すずめ通信

すずめの街の舌切雀。Tokyo,Nagano,Mie, Chiba & Niigata Sparrows

第1726号 富士見町物語

2021-08-28 06:00:00 | Tokyo-k Report
【Tokyo-k】富士山が見えるエリアに「富士見」という地名はいくつあるだろうか。日本人は富士山が大好きだから、それは数え切れないほどであるに違いない。ここは東京・調布市の富士見町、それも2丁目のことである。甲州街道北側の、電気通信大学が大きなキャンパスを広げる住宅地だ。バス通りに面して新築されたマンションに入居が始まったのは1980年の秋だった。5階建て66戸の中に、三つ子のような子供たちが暮らす賑やかな家があった。



舞台は1982年のことである。居並ぶ3人は三つ子のようだけれど、実は「双子に年子」なのである。右の二人が男の子と女の子の双子で、左が年子の弟だ。お雛様のこの日は双子の6歳の誕生日で、母親が結婚前からお世話になっている狛江のおばさんを招いてバースデーパーティーが冒頭の写真だ。7月生まれの弟はこの時点では4歳。「少子化」という言葉が一般化するのはもう少し後のことで、マンションでは同年代の子供たちが賑やかに走り回っている時代だった。



高度経済成長が一段落したものの、安定成長が持続していた日本経済は、国民総生産が西ドイツを抜いて世界第2位となり、すでに「三種の神器」を手に入れ終えていた国民が、次に目指すのはマイホームの取得であった。爆発的に膨張する東京は、多摩や北総にニュータウンが建設され、勤労者の欲求を消化していった。調布は郊外とは言っても都心とは30分ほどで結ばれ、人気の街であった。そこに手頃な価格のマンションが分譲されるという。



男はその情報を、銀座松屋の不動産展示場で仕入れた。「高級」とまでは言えないものの、それでも調布駅から歩いて15分ほどの住宅街にあり、大学に隣接する静かな環境が売りらしい。各戸70平米余の、当時としては標準的な3LDKのマンションだが、分譲価格が手の届く範囲内だと思われた。男が申し込み締め切り5分前に現地の事務所に滑り込んだ時、最も人気の上階角部屋は24倍、1階の低倍率の部屋は11倍という高率だった。



男は掲げられた倍率一覧図をにらみ、「これは難しいな」とつぶやきながら、競争率がほどほどの3階真ん中の部屋を申し込んだ。そこで申し込みは締め切られ、男が希望した部屋は「16倍」と書き込まれた。数日後、裏の公園で公開抽選会が開かれた。当選者はその場で手続きをしないと失効に
なるので、広い公園は申込者で溢れた。男の部屋の順番が来て、壇上の係員が抽選機を回すと、ぽとりと何かが落ち、係員は大きな声で「16番」と読み上げた。



当選は難しいと思っていただけに男は驚き、妻に電話した。狭い社宅暮らしを脱出したがっていた妻は喜んだ。結婚10年、ともに34歳の夫婦である。深大寺や野川に近く、子供たちにとって良い環境だというのが選択の決め手だった。手付金を支払いに事務所に向かおうとすると、見知らぬ男が近づいて来て「譲っていただけませんか」と囁く。販売価格に800万円ほど上乗せした金額を言う。世の中はバブル経済の狂乱に向かいつつあった。



勤め人の家庭に生まれた「双子と年子」は、親の勤務地次第で転居させられ、そして「ふるさと」が定まっていく。調布が彼らのふるさとになったのだろう。一家はそこで30年ほど暮らし、妻は病に倒れ先立った。「双子と年子」はすでに独立し、それぞれ別の街で生きている。男は転居し、マンションは売却した。たまにその前を通りかかると、昔とさほど変わっていないことに感慨を覚える。人と街はこんな具合に結ばれ、離れて行くのだろう。




















コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第1725号 三鷹阿波踊りで「... | トップ | 第1727号 孫考 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Tokyo-k Report」カテゴリの最新記事