例によって、仲居さんが大浴場と露天風呂の場所を案内しようとしたので、筆者は「何度も宿泊し、場所はもう知ってるから説明は不要だよ」と話の継ぎ穂を遮った。仲居さんは「あらリピーターさんですか、でも私は初めてですよねえ~」と言った。用意されたお部屋は南館の最上階である8階の角部屋、805号室で、去年の11月に宿泊した時と同じ部屋であった。筆者が「前回と同じ部屋だな」とつぶやくと、仲居さんは「そうしますと、もうmy roomですね」と言った。この部屋の隣は階段になっており、物音が聞こえてくるとしたら階下からしかなく、マンションの部屋ならば最上等である。多分このホテルでは一人客用の十畳間としてはこの部屋が一番いいお部屋ではないだろうか。「化粧室が狭くて少し使いづらいんだよな」と言うと、仲居さんは「どうしてもユニットバスになりますので仕方がないんですよ」と申し訳なさそうに答えた。仲居さんは「ようこ」と名乗り、年の頃はそうだなあ~、30代後半から40代前半で明らかにタバコを吸っていそうな歯の色をしていた。当日は最高気温が26度と暑かったので、大浴場に行くのが面倒でお部屋のバスを使用した。やはり8階まで水を汲み上げねばならぬので、シャワーのお湯の出方が遅い!冬ならば難儀しそうだが、冬は大浴場に行けばいいのでこれはさほど気にはならなかった。
午後6時に仲居さんがお部屋に食事を運んでくれた。朝食時同様、大きなお盆の上にお料理一式を並べていた。筆者がお造りの白身の種類を尋ねたら、仲居さんは、一瞬言葉に詰まりながら、「あら、やだやだ、ほらあ~」と筆者の左肩を右手でたたきながら「カンパチです」と答えた。「仲居さあ~ん、ブリッコぶってはしゃぐほどの年じゃないと思うんですけど」と筆者は心の中でつぶやいた。お造りは、カンパチ、ひらめ、甘エビ、さざえで、いずれも新鮮かつ美味であった。先付けは何かの煮こごり、焼き海老、卵を使った何か、銀葉草で、煮物はがんもと里芋と野菜の炊き合わせ。これに紅ずわい蟹一匹と牡蠣の土手鍋及び新潟産和牛のステーキが付いていた。お酒は北雪を注文した。「5月の今頃に牡蠣は獲れるのかね」と尋ねたら、「保存の効く種類」だそうで、美味しかったな。和牛ステーキは塩バターだけで味付けしたものだが、これが意外に美味しかった。だが、夜は肉を食べない主義なので一切れだけにしておいた。そうこうするうちに焼き立ての鯵の塩釜焼きが運ばれてきた。明日の朝食にはこれの開きが干物になって出てくるのだが、丸ごと一匹の塩焼きも又おつなものである。最後に茶碗蒸しが出てきたが、どこをどう掻き回しても鶏肉が見当たらなかったので、筆者の鶏肉嫌いに配慮した吉田家のサービスは完璧であった。それにしても吉田家はいい材料を使っているし、調理も抜群である。安っぽい紅ずわい蟹はいつものように足を一本だけ食べて終わりにしたが、何だかんだと言いながらも結局ほぼ完食してしまった。そしていつものように、ご飯、味噌汁、デザートは不要と伝えておいた。わずか30分で食事が終了した。「早喰い早糞芸のうち」と言うが、筆者は職業柄食べるのは早い!フロントに電話し、「食べ終えたお盆を片付けるように」とお願いしたら仲居が飛んできて、「以前、バスの運転手さんが30分で食べ終えた事がありましたが、お客さんはそれ以来ですよ」と驚嘆したような声を上げた。7時になったところで、新潟放送の「新潟発!水曜見ナイト」と言う地方番組を見た。佐和田の出世街道の亀の手ラーメンが紹介される予定だったのでチャンネルを回したが、なかなか出世街道が出てこない。ようやく7時半頃にお店が登場した。塩麹ラーメンを啜りながら「さっぱりしていて美味しいですね」と台本どうりの台詞をしゃべる美人女性キャスターの隣で、鼻の下を長あ~く伸ばした、でれでれ顔のマスター氏が「佐渡は私の料理教室の場なんです。これからも美味しいラーメンを提供していきますよ」みたいな事を語っていたように記憶している。お布団敷きにやってきたおにいちゃんに「亀の手ラーメンって知ってますう~?」と尋ねたら、「あれはねえ~、羽茂でやっていたんですが、佐和田にお店を出したみたいですよ。私はまだ食べに行った事はないんですが」と答えてくれた。