小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

総選挙を考える④ 「アベノミクス・サイクル」はなぜ空転したのか。

2014-12-03 05:11:08 | Weblog
 昨日、12月2日、衆院選挙が始まった。NHKは午後7時からのニュース枠を特別拡大し、8時45分まで延長した。その大半は、武田アナウンサーによる政党党首へのインタビューだった。安倍総理へのインタビューに最大の時間を割いたことは、必ずしも不公平な扱いだったとは思わない。が、武田氏はなぜか安倍総理に「当初予定していた選挙の争点を『消費税増税延期』から『アベノミクスの継続を国民に問う』に変えたのか」をインタビューで問わなかった。
 私が総理の解散表明の当日早朝(11月18日)、「アベノミクスの総括が最大の争点になることは必至だ」とブログで書いた。もともと安倍総理は消費税増税延期を争点に総選挙を行いたいと考えていた。APECを皮切りとする海外活動に出かける直前、安倍総理は記者団に囲まれ(ぶら下がり)、こう語っていた。
「消費税増税の時期(法定どおり来年10月に行うか、延期するか)については、7~9月期のGDP(国内総生産)の数値を見てから、12月に決める」
「解散についてはまったく考えていない」
 が、安倍総理が国際会議に出席して首脳会議を繰り返している間、永田町では解散風が台風のように勢いを増しながら吹き出した。安倍総理が事実上総理としての実権を喪失している状態なら、総理の意向抜きに永田町の論理が先行することもありうるが、安倍総理の権力は一時ほどではないにしてもまだ強大である。総理の意向抜きに解散風が勝手に勢いを増すなどということはありえない。
 解散については、安倍総理の頭には海外に出かける前から決まっていた。当初、安倍総理が描いていた争点は「消費税増税時期を巡って、法定どおり来年10月に行うべきだ」とする民主党と、「法定どおり実施すれば日本経済に大きな負担がかかる」とする自公との対立になるはずだった。
 が、安倍総理の「解散作戦」は空振りに終わった。民主党が消費税増税延期に反対しなかったからだ。当り前である。いま国民生活は円安と増税によるダブルパンチで、富裕層と非富裕層に二極分解した状態になっている。富裕層は株高で富をさらに増大したが、非富裕層はもろにダブルパンチを受けた。いま原油安で国民生活への円安影響はかなり軽減されてはいるが、もしOPECが生産調整を決め、原油高になっていたら国民生活は崩壊しかねないところまで追いつめられていた可能性すらあった。そういう意味では安倍さんは、本当についている総理だと思う。アベノミクスの失敗を原油安が多少補ってくれているからだ。
 それでも物価は上昇し続け、今年春のベースアップ効果は完全に吹き飛んでしまった。賃金の上昇以上に物価が上昇すれば、事実上可処分所得は減少することを意味する。いくら経済音痴の安倍さんでも、そのくらいのことは理解できるだろう。
 実は7~9月期のGDP数値が内閣府から正式に公表されるまでもなく、マイ
ナス成長になることは分かり切っていた。毎月内閣府は消費動向調査の結果を発表しているし、経産省も景気動向について毎月青の点滅信号を出していた。黄色信号なら「赤から青に変わるシグナル」だが青の点滅信号は「青から赤に変わるシグナル」である。さらに、安倍さんが最も頼りにしている日銀も短観で日本の景気がいぜんとして上向きに転じていないことを明らかにしていた。日銀短観だけは、公的指標であり、いくら安倍総理のちょうちん持ちの黒田総裁でもねつ造はできないからだ。
 これらすべての経済指標は毎月発表されており、消費の冷え込みは安倍総理の想定以上であることは、何も7~9月期のGDP公表を待つまでもなく明らかだった。で、安倍総理としては自分の内閣が行った今年4月の消費税増税による景気後退を、前政権の民主党の責任に押し付ける作戦に出たかったのだが、その作戦が完全に空振りに終わった。
