私にとって2009年は、ヘンデルだけを聴きまくった1年になりました。
もともと偏向の強かったわたくしですが、あんなに好きだったシューマンやショスタコーヴィチもほとんど聴かなくなり、ほぼヘンデルのみを聴き続けた。
特に、9月ぐらいに検索中に見つけた上のダニエル・ドゥ・ニースのクレオパトラの映像にやたらと惚れてしまってネットでDVDを買ってしまった(7000円ぐらいした)ことが引き金になって、そしてデアゴスティーニでもDVDオペラコレクションの創刊されたことが後押しして(今のところ全巻買ってます)、DVD収集にも乗り出すことになりました。
今はまだ『ジュリオ・チェザーレ』と、ジャルスキーの『アグリッピーナ』と、ピノックの『タメルラーノ』と、アントナッチの『ロデリンダ』の4枚だけだけど、来年はきっともっともっとDVDを買いまくるぞー。
ダニエル・ドゥ・ニースはたしか、この2005年のグラインドボーン音楽祭で不慮の事態によって突然主役に抜擢されて、このときに見せた演技によって突然世間に注目されて突然売れっ子になったんじゃなかったっけ。私はこの人(の歌声と仕草)にとてつもなく惚れてます。ネット上の情報では賛否両論、格別美人でもないと思うのですが、この人のクレオパトラはすばらしい。とてつもなく魅力的で魅惑的です。ドゥ・ニースはインタヴューでは「クレオパトラは一般的には最期の自殺の悲劇的なイメージがあると思いますが、彼女は少女のころはいたずらっぽい子どものような一面もあったわけで、教養深い知的な部分も愛もすごくヘンデルは理解していたんじゃないかと思います。この舞台ではクレオパトラは16歳という設定なのです」と言っていて、たしかにそれはもっともだ。このヘンデル設定の大作クレオパトラ映画を計画したら、きっととても楽しいものができるんじゃないか。
ヘンデルの「ジュリオ・チェザーレ」は彼の一番の代表作とされており、40作近くある彼のオペラ作品の中でも、いろんなオペラ本で紹介されているのは常にジュリオ・チェザーレです。タイトルの「ジュリオ・チェザーレ」というのは英語で言うと「ジュリアス・シーザー」のイタリア語読みで、ラテン語だと「ユリウス・カエサル」、ギリシア語だと「イウリオス・カエシオス」、モンゴル語だと「カサル・オッチギン」で、ロシア語にすると「ロイガーとツァール」、日本語だと「素佐之男大神」ね。わたくし個人的にはチェーザレよりも「アレッサンドロ」や「アグリッピーナ」の方が好きなのですが、あくまで一般的には「ジュリオ・チェザーレ」が一番のヘンデルの代表作。物語の展開と楽曲の安定感と笑いのツボ(←宦官のニレーノによって)にかけては抜群な作品です。
物語では、細部にヘンデルの創作が混じっているそうですが、物語全体はわたくしたちがよく知っている「帝王カエサルと世界一の美女女王クレオパトラ」の物語のすじに従って物語は進みます。バロックオペラとしては設定にそんなぶっとんだところはございません。(唯一、エジプトの帝王トロメーオ(=プトレマイオス13世)が若干強い気がしますが、ヘンデルによって変人造形されており、物語的には好ましい箇所になっています)。この、アリア「嵐で難破した船は」Da tempeste il legno infranto は、終盤に近い第3幕の佳境で歌われる曲で、トロメーオによって海に突き落とされ死んだと思われていたカエサルが、実は生きていて帰還したと知ったクレオパトラが勇んで歌う喜びのの歌です。これまでクレオパトラは(弟の)トロメーオに蔑まれいじめられていたのですが、この時点をもって勝利者への道を突き進むことになる、そんな転機の歌です。
ダニエル・ドゥ・ニースの別バージョンのクレオパトラ
なんか軽そうに歌っていますが、こんなのをオペラでは演技も付けながら(ドゥ・ニースの場合は踊りながら)6分も歌いまくらねばならんのだから、普通の人だったら死んじゃうと思います。
これはすごい。2008年の映像。パワーアップしてる。
もはや『カストラート』のファリネッリばりの超音波。
※2005年のグラインドボーンのドゥ・ニースの別の曲
★クレオパトラが絨毯の中からカエサルの前に色っぽい様子で出てくるシーン
★エジプト風の踊りをおどけて踊るシーン(@ヘンデルにとってはエジプト風)
この画像でクレオパトラ7世にこづかれているのが彼女の弟(であり夫である)トロメーオ王(プトレマイオス13世)なのですが、この歌では妻である姉に浮気癖を責められているものの、オペラ的には終始高慢な姉よりも弟の方が高位に立っており、その点が歴史好きの見所のひとつです。
