「オレは『グランド・ブダペスト・ホテル』という映画が好き好き大嫌いやあああああ!!!!!」。
週末の夜に、そんな岡崎京子さんのマンガのような声がこだましたのは、友人アクタガワ君のこんな言葉からだった。
「これ、君が好きそうな映画やから見たら?」
そうして渡されたDVDが、『グランド・ブダペスト・ホテル』であった。
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』『ダージリン急行』など、非常に洗練された作風で鳴らす、ウェス・アンダーソンが監督をつとめた作品。
ライムスター宇多丸さんをはじめ、評論筋からも非常な高評価を得た良作だ。
舞台は1932年、東ヨーロッパにあり、おそらくはハプスブルク家が治めるオーストリア=ハンガリー帝国の一部だったであろう小国ズブロフカ共和国。
グランド・ブダペスト・ホテルはズブロフカ随一の高級ホテルであり、そこのコンシェルジュであるグスタフと、難民からこのホテルに拾われたベルボーイのゼロを主人公に、殺人事件や名画をめぐる冒険を描いた、ミステリ調の喜劇である。
で、これがおもしろかったのかといえば、たしかに評判通り、いい出来であった。
ストーリーはテンポよく進み飽きさせないし、かわいいミニチュアに、色合いから画面構成、セリフ回しの粋さなど、実に巧みでオシャレである。
玄人の映画ファンから、デートムービーで行くカップルまで、幅広い層にも楽しまれそうなところもすばらしい。
そしてなにより、友がニヤニヤしながら「いかにも」といった要素が、こちらのツボをくすぐりまくる。
学生時代ドイツ語とドイツ文学を学び、今でも池内紀先生の本を愛読している身からすると、もう舞台設定からして、どストライク。
ストーリーや空気感も、エルンスト・ルビッチからビリー・ワイルダーの師弟ラインや、ハワード・ホークスやプレストン・スタージェスといった流れにバンバンに乗っかっており、これまた大好物。
とどめに、シュテファン・ツヴァイクの名前まで出てきた日には、もう笑うしかない。
『マリー・アントワネット』や『ジョゼフ・フーシェ』はもう、学生時代何度も読み直したものだ。『マゼラン』『人類の星の時間』とか。
そんな、全編「オレ様の大好物」でできているような映画でありまして、そらアクタガワ君がすすめるのもしかり。
いやあ、ようできた映画ですわ。次はぜひ、ヨーゼフ・ロート『聖なる酔っ払いの伝説』か、シュニッツラーの『輪舞』を撮ってくれないかしらん。
カレル・チャペック『長い長いお医者さんの話』でもいいなあ……。
なんて感想を思いつくままに語ってみると、
「なんだおまえは、ふつうに楽しんでいるではないか。それなのに、さっきは《大嫌い》といっていたが、それはどういうことなのだ」
なんて、いぶかしく思う向きもおられるかもしれないが、そうなんです。
やっぱオレ、この映画が好きになれないなあ。
理由は、ひとことで言えば「近親憎悪」。
よくあるじゃないですか、オタクやマニアと呼ばれる人が、同じ趣味志向の人を見ると、同志愛をおぼえると同時に複雑な感じになることが。
「アイツはわかってない」と議論になったり、なぜか「一緒にしないでくれ」と否定して周囲から「一緒や」と苦笑されたり。
そういう、めんどくさい感情にとらわれるのが、同族嫌悪と言うやつなのだ。
冒険企画局の『それでもRPGが好き』という本の中で、
奈那内「近藤さんは、エンデが嫌いでしたよね」
近藤「冗談じゃない。嫌いなものか」
(中略)
奈那内「でも、なんかエンデの本について話しだすと、近藤さんトゲトゲしいですよ」
近藤「だって、あの人理屈っぽいんだもの。自分の作品について、作者のくせにいろいろ理論を語っちゃうし」
奈那内「同じですよ、近藤さんと……。あ、そうか。だから議論になっちゃうんだ」
こんなやりとりがあったんだけど、近藤功司さんの気持ちはスゲエわかる!
ましてや、同じ世紀末ウィーンの話をしても、ウェスはラジオ番組「たまむすび」で赤江珠緒さんに「かわいい」って言われるのに、私だと、
「なにがウィーンだ。テメーは『ゴジラ対メガロ』の話でもしてろ!」
……てなるのは目に見えてるんだもんなあ。
シュテファン・ツヴァイクを取り上げても、将棋の佐藤天彦九段なら「貴族」だけど、私だと
「乞食が、なんかいうとるで」
てあつかいですやん、きっと。
まあ、その不公平感といいますか。「同類」やのに、なんでオマエだけモテてるねん!
……なんか、言葉にすると、すげえ情けないですが、まあそういうこと。
ウェス・アンダーソン『グランド・ブダペスト・ホテル』はとってもおもしろかったので、私以外の方には超オススメです。