オセンタルカの太陽帝国

私的設定では遠州地方はだらハッパ文化圏
信州がドラゴンパスで
柏崎辺りが聖ファラオの国と思ってます

カッパドキア。

2007年08月12日 16時27分52秒 | シルクロード日記

別にゲームばっかりしているわけではありませんが、今は特別キャンペーン期間だということで(パーティを組んでいる場合に限り)「経験値が倍増」だそうで、ついつい張り切ってしまいまして、早くも28レベルにまで成りました。
24レベルの時には到底無理だと思っていた「歩いてサマルカンドまで行く」のは全然平気になり、一撃で突き殺されていたチョコボも返り討ちできるようになりました。サマルカンド名物・綏靖コーチンの焼き鳥は美味しい。ただ、サマルカンドの近くには鶏よりももっと凶暴なペリュトンがいて、こっちの方はまだ強敵です。ペリュトン、、、、 ってこんな所にいたんですっけ? じゅるり。

「小アジアから先はきっと艱難を味わうのだろう」と思っていたので、サマルカンド到達のあまりのあっけなさにビックリです。「中国編」では20レベルの時に敦煌まで至ったたのですが、それ以降はちまりちまりとしか先に進めなくなったんですよね。
ヨーロッパ編は地形の作りがすごく大雑把。広い平原に延々同じ敵しか出てこないんですもの。しかし一方で、最初は何の為にあるのかよく分からなかった「ユピテル神殿」とか「黄金の林檎の樹」とか「トロイの木馬」とか「クレオパトラの門」とかは、ある特定の宿題の時にだけ重要な意味を持つ(各宿題独自の怪物が出現する場所となる)事が分かり、ただひたすら単調な狩りを繰り返していただけの中国編とは物語的な差異を設けようとしていることが伺われます。(そんなに大差はありませんけど)。まあまあ良くできているゲームになっていると思いますよ。

そんな今回のヨーロッパ編で最大の突っ込み所となっているのが、「アララト山」。
アララト山、標高5165m、トルコとイランとソ連と三境を接する要衝に位置し、聖書ではノアの箱船が飛来した伝説の地となっているのですが、なぜだかこのゲームでは、アララト山は小アジアの中央に位置し、奇岩地形カッパドキアがアララト山の中にあることになっているのです。
(※実際は小アジア中央にあるカッパドキアとメソポタミアのアララト山とは600kmも離れていますよ)


<アララト山遠景>

…っておいおい、これがアララト山かい。
無茶にもほどがある。アララト山塊の中にカッパドキアがあるというよりもアララト山がカッパドキアそのもの。つい最近安彦良和の『クルドの星』を読み返した私にとっては驚愕しきりです。恐ろしいことにこれはマジなのです。地図上のアララト山の範囲は広いのですが、すべてこのような形状の山景の連なりなのです。これが5000mもの高さがあるのでしょうかね。もちろん登攀はできなくなっていますが、これはまるで私の中にあるドラゴンパスの「冬の峰(ウィンタートップ)」のイメージそのものだ。(ウィンタートップは裾野の範囲が20kmぐらいで標高12000m)。
地図マニアであり細かいことにだけ神経質な日本人でもあるわたくしは、「シルクロードを舞台にしたゲームを作ったらあんなことやこんなことがいろいろできるだろうなぁ」と夢想するあまりに、こんな暴挙には本来なら憤慨するところでしょうが、そもそもこのゲームは韓国製なのでした。たったそれだけで感想は正反対な方向に向かってしまう。どうして韓国人はアララト山とカッパドキアをこんな風にしてしまったんでしょうね。あははははは。ひとごと。そんなのがまた楽しくもある。

カッパドキアとは、幻想の国トルコにおけるイスタンブールに次ぐ人気観光地で、壮大な奇岩風景をもってなす。10世紀頃にローマ帝国の迫害から逃れようとしたカッパたち(一説にはイエズス会士たち)が作ったとされている一大修道院密集聖地です。
キノコ状の奇岩に覗き窓が刻まれていることからも分かるように、隠棲者たちはこの奇岩の内部をくり抜いて住居としたんですよ。これがアララト山だととしたら5000mの高さのある古代の超高層建築ということになるのかしら。すごいや。
地下迷宮好きの私としてはこのカッパドキアは死ぬまでに一度は絶対訪れておきたい場所でしたが、どうもその夢は叶いそうにないです。でもゲームで来れたからいいや。
しかし、形がちょっとヒワイね。

