狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

神風が吹いた世界野球!

2006-03-17 18:42:41 | 県知事選
メキシコよ、良く頑張ってくれた。

日本戦で世紀の誤審をやってくれたあのデービッドソン審判の「再誤審」にメキシコは奮い立った。

「アメリカの、アメリカによる、アメリカのための野球」を、という「カリフォルニアの陰謀」は木っ端微塵に打ち砕かれた。

メジャーリーガーなど各国の一流選手が出場しているWBCだが、審判員は登録37人中22人が米国人。

世界最強を誇ったはずの選抜チームも各参加各国にメジャーリーガーが散った後は抜け殻と化した。

2次リーグでよもやの敗退劇といい、重なる審判団の誤審といい、野球王国アメリカの威信はこの大会で一気に地に落ちてしまった。

こうなれば、先ず打倒韓国。

そして、目指すは世界の王ジャパン!

       
          ◇         ◇         ◇


◆(2006年3月17日(金) 17時2分 夕刊フジ )

日米決戦で物議のデービッドソン審判がまたまた誤審

 【アナハイム(米カリフォルニア州)=米沢秀明】あのデービッドソンがまたやった!! ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2次リーグ1組の米国-メキシコ戦で、メキシコの本塁打を二塁打とする誤審があった。右翼ポールを直撃した明らかな本塁打を誤審したのは、12日の日米決戦でも“世紀の誤審”をしたあのボブ・デービッドソン審判だった。

 「野球の世界一決定戦」と銘打った大会で、1度ならず、2度までも起こった米国人審判によるあまりにも地元びいきの判定に、大会運営の大リーグ機構には各国から批判が集まりそうだ。

 これが、野球の世界一を決める大会を裁く審判なのか。米国が2失点以上でメキシコに敗れれば、日本が準決勝進出を果たす一戦で、またも疑惑の判定が行われた。

 三回裏のメキシコの攻撃。先頭の8番バレンズエラが米国先発のメジャー通算341勝右腕、クレメンス(元アストロズ)の外角高めの直球を鮮やかに流し打つと、打球はぐんぐん伸び、ライトのウェルズ(ブルージェイズ)がジャンプしながら差し出したグラブの、はるか上を通過して黄色いポールを直撃した。

 誰が見ても確かにポールを直撃したはずだったが、判定を行うデービッドソン一塁塁審は本塁打を表す腕を回すジェスチャーをしない。マウンド付近で審判団が集まって協議し、責任審判のデービッドソン塁審は二塁打をコールした。

 エンゼルスタジアムは騒然となり、メキシコ側は執拗(しつよう)に抗議。03年に21勝、奪三振王のタイトルに輝いたメジャー屈指の右腕ロアイザ(アスレチックス)も、「ポールに当たった跡があるじゃないか」と言いたげに黄色い塗料が付いたボールを審判に示したが、判定は変わらず、メキシコの先制ホームランは幻と消えた。

 テレビ中継をしたESPNも、そのシーンをスローモーションVTRで何度も繰り返し、打球がポールを直撃している様子をクローズアップした。

 判定を下したデービッドソン審判は12日の日本-米国戦でも誤審している。3-3の同点で迎えた八回1死満塁で、岩村(ヤクルト)のレフトフライでタッチアップした西岡(ロッテ)は楽々と生還して日本が勝ち越したかに思われた。

 米国のアピールに対して、三塁付近にいた二塁塁審がいったんはセーフと判定したが、この試合で主審を務めていたデービッドソン審判が「離塁が早い」とした米国・マルチネス監督の抗議を受け入れ、アウトと判定を覆した。

 日本代表の王監督は「いくら抗議があったとはいえ、判定を変えるということは日本で長年野球をやっているが見たことがない」と抗議したが、デービッドソン審判は「(三塁走者の離塁は)判定を下すのは球審だ」として却下した。この誤審で決勝点を奪われた日本は結局、米国に9回サヨナラ負けを喫した。

 この判定には、米国の新聞も「カリフォルニアの陰謀だ」と見出しを付け、韓国の朝鮮日報(電子版)は「厚顔無恥な詐欺劇」と日本を全面的に支持するなど、各国のメディアも批判的な論評を繰り広げた。

