岐阜で大雨 濁流が川岸崩し宿泊客ら81人孤立(18/06/28)
北欧に見る「働く」とは(4) 就労を後押しするお金
http://www.chunichi.co.jp/article/column/
人は収入があっても働くか。
フィンランド政府が実施しているベーシックインカム(BI)という現金給付は、それを探る社会実験だ。
BIは就労の有無や収入などに関係なく国民全員に定期的に生活に最低限必要なお金を配る制度である。いわば国による最低所得保障だ。古くからこの考え方はあるが、フィンランドで行われている実験は対象者も金額も絞っている。限定的なBIである。
昨年一月から二年間、長く失業している現役世代二千人を選び、失業給付の代わりに無条件で月五百六十ユーロ(約七万三千円)を支給している。
BIを受ける人に聞いてみた。
新聞社を解雇されてフリージャーナリストとして働くトゥオマス・ムラヤさん=写真=は収入が安定しない。「生活保護を受けていた時は、恥ずかしいという気持ちがあったが、BIは自分からお願いしなくても支給を受ける権利としてもらえるものだ。ストレスがなくなった」と好評価だ。
働き始めると給付をカットされる失業給付と違い、働いて収入があってもBIは受け取れる。「講演などして少し報酬をもらう仕事も安心してできる」と話す。
二年間失業中だったITエンジニアのミカ・ルースネンさんはやっと再就職が決まった直後に実験対象者に選ばれ喜んだ。
「新たな仕事の給与はそんなに高くない。給付は家のローンに充てている。失業中に再就職に向け勉強してきたボーナスのようだ」
生活保護だと毎月、求職活動や収入などの報告書を出さねばならず「煩雑な作業で抵抗感があった。政府から監視され信用されていないようにも感じた。そこから解放された」と話す。
ムラヤさんが実験参加者数人に取材したところ就活に前向きだという。
BIが失業者の働く意欲を高めるか、逆に失わせるか調べる。裏を返せば、今の社会保障制度が社会変化に対応できていないことの表れだ。 (鈴木 穣)
北欧に見る「働く」とは(3) 意欲支える社会保障
スウェーデンモデルは、転職をためらわない働き方といえる。
なぜ可能なのか。
イルヴァ・ヨハンソン労働市場担当相=写真=は、理由を二つ挙げる。
「スウェーデンの労働者は職能が高く研究開発も熱心だ。人件費が高いので一時、外国に移っていた企業が戻ってきている」
企業は質の高い労働力を得られる。だからイノベーション(業務刷新)に積極的になれる。
もうひとつは「保育や教育が無料で失業給付など国民はあらゆるセーフティーネットがあることが分かっている。失業を恐れない環境がある」。
職業訓練と合わせて手厚い社会保障制度が国民の不安を取り除いている。給付が高齢者に偏る日本と違い、現役世代がしっかり支えられている。それが働く意欲を後押ししている。
課題の人工知能(AI)やITの進展による職業訓練の高度化が急務だと政府も認める。既に学校教育では新技術を学び始め、職業訓練の刷新も検討中だという。
労組も動く。
新技術を利用して個人で事業をする人が増えている。事務職系産別労組ユニオネンは三年前、個人事業者の加盟を認めた。今、一万人いる。マルティン・リンデル委員長は「賃金上げや職場環境の整備は国民全体の問題だ」と話す。このモデルを色あせない存在にする努力は絶え間ないようだ。
日本ではどうだろうか。
労働市場は終身雇用、年功序列賃金、企業内労組の三つが特徴だ。高度成長期には企業内で雇用をつなぎとめることに役立った。
だが、低成長時代の今、企業は業務縮小や新業務への挑戦が必要だ。「定年まで勤め上げる」発想だけでは乗り切れないかもしれない。
一人当たりの国民総所得はスウェーデン五万四千六百三十ドル、日本の一・四倍になる。
働き続けることへの不安を解消するもうひとつの視点は社会保障改革である。 (鈴木 穣)
<北欧に見る「働く」とは>(2)国際競争へ労使が一致
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018062602000165.html
経営難で収益力が落ちた企業は救わず、失業者を訓練して成長している分野の職場に送り込む。その結果の経済成長率は二〇一六年で3・3%だ。1%台の日本は水をあけられている。
スウェーデン社会が、この政策を選んだ理由は何だろうか。
雇用を守る労働組合にまず聞いた。組合員約六十五万人が加盟する事務職系産別労組ユニオネンのマルティン・リンデル委員長は断言する。
「赤字企業を長続きさせるより、倒産させて失業した社員を積極的に再就職させる。成長分野に労働力を移す方が経済成長する」
経営者はどう考えているのか。日本の経団連にあたるスウェーデン産業連盟のペーテル・イェプソン副会長は明快だった。
「国際競争に勝つことを一番に考えるべきだ。そのためには(買ってくれる)外国企業にとって魅力ある企業でなければならない」
労使双方が同じ意見だ。
人口がやっと千万人を超えた小国である。生き残るには、国の競争力を高める質の高い労働力確保が欠かせない。働く側も将来性のある仕事に移る方が利益になる。政府も後押ししており政労使三者は一致している。
労働組合が経営側と歩調を合わせられるのは、七割という高い組織率を誇るからだ。企業との交渉力があり、政府へは必要な支援策の充実などを実現させてきた。労組のない企業が多く組織率が二割を切る日本ではこうした対応は難しいだろう。
働き続けられることを守るこの考え方は、一九五〇年代にエコノミストが提唱し社会は次第に受け入れていった。政策の変更には時間がかかる。だから早い段階から変化を理解し備えようとする意識がある。
しかし、新たな課題も押し寄せる。人工知能(AI)やITの進展で、職業訓練もより高度なものにならざるを得ない。雇用されずに個人で事業をする人も増えている。働き方は時代で変わらねばならない。 (鈴木 穣)
北欧に見る「働く」とは(1) 企業は救わず人を守る
赤字経営となった企業は救わないが、働く人は守る。
スウェーデンでの雇用をひと言でいうとこうなる。
経営難に陥った企業は残念ながら退場してもらう。しかし、失業者は職業訓練を受けて技能を向上し再就職する。積極的労働市場政策と言うそうだ。
かつて経営難に陥り大量の解雇者を出した自動車メーカーのボルボ社やサーブ社も、政府は救済せずに外国企業に身売りさせた。そうすることで経済成長を可能としている。だから労使双方ともこの政策を受け入れている。
中核は手厚い職業訓練だ。事務職の訓練を担う民間組織TRRは労使が運営資金を出している。会員企業は三万五千社、対象労働者は九十五万人いる。
TRRのレンナット・ヘッドストロム最高経営責任者は「再就職までの平均失業期間は半年、大半が前職と同等か、それ以上の給与の職に再就職している」と話す。
スウェーデンは六年前から新たな取り組みも始めている。大学入学前の若者に企業で四カ月間、職業体験をしてもらい人材が必要な分野への進学を促す。
王立理工学アカデミーは理系の女性、日本でいうリケジョを育成する。この国には高校卒業後、進学せず一~二年、ボランティアなどに打ち込むギャップイヤーという習慣があり、それを利用する。
研修を終えたパトリシア・サレンさん(20)=写真=は「生物に関心があったが、研修でバイオ技術とは何か分かった。医学も含め幅広い関心を持てた」と話す。この秋からバイオ技術を学ぶため工科大に進学するという。
以上が世界の注目するスウェーデンモデルだ。解雇はあるが訓練もある。だから働き続けられる。日本は終身雇用制でやってきた。だが低成長時代に入り人員整理も不安定な非正規雇用も増大する。