コロサイ2:23
『そのようなものは、人間の好き勝手な礼拝とか、謙遜とか、または、肉体の苦行などのゆえに賢いもののように見えますが、肉のほしいままな欲望に対しては、何のききめもないのです。』
人間の好き勝手な礼拝の姿はカインの礼拝で既に現れました。
神はその礼拝を退けました。
その礼拝はカインの心は満足させたかも知れませんが、神を満足させることはありませんでした。
パリサイ人たちの礼拝はどうでしたか?
神は彼らの礼拝も受け入れませんでした。
そこにあったのも自分たちの肉の思いを満足させる礼拝であったからです。
イエス様は彼らが支配している神殿に対して、「祈りの家を強盗の巣にした」と怒りを表しました。
いま世界にある教会で行われる礼拝に対して、主はどのような思いで見ておられますか。
人間を喜ばせる多くの演出があります。
まるでコンサートに来たかのような礼拝もあります。
人の耳を喜ばせるメッセージが多いです。
そこで神は何をなさるでしょうか。
神が主人公ではない礼拝に、神はエキストラとして出演するでしょうか。
神はそこにおられないのが正解です。
ヨハネの福音書4:24
『神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」』
【祈り】
主よ。礼拝に対する思いを新しくして下さい。
【聖句をノートに書きましょう】
-礼拝-
- 第1歴代誌16:29
- 詩篇95:6-7
- 詩篇138:2
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