「フラれてツラいっす。どうしたらいいッスか?」。
焼き鳥屋で酔っ払い、そうさめざめと泣くのは後輩タマデ君であった。
タマデ君には愛する女性がいた。その愛はとてもとても深いものだったが、彼女にとっては単に不快だったらしく、
「ゴメンね。他をあたってみて」
一言でもろくも崩壊したのだった。
異性にフラれるのはつらい。
私も経験あるが、これはこたえる。もう地球とか終われよ、くらいのことは軽く思う。
そんな悲しみのどん底にいるかわいい後輩に、それを癒すため、なにかアドバイスをあげられるのかと問うならば、解答はひとつしかない。
とりあえず、走れ。
「うおー!」でも「えりゃー!」でも「カラワジ・イキツ・キマト・ワヒオサ・ハノクキョウ・ミツオ・レシモオイ!」でもなんでもいいから、大声を上げて、夜の街を疾走しなさい。
というと、そんなバカなことで失恋の傷がなぐさめられるのかといえば、これは一応、過去それなりに効果を出したことのあるメソッドなのだ。
あれはまだ私が18歳のころ、友人ツカニシ君が恋をした。
相手はバイト先の女の人。2歳年上で、小池栄子さんに似た美人であった。
想いを抑えがたくなった友は彼女に告白を決意。
とはいえ、なんせ男子高出身で、当時は女性への免疫などなかった彼のこと。そこは不安にさいなまれ、
「シャロン君、悪いけど立会人になってくれへんか」。
立会人。まるで剣豪の決斗か将棋の名人戦だが、ともかくも一人にしないでほしいと。
で、ふたりで栄子さん(仮名)の最寄り駅で待ち伏せすることとなった。
改札の見える喫茶店に陣取り、刑事の張りこみ並みの集中力で彼女の姿を探す。
夜の9時ごろだったか、バイト終わりの栄子さんがあらわれた。
「来た!」緊張と意気ごみから、真っ青な顔で立ち上がるツカニシ君。
さすがに告白現場を見られるのは恥ずかしいから、先に帰ってくれというので、私はここでお役御免。
家に帰り、こっちもホッとして晩飯など食っていると電話がかかってきた。
結果報告である。
戦前の予想では、
「ちょっときびしいかもしれん」
というのが本人の予想だったが、果たしてそれは当たってしまい、ツカニシ君は
「ゴメン、他に好きな人がいるの」
見事フラれてしまった。
で、「あかんかったわ……」と義理堅く伝え、でもその悲しみのため、どうにも気持ちがおさまらない友は、
「シャロン君、失恋ってツラいなあ。オレ、フラれるのがこんなに悲しいことやとは思わんかったわ……」。
受話器越しに、すすり泣きをひびかせてくる。
ふだんはバカ話ばかりしている友のそんな声を聴かされると、なにか言わざるを得ない。
そこで出た言葉というのが、
「とりあえず、走ってみたら?」。
これには意表をつかれたのか、受話器の向こうから「え?」という声がしたが、しばしの沈黙後、
「それ……効くかなあ」。
効くかと言われれば、それはよくわからんけど。
とりあえず、思いつくのはそれくらいしかないし、やるだけやってみたら?
無責任なようだが、友にしたら、一応はまっとうなことを言おうとしているという熱意が伝わったのか、
「わかった。やってみる!」
そう宣言して、いったん電話を切ったのであった。
30分後、再び電話がかかってきて、
「シャロン君。とにかく駅から家まで全力疾走してみた。いや、これは思ったよりスッキリするわ。ええアドバイス、サンキューな」。
息を切らしながら、さわやかに言うのであった。
そっかー、思いつきで言ってみたわけだけど、案外と有効だったか。パンチは打ってみるものだ。
それ以降、私はフラれたと落ちこむ人には、
「とりあえず走れ!」
と助言することにしている。
で、これが思ったよりも効果的らしく、
「いい意味で、頭真っ白になりました」
「一瞬とはいえ、たしかに忘れられる」
「とりあえず、走ってる間はつらくないッス」
むろんそれだけで解決するわけではないが、応急処置としては、おおむね好評なようだ。
ちなみに、ツカニシ君はその後研鑽にはげみ、見事周囲から「色魔」「詐欺師」「イタリア人」とのふたつ名を頂戴するプレイボーイとして名をはせることになる。
あのフラれて、泣いて走った男がねえ。人生とは何がどう転ぶかわからないのであった。
ともかく、愛が成就しないときはダッシュせよ。
全力で走れ、孤独な狼たちよ。
案外救われるらしいぞ。おまわりさんの職務質問には気をつけてね。