 デービッドソン審判は99年までメジャーでジャッジをしていたが、現在はマイナー所属。ただ、メジャー当時は98年にカブスのサミー・ソーサと本塁打争いをしていたカージナルスのマーク・マグワイアの66号アーチと思われた打球を、二塁打と判定。全米から「史上最低の審判」と猛バッシングを受けた“前科”もある。

 「野球の世界一決定戦」と銘打ち、メジャーリーガーなど各国の一流選手が出場しているWBCだが、審判員は登録37人中22人が米国人。そのほとんどがマイナーリーグに所属しており、世界一を決める大会の審判として適任かどうかは疑問符がつく。2次リーグでよもやの敗退劇といい、米国の威信は一気に地に落ちてしまったのか-。

[ 3月17日 17時2分 更新 ]
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「100年目の呪」、リンカーンとケネディ

2006-03-17 07:35:29 | 県知事選
一昔前、「三年目の浮気」という歌が流行った。

軽快なディュエットのメロディーでカラオケで歌った覚えががある。

「三年目の浮気ぐらい大目に見てよー」と言う一節があった・・・。

しかし、これが三年目の浮気ならぬ「100年目の呪」であったら話は穏やかではない。

暗殺によって非業の死を遂げたリンカーンの呪いが、100年の時空を越えてケネディに乗り移ったと言う話がアメリカにある。

メリーランド州ロックビル市モンロー街。

リンカーンは暗殺の一週間前メリーランドのモンローに居たという。
(A week before Lincoln was shot, he was in Monroe, Maryland. )

一方、ケネディも暗殺の一週間前マリリンモンローの中に居たという。
(A week before Kennedy was shot, he was in Marilyn Monroe.)

リンカーンが1週間前にいた"場所"であるメリーランド州モンローに対して、ケネディが1週間会っていた"人物"モンローを持ち出すおかしさについてはわざわざ説明する必要もないだろう。

オリジナルでは「ケネディは(With Marilyn Monroe )マリリン・モンローと一緒にいた」と表現されている。

実はこの部分は本来、リンカーンの「In Monroe(モンローにいた)」のフレーズと韻を踏んで「ケネディはIn Marilyn Monroe (マリリン・モンローの中に居た)」と表現されるのが大笑いのオチになる訳だ。

オチを説明する愚を敢えて冒すと、この部分はケネディとマリリン・モンローの“親密”な関係を茶化した"アメリカンジョーク、・・・いや、オヤジギャグなのだ。

だが、検索してみると、実際はマリリン・モンローは ケネディ暗殺の約1年前の1962年8月に死亡 している。

いかにプレイボーイのケネディと言えども、暗殺された“1963年の11月”に 「イン・モンロー 」な関係が可能な筈はない。

何だ、モンローを掛けた唯のオヤジギャグ、いやアメリカンジョークか、と云ってしまえば話はここで終わってしまう。

しかし、本当のリンカーンの百年目の呪いはこれから始まる。

モンローとケネディの浮気ジョークは「100年目の呪い」の序章に過ぎなかったのだ。

★呪その1:
アブラハム・リンカーンが連邦議会入りしたのは1846年。
その100年後の1946年、ジョン・F・ケネディーが連邦議会入りした。

これは唯の偶然だろう。 偶々両者の議会入りが100年目に重なったに過ぎないと誰でも思う。

が、これがケネディの大統領就任の年がリンカーンの大統領就任後100年目となるとエッと考え始める。

★呪その2:
アブラハム・リンカーンが大統領になったのは1860年。
その100年後の1960年、ジョン・F・ケネディーが大統領になった。

★呪その3:
リンカーン(Lincoln)もケネディー(Kennedy)も7文字。

★呪その4:
二人とも、公民権に深く携わった。

★呪その5:
二人の夫人はともに、ホワイト・ハウスに住んでいる時に子供を亡くしている。

★呪その6:
二人とも、大統領在職中に撃たれた。

★呪その7:
二人とも、撃たれたのは金曜日。

★呪その8:
二人とも、撃たれたのは頭だった。

呪いの3,4,5となるとやはり偶然か強引なコジツケと考えてしまう。

しかし、単なる偶然もそれが重なると偶然とは言い切れなくなってくる。

「100年目の呪」はまだまだ続く。


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