鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

渡辺崋山『参海雑志』の旅-佐久島~藤川宿~吉田宿-その6

2015-06-09 05:15:14 | Weblog
『渡辺崋山集 第2巻』のP283には、崋山のスケッチである「(五輪塔)華蔵寺殿円山成公大居士」が掲載されています。頭注によれば、これは「東条吉良持広の養子高安。永禄一二年駿河藪田村(藤枝市)で死去、墓は華蔵寺(吉良町岡山)」とあって、この五輪塔は東条吉良義安のお墓であり、その所在地は吉良の岡山にある華蔵寺であることがわかります。これをスケッチしたということは、崋山がこの華蔵寺に立ち寄り、このお墓(五輪塔)の前に立ったことを示しています。このお墓(五輪塔)が現在でも残っているのか、華蔵寺のどのあたりにあるのか、そのまわりはどうなっているのか、といったことに興味をそそられました。この華蔵寺には吉良氏代々のお墓があるということを聞いており、あの赤穂浪士で知られる吉良上野介義央(よしひさ・元禄15年=1702年に殺害される)のお墓は、どういうものなのかと言ったことも気になりました。なぜ、崋山は有名な吉良義央のお墓をスケッチせずに、それ以前の吉良義安(永禄12年=1569年没)のお墓をスケッチしたのかも気になるところです。 . . . 本文を読む