 なぜ4月の消費税増税が日本経済にとって想定外の足かせになってしまったのか。安倍さんも、黒田さんも、まだ分かっていないようだ。
 安倍さんの景気回復作戦の成功は「アベノミクス・サイクル」がうまく回転することが前提であった。アベノミクス・サイクルとは、昨日のNHKでのインタビューによればこうである。
 ①円安誘導(日銀の金融政策)による日本企業の国際競争力の回復。
 ②日本企業の生産性が高まり企業の利益が増大。
 ③雇用が増大し、賃金も上昇する。
 ④消費活動が回復し、アベノミクス・サイクルが順調に回りだす。
 安倍総理は、このアベノミクス・サイクルが「まだ道半ば」であることは渋々認めている。だが実は「道半ば」なのではなく、完全に軌道が外れ、脱線してしまったのだ。なぜか。①が安倍・黒田ラインが考えていたような結果をもたらさなかったからだ。
 日本の産業構造は、かつての高度経済成長期とは様変わりしていることに、安倍総理も黒田総裁も気が付いていなかったからだ。日本企業で最初に世界ブランドを確立したソニーは、本来円安による勝ち組になるはずだった。もちろんソニーの現在の苦境は「ソニーらしい」ヒット商品を出せなくなったソニー自身の責任による要素が一番大きいが、ソニーは生産拠点の大半を海外に移しており、そのため海外で生産した「ソニー・ブランド製品」を国内に輸入すればするほど、円安によって足を引っ張られる状況になっていたのだ。その結果、ソニーは円が1円安くなるごとに毎日20億円の為替差損が生じている。
 ソニーに限ったことではなく、生産拠点を海外に移転している日本企業の大
半が円安直撃で国際競争力はかえって悪化しているのが現実である。為替相場
を円安に誘導すれば、国内企業の国際競争力が回復すると夢を見たのは、安倍・
黒田ラインの「夢想」にすぎなかったのだ。だから円安になっても日本からの輸出量は増えないという安倍・黒田ラインの「想定外」の結果が生じたのだが、今さら舵を大きく切り替えたりしたら韓国のセウォル号のように日本経済は転覆しかねない。また舵を大きく切り替えれば、アベノミクスが失敗だったことが明らかになり、当然安倍・黒田ラインの責任問題が発生する。「今さら後には引けない」解散になったのは当然と言えば当然である。
 要するにアベノミクス・サイクルが失敗に終わったのは、スタートラインと位置付けていた円安による日本企業の国際競争力回復が実現しなかったことによる。確かに日本企業の国際競争力が回復していれば、国内企業は生産力の増大に走り、設備投資も活発になっただろうし、そうなれば雇用の拡大や賃金の上昇が、増税という消費活動にとってのマイナス要素を吹飛ばしていたかもしれないが、そもそもスタートラインを間違えてしまったら、アベノミクス・サイクルが空回りどころか逆回転を始めることくらいわかりそうなものだと思うのだが…。
 が、野党もだらしがないのは、「なぜアベノミクス・サイクル」が失敗に終わったのかの理由の解明ができていないことにある。「消費が伸びない」とか「賃金の上昇が物価上昇に追いついていない」とか「大企業や富裕層の利益だけが増大して、中間層や低所得層は物価の上昇に悲鳴を上げている」という結果論だけの批判にとどまっているからだ。「企業の生産拡大→設備投資→雇用の拡大→賃金増大→消費の回復」という非アベノミクス・サイクルが回りださない限り、日本経済の本格的な回復はないことに、なぜ野党やアベノミクスに批判的なメディアも気がつかないのか。

 いずれにせよ、今回の総選挙は憲政史上空前の低投票率を記録することだけは間違いない。結果として国民に選択肢がないため(野党が効果的な経済政策を打ち出せないため)、自公連立政権は継続することも間違いないが、はっきりしていることは選挙の低投票率は、国民が突き付けたアベノミクスに対するNOであることだけは言っておく。私の周辺には「今回の選挙には投票に行かない」という人たちが大半である。昨日から選挙戦は本番に突入したが、「こんなに盛り上がらない選挙は、かつてあっただろうか」という有権者の反応の実態がもうすぐ見えてくる。