<産田神社 うぶたじんじゃ>
神武天皇が熊野に上陸するはるか以前から、
「渡来人」と呼ばれる人々が、
すでにこの地に住みついていました。
渡来人は主に、南方の海を経由したきた人々と、
ユーラシア大陸を横断してきた人々に分けられ、
紀伊半島では、特に「南方経由」の人々が、
黒潮に乗って船で移住して来たと思われます。
神社でよく見かける「白石」を置く習慣は、
南方系の渡来人がもたらしたものとも言われ、
紀伊半島の中でも、より海岸に近い神社では、
今もこの名残があちこちに見られます。
花の窟の元宮ともいわれる産田神社のご神前にも、
形の揃った小さな白い石が一面に敷き詰められおり、
境内の明るく清浄な雰囲気をさらに際立たせていました。