁判の勝負はついていた。

6月の証人尋問の状況を当時のブログを引用して回顧してみよう。

放送法第六条の5の三には、「放送番組に関して申し出のあった”苦情その他の意見″を審議会に報告しなければならない」と規定されている。

放送法第六条

5 放送事業者は、総務省令で定めるところにより、次の各号に掲げる事項を審議機関に報告しなければならない。

三 放送番組に関して申出のあつた苦情その他の意見の概要

ところが、本来リスナーの苦情・意見などを審議会に申し出るはずのFM21は、原告(我那覇真子)が再三督促したにも拘らず、ただの一件の苦情の提示も行っていない。

実際は放送違反を訴えるリスナーの苦情は一件もなかったのだ。

苦情が一件もなかったことは、証人尋問で被告が証人尋問で証言している。

結果的に唯一の苦情は沖縄タイムスによる圧力だけだった。

FM21は、放送法違反が根拠と言いながら、実際は沖縄タイムスの検閲を受けて、番組の放送禁止と言う暴挙に出たことになる。

原告(我那覇)の放送法違反には根拠がなく、その一方で被告FM21自身が放送法に準拠していないのだ。

沖縄タイムスの圧力の一例がこの悪意に満ちた記事。

「中国の脅威 沖縄タイムス」の画像検索結果

■沖縄タイムスの圧力

結局、FM21(被告)は、リスナーからは一件の苦情もないにもかかわらず、沖縄タイムスの苦情(圧力)に屈して、不当な契約解除をした。

これが、証人尋問で明白になった事実である。

               ★

以下は過去ブログ本日15時、「FMオキラジ」生放送で、FM21訴訟「言論封殺訴訟」解説2020-08-17 の引用です。

■証人尋問のクライマックス

石川被告に対する証人尋問の中で答弁に窮した例を、2、3件紹介しよう。

裁判長の向かって左側の左陪席が、こう尋問した。

左陪席「貴方(石川証人)は沖縄防衛情報局に多くの苦情(放送法違反)がFM21に殺到したと言いますが、その証拠を提出しましたか?」

石川証人「いいえ」

左陪席「何故ですか?」

石川証人「視聴者のプライバシーに関わり、視聴者が萎縮するから」

※ちなみに証拠書類を提出しても個人名は非公開処置が可能。

原告代理人が関連尋問をした。

照屋弁護士「視聴者の苦情コメントのリストや統計はありますか」

石川証人「いいえ」

そして視聴者の苦情について裁判長が致命的尋問をした。

裁判長「貴方(石川証人)は、初期の頃、沖縄沖縄防衛情報局の「局長」とFMラジオ局の「局長」とが紛らわしいので「局長」を他の名称に変えるよう要望しています(証拠書類による)。 何故その時、重要事項の放送法違反について改正を要望しなかったのですか」

石川証人「よく覚えていません」

そして裁判長は石川証人の我那覇証人に対する対応の変化をこう尋問した。

裁判長「石川証人の態度が変わったのはいつ頃からか?」

我那覇証人「最初は『心理セミナー』を含む2件の番組を契約したことに感謝の意を表し、クッキー詰め合わせなどプレゼントを頂きました。ところが沖縄タイムスや朝日新聞(本社の記者)が取材と称して圧力を加え始めた頃から「内容を変えるよう」に迫り始め、沖縄タイムスが沖縄防衛情報局に関する誹謗記事を書いた時点で、内容改変の要求が露骨になりました」

※天下の大朝日が、沖縄のチッポケなFMラジオ局の放送をワザワザ取材に来ること自体が前代未聞。

沖縄タイムスの圧力の一例です。

「中国の脅威 沖縄タイムス」の画像検索結果

証人尋問のクライマックスは原告代理人が、石川証人に「必殺の証拠書類」を突き付けた時である。

その証拠書類を見た石川証人は顔面蒼白になり、「そんなもの知らない」と繰り返すだけだった。

筆者の判断では、この時点で裁判長の心証は最悪に達した。

この問題は複雑で理解が困難と思われるので、前回の口頭弁論で原告が提出した陳述書の該当部分を引用して解説する。(全文は文末)

 

■FM21石川氏の卑劣な文書偽造

私たちはFM21の石川氏から一枚の解約通知(これをĀとします)を受けました。

ところが手元に同じ内容の解約通知(これをBとします)があります。 上記Ā・B二枚の解約通知は我那覇真子宛になっており、Āが発信人はFM21になっており、Bの発信人がオキラジと別のラジオ局になっている以外一文一句全く同じ文言です。

これは一体何を意味するのでしょうか。

沖縄タイムスの圧力に屈したFM21の石川氏は、自局単独で「沖縄防衛情報局」を一方的に放送中止に追い込むだけで満足せず、「沖縄防衛情報局」の放送に協力的なオキラジを巻き込んで、私たちをFMラジオから放逐する魂胆なのです。

FM21側は、この偽造解約書をオキラジに送付し、「沖縄防衛情報局」の放送中止を強要したのです。

勿論オキラジオ側は、FM21卑劣な放送中止の強要に反発し、「沖縄防衛情報局」に協力的で現在も同番組は放送継続中です。

 

被告の石川証人は自分が書いた書類が「私文書偽造」と認定されるのを恐れ、証人尋問の前に「捏造書類」を作成し、裁判所に提出、「私文書偽造」を否定していた。(陳述書に登場するB文書に信ぴょう性を与えた)

石川被告は親族会社であるオキラジの社長に接触し、沖縄防衛情報局を放送しているFM各局が会合をして我那覇氏との契約解除に同意した、という(嘘の)趣旨の書面に署名させることに成功した。石川被告は息子のオキラジ部長も同意していると嘘をついていた。

オキラジの事実上の経営は息子の部長に任せている母親の社長は「部長(息子)が同意しているなら」と言葉巧みな石川被告の口車に乗って唯々諾々と署名してしまった。

現在も「沖縄防衛情報局」を継続して放映中で放送に好意的なオキラジ部長の連絡を受け、我那覇証人は急遽、オキラジ社長、部長と三者で協議し、前述の石川被告の「契約解除」を意味する書類は自分の意思とは異なる「捏造」であり、無効であるとういう新たな書類に社長が署名・押印した。

これが原告代理人が石川被告に突き付けた「致命的証拠」の顛末である。

一連の石川証人の対応を熟視していた裁判長の表情に「勝負あった」の気配を筆者は読み取った。

 

後に残る疑問は依田が批判のリスクを覚悟で「裁判取り下げ」を要求した真の意味は何だったのか。

依田と被告・石川社長の間にどんな密約があったのか。

普通に考えるなら、依田が県議候補に立候補する際、FM21の石川被告が資金的、広報的に依田容疑者を強力に支援する。

その際、FM21とチャンネル桜沖縄の声との連携も依田を接点にすれば可能である。

この程度の密約はあったのではないか。

⇒最初にクリックお願いします

コメント (5)