折角の迷宮都市なのに、中には入れないのかなと思ったんですが、残念ながら入れるようではありません。そのうち何かの宿題で中に潜り込むイベントがあるのじゃないかと思いますけど。ただ、アララト山の南に聳えるテーブル状台地に「イビルオーダー要塞」という名前の盗賊たちの一大巣窟があり、そこを歩いていたら地下への入り口がありました。ここからカッパドキアの地下まで続いているのかしら。喜び勇んでそこに入ろうとしたら、入り口付近で狼の群れに取り囲まれて惨殺されました(-_-)
いつか再挑戦を・・・・・

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4 コメント

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中央アジアは古代遺跡の宝庫 (D&D)
2007-08-14 00:00:20
カッパドキアと言えば、あの地下都市群は、
「古代の戦争で使用された核シェルター」だったと主張する人もいるそうですね。
荒唐無稽な話ですが、あの不思議な光景と、
八層にも及ぶ地下都市を見ればそう思いたくなるのも無理はない?

日本の学校では欧州史やアメリカ史は教えられるものの、
この辺りの小アジア~中近東~インド辺りの歴史は殆ど語られないのが歯がゆいですね。
イスラム史なんかは結構面白いのですが。
古代文明好きの小生としては、西洋史よりバビロニア辺りの話の方が心躍りましたね。
まぁ、義務教育では日本とあまり関わらない場所なんて知らなくて良いと言う事なのでしょうが……

それから先ほどは下らないメールを送ってしまい、申し訳ございませんでした。
返信する
西アジア。 (麁鹿火)
2007-08-14 15:08:40
>地下都市群は「古代の戦争で使用された核シェルター」

おお、そんなこと言われてましたね~。
学生時代、ムーを愛読していた私です。
カッパドキアの場合、重要なのは地上部分のキノコ状奇岩の中の快適住居ではなくて、何十層も続いている地下部分なのですよね。カッパドキアが世界遺産となり特にカイマイクル地区の地下八層の迷宮が有名になりましたが、他の地域ではもっと深い地下都市が確認されていて、各都市はそれぞれ連結されていることも分かっている。しかしその構造の大部分はいまだ改名されていない、ということにすごく惹かれるところがあります。ビザンツ帝国時代に隠修士たちが逃れて作った地下都市、というのも伝説に過ぎないんですよね、今の所は。乾燥した高地の地下何十mの場所で何千人もの人が暮らすというのは容易なはずではなく、どうやっていたのかとても関心が湧きます。猛暑には涼しそうですけど、ウ○コとか食糧とかどうしていたのしら。トロウルとかトログロダイトとかかが棲んでいたのかも。

>日本の学校では欧州史やアメリカ史は教えられるものの、

そもそも歴史全体を学校で教えるのが無茶なことですよね。
私の時代ですら、受験の為に世界史か日本史かを選択させられ頑張っていろいろ覚えましたが(泣く泣く世界史を選びましたが日本史の方に未練タラタラだった)、今の時代の二極分化した高校の世界史Aと世界史Bの教科書を見比べてしまうと泣きたくなってきます。世界史Aはアヘン戦争以前はオマケですし、でも世界史Bは無味乾燥すぎて地獄的、逆にAの方が理想的に見えてくる。その点中学の歴史の教科書のつくりがとてもおもしろいですね。教える側に立ってみれば、イスラム絡み以外では小アジア・インド・中央アジアは余分なものになってしまうかと思います。いけないんだけど。それが趣味にしちゃうと逆になります。

とはいえ、歴史の興味というのは確実に中学・高校時代に初めて先生に聞いた解説が基準になりますから、本当に罪作りなものだとも感じます。

>古代文明好きの小生としては、西洋史よりバビロニア辺りの話の方が

D&Dさんはバビロニアでしたか(^=^)
私は丁度その頃FFに嵌っていたこともあって極端な地名・人名マニアでありまして、「アッシュールバニパル」という人名がやたら心に引っ掛かってアッシリア狂となりました(笑)
こんなページも作ったな。
http://www2.wbs.ne.jp/~ryuzoji/List_of_Hero/Assyria.html