★カエサルを籠絡する為にクレオパトラが入浴後着替えるシーン。そんなに色っぽくないがヘンデルの歌のおかげでかなりエロっぽい
★わたしをかわいそうだと思わないの
★楽しそうなクレオパトラ
★カエサルが死んでしまった
で、DVDを聴けば聴くほど残念で残念でならなくなってくるのは、クレオパトラの相手役であるローマの大統領カエサル。クレオパトラの存在感が強すぎて、まるでクレオパトラが主人公のような作品ですが(実際その通りなのですが)、ヘンデルの時代にはタイトルの通りに、カエサルの方が存在感が高い演出がなされていました。
1724年の初演の時にカエサルを歌ったのは「セネジーノ」という名前のカストラートの大人気歌手。カストラートというのは外科手術によって「女性の声の高さと男性の声の力強さを同時持つ」といわれていた存在で、とりわけこの劇のカエサルはとんでもなかったそうです。
現在ではカストラートがいなくなってしまったので、このDVDでもサラ・コノリーという女性歌手がカエサルを歌っており、そのコノリーもなかなかなのです。でもやっぱり一度はカエサルをカストラートで聴いてみたいですものですよね。CGでもいいから。なおちなみに、このオペラの初演では、カエサルとトロメーオ王と宦官のニレーノのそれぞれを別々のカストラートが歌っており、つまり3人もカストラートが出演していたのでした。ヘンデルはカストラートが大好き。
参考までに1994年の映画『カストラート』でヘンデルを歌うファリネッリ。
話をクレオパトラに戻して。
せっかくなので「難破船の歌」の聞き比べ。
あなたもこれらを観比べて、この中からどうしてわたくしがドゥ・ニースのに最も惹かれ、これが一番だと唱えるようになったのかという理由を拝察していただけると嬉しいのですけれど。
★ナタリー・デッセイ盤。
ドゥ・ニースと同一の舞台・演出・振り付けを使用したもの。(2012年でメトロポリタンですって)
(パロです)
★今をときめく当代随一の女傑、チェチーリア・バルトリのクレオパトラ。
さすがにドラマチックな歌い方。
ドゥ・ニースとは違いますね。
★端正なクリスティーネ・シェーファー。
★スミ・ジョーのクレオパトラ。
一番可憐なんじゃないかしら。韓国のひと。
聴いた中で最も高音で、力を押し出さずに歌っていて、それがなかなか可愛らしい。
★サンドリーヌ・ピオーのクレオパトラ。
ドゥ・ニースのと正反対にあるかのようなクレオパトラ。
身振りが大きく情熱的。一世代前の歌い方かと思ったら、この演奏は2008年で、指揮してるのはルネ・ヤーコプスですって。ヤーコプスの1991年版(クレオパトラはバルバラ・シュリック)だったらCD持ってるよ。こんな演奏だったっけ? やるなヤーコプス。
★マグダレーナ・コジェナーの演奏。
これは、私が初めてCDを買ったミンコフスキ盤です。
この演奏をわたくしは一番車の中で頻度高く聴いてる。
コジェナー美しい。
ただ、ドゥ・ニースと比べて歌い方に若干の揺れが加えられている。
★レア・パルトリッジの自由奔放なクレオパトラ。
いくらヘンデルは自由に歌っていいといっても、これはやりすぎなんじゃないでしょうか。
前半部分が切り取られているのでかわいそうですけど。
★スーザン・ラルソンのかわいそうなクレオパトラ。
声は非常に好みなんですけど。
振り付けの一部がドゥ・ニース版とよく似ているのはどうして? パロ?
「現代の中東に置き換え、テロリストの爆弾で破壊された国際ホテルを舞台にしている」んだそうで。私にとっては意味不明で、どうしてこの場面でクレオパトラが水着にならないといけないのか分かんないんですけど、非常に評価の高い演出だそうで、近いうちにDVD買って話のスジを確かめてみねばと思っております(※2017年4月)。カエサルがホテルを破壊するテロリストの側なのでしょうか。
★アニック・マシスの動かないクレオパトラ。
いろいろ見比べると、逆にこのように動きの少ない画像にも好みだと思えるようになってきたりして。
この歌、身振りをせずに歌うのはかなり難しいよ。
少人数古楽器で演奏している様子を見るのは文句なしに楽しい。
★ヴァレリー・マスターソンの時代演出。
歌声と歌い方はそうでもないのに、演出にどうしても時代を感じてしまう動画。
マスターソンは25年ぐらい前が全盛期だったひとです。でもすばらしい。英語。
★モンセラート・カバリエ。
「時代を感じさせる演奏」というのはこういうのを言うのです。
演奏も歌い方も演出も。カバリエとマスターソンは10年ぐらいしか違わないはずですけど。
★ジョーン・サザーランド。
サザーランドは私にとってはもう伝説の時代の人ですよ(存命の人ですが)。
40年前の録音ですって。