メール、とても楽しく(というよりも経過の推移にハラハラしながら)拝見させていただきました。
お約束通りに『天空要塞アーロック』をお贈りできなくなって誠に申しわけなく感じております。いまでも時折思い出して真剣に捜してるんですよー、ほんとですよー。でも、部屋がもう発掘現場のようになってしまっておりまして、もう私の力では無理です。あとは偶然に頼るしか。持っていないと思っていたスターストライダーとか電脳破壊作戦とかロボットコマンドゥとかオーバーキル城とかハイパーバッファローキャッスルとかは出てきたのにー。
D&Dさんは本当にこの本の入手に手間をお掛けになっているんですね。ただ入手困難というだけで、ほんとに他愛のないバカ笑い本だということを知っているだけに、心底申し訳なく思います。ああ、D&Dさんのような人にこの本の面白さを高笑いしていただきたかった…。もうちょっとお待ちくださいね。出てくるといいんですけど。
私がどうか無事に御本をD&Dさんに引き渡せますように。
返信する
古代遺跡のロマン (D&D)
2007-08-16 19:17:57
そうなんですよ、地上部分は文字通り氷山の一角で、
あの下には広大な地下都市があり、まだ解明されていない部分がある……
実にロマンをかきたてられます。

>どうやっていたのかとても関心が湧きます。
とあるケースでは、迫害され追われた修道士達が高地に逃れ、
その隔離された高地の修道院では飲料水や食べ物、それどころか、
人間の移動すら全て滑車式の昇降機で100メートル近くも引き上げていた、
と言うケースもありますから、信仰への執念かくあるべし。
恐らく、カッパドキアでも想像を絶する努力で都市を維持していたのでしょう。
人間、やれば何でも出来る物なんですねぇ……

>歴史の興味というのは確実に中学・高校時代に初めて先生に聞いた解説が基準
それどころか、時代時代によって教え方も異なりますからねぇ……
例えば小生の祖父の時代、戦前の学校では、
天皇家のために忠誠を尽くした楠木正成が神格化され、
天皇家に背いた足利尊氏が完全なる逆徒、悪の化身のように教えられたそうです。
現在ではどちらが悪というわけでもなく、概ね公正な解説がなされていますが。

>アッシリア狂となりました(笑)
アッシリアに限らず、中近東の名は独特で面白いですよね。
語感がよいので、良くゲーム等でも適当に使われてたりするのが微笑ましい(笑)
最近は「ディンギル」の名が使われる事が多いですが、
これが元々がシュメール語で神を意味する言葉だと知らない人も多そうです。
アッシリアの王名に関しては、メソポタミア地域の王様は基本的に
「神の代理人」でしたが、アッカド王朝以降、
ナラム・シン王辺りから「王様が神そのもの」となった為、
以後は王名も神々から直接拝借した方々が多いですね。
やはり、国が広大になると万物の王になったように気が大きくなるのでしょうか?

>ハイパーバッファローキャッスルとかは出てきたのにー。
ハイパーバッファローキャッスル! 懐かしい……
当時は小生の名の通りD&DなどのTRPGにはまっていた時期でもあったので、
T&Tのゲームブックは最初から最後の「嘆きの壁を越えて」まで全部あるんですよ。
小生があの時代最後に買ったゲームブックでして、良く記憶に残っております。
ただ、皮肉なことに、嘆きの壁が2月発売で、アーロックがその年の5月発売。
この年の春先に忙しくなって忘れてしまったんですね……
たかが数ヶ月のタイムラグでその後これ程苦しむとは……

ともあれ、書籍をとても大事にしておられる麁鹿火様の事ですから、
どこかには必ずあると言う事ですし、それこそ「遺跡の発掘」の様なもの(笑)
いつの日にか幻の遺跡が発掘されることを心待ちにしております。
返信する
合羽。 (麁鹿火)
2007-08-28 00:57:57
カッパドキアの地下都市、涼しそうですねえ~。
私の部屋は暑すぎて死にそう。先人が私の部屋にも地下室を掘っていたりしてくれていないかしら。(私の部屋はアパートの2階ですけど)


>アッシリア
そういえば今リンク先の自分の記事を読んで思い出したのですが、私がアッシリアで一番面白いと思ったのは、世俗的な市民の代表者である「リンム職」の権限を、神権的な代表者である「王」の権力の方が上回っている事。エジプトでも似たような事が起こりましたが、これはローマや日本の天皇制とは逆なんですね。

>発掘
すみませんすみませんー。はやくでてきますようにー、ニヌルタの神にお祈り。
返信する

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